機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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16話 友達になって

 午後五時を過ぎ、全ての講義が終了した。

 放課後のメインストリートを歩く学生に交じって、分厚い紙束を抱える僕らがいた。

「来週までに提出する宿題――いくらなんでも、多すぎない?」

 隣りを歩く打棉がそう聞いてきた。

 宿題のプリントは三人で分けて持っていたが、それでも結構な量になる。

「僕の学内成績は最低ランクの一二〇八位。補修も追試も山のように受けないと、退学することになるんだ」

「釘之に聞いたけど、あんた魔術の素人なのよね」

「うん。魔術師との戦闘訓練は散々受けたけど、専門的な知識はあまり教えて貰わなかったんだ」

「どうして?」

「僕は、別に魔術師になりたいわけじゃないんだ。師匠や先生たちのお手伝いがしたくて、その為に魔術が必要だったから覚えた。師匠は僕に自分の研究を引き継がせるつもりがないみたいだし、僕自身、人形作り(ソッチ)の素質はまるでなかった」

 喋り続ける僕を、すれ違う生徒が不審げな目で見る。

 彼らには、僕が一人で喋っているように見えたのだろう。打棉の姿は、僕と鶴姫以外には映っていない。

「まだ、擬態(それ)解かない?」

「人に見られるの、嫌いなの。このままでいいでしょ」

「僕が一人で喋る痛い人に見られてるんだけど」

「あらそう。私には関係ないわね」

 打棉は、講義中からずっと魔術回路・葛葉(くずは)を発動している。

 彼女は僕らが講義を受けている間、ずっと講堂の傍に生えた木々の枝に座り、窓から授業の様子を見学していた。とはいえ、それに気付くものはいない。葛葉(くずは)を発動して、周囲の人間へ自分が見えないよう暗示をかけたらしい。

 もちろん、講堂にいる者全てを完全に操作するのは不可能だ。彼女は禁忌人形(バンドール)だから自前で魔力を生成できるが、圧倒的に魔力量が足りない。

 あとで聞くと、打棉は講堂とその周囲を通る人物の脳へ『自分を認識できない』という命令を送っていた。これで見られても、その人間の頭の中で処理された視覚映像に映る打棉は、少女の姿ではなく木枝やレンガの壁など風景の一部に置き換えられる。

 単純な命令や欺瞞なら、少ない魔力でより多くの生物へ送信できると先生も言っていたな。

 今もこの魔術を使っているせいで、僕の隣りには誰もいないことにされてしまう。

「ほら、早く続き」

 僕の人当りよりも、話の内容が気になる打棉。

 一緒に並んでいる鶴姫は「お夕飯、なににしようかな~」と呑気なことを言って上の空だった。こちらは僕の話に興味がない。

 諦めて打棉との会話を再開する。

「それで、僕が唯一手伝えたことが運び屋」

「運び屋?」

「麻薬(あぶないもの)の密輸じゃないよ。あくまで積むのは自動人形やその材料。依頼を受けて師匠が作り、出来上がった製品を僕が配達する。移動手段は徒歩から船まで様々。配達先も国内問わず世界中から来るから、僕や先生たちで手分けして運んでいるのさ」

「効率の悪い事するのね。専門の業者でも雇えばいいのに」

 人形師は人形を作るが、本人が届けるわけじゃない。大概は雇われた運び人が届けるか、依頼先の方から引き取り手がくるかのどちらかだ。

「家の師匠は大の人間嫌いで、信頼できる相手以外とは極力会いたくもないそうなんだ」

「まるで引きこもりね」

「別に出歩かないわけじゃない。ただ、ちょっと用心深いだけ」

「それで?」

「たくさんの場所へ行ったよ。日本はもちろん、ロシア、フランス、ドイツ、清国、オーストラリア……他にも五ヶ国ぐらい回ったかな」

「まだ若いのに、大したものね。ひょっとして、英国(ここ)にも?」

「それが、実は初めてだった。英国領のインドへは一度行ったけど。おかげで、学院へ来た時は困ることも多かったよ」

「あなたも苦労して、ここにいるのね」

 打棉の言い方には、どこか含むものが感じられた。心なしか、その表情も陰りを増した様に見える。

「そういう君はーー」

 不躾かと思ったが、一緒に暮らす以上は不安の種を抱えたくない。

 今度はこっちから聞き返そうとすると、見覚えのある少女と仔竜が目に入り言い逃してしまう。

「あれ、雨水さんと鶴姫さん」

「講義が終わったようだな」

 芝生で戯れていたのは、夜々さんとシグムントだった。他に人影はない。

「赤羽さんとブリューさんは?」

「二人は今、デートに行っている」

 シグムントの言葉を聞いて、僕は脳内に疑問符を浮かべる。

 デート? あの、仲のいい男女が一緒に出掛ける幸せイベント?

 必死に昨日までの二人の様子を思い出す。

 ――自分のペースでブリューさんをからかう赤羽さん。

 ――赤羽さんへ口文句を言って喧嘩腰になるブリューさん。

 あれをカップルと呼ぶのは、お世辞にも無理があった。

「どうして、あの二人が?」

 あの二人、というところを強調してシグムントへ問い返す。

「うむ、気持ちは分かる。実は、このような事情があってな……」

 それから数分間、シグムントが大まかに『デート』の理由を説明してくれた。

「――つまり、<魔術喰い>を捕まえたいブリューさんが、赤羽さんへ協力を頼んだ。でも赤羽さんは、ブリューさんを強引に誘い、二人で夜の機巧都市へと繰り出した。若い男女の密会、青春ですね」

「君とて十分若いだろう。それと、夜々(かのじょ)のまえでそういう物言いはなるべく控えてくれ。このままだと、学院が崩壊するかもしれん」

 シグムントの心配する通り、夜々さんは虚ろな目で近くに生えた樹木を掴むと、凄まじい剛力を発揮して幹ごと握り潰した。

 ーーなんて凄い力! おそらく肉体強化の一種だろうけど、魔力供給抜きでここまでのパワーが出せるなんて。彼女も、間違いなく禁忌人形だ。

 よく見れば、少し離れた地面に砕けて倒れた木々が所狭しと並んでいる。全部、夜々さんが破壊したものだ。

「雷真……女狐と密会……一夜の過ち……皆殺し……」

 夜々さんの思考がアッチ側へ急速にアウトブレイクしていく。

 アッチがどこを指すのか僕にも分からない。ただなんとなく、そんな言葉が浮かんできた。

「落ち着いてください。とりあえず、皆殺しはまずいです」

 プリントの束を地面に置き、彼女の肩をガクガクと揺さぶる。

 やがて正気に戻った夜々さんだが、その場に座り込んでしくしく泣き出してしまった。

「雷真、やっぱり夜々を置いていくんですね」

「彼は絶対に、そんなことはしませんよ」

 僕が言うと、シグムントが目の前まで飛んできた。パタパタと動く四枚の羽は蝶みたいで、思わず触りたくなる。

「彼を、随分信用しているのだな」

「違います。彼が、夜々さんを信頼しているからです」

 感心したように、シグムントの口元がにやける。竜の表情は読みづらいけど、たぶん、笑っているのかな?

「君たちのような者が、シャルの友人になってくれれば良いのだがな」

 悲しげな目のシグムントが、鬱目がちに地面を見る。

 ブリューさんの立場と性格を考えると、学院内で孤立してしまうのは必然的だ。何度か彼女の噂を聞いたが、好意的な内容は一つもなく、むしろ恐怖や敵意の籠ったものがほとんどだった。

 ……友達か。

 うん、この人たちなら。

「すいません。夜々さん、シグムント」

 二人が僕を見る。

 僕は意を決して、二人に聞いた。

「夜々さんと赤羽さんとブリューさん、三人を名前で呼んでいいですか?」

「????」

 僕の質問の意図が分からず、二人は首を傾げる。

「いつも呼んでいるだろう?」

「いえ、ファミリーネームやさん付けでなくて……その……呼び捨てにしてもいいかと」

 ますます困惑の色を強め、顔を見合わす夜々さんとシグムント。

「かまわんだろうが……なぜそんなことを?」

「実は僕、結構人見知りするほうなんです。だから家族や友人――本当に『親しい付き合い』の人以外は無意識にさん付けや敬語で話す癖があって。皆さんとはもっと仲良くなりたいから、できればそれは止めたくて……だから……その……」

 僕は尻込みしそうな気持ちを押し退けて、勇気を出して言う。

「僕たちと、友達になってくれませんか!」

 静まりかえる世界。

 ほどなくして、二人がクスクスと笑い出す。

 う……やっぱり、変な奴と思われたかな。

「君は、実に変わった男だな」

「そ、そうですか?」

「ああ。だが、君の様な人間がいれば、我々も心強い」

「はい」

 二人は素直に頷いてくれる。ということはーー

「シャルとライシンには君から直接伝えてくれ。彼らも、必ず喜んでくれるだろう」

 シグムントがそう言ってくれた。

 僕は嬉しくなって、目一杯の笑顔で答える。

「うん! それで、二人はいつ帰ってくるかな?」

「街まで出掛けている。買い物だけなら早いかもしれんが、夕飯を食べれば九時を回るかもしれんな」

「そっか。それじゃあ、帰ってくるまで僕たちが二人を守るよ」

「なに?」

「二人は今、近くに魔術師(パートナー)がいないだろ。<魔術喰い>の危険があるし、僕たちで護衛をするよ。いいだろ鶴姫、打棉」

 言って後ろを振り向く。

 だが、そこに鶴姫の姿はなかった。打棉だけが、退屈そうにこちらを見ている。

「鶴姫は?」

「あんたがこっちに来た後も、そのまま一人で道を歩いて行ったわよ。ゴハンゴハンって呪文みたいに呟いてたけど、腹が減り過ぎて、頭おかしくなったんじゃない?」

 ……そういえば、鶴姫は昨日夕飯を食べていない。一食抜いた反動で、いつもより余計に食欲が増していたんだろうか。

「……? よく分からんが、そこまで気を使わずとも大丈夫だ。我々も、じきに寮へと戻るからな」

 シグムントや夜々には、打棉が認識できていない。この魔術、自動人形にも効果があるのか。

 打棉のことも説明したかったが、本人が姿を見せない以上、どう言えばいいか判断がつかない。とりあえず、打棉についてはまた今度にしよう。

「へ、平気平気! 僕一人でも守れるから!」

「あまり、無理をするな」

「無理じゃないです! それに、二人が泊まってくる可能性もあるから、やっぱり今晩は護衛した方がーー」

 バキイイイイイッ!!

 鉄球が激突したような破砕音。

 恐る恐る見たら、夜々の右腕が講堂の壁に突き刺さっていた。

「お泊り……雷真、夜々を捨てて女狐とイチャコラ……」

 長い黒髪が、まるで別の生き物のようにウネウネと動く。全身に纏う負の気は、憤怒とも悲哀ともつかない。あまりにも純粋な黒の、禍々しいオーラだった。

 拳を引き抜くと、レンガ造りの壁の一部が音をたてて崩れた。そこに出来た幅二メートルの大穴から、本や家具の散乱した室内が見える。

「や、夜々……」

 今すぐ逃げ出したかったが、ここで引いては男が廃る。

それに、二人を守ると言った手前、当の夜々(ほんにん)から逃げるわけにもいかない。友達を裏切ってはだめだ。

「…………」

 無言。ただ無言。

 夜々はピクリともせず。俯いたまま立ち続けている。髪に隠れた顔の表情は、読めなかった。

 しかし、突如あの禍々しいオーラが消え去った。

 夜々はゆっくりと、幽霊のような静けさで顔を上げる。

 薄ら笑いをする彼女は、おもむろに口を開くとーー

「やだ雷真。そんなに褒めないでください」

 あまりにも見当違いな、奇妙な言葉を発していた。

『は?』

 僕とシグムントの声が重なる。

 こっちの動揺など露知らず、夜々は虚空へ向かって会話する。

「うふふふ。もう、そんなこと言わなくても、雷真のことは夜々が一番よく理解してます。夜々はあなたさえいれば、他に何もいりませんよ」

 まるで、そこに雷真がいるかのように、夜々は楽しげなお話(ひとりごと)をする。

 その彼女の眼――真珠のように綺麗な黒い瞳には、一切の光がなかった。

「さあ、部屋へ戻りましょう。今日も夜々が、あなたのために美味しい料理を作ってあげますから」

 誰かと手を握る動作をしたまま、スタスタと歩き去っていく。

 それを見ていた僕らは、呆然と立っていることしかできなかった。

「…………さて、私は部屋に戻るとしよう。ウスイも気を付けて帰りたまえ」

 四枚の羽を器用に動かし、シグムントは空の彼方へ消えて行った。

「……あっ、鶴姫がいない。打棉、鶴姫を探しに行くぞー」

「なんで棒読みなのよ。というか、さっきの着物の人形、放っておいて大丈夫なの?」

 ナニを言っているのかな、この電波少女は?

「さあ、早く鶴姫を見つけよー」

「あっ、待ちなさいってば」

 僕が歩き出すと、後ろから打棉が追いかけてくる。

 残されたのはへし折れた樹木の束と、大穴が空き風通しのよくなった講堂だけだ。

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