機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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11話 禁忌人形

 トータス寮の個室に共通で備えられた木製のテーブルの前で、釘之先生が黙々と作業を続けていた。

 懐から薬紙を取り出し、その中に包まれた黒い粉末をコップに酌んだ水へ溶かしていく。

「これは主人(マスター)が自ら調合した調整剤です。自動人形の核となる魔術回路“イブの心臓”へ直接作用し、人形が元来もつ自己修復能力を促進させます」

「イブの心臓……現在、最も普及している魔術回路でしたよね。機械の人形へ、擬似的な生命と知性と魂を与えている」

 僕は授業で習った内容を懸命に思い出す。

「ちゃんと学習していたようですね、雨水君。機巧物理学の基礎概念では、異なる二種以上の回路を一つのボディに共存させることはできません」

「魔活性不協和の原理でしたっけ?」

「その通り。ただ唯一の例外として、イブの心臓だけは他の魔術回路を受け入れることができます。詳しい理由は未だに解明されていないそうですが」

 粉末が綺麗に溶けきってから、先生がストローを使い鶴姫へ水を飲ませていく。

 弱々しいが、鶴姫は水を吸い出していく。

やがてコップの水が空になる頃には、鶴姫の顔も幾分か穏やかになり落ち着いていた。

「後はゆっくり安静にしていれば、明日の朝には元気になっているはずです」

「本当ですか!」

 先生は椅子から立ち、小さな寝息をたてる鶴姫に毛布を掛けてくれた。

「この子が倒れたのは、一時的な思考のバグによる機能不全が原因でしょう」

「思考の……バグ?」

 確かに鶴姫は稼働してから日が浅く、調整もまだ完全でないと聞いてはいたが、ここしばらく特に目立った異常はなかったはずだ。

 それが急にどうして。

「何か変わったことはありませんでしたか。普段と違う行動や、おかしなものを見たことは?」

「そういえば、意識を失う前に人形襲撃事件の現場に遭遇しました。丁度その前に突然走り出して。追い駆けた先で襲われた人形の遺骸を発見したんですが……どうして、鶴姫は襲撃の現場がわかったんだろう」

 僕が疑問を感じ呟くと、同室内の先生にも聞こえてしまったらしい。

「君も知っているでしょうが、鶴姫という自動人形に搭載された魔術回路は、イブの心臓の他にもう一つあった」

 言われるまでもなく、それは判っている。

「魔術回路<玉刃金(たまはがね)>です。それと何か関係が?」

「無いことはないでしょうね。玉刃金はその製作過程において、実在した本物の<妖刀(ようとう)>を掛け合わせてあると主人から聞きました。妖刀とは、長い年月を掛けて数多の血と魂を吸い上げた結果、怨念と揶揄されるほどの禍々しい意志を宿すまでに至った魔具。手にした者は膨大な魔力の恩恵を得る代償に、血と闘争のみを生き甲斐とする本物の戦狂いと化してしまう場合が殆どです。魔術回路へと加工されてなお燻った残留思念があれば、戦の匂いがする場へこの子を導いたとしても不思議ではない」

 妖刀か。師匠からも聞かされたが、その手の呪いや魔性を秘めたアイテムは世界中に存在しているらしい。僕は実物を見ていないが、鶴姫の元になったのもそういった危険な代物ということだ。

「それじゃあ、鶴姫はこれからもその怨念のせいで倒れるかもしれないってことですか」

「意識喪失で済めばよいですが。下手をすれば最悪、妖刀の意思に体を乗っ取られてしまう。そうなればどうなるか……少なくとも、今までと同じように接することはできない。なぜならその時、この子は鶴姫という人形とは別の存在へ変わってしまうから」

「…………」

 怒りで言葉が見つからない。ただ、ひたすらに拳を力強く握り締める。

 それしか僕にはできない。鶴姫が苦しみ、得体の知れないものに喰い尽くされても、ただ傍にいることしかできない無力でちっぽけな存在だということだ。

 僕の様子を見た先生が軽く動揺するが、すぐに普段の調子を取り戻す。

「心配は無用です。主人が用意したこの調整剤には、自己治癒力を促すほかに思考上の怨念(バグ)を除去する浄化効果も含まれています。定期的に服用し続ければ、まず問題は起きないでしょう」

「ーーーそうか。よかった」

 さすがは師匠。普段どれだけ自堕落で身勝手な性格でも、やるべきことはきちんとしてくれている。

「主人凛(マスター・リン)曰く、“刺刀ノ鶴(さすがのつる)”は天下一の刃を秘めた最高の傀儡。間違っても暴走や故障などあってはならない。なにしろ私が作り上げた、歴史に名を残すだろう至高の一作だからなーーとのことです」

「ハハハッ!! どこまでいっても自慢話だなんてあの人らしい」

 鶴姫は眠り、先生と僕は互いに笑い合う。和やかな空気がその場を漂っていた。

「ちょっと! 私を無視するなよ!」

 そこで別の女の子の声が飛んで来た。

 紫陽花の模様が入ったチャイナ服とツインテールが特徴の少女、打棉だ。現在は荒縄で拘束された姿のまま正座をさせられている。

 打棉の非難の声に対し、先生は眉一つ動かさなかった。

「打棉」

 静かに名前を呼ばれると、打棉はビクウッと背筋を正して硬直した。その様は蛇に睨まれた蛙を思わせる。

「あなたには雨水君へ主人からの伝言と調整剤を渡すように指示していたはずですが、それはちゃんとしましたか?」

「あっ、あんたには関係ないでしょ!」

 風切り音が響き、打棉が青ざめる。

 ほどなくしてパラパラと紫の毛が数本床に落ちる。打棉の顔のすぐ真横、耳元擦れ擦れを苦無が飛び越え背後の壁へ突き刺さっていた。

「ちゃんとしましたか?」

 表情に変化はないが、あれは怒っているに違いない。

 釘之先生には怒るとすぐに物を投げる悪癖がある。しかも恐ろしくコントロールがいいから、外すのも当てるのも先生のさじ加減しだいだ。

 下手にこの人の機嫌を損ね過ぎれば、最後には額へ刃物が飛んで来るのは確実。その怖さは身に染みて理解している。

「……後でやるつもりでした」

「私は急ぎだと言っていませんでしたか?」

「その、少しくらい遅れても」

「お使いに出して一週間になりますよ?」

「ちょっと野暮用ができて」

「男の子を襲うのが野暮用ですか?」

「ごめんなさい」

 先に打棉が折れた。

 彼女の反省した様子を見た先生は、嘆息しながらも縄を解いてあげる。

「今回は大目に見ましょう。それにしても、何故雨水君へあのような真似を?」

「僕も気になってました」

 打棉はポンポンと膝をはたいて立ち上がると、じっと僕の方を見詰めてきた。

 なんだ?

「……なんでかしら。あなたを見てると、物凄く心惹かれるのよ。幼さを残しながらも整った顔立ち。男とは思えないか細さで引き締められた肉体。髪を伸ばして胸を付けたら、きっと最高の女性(モデル)になるんじゃない?」

 ……これって褒められてる? それとも貶されてる?

「ほう、それは興味深い試みですね」

「先生は黙っていてください」

 先生の変な悪乗りへツッコミつつ、僕は再度彼女へ問う。

「それで?」

「せっかくだから、持ち帰って私のものにしちゃおっかな~と思ったの。お化粧して再教育して、私好みな真の男の娘へ改良してあげる」

 ありがた迷惑だ。

「彼には学院での仕事が残っています。持ち帰りはまた今度にしなさい」

「ちえっ、しょうがないか~」

「いえ、今度も何もそんな予定は未来永劫ありませんから」

 勝手に暴走を始める二人。というか、僕の人権は無視ですか。

 でも、一つ気になっていたこともあった。

「ところで、打棉が先生に変装していたのは何かの魔術だったんですか」

「打棉が、私に変装を?」

「はい、姿は完全に瓜二つでしたよ。ただ……」

 今だから気付けたが、打棉は外見を完璧に真似ても、口調や態度まで完璧に真似しようとはしていなかった。

 だって妙に色っぽかったというか、女性としての魅力溢れる振る舞いをしていたように思う。普段の先生はそんな人じゃなかった。

 でも、どうして僕はその違和感に気付けなかったんだろう。どれだけ似ていても、僕が先生を見間違うはずはないのに。

「しっくりこないといった顔ですね。変装は完璧。しかし、打棉の演技までは完璧ではない。なのになぜ、偽物と見抜けなかったのか?」

 僕が唸って考え込むと、先生がその答えを教えてくれる。

「種明かしをすれば、打棉は変装すらしていません。今と同じ姿であなたの前に立っていたはずです。そうですよね打棉」

「そうよー」

「えっ!? そんな訳ありません! 確かに彼女は先生の姿で僕の部屋にいました!」

「それは雨水君が『九字川釘之という人間が待っている』と事前に思い込んでいたからです。彼女は君のその思い込みに細工をしただけ」

「???」

 確かに、メモを見た時は先生がくれたものだと思ったから、部屋にいるのも先生だと考えていた。

けれど、それが何の関係が……。

「認識変換。一言で言えばそうなります」

「認識変換?」

 どういうことだろう。

「打棉の魔術回路<葛葉(くずは)>は催眠や暗示に近い能力です。対象者の脳波を操作し、本人が体感している事象を部分的に書き換えることができます。もっとも、生物の脳を操るのは高度な技術を要するため、この魔術は限定的な範囲でしか使えません」

「例えば?」

「主な用途は一部の感覚機能への干渉です。五感全てを操作して完全な催眠をかけることもできなくはないですが、大量の魔力を消費するうえ短時間で効果が切れてしまいます。逆に言えば、支配する感覚が少ないほど僅かな魔力で長時間の効果を発揮します」

「それは凄いですね。精神を支配できるならほぼ無敵じゃないですか」

「実際は使い所の難しい能力ですよ。相手の魔力が高ければそれだけこちらの魔術も効きが弱まりますし、私の魔力量はそれほど多くない。だから、彼女本来の力を完全には発揮できません」

「でも、打棉は一人でも魔術を使いましたよね。魔力を送ってくれる人間は傍にいなかったのに」

「彼女は禁忌人形(バンドール)です」

 ーー禁忌人形。生物の肉体を用いて作られた生体機巧のことだ。

 魔力親和性が高く、ある程度なら魔力を自己生成できる人形。ただし、その性質上の問題から魔術師倫理規定により製造は禁止されている。

「そうですか。彼女『も』……」

「あなたたちと、よく似た境遇ということです」

「乙女の内情に踏み込むなんて無粋だわ。私はいいから、そっちで勝手に話を進めておいて」

 それだけを言い残すと、打棉は拗ねたように毛布を被って狸寝入りを始める。

 あの、そこ僕のベッドなんですけど……。

「ではお言葉に甘えましょう。雨水君、主人から託った新たな連絡を伝えます」

 師匠からの命令。きっと、また厄介事を押し付けられるに違いない。

「聴いた振りして無視するという手はーー」

「却下」

 尻込みする僕を無視して、釘之先生は一枚の書状を読み上げていく。

 観念した僕は、大人しくその言葉に耳を傾けることを決めた。

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