機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
部屋に戻った後も、僕の頭にはとある疑念が付き纏い続けた。
「いつまで起きてるのよ。明日も授業があるんだから、早く寝ないと体に差し支えるわよ」
僕のベッドに座った打棉がそう言う。
今日はあの白いチャイナ服ではなく、デフォルメされた髑髏の模様をあしらった黄色のパジャマを着ている。
あれも窃盗して得た服だろうけど、相当奇抜なデザインだ。前の持ち主が誰か気になる。
「ちょっと、気になることがあってね」
「気になること?」
「フェリクスのことだよ」
そう。実は前から、あの男に奇妙な違和感があったのだ。
「風紀委主幹のイケメンでしょ。それがどうかしたの」
「どうも、彼の行動と発言に矛盾する点があるんだ」
「矛盾?」
うん、と僕は打棉に頷く。
部屋の対岸に備えられたベッドでは、先に着替えた鶴姫が心地いい寝息を立てて俯せになっていた。
たまにゴロゴロ寝転がって、あわゆく床へ墜落しそうになる。相変わらず、寝相が悪い。
「最初に違和感を感じたのは、例の取り引きを持ち掛けられた時だ」
「闘技場で襲われた、あれね」
「見ていたのか?」
軽く驚いたが、打棉は気に留めずに喋る。
「釘之も言っていたでしょ。私は一週間も前から、この学院へ潜入していたの。その間、暇潰しに色んな建物や資料を見物したわ。まあ、内七割はあなたの観察に使ったけど」
「盗撮かよ! お前、一体前科何犯!?」
それじゃあここ数日、こいつはずっと僕の私生活を覗き見ていたのか。
「どこまで見た?」
「全部に決まってるじゃない。授業中も、食事時も、着替えの時も、お風呂場でも、もちろんトイレの中までーー」
途中から、自分の耳を両手で塞ぎました。なんかもう、これ以上聞いていたら羞恥心だけで殺されそう。
語り中の打棉は、うっとりと幸福な笑みを浮かべていた。天へと上っていくかのような笑顔だ。マジで昇天すればいいのに。
ひとしきり喋り終えたのを確認すると、両手を放しさっきの続きを話す。
「あの時フェリクスは、襲撃は僕の実力を試すためだと言っただろ」
「そうね。協力者の力量を調べたくなるのは、慎重派の人間にはありがちな傾向だと思うけど」
「僕もそう思う。だけど、それなら彼はどうして、自分の自動人形を使わなかったんだろう」
フェリクスが用意したあの三人は、確かに優れた魔術師ではあった。
でも、仲間以外の人間を利用してまで事件を解決しようとする人間が、肝心の協力者の力量を確かめるために部下を使った。
「単に、自分の人形を傷つけたくなかったんじゃない?」
「そうかもしれない。でも、よく考えてみると、もっと大きな矛盾がそこに隠されていた」
「なによ」
「前提が間違っていたのさ。取り引きの際、フェリクスが頼んだ協力内容は『雷真に魔術喰いを倒させるために、僕の参加資格を彼に譲ってほしい』だった」
「別に、どこも間違ってないじゃない。雷真は参加資格が欲しかったから、彼の協力が必要ようなイケメン君は、夜会を辞めたがってたあんたに声を掛けた。それだけでしょ」
「そうじゃないよ。もし本当に『参加資格の譲渡』だけが目的なら、わざわざ僕の実力を試す意味なんてないのさ」
「あっ……!!」
これがもし、『僕と雷真で共闘して魔術喰いを倒す』のが条件だったなら、特に問題はなかった。敵が<十三人(ラウンズ)>に届く実力者ならば、当然それに見合う者を選定する必要がある。
しかし、今朝ノルデンさんから貰った契約書には、僕が魔術喰いとの戦闘を強制されるような事項は一切記載されてなかった。雷真たちへの協力は可能だが、それも自由意思の範囲内であり、絶対参加するものではない。
最初から戦わせる気がない相手の力量を、場所や人員を割いてまで確かめることはない。
「他にもある。フェリクスはシャルと懇意にしていたようだけど、それなら、彼女と恋仲にならなかったのはなぜだろう」
「あの子に興味がなかったんでしょ」
「シャルはかなりの美貌だよ。性格は野蛮なじゃじゃ馬かもしれないけど、見てくれだけで評価すれば、どんな男でも放って置かないはずだ」
「……あなた、気を許した相手にはあんまり容赦しないタイプね」
「いいから続けるよ。仮にフェリクスに既に恋人、もしくは意中の相手がいたとしよう。そうなると、彼は親切心でシャルに優しく接していたことになる。あるいは、ただのナンパ野郎か」
「女の敵ね」
「どちらの場合でも、彼のさっきの行動とは、絶対に噛み合わない」
「さっきの行動って?」
「現場を見に行って聞いたんだ。フェリクスが、シャルを振ったって」
「それは……」
きっとシャルの心中を察したのだろう。打棉は悲しげな顔を浮かべていた。
「フェリクスは、シャルを事件から遠ざけるために必要だと言っていた。一見すると筋が通っているけど、浅い友情か下心で動く人間が、自分と相手の距離が離れるような真似をするかい?」
「ないわね。余程絆の強い人間同士なら、真に相手のことを思い、あえて嫌われるような行動を取る場合もあるわ。あの二人がそこまでの仲に発展していたとは思えないし、イケメン君に疾しい感情はなかったと思う」
「第一、フェリクスが本気で魔術喰いを倒したいなら、雷真や僕よりも真の実力者であるシャルに協力するべきだ。<十三人>が二人も組めば、どんな敵が相手でもまず負け無いからね」
それでも、フェリクスは決してシャルの力を借りようとはしなかった。
それはつまりーー。
「魔術喰いを捕まえさせたくなかった。もしくは、あの子に捕縛を協力されると困ることがあった?」
「たぶん、後者だ。絶対に魔術喰いを逃がしたいなら、厄介な存在のシャルを必ず排除するはず。でも、なぜかフェリクスはシャルが好意を抱くように振る舞った。その上で冷たくあしらい、彼女の心を追い込んだ」
「追い込んだって……」
「信頼していた男子に拒絶され、元の孤独に戻った彼女は、きっと焦りを募らせる。今夜にでも、また魔術喰いの捜索を開始するかもしれない」
「危険よ。考えもなしに一人で捜索なんて」
「考えはあるよ。こんな真夜中の学院、殆どの生徒はとっくに眠っているし、教授方も私室に待機している。外に出ているのは、せいぜい見回りをしている風紀委員たちだけ。それ以外に変わった人影があればーーそれは魔術喰いだけだ」
「ちょ、ちょっと待って! どうして、魔術喰いの犯人が人型の人形だって分かるの!?」
僕は、そっと自分の胸に手を当てた。より正確には左上、心臓のある辺りに。
「犯人は、必ず心臓部にある<魔術回路>を抜き取っていた。おそらく、一連の事件を起こした真の目的は、他生徒からの魔術回路の奪取になる」
「なんで、そんなことを」
「それはわからないよ。大量の魔術回路を集めるなんて、かなりの数の自動人形をもつ人間だけだ。フェリクスがそうかは現段階だと不明だし、そこはあまり重要じゃない。大事なのは、その傷痕だ」
「傷痕って、砂糖みたいに舐め溶かされたーー」
「まるで、酸か高熱の棒を撃ち込まれたような、ね。実は、あれによく似た現象を起こせる魔術回路を一つ、噂で聞いたことがある。シグムントの<魔剣(グラム)>だよ」
「それなら見たことあるわ。口から光を放つんでしょ」
「詳しくは僕もしらないよ。ただ、前に<暴竜(Tレックス)>が騒ぎを起こした場所へ行ったけど、そこに残っていた破壊跡が、犠牲になった人形の傷痕にソックリだった」
「それなら、あの竜っ子が犯人じゃないの?」
その可能性も、当然「あった」。だが、それはあまりにも無茶が過ぎる。
「ひとつ前の事件。鶴姫が倒れた後に、実は取り調べに乗じていくつか情報を聞き出しておいたんだ」
「よくそんな余裕があったわね」
「余裕じゃないよ。あの時は鶴姫が倒れた原因が不明のままだったから、情報はなんでも手に入れないとって必死だった」
魔術喰いがどんな能力をもつか分からない以上、鶴姫が何かの魔術の影響を受けたのかもしれないと最初は考えた。幸か不幸か、その勘違いから不思議な話も聞けた。
「あの時被害にあったのは、鉄球を武器に使う自動人形だった。そして人形本体は、自身の鉄球で足を潰された後に回路を喰われたらしい」
「自分の武器で?」
「そう。きっと犯人へ抵抗しようと鉄球で攻撃した結果、逆に利用されて足を潰し、機動力を封じられた」
「動けなくしてから、じっくり食事を始めたのね」
うんうんと頷いていた打棉。
だけど、数秒後にあれ? と聞こえそうな顔になり、考え込む。
「でも、それが本当なら」
彼女も答えが見えたのかな。
「――犯人は、鉄球を弾いたか、受け止めて投げ返すことができる。裏を返せば、鉄球を直接投げ飛ばせる人間型か、攻撃を反射する特殊な魔術の持ち主が、魔術喰いの正体だ」
それは同時に、シャルとシグムントの無実を証明することになる。シグムントの腕は鉄球を投げられず、強力な破壊能力の<魔剣(グラム)>があれば、敵の武器を逆用することはない。
あとは、直接『彼ら』に聞けば分かることだろう。
「さてと、そろそろ行くとしますか」
ベッドの傍へ行き、爆睡している鶴姫を起こす。
「起きろ、鶴姫」
「あれ? プリンのお山が消えて、ウスイが出てきた」
プリンの山に埋もれる夢でも見ていたのか。夢の中でも食い物のことで頭一杯とは恐れ入る。
「準備しろ鶴姫。今から<狩り>に行く」
真剣な視線を鶴姫の眼へ送り込む。
僕の鋭い眼光に答えるよう、彼女は瞬時に立ち上がる。
「ヤダ。まだ、プリンのお山食べてないもん」
訂正。彼女は僕の眼光など微塵も気にせず、再び毛布の中へ潜り込む。
「……起きてくれたら、食堂のショートケーキ好きなだけ食べてもいいよ」
「はーい!! 鶴姫、おっきまーす!!」
鶴姫は、ぴょんと兎みたいに飛び上がった。
払った犠牲は大きかったが、これも人助けと思えば致し方なし。
鶴姫はクローゼットを持つと、そのまま九〇度回転させる。
裏側が露わになると、そこには隠し扉ならぬ、隠しタンスがあった。学院に来てすぐ改造した、戦闘用の装備を保管する秘密の場所だ。
ガサゴソと中の物を漁る鶴姫。
「ねえ~、今日はどれにするの~」
「お前はこの間と同じ四分刻み(よんぶきざみ)。だけど、帷子(かたびら)は着なくていい」
「どして?」
「今日は<刀>を使うかもしれない。その時、帷子は邪魔になるだろ」
「そっか、わかったよ~」
言われた通り、鶴姫はボディスーツを着ると、四肢に手甲と足甲を装着する。
一つに付き一分。知らない者にはただの防具にしか見えないこの四枚の板が、僕たち二人の命を繋ぐアキレス健になる。
鶴姫の着替えに合わせて、僕の準備も整った。
今の武装は、腰背面に伸縮式のトンファー二本。腰に吊り下げたポーチに、投合用ナイフ十五本と二十メートルのワイヤーを収納している。帷子は制服の下に着込んだ。
戦闘の度に、必ず装備の種類を変える。そうすれば、こちらの戦闘スタイルや装備の数を、敵が事前に察知する心配はない。これも、先生から教わった戦闘における駆け引きの一つ。
お気に入りのジャケットを羽織ると、鶴姫と一緒に部屋を後にする。
「打棉」
「分かってるわよ。留守番は任されてあげるから、さっさと片付けてきなさい」
「ありがとう」
お礼を言って、僕たちは勢いよく夜の深淵へと駈け出した。