機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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17話 謎の美女

 その日の夜、<魔術喰い(カニバルキャンディ)>の新たな犠牲者が出た。

 食事を済ませた僕らは寮へ戻る途中だったが、門前が異常に騒がしいので気になってしまった。近くまで行って生徒の何人かに事情を聞くと、<魔術喰い>が現れたのだとすぐに分かった。

 鶴姫と打棉に待つよう伝え、そこから人だかりの合間を縫うように素早く移動して現場へと走った。

 一瞬、着物を着た黒髪の少女が脳裏を過(よぎ)る。最悪の想像を振り払い、一気に人の波を駆け抜けた。

 最前列には、『Keep Out』と書かれた黄色いロープが張られていた。ライトが灯され、風紀委員の腕章を付けた生徒たちが慌ただしく働く。

 数人は見たことのある生徒だった。以前、フェリクスの指示で闘技場に来た僕たちを攻撃した三人だ。今日は仕事の為か、あの時の自動人形を連れていない。

 声を掛けたかったが、忙しなく動く彼らの邪魔はしたくないので、やめておいた。

 その代わり、フェリクスと雷真を発見した。なにか、言い争いをしているようだ。

「どうしたんですか、二人とも」

 なるべく刺激しないよう、そっと話しかけた。

 雷真は僕に気付くと、苛立った様子でこっちを向いた。

「雨水か。実はフェリクスがーー」

 雷真の話を聞くと、彼とシャルはついさっき学院へ戻ったが、そこでこの騒ぎを聞きつけやって来た。現場には水妖(ウンディーネ)の人形の残骸があり、これも魔術喰いの被害者で間違いないらしい。

 被害者が夜々でないと知って安心したが、すぐにそんな自分を叱咤した。

 喰われて破損した人形の傍で、一人の学生がその遺骸に泣きながらすがりついていた。おそらく、あの人形の持ち主だろう。

 自分たちは無事だから。知り合いが無事だから。それだけの理由で納得しかけた自分に、内心腹が立つ。

 魔術喰いは、これまでにも多くの犠牲者を生み出してきた。奴を倒すまで、壊された人形たちの無念が晴れることはない。改めて、気を引き締めよう。

 話に戻ると、それを見たシャルは狼狽したが、そこでフェリクスが彼女へ冷たい言葉を告げたのだ。フェリクスに好意を抱いていたシャルは傷つき、その場を立ち去ったという。

「なぜそんなことを?」

 僕はフェリクスへ聞いた。

 真剣な眼差しの彼は、僕の質問にもきちんと答える。

「あのままでは、シャルは今後も魔術喰いを探し続けるだろう。彼女を危険から遠ざげるためには、こうするしかないと思った」

「だけど、あいつの気持ちはーー」

 再び雷真が掴みかかろうとしたが、今度はフェリクスがその腕を掴み取る。

「わかっている」

 それだけ言うと、フェリクスは腕を放して他の風紀委員の元へ歩いていく。

「……これ以上ここにいても、できることはない。僕たちも帰りましょうーー赤羽さん」

「ああ」

 ぶっきらぼうに返事をした彼と連れだって、現場を離れる。

 この時はまだ、彼を名前で呼ぶことはできなかった。

 

 

 

「結局、帰ったのは夜か」

 もうじき寮へ着くというのに、気分は酷く沈んでいた。

 そんな僕の落ち込みぶりを見て、両隣に立つ二人が励ましの言葉をくれる。

「ぼさっと立ってないで、早く進んだら」

「ウスイ~紙が重い~」

 違った。全然励まされない。

 それでも、普段通りの彼女たちを見てちょっとは元気が出てくる。打棉はいつのまにか手ぶらで、鶴姫が残り全てのプリントを運んでいた。

 現場へ行くときに預けた僕の分は返してもらったが、それでもかなりの量になっている。

「打棉。もうちょっと持ってやれ」

「嫌。乳女を助けるくらいなら、ここで毒でも飲んで自決したほうがマシよ」

 プリントを落とさないよう必死な鶴姫を見て、極上の笑みを浮かべる打棉。

 この女、とんでもないドSだな。

「さっさと戻りましょう。乳女を助けたいならなおさらね」

 打棉の言う通り。鶴姫を助けたいなら、さっさと寮へ戻るのが一番だ。

「わかったよ。早く寮へ戻ろう」

 そのまま前を向き、再び歩き出そうとする。

 

「あら、可愛い御嬢さんね」

 

 気配は感じなかった。

 瞬時に背後を振り返ると、そこにあった光景に目を奪われる。

 女性が立っていた。大きく胸のあいた、ドレスのような着物が目立つ。その布越しにもはっきりと分かる、豊かな胸。肌は輝くほどに白く、その美貌をひた隠すように、眼帯型の眼鏡で右目が覆われていた。

 ――まるで、人間じゃないみたい。そう思うほど、目の前の女性は魔的だった。

 隣りにいた二人も、僕と似た感想なのだろう。硬直したまま、呆然と謎の女性を見続けている。

 女は妖艶な笑みを浮かべると、その艶やかな唇を開く。

「学院の生徒さん? 一応確認するけど、そっちは男子寮よ。御嬢さんは、自分の寮へ戻りなさい」

 琴を弾いたような、素敵な音色を思わせる声だ。

「ぼ、僕はちゃんとトータス寮(あそこ)の住人です!」

 緊張で喉が詰まるが、女扱い(そこ)はしっかり誤解を解いておく。

「あら、ごめんなさい。あまりにも可愛らしかったから、つい間違えてしまったわ」

 カツンカツンと、石造りの地面を歩いてくる。

 女性は二人を無視して僕の眼前まで歩み寄ると、そっと右手を伸ばした。

「気を悪くしないでね」

 そのまま、僕の頬へ優しく手を合わせる。綺麗だけど、その手は何故か冷たく感じた。

 不意に、同じようなことが以前にもあったと思い出す。

 あの、雨の日。傷だらけで全てを失った僕に、初めて触れてくれた手。この人からも、それとよく似たものが感じられた。

 女性は手を放すと、そのまま何事もなかったように歩き出す。その後ろへ追い縋るように、蒼い着物を着た銀髪の乙女が付き添う。彼女はちらりとこちらを見たが、すぐに向き直り女性と歩いて行った。

「誰だろう」

 二人が知るはずもないが、聞かずにはいられなかった。

「知らないわよ。学院の教授じゃないの」

 まさか。学院に来て二ヶ月経つが、あんな異彩な風貌の人物を目にしたことは一度もない。

「私もしらない~……ってはわわわー!!」

 可愛い悲鳴と共に、バサササーと何かが広がる音。

 鶴姫がバランスを崩してコケた拍子に、手元のプリントも周りへ散らばってしまったようだ。

「やば! 風で飛ぶ前にすぐ拾うぞ!」

「何してるのよ!! 胸が重いと動きも鈍いの!? この牛女!!」

「ご、ごめんなさい~」

 三人で、手分けして落ちた紙を拾い集める。

 もう一度だけ、女性の歩いていった方角を振り向く。

 辺りには暗い闇しかなく、女性の姿は溶けたように無くなった。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

「ふふ、からかいがいのありそうな子供だったわね」

 我が主は、先程からとても上機嫌なご様子だ。

 それはよいことだ。主の喜びは、仕える我らにとっても喜ばしい。元より道具として生を受けた我ら自動人形にも、それくらいの心はあってもいいだろう。

 それにしてもーー

「主。先程のことですが」

「なにかしら」

「なぜわざわざ<八重霞(やえがすみ)>を一度解いたのですか。そのままにしておけば、彼らは我らに気付かなかったのに」

 我ら三姉妹、<雪月花>の三女にして「花の乙女」の小紫の魔術。陰形に特化したかの秘技ならば、主の存在を完全に隠せたはず。

「あの子には一度、直接会って見たかったのよ。<花柳齋(かりゅうさい)>の立場で確かめるために」

 主は笑みを崩すことなく、涼やかな声でそう仰った。

「確かめる、ですか?」

「ええ。彼女が選んだものが、どんな人間になったのか」

「???」

 彼女とは、一体誰のことを言っているのだろう。そして、“選んだもの”とは誰だ。先程の様子から見るにおそらく、あの藍色の髪の少年だろうか。

「それで、お会いになってどうでしたか」

 主へ続きを聞いてみる。

「正直、意外だったわ。私の予想したものとは、だいぶ異なる結果になっていたみたい。だけど……」

 そこで言葉を切ると、主は懐から愛用の煙管を取り出して火を灯した。

 薄ら立ち上る独特の香り。口元に付けた煙管を放し、そっと息を吐き出した主が言葉の続きを語る。

「それ故に、興味は尽きないわ。もしかすると、彼が……」

「主?」

 最後の部分は、声が小さく聞き取れなかった。

「ただの独り言よ。行きましょう、いろり。坊やたちが待っているわ」

「はい」

 主の命に従い、私もついて行く。

 その前に、もう一度だけ後ろを振り向いた。

 三人は地べたを這いうようにして、白い紙の群れを懸命に掻き集めている。

 その内、二体の乙女人形。

 片方は白い長髪が目立つ青のセーターを着た少女。感情表現が豊かで、肉付きも非常にいい。体型の良さは主といい勝負だ。

 もう一方は、紫の髪を二枝にして纏めた小柄な少女。こちらは気の強い性格が態度にも現れるほど分かりやすい。

 ついさっきまで姿を消していたことから、彼女も陰形の魔術の扱うのだろう。ただし、姿を現せたことから能力的には<八重霞>の方が上だ。

 髪型や魔術など、外見は妹の小紫に共通する点が多い。気性の荒さは、もう一人の妹「月の乙女」の夜々に通じるところがある。「雪の乙女」である私との共通点は、ないな。

 二体に囲まれた少年は、時折彼女たちを叱っているが、その顔はとても楽しそうに映った。

 ――彼らは、どこか似ている。我らと。雷真殿と。

 そんな感傷を抱きながら、天を仰ぐ。

 今夜は、一段と見栄えの美しい月が上がっていた。

 

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