機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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12話 師匠の手紙

『久しぶりだなぼーや。風の噂でお前の活躍は耳にしているぞ。まあ、無才のお前にしてはそこそこ頑張っているようでなによりだ』

 先生が書状の内容を読み上げていくのを、僕は立ち姿勢のまま静かに聞いていた。

 透き通った水のように澄んだ声で乱雑な言葉が語られる。それにしても、先生の声真似が妙にうまい。師匠本人と比べても見分けがつかないほどのうまさだ。

 これも、暗殺者として鍛えた技能の一つかもしれない。

『今回お前に伝えることは幾つかあるが、まずは以前ぼーやに送った<調べもの>を確認しよう』

 僕が学院に来る前、師匠が残した書置きに書かれていたあれか。

『お前を学院へ編入させた理由は二つある。一つは学生トップの座に君臨する男、通称マグナスの素性を探る』

 マグナスの名前を聞き、先日の昼にあった赤羽さんと彼の遭遇を思い出す。赤羽さんが一方的な殺意をぶつけているようにも見えたが、マグナスの方も何か事情を知っているような態度を取っていた。

 結局、あの二人の間にはどんな関係があったのかな。

『こいつは学院始まって以来の天才などともてはやされているが、その経歴、実力、思想などあらゆる面で謎に包まれた幽霊のような男だ。ただ、こいつは魔術師でありながら人形作りにおいても優れた才能を発揮している。その独自の製造技法を入手できれば、今後の私の研究にも役立つ』

 師匠が興味を示すのもよく分かる。マグナスの連れていた人形は、全て彼自身の手で作られたと教授陣からも確認した。

 あの戦隊(スコードロン)は、それこそ本物の人間と寸分違わぬ完成度で仕上がっていた。あれほどの人形を作れるのは、僕が知る中では師匠と東大随一の腕をもつ人形師・花柳斎ぐらいのものだろう。

 逆に言えば、マグナスはあの若さで最高峰の人形師と肩を並べる高度な技術を編み出しているのだ。

 その技術、同じ人形師ならば喉から手が出るほど欲しくなる。

『そこで、ぼーやにはマグナスについて出来うる限り情報を集め、あわよくば奴の工房へ侵入し研究成果を強奪してきてほしい』

 最初に書置きを見ても思ったけど、それ既に無茶ぶり。

 マグナスは学院長のお墨付きをもらい、専用の人形工房まで用意された正真正銘の超天才だよ?

 そんな天才の工房へ踏み込むなんて、本物の命知らずか単なる自殺志願者だ。

ちなみに僕はどっちも御免。人間誰だって長生きはしたい。

『ーーと言ったところで、お前にそんな大役は任せられん。どうせドジを踏んで無駄死にするのがオチだろうからな。マグナスについては釘之を中心に調査させる。お前は無理をせず、何か情報が入れば釘之に教えるだけでいい』

 そっかそっかーって、それなら最初からそう言ってよ!!

 この二ヶ月必死でマグナスの近辺を探っていたのに、これじゃあ骨折り損もいいとこだ。

『もう一つは夜会の監視。今期行われる魔王の選定には、世界を影で牛耳ろうと目論む様々な組織が隠れて関与している。そんな意地汚い連中の中で、私が長年追い駆けるあの男の手掛かりも見つかるかもしれん』

 ―――――――――!!

 師匠がずっと探している、この世で最も憎む男……。

 その人が、学院で開催される夜会に関わっているなんて。

 今までの魔王選定時には現れなかったのに。今回の夜会ではまた何か違った狙い、あるいは魔王以上に価値あるものが見つかったということだろうか。

『ぼーやは余計な手を出すなよ。見習いごときが出しゃばっても足手まといにしかならん。とにかく目立たないように動き、対戦の時は観客席にいて周囲に不審な行動を取る者がいないか観察だけしていればいい』

 観察、ですか。お客として見ているだけなら滅多に危険な目には合わない。

 仮に異変があったとしても、すぐ先生に報告するだけだからこれといって難しい仕事じゃない。

 ただし、それは入学当初までの段階。

『――はずだったんだがな。ぼーやが私の予想を上回る大バカ者のせいで、予定が狂ってしまった』

 先生、わざわざ『バカ』の部分だけ強調しないでください。

『まさかお前に参加資格が回ってくるとはな。さすがの私でも、この展開は想定外だったぞ』

 そんなこと言われても、成り行き上仕方なかったというか。工学科のチビッ子教授に脅されたり、食事中に猛獣が襲ってきたりと度々不幸な偶然が重なった結果というか。

『しかしせっかくのよい機会だ。この際出ても構わんぞ、夜会』

「え?」

 思いがけない台詞に、つい間の抜けた返事をする。

 てっきり「貴様なんぞに魔王の座はもったいない。すぐ辞退して、分相応に地味な学生生活をエンジョイしろ」とでも言ってくるとばかり考えていた。

 だからこそフェリクスとの取り引きにも応じたわけだし。

 でも、夜会参加を認めるってことは、少なからず師匠も僕に期待してくれているってことにならないか。

 だったら、ここは師匠の弟子として、本気で魔王を目指してみるのも悪くないかも。

『どうせ、貴様なんぞは魔王になれる器じゃない。学院の上位組にあっさりやられるに決まっている。ただこの辺りで、軽く腕試しをさせるのも悪くないと思ってな。死なないようにだけ注意すれば、後は自由にして構わん』

 前言撤回。あの人、僕のことなんか欠片も信用してない。

『あとはツルのことだ。ツルに組み込んだ玉刃金は、精神異常をきたしやすい魔術回路でな。詳しい理由は釘之から聞いておけ。それで、時折起きるだろう暴走や発作を抑えるための調整剤を用意してある。今後は週一回のペースで、その薬を飲ませておけ』

 師匠は基本、僕と鶴姫を名前で呼ばない。僕は「ぼーや」。鶴姫は「ツル」という愛称で呼んでいる。

 とりあえず、例の調整剤は先生が後で渡してくれるだろうし、これで今後の身の振り方もおおよそ定まってくる。

 問題は夜会の出場だ。

 師匠は許可を出してくれたけど、僕は他の生徒ほど魔王の座にはあまり固執していない。

 僕が師匠に教わったのは、あくまで身を護る為の実戦向けな技や知識だけで、魔術師としての学力は文字通り見習いレベルだ。

 それに、禁忌の技術や研究にも特に興味がない。知識欲がないというのは、魔術師もしくは研究者としては致命的な欠点だろう。

 ただ、腕試しと聞くとつい体が疼いてしまう。

 無益な争いは嫌いだけど、ルールありの対戦形式なら、安心して僕たちが鍛えてきた力を奮うことができる。同年代と公式戦で魔術戦闘ができる機会なんて滅多にないし、出て見たくなる気概はあった。

 ーーそれでも、鶴姫が怪我をする危険がある以上は、やはり出場は辞退するべきだと思う。

 魔術師として大成できるはずもないし、予定通り、魔術喰いが捕縛されしだい赤羽さんに参加資格を譲ることにする。

 決して、フェリクスに提示された報奨金に目が眩んだからじゃない。

 けど貰えるものは貰う。家には大飯喰らいがいて食費が半端ないから。それに、お金はあればあるほどいい。

『伝えることはこれで全部だ。それから、マグナスの研究と学院の暗部へ探りを入れるために、しばらくの間は釘之を潜伏させる。何かあったときは遠慮なく頼ってやれ』

 先生がこの学院へ。

 これは一気に心強い味方ができたぞ。先生がいてくれたら、例え歴代の魔王が襲撃しても眠っていられるくらいの安心感だ。

『ではバカ弟子。お前の健闘と冥福を心から願う。      リン・カンザキ』

 師匠、一言要りません。まだ死んでもないのに、冥福とか縁起でもないです。

 読み終えた先生はマッチを取り出し、火をつけるとそのまま書状を焼いてしまう。

 みるみる灰になる白い紙。ほどなくして燃え尽き、残ったのは黒い燃えカスだけになった。

「私はこれにて失礼します。主人のお手引きで学院内の用務員室を借りられたので、私はそちらへ戻りますよ」

「先生。伝言と調整剤の件、わざわざありがとうございました」

「礼には及びません。元は私の人選ミスが原因でした」

 先生がキッとベッドの上、そこで毛布に包まる打棉を睨んだ。

 当人は何の反応も示さず、たまに寝苦しそうに身じろぎするだけ。僕が先生の話を聞いている内に、いつのまにか眠っていた。

「それと、ここでの私の肩書きは<とある教授に仕える東洋人のメイド>ですから。くれぐれもお間違いのないように」

「とある教授?」

「主人のお知り合いで、君の編入や私の学院潜入に手を貸してくださりました。いずれは君にも紹介しますよ」

 そのまま先生は扉を開けて、おやすみなさいと言って部屋を後にした。

「……え? この子はどうしたら?」

 僕のベッドの上には、いまだ打棉がスヤスヤと呑気に眠っている。

 先生に聞こうと廊下へ出たが、そこには誰一人残っていなかった。近くの窓が一つだけ空けられている。

 ここから出たのか。一目を避けるためかもしれないけど、窓から飛び出し、ほんの数秒で目が届かない位置まで移動するなんて。つくづく常識離れなことをしでかす人だ。

 五十メートル以上ある長い廊下を風が通り、不気味な反響音が響く。

「しょうがないな。今日は床で寝るとしよう」

 僕はおとなしく戻り、毛布代わりにタオルを体にかけてそのまま横になった。

 木板が軋んで耳障りだったが、振り払うように目を閉じる。

 まだまだ面倒の種は尽きなかったが、一先ずは鶴姫が元気になったことで良しとし、僕は静かに睡魔の海へと沈んでいった……。

 

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