機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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9話 不意打ち

 魔術喰い(カニバルキャンディ)の襲撃現場を目撃してから、鶴姫は眠ったまま目覚めない。顔はじっとりと汗をかき、身体は相変わらず鉛のように重く感じる。

 現在は控え室のソファに鶴姫を寝かせ、僕は椅子に座ってひたすら思考に耽っていた。外では主幹のフェリクスを中心に現場検証が行われている。さっき風紀委員の一人に聞いたが、赤羽さんたちも現場へ向かったらしい。

 しかし、今の僕にとっては事件の経過より、鶴姫の体調が心配だった。

 すぐにでも専門の技師へ見せたかったが、あいにくそれはできない。

 鶴姫は師匠が製作したオリジナルの自動人形で、その仕様は一般的な人形の構造と異なる部分が多い。しかも守秘義務の一環として、余程の緊急を要する場合を除き鶴姫の身体を他者、特に学院の教授方にはお見せするなと師匠から厳命されている。

 しばらく様子を見るべきか。それとも言いつけを破り、教授の誰かに鶴姫の治療を頼むべきか。僕は中央講堂で取り調べを受けながら、今後の方針について思い悩んでいた。

 事件現場の第一発見者という理由から、風紀委員のノルデンさんに連れてこられ受けた事情聴取。最初こそ疑いの眼差しが強くしつこい質問攻めが続いたが、ようやく事件への関与がないと信じてもらうことができたわけだ。

 取り調べが一段落して、ふと外の景色を覗いていると窓辺に座る小さな鳥が目に付いた。純白の羽が清楚な外観を醸し出す、美しい鳥だ。

 否。それは鳥ではなかった。

 実物の鳥と見紛うほど精巧に作り込まれた、一体の自動人形。

 それは師匠が以前からよく使用していた、連絡用の伝書鳩であった。

「美羽(みう)?」

 僕に名前を呼ばれた伝書鳩・美羽は、嬉しそうにコツンコツンと何度も窓を突く。僕は窓の鍵を開け、美羽を室内へ招き入れた。

 僕の手の平にちょんと飛び乗った美羽の足に、一枚の小さなメモが括り付けられている。

 メモを外して内容を読み上げる。

「『トータス寮の自室までお越しください』か。差出人の名前は……ないな」

 隅々までメモを見渡すが、他には何も書かれていない。

 宛名も用件も不明の怪しい文章だが、僕には心当たりがあった。

(きっと、また師匠絡みの厄介な知らせに違いない)

 師匠が美羽を使って連絡することといえば、基本的に僕が面倒や危険に巻き込まれる内容のものばかりになる。普段なら気乗りしないが、今は一刻も早くあの人の助言を求めたい。

 近場を通りかかった風紀委員に帰宅する旨を伝えると、僕は鶴姫を背中に担ぎトータス寮へ駆けて行った。

 

 

 

「お待ちしていました。雨水君」

 トータス寮内で僕に割り当てられた古びた個室。その中で、黒いメイド服を着たなつかしい顔の女性が待っていた。

 肩口まで揃えた空色の短髪とスレンダーながらも調和のとれた体格が、大人の女性らしい清楚な魅力を現している。そんな素敵な女性だ。

 背丈はかなり高く、お辞儀をしてようやく彼女の頭と僕の目線が並ぶくらい。

「……お久しぶりです釘之(くぎの)先生」

 なんとか返事をしたものの、このまま室内に入るべきだろうか。

 顔見知りとはいえ、この人に関して言えばどんな人物だったかよく知るからこそ、つい反射的に警戒せざるをえない。

 九字川釘之(くじかわ くぎの)。人間嫌いの師匠が信頼する数少ない友人で、主に仕事の発注や人形作りに欠かせない材料の調達といったマネジメント等を、面倒がり屋な師匠の代わりに受け持ってくれていた。

 かつては日本軍から非公式の依頼を受けていた凄腕の殺し屋で、要人の護衛、誘拐、暗殺とこなした仕事は数知れない。戦闘能力は凄まじく、英国が誇る機甲師団五個小隊を相手に大立ち回りした挙句、正体を晒すことなく逃げ切った偉業の持ち主。裏の世界でもかなり有名だと師匠が前に言っていた。

 そしてなにより、僕に武器の扱い方を教えてくれた恩人でもある。

 魔術戦闘は師匠から。体術は別の人物に。武器は釘之先生の手解きを受けた。合計三名の優れた師匠たちの指導があったからこそ、僕は現在まで生きて来れた。

 もっとも、一番死ぬ確率が高かったのは、師匠たちが考える僕の命など歯牙にもかけない地獄の特訓だったりするわけだけど。

「どうしました? 早く入ってきてください」

 釘之先生が笑顔で催促する。その目に危険性は無い……と思いたい。

「入った瞬間、竹槍が降ってきませんよね?」

「はい」

「床下に虎挟みが仕込んでありませんか?」

「ここは寮の二階です。床板は脆いうえに薄く、足場へ罠を仕掛けるには適さないでしょう」

「伏兵が潜んでいる可能性も……?」

「この狭さで隠れることは困難です。それになによりーー」

 そこで釘之先生は一呼吸置くと、伏し目がちにこちらを見る。

「一年半振りに可愛い教え子と再会できるのに、そんな無粋な真似はしませんよ」

 何故か背筋に悪寒を感じる。

(あれ。先生変わったかな……?)

 改めて観察しても、外見的にはかつての釘之先生と違いはない。

 ただ、妙に色っぽい気がする。

 美人ではあるのだが、昔の彼女は色恋に興味を持たない仕事一筋の中毒者(ワーカーホリック)だった。

 それが頬を朱に染めて、しなをつくりながら冗談めかしてそんなことを言う。

 顔に艶があるのは、薄らと化粧をしているせいか。

「ぅ……ん……」

 疑問で頭を埋め尽くされていたが、背中で寝ている鶴姫の呻き声でそれを振り払う。こんなことで迷っている暇はなかった。

「わかりました」

 意を決し、部屋の中へと足を踏み入れる。

 言っていた通り、これといって危険物が出てくる様子はなかった。

「ほっ……」

 安心して気が緩みそうになる。

修業時代、彼女と暮らしていた間は常に罠や刺客の影に怯える状態が日常茶飯事だった。この人の顔を見るだけで、常に命懸けだった恐ろしい日々の記憶が脳裏を掠める。警戒せずには要られないだろう。

「ね? 言った通りでしょ?」

 ニコニコと微笑む釘野先生。

 これが昔なら『油断は禁物ですよ雨水君。ほら、そこの壁から鉄球が飛んできました』なんて言うのに。ちなみに、その時はスイカほどの大きさの鉄球をもろに喰らいアバラが三本折れた。

 僕は気を引き締め、釘野先生に質問する。

「釘野先生。呼び出しがあった以上、師匠からの新しい指示があったんですよね」

「はい。主人(マスター)・凛から追加連絡と、雨水君へお渡しするものがあり参上しました」

「それを聞く前にお願いがあります。今すぐ師匠へ連絡できるように、先生から取り次いでもらえませんか?」

「…………」

 先生の瞳が、僕の背中で寝込む鶴姫を捉える。

(ーーーーーー?)

 僅かな刹那、その瞳に別の感情の色が浮かぶがすぐに霧散した。

「なるほど。その子が主人の仰っていた鶴姫ですね。話しに聞いた通り、とても愛らしい女の子じゃないですか。雨水君も隅におけませんねぇ」

「茶化さないでください。実は鶴姫がさっき倒れてしまって……早く師匠に会って、治療してもらう必要があるんです」

 師匠は知名度こそ低いが、知る人ぞ知る人形作りの天才だ。鶴姫を一からデザインしたあの人なら、きっとなんとかしてくれるはず。

「了解しました。では、早くベッドの上へ。主人が御出でになるまで、彼女にはおとなしくいてもらいませんと」

「そうですね。いつまでも背負っていては、鶴姫にも負担がありますから」

 先生とすれ違い、鶴姫が使っているベッドへ向かい歩く。

「ああ。違いますよ雨水君」

「えーー?」

 なにがですか、と聞き返そうと振り向いた次の瞬間。

先生の細くも引き締まった右腕が、無防備な僕の腹部へ差し込まれた。

 呼吸が止まる。急速に意識が薄れ、その場に崩れ落ちてゆく。

 最後に目にしたのは、

「だって、ベッドで寝るのは雨水君なんだから」

 妖艶な微笑を張り付けた、見知らぬ紫髪の少女だった。

 

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