機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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10話 本当の再会

 ……衣擦れの音がする。

 ゆっくり目蓋を開けば、可憐な女の子が満面の笑みで僕の前にいた。

「……誰?」

 僕が起きたことに気付くと、少女は声を潜められないといった様子で飛び跳ねる。

 年の頃は十歳くらい。紫陽花の模様を入れた白いチャイナ服が特徴の、物凄く小さな女の子だ。紫髪をツインテールで纏めたその風貌がまた、彼女の未成熟な容姿をさらに幼く見せていた。

「ああーもう!! やっぱり近くで見たほうがずっとカワイイわー!!」

「もぶっ!?」

 少女は僕の頭を抱え込むと、嬉しそうな様子で頬ずりした。

 女の子特有の甘酸っぱい香りが鼻孔に流れてくる。

「ちょっ、やめてくれよ!」

「カワイイカワイイカワイイカワイイ!! こんなに子供っぽくて愛らしい顔なのに男なんだから、本当に最高よねー!!」

「はあっ!? 何をーーー」

「面倒なお使いだと思ったけど、この子に会えたのはラッキーだったわ! 釘之もたまにはいいことするじゃない!」

「釘之って……君は先生の知り合いなのか?」

「そうよー! 私の名前は打棉(うちわた)。無愛想な釘之に仕えてあげてる、世界一キュートな自動人形なの。よろしくね雨水ちゃん!」

 チュッと左頬に触れる柔らかな感触。

 彼女は目を瞑り、なんと僕へキスをしていた。

「!?」

 驚く僕を余所に、打棉は恍惚とした表情で天井を仰ぐ。

「ああ……直に触れるとこうも気持ちいいのね。癖になりそう」

 ぺろりと舌で唇を舐める少女ーー打棉は上機嫌だった。

「ふざけないでください! 鶴姫はどこですか!?」

「あの乳お化け? そこに転がっているじゃない」

 クイッと指が向けられた方向へ視線を移す。

 そこでは、部屋の床上で鶴姫が俯せのまま倒れていた。

「鶴姫!!」

 急いで助け起こそうとしたが、立ち上がることができない。

 今になって気付いたが、僕の両手足は手錠でベッドの端に拘束されていた。

「無駄よ。それは鋼鉄製の手錠だから、人間の力じゃ絶対に壊せないわ」

「何故こんなことを? 僕に恨みでもあるんですか」

「恨みなんてこれっぽっちもないわ。むしろその逆」

 そして小指を口元に当てる。

「私さ~三ヶ月前までは日本軍の将校お抱えの魔術師に使われていたんだけど、その将校が裏で他国と内通していたらしいのよね。それが上層部にバレたせいで、釘之って冷血魔に暗殺の依頼が回ってきちゃったの。そのままあっさり全滅。私の前の持ち主も殺されちゃって、退屈なったからしょうがなく釘之の相棒になってあげたわけ。つまらない女だけど、前の持ち主よりだいぶマシだし」

 つまり、この子は先生が独自で入手した自動人形ってことか。

 一人任務(ワンマン)が基本スタイルの先生が、自動人形を自身の傍に置くのは珍しい。

 まあ一年以上会ってなければ、近況の変化もありうるか。

「それで、今回は釘之の代わりに私が寄越されたわけ。最初は面倒だったのよね~。だって伝言なんてクソつまんないじゃない。でもまあ、こうして思わぬ収穫が見つかったわけだけど」

「収穫?」

「そう。こうして、私好みの可愛い男の娘(おとこのこ)をね」

 ぐっと顔を寄せる打棉。

「私って男に興味ないのよね。だってキモイしキタナイしブサイクだし。だから今まで女の子ばっかり鑑賞して楽しんでたんだけど、あんたは他の男とは違ったのよね。見た瞬間にビビッときたのよ。こういうのってなんて言うんだったかしら、一目惚れ?」

 人形とは思えない、瑞々しい唇。

 彼女は僕との距離を縮めていき、唇同士が重なろうとする。

「ふざけるな!!」

 僕はーー両手で彼女を押し退けた。

「きゃっ!」

 打棉は軽く飛ぶと可愛い悲鳴を上げ、床に尻餅を着く。

「どうして? 確かに手錠を嵌めたはずーー!?」

 お尻を擦りながら立ち上がった彼女は、驚いたように目を見開く。

「あなた、その腕……」

 彼女が見ている僕の両腕。手錠を強引に引きちぎったせいで皮膚が裂け、ボタボタと白いシーツに赤黒い血が滴る。

 しかし、彼女が注目しているのはさらにその奥。切れた皮膚の下から覗く銀色の光沢だ。

 そこには、鉄に酷似した色の義骨が埋め込まれていた。

「昔、酷い大怪我をして両手が使いものにならなくなってね。それを見かねたある人が、僕のために新しい腕をくれた。人体に高い適合率を示す特別な魔鉱を用いた、全く新しい義腕」

 これが師匠から一番初めに受けた恩。僕が何よりも大事にしたい、貴重な宝物の一つ。

「鋼鉄の腕……全然気が付かなかったわ。さっき触った時は、確かに人間の腕と同じはずだったのに……」

「特別だと言ったはずだよ。この魔鉱は、生物の細胞に合わせて原子構造から変異する性質がある。だから普段は生身の肉体とほぼ同じ。さらに魔力を込めると、また他に特殊な効果が発現するけどーーそれを説明する必要はないかな」

 両足の手錠も壊し、鶴姫の元へ駆け寄る。

 体調が悪そうなのは相変わらずだが、他に外傷の類は見られない。

 僕に介抱される鶴姫を、打棉が憎らしげに睨む。

「またそんな女に構って……ねえ、なぜそんなことをするの? なんで人形相手にそこまで優しくなれるの? どうして私には同じように接してくれないの? 私とそいつで何が違うの? そいつはあなたにとって何なの?」

 半狂乱になって叫び問う紫髪の女の子。

 恐怖すら覚える異様な執着と拒絶。この子はまるで、人形と人間が信頼するのを認めたくないように振る舞っている。過去に何かあったのか。

「答えて!?」

 そんな彼女に僕は、偽らざる自分の本心を告げる。

「この子と僕は……まだ一年ほどしか一緒に暮らしてないけれど。それでも、この子はとっても良い子で、師匠に頼まれたからには絶対守らないといけない。なにより、僕はこの子が好きだ。無邪気で、明るくて、傍にいると温かい気持ちにしてくれる。これからもずっと面倒を見続けていたいと思っている。だからーー」

 真っ直ぐ目を合わせ、はっきりと言い放つ。

「ーー鶴姫は僕の<家族>だ。君が何をしたいのか知らないが、この子への横暴は絶対に許さない」

 そこまで言い切ると、目の前の少女は俯いて黙り込む。

「どうして、いつも私ばかり……」

「打棉?」

 その暗い様子が気になったが、生憎確かめることはできなかった。

「二人とも、何をしているのですか」

 突然割って入る第三者の声。

 いつの間にか、部屋の窓辺に女性が立っていた。綺麗な空色の髪と、フリルのあしらわれた西洋風のメイド服。その肩に、綺麗な羽の美羽が留まっている。

「せ、先生!」

「く、釘之!?」

 二人して驚きの声を漏らす。

 名前を呼ばれた先生ーー九字川釘之は、ただそっと頷き返してくれた。

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