機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
電灯から漏れる僅かな光量が、暗い夜道をぼんやりと照らし出す。
目を凝らして周囲を警戒しつつ、僕と鶴姫は学院の敷地を走っていた。
普段は学生たちで埋め尽くされるメインストリートも、この時間だと人気もないので本来の広さがよく把握できる。南北に伸びて舗装された道を進んでいくとやけに光の強い場所を発見した。
墓標のような気味の悪い建築物。通称<ロッカー>と呼ばれる、重要機巧保管施設だ。
見つからないよう、素早く付近の草むらへ潜む。
ロッカーの入口付近は、かなりの騒ぎになっていた。風紀委員が大勢いたが、皆一様に動揺して、中には怯えて泣き出すものまでいる。
あたりには、引き千切られた金属製の紐のようなものが散乱している。おおよその形状から推測すると、人形を封じるための拘束具だと分かった。
その混迷の中心で、毅然と指示を出す一人の女性がいた。アップに止めた赤髪と冷徹な青い瞳が特徴的な美女。機巧物理学のキンバリー教授だ。
「怪我人はいるか!」
「か、身体を叩きつけられた者が三名います。意識はあって、腰や背中を酷く痛めたようです」
「そいつらはすぐに医療室へ回せ。おそらくただの打ち身だろうが、念のため検査を受けろ」
「キンバリー教授、さっきの自動人形は追わないのですか」
「放っておけ」
「なぜですか!? 仲間もやられたんですよ!」
「私は馬鹿が嫌いだ。あの速度に追いつけるやつが、この場にいるものか」
「し、しかし! ライシン・アカバネの容疑も晴れていないのに……」
「元はと言えば、貴様らの不用心と軽率な行動が招いた事態だろ。教師として最低限の手助けはしてやるが、最後にはきっちりツケを払ってこい」
「そんな……」
なにやら、酷く揉めている。
しばらく聞き耳を立てていたが、どうやら雷真と夜々が風紀委員と警備の制止を振り切りどこかへ飛んで行ったようだ。本当に無茶をする。
話を聞く限りだと、二人とも相当深い傷を負っているらしい。もしもシャルを助けにいったのなら、このままだと二人共危ない。
「ウスイ、どうするの」
鶴姫が小声で聞いてくる。
「一先ず、ここを離れよう。これ以上いたら、さすがにキンバリー教授には気付かれるだろうし」
思った通り、彼女は何かの気配を察知したようで、キョロキョロと周囲を見回していた。
気付かれないうちに、茂みを伝って距離を取る。
元いたメインストリート近くまで戻ると、誰もいないことを確認してからジャケットを脱ぎ、畳んで傍の草むらへと隠した。
これからどこを探そうか考えていると、メインストリートより外れた広場のある場所で、強烈な魔力の激突を感じ取った。
林の向こうで、誰かが戦っている!!
「急ごう鶴姫! 送れたら朝飯抜きだからな!」
「ちょっと、置いてかないでよー!!」
二人で速度を上げながら、まだ見ぬ戦場へひた走る。
ほどなくして、目的の広場に着く。そこで見たものは、ある意味予想通りの光景だった。
傷ついたシグムントを抱えて、芝生でへたり込むシャル。その彼女を庇うように、上半身傷だらけの雷真と夜々が立っている。
そして、広場の中央に立つフェリクス。風紀委の黒いマントを羽織った彼の正面に鉄の甲冑を着込んだ戦乙女がいた。
長江の大剣を手に持つその少女の顔を見て、僕の推測が確信に変わった。
男を虫けらのようにさげずむ目がキツイ、愛想のない顔の美少女。
物騒な装備で身を固めていたのは、リゼット・ノルデンだった。
「やっぱり、貴方が<魔術喰い(カニバルキャンディ)>か」
僕の声を聞いて、全員の視線が一斉にこちらを向く。
「雨水、よくここが分かったな」
雷真が軽く驚いた風に尋ねてくる。
「激しい魔力の激突を感じたから、すぐにここが分かったよ」
手短く返答すると、すぐさま眼前の敵に向き直る。
フェリクスは一瞬は動揺したものの、再び優雅な調子で僕へ笑顔を送る。
「やあウスイ。こんばんは」
「こんばんは」
「君に会えたのは嬉しいけれど、こんな夜更けに出歩いているのは感心しないな」
「綺麗な月の光に誘われて、つい深夜の散歩に出てました」
「確かに。今日はまた一段と、月の映える空だね」
フェリクスも朗らかな表情を浮かべるが、その内では憤怒の渦が巻き起こっている。
僕が手前のノルデンさんーーいや、彼の自動人形を見ていると、意外そうな声が飛んで来る。
「なぜ、聞かないのかな?」
「その質問は、どちらの秘密について聞いていますか」
その一言で、彼は僕が事件の真相に辿り付いたと理解したようだ。
うんざりしたような、憐れむような目つきで僕を睨む。
「……そうか。君は気付いてしまったんだね」
「むしろ、あれだけ露骨に手掛かりを残しておいて、気付かれないとでも?」
事件の証拠隠滅もせず、襲撃の度に喰い散らかしていく。あのずさんな手口を見れば、勘のいい人間はすぐに魔術喰いの正体に辿り付く。
「あえて人形の遺骸を残したのは、魔術喰いの特徴を人々に印象づけたかったからさ」
「シャルに罪を擦り付ける為に、ですか」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。これも、夜会を勝ち抜くための策略の一つだ」
「それは残念ですね。あなたが他の策を披露する機会は、もう二度とないでしょう」
腰へ両手を回し、鋼鉄の武具を取り出す。
伸縮式の棒が伸びて、肩元までリーチのあるトンファーが両腕に出現する。
鶴姫も攻撃の用意をして、一触即発の空気が漂う。
「待ってくれ、雨水」
先手を仕掛けようとした時、雷真が声で割って入った。
「なんですか」
「戦う前に、どうしても確かめたいことがある」
彼は真摯な目で僕を見る。たぶん、嘘はない。
僕が一歩下がると、彼はリゼットの方へ話しかけた。
リゼットは自身の名前をエリザと名乗る。雷真はエリザに、自首を促した。
道具は使い手を選べない。だから、何人殺していてもエリザに裁くべき罪はないと。
しかし、彼女は壮絶な笑みを作って、背筋の凍る言葉を口にする。
「貴方たちは、食事が嫌いですか?」
皆の顔が引きつり、雷真から最後の迷いが消えた。
「うん! 私もご飯大好き!」
空気を読まない鶴姫(おこさま)の発言は無視して、ようやく本当の戦闘態勢に入る。
雷真も右手を突き出し、魔力を夜々へと注ぎ込んでいく。
「そいつを聞いて安心したぜ」
怒りと殺気を解き放つように、雷真は叫ぶ。
「いくぞ夜々。光焔三六衝(こうえんさんじゅうろくしょう)!」
「飛ぼう鶴姫。天泣の陣(てんきゅうのじん)・玉突き!」
弾丸に匹敵する速度で動く夜々。
その後に続き、僕と鶴姫は雲一つない空へ舞い上がった。