機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
……全身が痛い。
まるで、体内に直接熱湯を注ぎこまれたような苦しさを感じる。
薄れていた意識が覚醒するにつれて、必死に何かを叫ぶ女の子の声が聴こえてきた。
「お……きて……うす……い……」
声はしだいに大きくなり、嗚咽の入り混じったものへと変化する。
ゆっくり見上げると、それは大粒の涙で濡れた鶴姫の顔だった。
「ウスイ、起きてよ。死んじゃだめだよ」
鼻をすすりながらそんなことを言う彼女の額を、右手でコツンと叩く。
「勝手に……殺すな」
「ウスイ!」
泣き顔が一転。今度は嬉しそうに笑って僕へしがみついてくる。
と、抱きしめられて胸を酷い圧迫感と激痛が襲った。
「イッテエエエエッ!!」
たまらず悲鳴を上げると、驚いた鶴姫がすぐに離れる。
「だ、ダイジョウブ?」
「んなわけないだろ! もう一回気絶するところだったわ!」
「ごめんなさい~」
シュンと下を向いて反省する鶴姫。彼女を見ると、特に大きな怪我はしていないようだった。
安心したのも束の間、すぐに胸の激しい痛みがぶり返す。
さっきの巨大な水の攻撃をモロに喰らってしまった。特に、上半身へのダメージは半端じゃない。
慎重に体を触りながら、怪我の具合を確かめる。
「まずいな……あばらが、三本は折れてる」
呼吸するほどに苦痛が大きくなっていく。ゴホッと咳き込んだ口を抑えると、手には血がついていた。折れた骨が肺に刺さったらしい。
「無様だねウスイ」
エリザがもう一度、水の鞭を分散させてこちらに振るう。
「どうするのウスイ」
「ぐっ……迎え撃つ。構えろ鶴姫、刀を使うぞ」
「うん」
足を踏ん張り自力で立つと、魔力を送るために右手を上げる。
「一分・解除。――――抜刀“鬼鉄(きてつ)”」
僕の指示を聞いた鶴姫が、右腕に装着した手甲を外す。
カランと音をたてて鉄の板が地面に転がる。その直後、凄まじい勢いで魔力が鶴姫へ流れていく。こちらの負担などお構いなしに、魔力の糸を伝って大量の魔力を吸い上げていった。
鶴姫の右手に眩い光が集結して、やがて一つの形を成す。
闇の中でもはっきりと浮かぶ、銀色の細い線。鏡のような刀身に月の輝きが反射し、思わず目を瞑ってしまいそうになる。
それは日本刀だった。使い手の少女の身の丈はあろうかという大太刀。唾には白鳥の絵が描かれ、持ち手の柄は鳥の爪に似た独特の形状をしている。その刀は、全てが銀一色で染め上げられていた。
「ぜええええいっ!!」
掛け声と共に振り降ろされる一閃。
剣筋は風を巻き込んで膨れ上がり、巨大なカマイタチが大地を抉る。水流は一刀の下に纏めて切り裂かれ、シャワーのような水飛沫となってあたりへ舞い散った。
「ハハッ、まだそんな魔術(チカラ)を隠しているとは恐れ入る。だが、何度も使える技ではないようだね」
奴の言う通りだ。
鬼鉄は<玉刃金(たまはがね)>の能力で生み出した武器。僕たちのもつ奥の手の一つだが、その破壊力の代償として多大な魔力消費が伴う。
そのうえ、能力発動中は鶴姫の意思と無関係に魔力を絞り取っていく。このまま勝負が長引けば、いずれ魔力が枯渇して僕と鶴姫は身動きすらできなくなるか。
その前に、なんとしても片をつける。
「押し切るぞ。村雨の陣・五月雨!」
鶴姫は両手持ちに切り替え、すぐさまエリザへ切り掛かっていく。
風を纏った太刀は次々と剣戟を浴びせるが、エリザの水の身体は滑らかにその刃を回避していった。
またしても、雷真目掛け水の槍を放つ。今度は先回りした夜々が射線を封じ、槍を掴むと片っ端から握り潰す。
フェリクスの舌打ちが耳に届いた。彼ももう理解したはずだが、槍の直線的な攻撃は高速で動く夜々には通用しない。ないよりも、彼女の肉体強度は鋼すら上回る。
そして鶴姫も、鬼鉄を手に持つ彼女の前では、エリザの攻撃は全て断ち切られる。
誰もが決定打を欠き、嫌なこう着状態に陥ってしまった。
しかし、生憎にらみ合いは望むところではない。鬼鉄が消費する魔力はかなりの量になる。いくら四つの封印の内一つしか外していないとはいえ、このまま魔術回路を発動しては十分ともたない。
他の手を思考していると、意外にもフェリクスが先に仕掛けて来る。
「こういうのはどうかな?」
不意に、天地が反転した。
いきなり青く光る紐――いや、鎖のようなものが足首に巻き付き、僕を勢いよく引っ張り上げる。雷真も同じように、足元から捕まり宙釣りになっていた。
「いつのまにーーーーー!?」
疑問をぶつける暇もなく、僕たちは大樹へ向かって投げ飛ばされた。
「雷真!」「ライシン!」「ウスイ!」
少女三人の悲鳴が交錯する。雷真と一緒に地面に落ちて、形容しがたい痛みに胸を庇うようにして耐える。
折れた骨が幹との激突で肺へより深く刺さり、僕は血の塊を吐き出した。
◇◇◇◇◇◇
中央講堂の屋根の上。
地上を見下ろすには最適のこの場所で、私は眼下で繰り広げられる死闘を眺めていた。
少し離れた位置にも、私同様に戦いを見る者がいる。
「君も来ていたのか。見物とはいい身分だな、マグナス」
鉄の仮面の男子生徒――マグナスは無言のままだった。
彼のまわりに、花を思わせる六体の乙女が集まっていく。全員それぞれの武器を手に持ち、主を囲うようにしてこちらから護っていた。
向こうは警戒しているようだが、私にはどうでもいいことだ。殺気の混じった敵意は無視すると、探知魔術を宿す特製の眼鏡をかけて周囲を見渡す。
「ま、私自身もいい身分だがね。ところで、“君”も隠れてないで出てきたらどうだ?」
その言葉は、屋根の頂上、誰もいないように見える空中へ向けて話しかけた。
「やはり、お気づきでしたか」
そう聞こえて、何もない空間から一人の女性が現れる。
フリルをあしらった、黒いメイド服が見える。均等に切り揃えた水色の髪はサラサラと風に揺れて、端正な顔立ちと細い肉付きが清楚な容姿を作り出していた。
彼女の右手には、丸一人を包める大きさの薄黒い布が掴んであった。魔力を感じることから、おそらく隠密効果のある魔具だろう。
「さすがはキンバリー様。私ごときの陰業では誤魔化せませんね」
「謙遜はよせ。君が本気を出せば、学院長の私室にすら侵入できると聞いたぞ」
「主の例えは大げさなのです。私は清く正しい普通のメイドですよ」
「普通、メイドは講堂の屋根まで登っては来ないだろ」
そんなやり取りをしばらく続けていたが、マグナスの存在に気付いた彼女は恭しく一礼した。
「お初にお目にかかります<偉大なる者(マグナス)>。この度、キンバリー様の助手と生活のお世話をさせて頂くことになりました、九字川釘之と申します。どうかお見知りおきを」
日本人でありながら、本場英国のメイド以上に挨拶が様になっている。
これほどの美女に声を掛けられても、マグナスは大した興味を示さなかった。
ただし、九字川(ファミリーネーム)を聞いた瞬間、僅かに眉が吊り上ったのは私のきのせいか?
「それにしても」
改めて戦況を確認する。風紀委員が距離を空けつつ包囲を完了させ、その中央の広場では少年たちの戦闘が続いていた。
「<下から二番目(セカンドラスト)>は死にかけだな。<白き銀風(シュトルムエッジ)>もほぼ同じーーおっと、フェリクスがまた動いたな。包囲したなら、長引かせた方が奴には有利なはずだが?」
試しにマグナスへ話題を振る。
どんな意見を言うかと思えば、マグナスはきびすを返して立ち去ろうとした。
「別に逃げなくてもいいだろう。最後まで見学していきたまえ」
「結構。それに、じき決着はつきます」
「なんだと?」
木立を見ると、剣戟は未だに続いていた。より激しさを増して戦いはいつ終わるとも分からない。――この状況で、勝敗が出ているだと?
彼はぽつりと、独り言のように小さく呟く。
「どんな手品も、タネが割れてしまえばただのお遊戯です。まだ奥の手もあるようですが、武器の性能も、最後は使い手の技量で決まります」
「どういう意味だね?」
「あいつに、手がかりを与えすぎたんです。そして、彼が居合わせたことも運が悪かった」
この男。一体、なにをどこまで把握している?
「ひとつ、忠告します」
仮面の奥から垣間見たのは、妖しく光る紅い瞳だけだ。
「手がかりを与えすぎれば、遠からず余人にも知られる。貴方がたの捜査にも差し支えますよ、キンバリー教授、<刺針婦(ニードルキーパー)>」
「気に留めておくよ」
「お気遣い、感謝致します」
それだけを言い残し、マグナスは立ち去った。
ちらりと、釘之の方を向く。
「助けないのか。彼は、君の身内と聞いていたが」
「教え子が頑張っているところへ教師が出しゃばっては、本人たちのためになりませんから。ここは、おとなしく見守りましょう」
「……それも、そうだな」
眼下の戦いは、また新たな展開へ移ろうとしていた。
◇◇◇◇◇◇