機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
「ひどい目にあった……」
首元を擦りながら、赤羽さんはひどく疲弊した様子で皺枯れた声を漏らす。
あの後、怒り狂う夜々さんを説得してなんとか無事に赤羽さんを解放できた。
話を続けると、二人は僕らと同じように朝食を採るため食堂に向かっていたことが分かり、せっかくなのでこれも何かの縁だろうとご一緒することにした。
それから鶴姫の着替えと部屋の片づけを十分で済ませ、今はこうして食堂でちょっと早めの朝食を食べている。メニューは共通のものだったので、僕と鶴姫が二人の分も運んで来た。お近づきの印も込めて僕のおごりでね。
ちなみに、席順は右から赤羽さん、僕、夜々さん、鶴姫の並びで円形のテーブルを囲むように座っている。
「雷真が悪いんです。どんなに夜々が叱っても他の女に目移りばっかりするんですから、本当に困りものです」
ぷくーっと頬を膨らませて怒る夜々さん。
こうして見ると、普通に可愛い女の子にしか見えない。
けれど、さっき廊下で話した際の赤羽さんの言い方からすると彼女は……。
僕は確認の為に一つの質問をした。
「すいません夜々さん。やっぱり夜々さんは自動人形(オートマトン)なんでしょうか?」
聞かれた夜々さんは特に嫌な様子もせず、あっさりと返答してくれた。
「はい、確かに夜々は雷真の『お人形』です。もちろんベッドの中でも」
「最後のは冗談だ。というか夜々、そのネタは学院へ来る前に列車の中でも使ったよな」
――やはりそうか。
自動人形は魔術師の魔力を受けて活動する人形だ。姿は人型、動物型、または神話や伝承に登場する精霊のようなものまで多種多様にあるが、全てに共通する事柄が一つある。
それは魔術回路を内蔵していることだ。
呪文や魔法陣のように複雑で高度な手順を通じて発現する魔術を、魔力を流すという一工程のみで擬似的に再現してしまう技術。
だが、生身の人間一人で魔術回路を完璧に制御するのは多大な技量を要し、扱いきれる者は極僅かな天才たちに限られてしまった。
そこで、魔術回路の制御を安全かつ単純化させるために生み出されたのが自動人形だ。
自動人形は初めから魔術回路を搭載することを前提に製作される。人の手に余る魔術も、専用の出力装置を用意すれば発動にはさほど苦労しない。魔術師や人形師の殆どが自身専用の自動人形を持つのも、そういった利点や効率性の良さによる所が大きい。
機巧魔術の発展において最も大きな成果として、必ずと言っていいほど自動人形の開発、大量生産が挙げられるほどだ。
「それじゃあ、途中になった自己紹介の続きといこうぜ。さっきは誰かさんの暴走が原因で中断しちまったからな」
「雷真の行動を邪魔立てするなんて許せません。今すぐそいつを連れてきてください。この夜々は愛の名の元、どんな強敵でも粉々に粉砕してみせます」
「夜々黙れ。それから、鏡もってきて自分の顔見ながら胸の内を聞いてみろ」
夜々さんはしくしくと泣き出してしまった。
まあおかげで静かにはなったし、僕の方からもちゃんと名乗りたいとは思っていたしね。
「僕の名前は神崎雨水(かんざき うすい)。学院では二回生だから、赤羽さんとは同級生になるよ。出身地は日本の端にある寂れた田舎町。この学院へは魔術の探求のために、ってまあありきたりな理由で二カ月前から留学しているところさ」
学院へ来る前から用意した、表向きの自己紹介文(アピール)を淡々と告げる。僕自身どの国の生まれかよく知らないけど、師匠が言うには東洋人の血が入っているのは間違いないそうだから、特に不自然な点のない説明の筈だ。
しかし、赤羽さんは僕の話へ予想以上の反応を示した。
「えっ、お前日本人なのか!?」
「うっ……うーんと、僕自身は日本人かどうかよく分からないんだよね。幼い頃に中東の町で捨てられていたところを今の養母に拾われたんだけど、その時唯一話したのが、日本の有名な言葉だったからおそらく日本人の子供じゃないかって聞いている」
質問がくるとは考えていなかったので、少し返答に詰まってしまった。
怪しまれないか不安になったが、赤羽さんは僕の言ったことを聞いて気まずそうに眼を伏せている。
「悪い。お互い込み入った事情があるみたいだな。滅多に聞いていいことじゃない。」
そのまま礼儀正しくお辞儀をする。
感づかれなかったのはよかったけど、これだと僕が謝罪させるよう仕向けたみたいで嫌だな。
場の空気を変えようと、自己紹介を再開する。
「気にしなくていいよ。それと、僕のパートナーの自動人形をまだ教えて無かったよね。紹介するよ。鶴姫、二人に挨拶をーーー」
当の鶴姫本人は、僕たちの会話をガン無視して、卓上の料理と激しいフードファイトを繰り広げている。バターの乗ったトーストをぱくぱく口へ放り込み、湯気が立ち上る熱々のコンソメスープを冷まさずに一気飲みしていく。
その量と勢いたるや。普段は可愛らしい女の子の顔が、料理を一遍に口へ詰め込んだせいでひどいタコ顔へと変貌している。
気が付くと、隣のテーブルには空の皿がバベルの塔のごとく積み上がっていた。一体いつの間に。
「鶴姫、行儀が悪いです」
さっと食べかけの皿を引き抜く。
ガキイイインッ!! とフォ―クが机に刺さった甲高い音が辺りに鳴り響く。
鶴姫はそこでようやく僕たちに気が付いたらしく、眉間に皺を寄せながら抗議してきた。
「ウスイ。そのベーコンエッグを返して」
「そのまえにお二人に自己紹介を。お腹が減っていたのは判りますが、時と場合を考えてから食事をしてください」
むーっと唸りこちらを睨む。そんなクリクリした目で凄んでも全然怖くない。
「ほら早く」
「はーい」
鶴姫はナプキンで口に付いたケチャップを拭い、背筋をピンと伸ばすと食堂中の人に聞こえるような大きな声を出した。
「名前は鶴姫(つるひめ)!! 年は一歳!! 好きなものはウスイの作るおにぎりで、嫌いなものは海です!!」
「よくできました」
ご褒美に頭を撫でてあげる。
「えへへーっ」
気持ちよさそうな表情でされるがままの鶴姫。こうしていると普通に年頃の女の子っぽい。
「よろしくな」
「……先に言っときますが、雷真に手を出したら八つ裂き(コロシ)ますよ」
赤羽さんはともかく、先程から夜々さんが鶴姫に敵意丸出しでいるのは何故だ。
あれか? さっき赤羽さんが鶴姫の着替えを覗いたから、それが原因で怒っているのか?
「こら夜々、物騒なこと言って脅かすなよ」
「雷真に注意する権利はありません。あんなにじっくりねっとりと……女の裸が見たいなら、遠慮せず夜々の裸体を拝んでください!!」
「いきなり公衆の面前で脱ぐな!!」
突然夜々さんが着物を脱ぎ出していく!!
透き通った綺麗な肩やへそがちらりと見え、思わず顔を逸らしてしまう。
すぐに赤羽さんが取り押さえたので、あまり大きな騒ぎにならずに済んだ。
「ところで、その子が今年齢を言っていたのは起動年数のことか?」
「そうだよ。鶴姫は作られてからようやく一年3ヶ月経ったところでね。刷り込み学習(インプリンティング)もしてないから、感覚的には人間の赤ん坊と大差ないかな」
「へえ、じゃあ雨水が一から全部教えたのか?」
「僕と師匠の二人だね。師匠っていうのは、この子を作った人形師で、僕の魔術の先生でもある人のことさ」
実際、言葉の使い方や最低限の知識は殆ど師匠が教えている。僕は基本的に鶴姫の遊び相手になっていただけだ。
「それにしても、雨水の師匠はかなり腕の立つ人物だろうな。俺が知っている人形師は硝子さんだけだが、鶴姫ほど精巧な自動人形を作れるなら相当名の通った御仁だろ?」
「う、うん」
いや、別段著名でもないと思うけどね。
人形師の癖に極力人形作りの依頼は引き受けないという変わり者だ。あの人自身、人前に出るのを嫌っている節があるから、一部のお得意様を除けば名前すら知られていないだろう。
「雷真、そろそろ行かないと授業に遅れてしまいます。雨水さんたちも急いだほうがいいですよ」
夜々さんが親切に時間を教えてくれた。時刻は丁度八時を過ぎた辺り。確かに、そろそろ食堂を出ないと遅刻してしまうだろう。
「教えてくれてありがとう夜々さん。赤羽さんもまた後で」
「おう。どのみち同じ教室に行くことになるだろうしな」
席を立った赤羽さんが、教材の入った鞄を手に取る。
「そうだ。せっかくだから昼食も一緒に食べないかい? まだまだ話したいこともたくさんあるし」
「あー悪い。今日は昼休みに野暮用があるから、のんびり飯を食べてる暇はないぜ」
「それならしょうがないや。まあ、また明日にでもお願いするよ。ついでに面白い噂話の一つでも用意してくるからさ」
「そりゃいいや。こっちもうまくいけばとびっきりの話を持っていけるから、楽しみにして待っていろよ」
赤羽さんは笑顔を浮かべて歩き出す。その少し後ろを、夜々さんが寄り添うようにそっとついて行く。
一つだけ、気になったことがあったので聞いてみた。
「あの、ところで野暮用って何があるんですか?」
赤羽さんは振り返らずに答える。
「大したことじゃねえよ。ただ少しーーーー殺し合いになるだけさ」
そう言った彼の背中は、どこまでも遠く悲しい空気を背負っていた。