機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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15話 少年の受難

「そんなことがあったんだ~」

 一通り事の顛末を教えると、鶴姫はのんびりした声で頷いた。

 話の途中から女子二人が着替えを始めてしまったので、僕は現在、部屋を出て廊下で女性陣の着替えが終わるのを待っている。

 僕は既に制服へ着替え終わっている。廊下で制服を取り出し、寝間着に愛用している黒のパジャマは、一緒に持ち出したバッグの中へ突っ込んだ。

 男子寮とはいえ、人が通る廊下で着替えるのは気恥ずかしい。他人に見られないかドキドキしながら、急いで身支度を済ませた。

「他人事じゃないぞ鶴姫。またいつ倒れるか分からないんだから」

「それは嫌かも」

「まあ、師匠の薬があればそんな心配はないけど。これからは、しっかり薬を飲んでいこうな」

「もっと嫌かも! お薬って苦いもん、ヤダヤダ!」

「わがまま言わない」

 鶴姫は食事でも基本好き嫌いをしない良い子だが、薬の類はどうも苦手なようだ。子供っぽい性格だと、苦手なものも子供と同じなのか。

「着替え、終わったわよ」

 打棉の声を聞き、僕は扉を開けた。

 部屋の真ん中に立つ二人の女子。

 鶴姫は普段通り、青のセーターとチェック柄のスカートを着ている。

だが打棉の方は、昨日のチャイナ服ではなかった。

 今の彼女の服装は、清楚な白いシャツと黒のブレザー。下は灰色の入った無地のスカートで、足にはストッキングを履いていた。

 すごく見覚えのある衣装。紛れもない、機巧学院の女生徒が着ている制服だ。

「それ、どこで手に入れた」

「女子寮に忍び込んで、こっそり借りたの」

「窃盗じゃないか! 今すぐ返してきなさい!」

「無理よ。どの部屋から取ったか、もう忘れちゃった」

 よく見ると、クローゼットの空いていた一段が新たな衣服で占領されていた。

 中身は、女物の服と下着。大まかなサイズを見るに、鶴姫が着るには小さ過ぎた。全て打棉の持ち込んだものだろう。

「まさか、それ全部……」

「ここの生徒ってセンスいいわねー。ついついいろんな部屋に寄って取って、気づいたら結構な量になってたわ」

「盗み過ぎだろ」

「これでも抑えた方よ。それに、私の体格(スタイル)に合う服がなかなかないから、探すのも苦労したの」

 確かに、打棉は幼女のように超小柄だ。学院に千人以上の子供が在籍していても、彼女と同じサイズの服を着用している生徒は多くないはず。

 彼女は催眠系の魔術が使えるから、周囲の人間が自分に気付けないよう暗示をかけたんだろう。その上で、女子寮の部屋を片っ端から調べて行ったに違いない。

 本当に便利な能力だと思う。彼女がいれば、いつでも好きな時に女子寮へ入れるのか。

 もっとも、そんな変態行為に走れば、後で釘之先生から確実にお仕置き(コロ)されるからやらないけど。

「そんなことより、私の制服姿を見て何か言うことはないの?」

 言ってから、打棉がクルリと一回転する。

 ふんわり回る紫髪の甘い香りや、湖に住む精霊のような爽やかな笑顔に、つい見惚れてしまう。古びた個室で輝く彼女はさながら、暗い路上に咲いた一輪の花のようだ。

「どう?」

 片目でウインクを飛ばす打棉。その仕草も、可愛い。

「えっと……その……」

 僕は答えようとするが、気恥ずかしさからうまく声を出せず、頬を掻きながら言いよどんだ。

「男らしくないわね~。まあ、そんなところも素敵だけど」

 打棉が右手をスッと前に出し、その指先を僕の鼻に押し当てた。

「そこは一言『うん、とっても綺麗だよ打棉』って言えばいいのよ。女心が分かってないわね~」

「ごめん」

「そのあとに『私と結婚してください』と付け加えるのも忘れないこと」

「なんでそこから求婚に繋がるの!? 絶対言わないから!!」

「ちっ」

 舌打ちされた。女の子って、何を考えてるのか分からない。

 そのまま「やっぱり男は駄目ね。今夜にでも去勢して再教育を……」とかブツブツ変なことを呟き始める。

 背筋へ悪寒が走る。去勢って聞こえたけど、冗談だよな。

 ぐぎゅうううう。

『え?』

 前触れもなく鳴った重低音。

 揃って見ると、鶴姫が目尻に涙を溜めながら床に座り、じっと僕たちを見上げていた。

「お腹空いた」

 そこで再び、鶴姫のお腹から腹の虫が大きく鳴り響く。

「ご飯、行こう?」

 鶴姫の穢れのない大きな瞳でそんな風にせがまれては、断るに断れない。

「よ、よし! 今すぐ食堂へ行くか。打棉も来るだろ?」

「そ、そうね。私も丁度、紅茶が飲みたいと思っていたところよ」

 お互いぎこちなく相槌をうつと、鶴姫を連れて部屋を出た。きっと鶴姫(こども)の涙には、万人を従わせる不思議な魔力が宿っている。

『待て夜々! 俺の話を聞け!』

『女狐とデートだなんて許しません!!』

 廊下の奥から、少女の怒鳴り声と、少年の叫び声が聞こえてきた。

 遠目で覗くと、廊下に立つ夜々さんが、部屋の入口にいた赤羽さんの首を締め上げている。遠すぎて表情まで読めないが、この断末魔の絶叫のごとき悲鳴だけでかなりヤバい状況であることが伺える。

「あの人たちは、相変わらず騒がしいな」

「本当ですね」

 打棉でも鶴姫でもない声。

 振り向くと、そこには眼鏡の女学生――風紀委員のリゼット・ノルデンがなぜかいた。後ろには、美人の寮監の姿も見える。

 ちゃんと入寮許可を貰って入ったのか。見た目通り、真面目な性格の人のようだ。

「こんな朝早くに、どうして男子寮へ?」

「考えて分かりませんか? 脳味噌が寄生虫に侵食されましたか?」

「ジョークでも止めてください。想像するだけで気持ち悪くなる」

 ノルデンさんは無表情のまま、事務的な動作で大きな封筒を手渡してきた。

「これは?」

「どこまで鈍い男ですか? 脳味噌が寄生虫に侵食されましたか? 」

「虫に拘り過ぎてない!? あなた、出会った男性全員にそんなこと言ってるんですか?」

 僕の質問に対し、無視(ムシ)で答えるノルデンさん。

 この人、あんまり好きになれない。

 代わりに、渡された封筒についてやはり事務的な口調で説明してくれた。

「風紀委との契約書――それと、あなたにも必要か知りませんが、一応<魔術喰い(カニバルキャンディ)>の資料です」

 思ったより早いな。まだ有力な手掛かりが見つかっていないのに、こんなにもスムーズに取り引きが成立するなんて。

 昨日の調査、何か新しい進展でもあったのかな。

 それとも、急いで今回の事件を終わらせたい理由が風紀委員、もしくはフェリクスにあるのか。

「質問がないようでしたら、このまま失礼します。面倒ですが、あちらで人形と戯れる水虫野郎にも渡す必要がありますから」

 そのまま赤羽さんの方へ歩いていくノルデンさん。

「水虫は、昆虫じゃなくて病気ですよ」

「知っています。なんならあなたも病原体扱いしてあげましょうか、このクラミジア野郎」

 虫から細菌まで格下げされました。何も悪いこと言ってないのに。

「ほら、さっさと行くわよ」

「ウスイ、ご飯食べよう」

 いじけて廊下で『の』の字を書く僕を、二人が強引に引っ張っていく。

 ああ。女の子って、本当に何を考えてるのか分からない

 

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