機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
朝日が眩しい。
硬い床板の上で一夜を過ごした僕を、太陽が陽気に起こしてくれた。
「そっか、昨日は床で寝たんだっけ……」
眠たい瞼を擦りながら起き上がる。とても懐かしい夢を見ていた気がしたが、あんまり覚えていない。
グイッ。
「え?」
立とうとしたところで、何かにシャツを引っ張られ床に戻される。
見ると、僕の真横では昨日倒れた鶴姫が心地いい寝息を立てていた。
体調は回復していてよかったが、一体何がどうなってこの子も床で眠っているのか。
「鶴姫、起きて」
肩を揺さぶるが、全然目を覚ます気配がない。
そのまま揺さぶり続けていたが、鶴姫は寝返りを打ち僕へ急接近してきた。
白磁のように綺麗な柔腕に包み込まれる。同時に、胸元へ押し付けられた豊満な果実が強く自己主張してきた。
「う~ん……ウスイご飯~……」
寝惚けて顔をすり寄せる鶴姫。その唇はグリスを塗ったかのように潤っていて、僕は自然と生唾を呑み込んでいた。
身内とはいえ、触れ合う程近くに美少女の寝顔があるのは男として緊張してしまう。
「鶴姫! ご飯じゃなくて朝! 寝惚けてないで、早く離れろ!」
抜け出そうと動いても、背中へ回された腕はがっちり固定され離そうとしない。
「熱々ね」
僕のベッドで眠っていた打棉は、いつのまにか起き上がっていた。
昨日は白いチャイナ服のまま眠っていたので、所々にしわが付いている。
「茶化さないでくれ。こっちは君のせいでベッドが使えなかったんだぞ」
「男の癖に細かいこと気にしてんじゃないわよ。それとも、やっぱり女の子として調教しましょうか?」
「断固拒否する」
「それは残念。そこの乳女なら、昨日の夜中にのろのろとあんたの方へ歩いていったのよ。大方寝惚けていたんじゃないかしら」
軽い欠伸を吐いて、打棉が答えてくれた。
鶴姫はとにかく寝相が悪く、おまけにだれから構わず抱き付く癖がある。
学院へ来てからはだいぶ収まって来たはずなのだが、またぶり返してしまったようだ。
やっとの思いで鶴姫から逃げた僕は、改めて打棉へ向き直る。
「起きたなら帰ってくれ。先生は用務員の宿直室で寝泊まりしているそうだけど、案内しようか?」
いつまでもベッドを占領されては困る。
「は? 私、ここに泊めてもらうわよ」
しかし、打棉はとんでもない要求をしてきた。
「なんで。君は先生の相棒だろ」
「そうよ。だから何。世界一プリティーな私は誰にも縛られることはないの。可愛いは正義なの」
「可愛いのは認めるけど、正義とは関係ないと思う」
むしろ悪党だろ。暗殺者と組んでいる時点で、危険人物としてカテゴライズされそうだ。
「それに、倫敦(ろんどん)の隠れ家まで戻るのもメンドイし。このまま釘之と一緒に寝泊まりするより、この部屋であんたを見ていた方が楽しいじゃない。乳女は邪魔だけど」
相変わらず鶴姫を嫌っているようだ。というより、胸の大きい女性を目の敵にしているのかな。
打棉の体は幼女と言っても差し支えないほど小柄だ。女の子なら、スタイルのいい女性を見てつい嫉妬するのも珍しくはない。
「知らない女の子がいる~」
丁度その時、鶴姫がようやく目を覚ました。
「ウスイ、私たちいつ寮に戻ったの?」
「昨日の夜だよ。それより覚えてないのか」
「なにを?」
「昨日のことだよ。いきなり走り出して、魔術喰いの事件現場を発見したから驚いたぞ。どうして場所が分かったんだ」
「ん~? よく分かんない」
鶴姫は頭に指を当てて首を捻るが、明確な答えは出てこないようだった。
「でも、あの時ビクンッときたんだよね」
「なにが?」
「あのね、呼ばれたっていうか、すごく苦しそうな声が聴こえてきたの。身体が痛い、胸が苦しいって声。それからは、よく思い出せないんだよね」
はわわ~と奇妙な笑い声を上げる鶴姫。
声が聴こえた?
あの時は僕とノルデンさんもいたけど、そんな声はなかった……と思う。
やはり先生と師匠から聞いた通り、今回の不可解な異常も、妖刀に宿っていた怨念の影響かもしれない。
「それでさ、この子供はどこの子なの?」
「子供扱いしないでほしいわね。稼働年数で数えれば、あんたよりもずっとお姉さんになるんだから」
打棉がベッドの上で小さな胸を張り、地べたで座り込む鶴姫を見下ろしていた。
とりあえず、鶴姫へ打棉や先生のことを教えないといけない。
「鶴姫、実は昨日の夜にーー」
僕はトロンとした様子の鶴姫にも分かるように、かつ手短に済むよう工夫して事の経緯を説明した。