機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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22話 魔術喰いの欠点

 鶴姫が僕を抱えて、雷真の傍まで運ぶ。

 雷真は僕と同じように口から血を流すも、くるりと反転して自分の足で着地していた。

 死んでもおかしくないの衝撃を生身で喰らったはずだが、僕より一瞬早く気づいて受け身で衝撃を和らげたらしい。それにしても、恐ろしく頑丈に鍛えられた身体だ。

 僕の方はまともに樹へ叩き付けられたが、服の下に着込んだ帷子のおかげで致命傷は避けていた。

とはいえ、傷ついた肺が呼吸の度に悲鳴を上げて今にも倒れそう。

 雷真が近寄ろうとしたシャルを止めるが、その時、夜々に魔術の鎖が絡みついた。宙刷りにされて踏ん張りのきかない彼女の全身を、エリザの鎖がジャラジャラ音を鳴らして締め上げる。

 黒い乙女の悲痛な叫びが、僕たちの耳まで届く。鶴姫は助けようとしたが、ここを動いては僕たちを守る者がいなくなると思い手出しできない。

「うそっ……<魔術喰い>は、複数の魔術を使えるの!?」

 驚愕するシャルの呟きに、耳ざとく聞き付けたフェリクスが応じる。

「その通りだよ、シャル。これがリズの魔術回路<魔術喰い(プレデター)>の能力だ」

「そんなのありえない! 複数の魔術回路を扱えるなんて、<魔活性不協和の原理>に反するわ!」

 彼女の指摘はもっともだ。

 機巧魔術<マキナート>の常識を超えた、複数の魔術使用が可能な自動人形。そんなデタラメな代物が製作されたなんて話は、師匠からも教えてもらっていない。

「学生の自動人形から魔術回路を奪っていたのは、自分の人形に組み込むためか……!!」

 だとすれば、敵の戦力は想像以上だ。

 液状化による完璧な守りに、鎖を使った遠距離攻撃。接近格闘型の僕たちでは分が悪すぎる。

 それだけではない。魔術喰いの犠牲者は数十人。その全員から魔術回路を奪っていたとしたら、エリザの戦闘能力は軍隊に匹敵する。

「心配するな。すぐに終わらせる」

 顔を上げると、血まみれの雷真が堂々と立ち上がっていた。闘争心は微塵も衰えていない。

「ライシン、もうやめて! あなたたちも、もう私に構わないで!」

 シャルの叫びは、広場全体に響き渡る。

 彼女の泣き顔を見た雷真は鼻であしらい、僕も気にせず武器を手に取る。

「あなたたちが、死んじゃうじゃない……!」

「おまえは<魔術喰い>じゃない。だったら、お前を助けてどこが悪い」

「それに、友達は絶対に見捨てられないよ」

「でも、証明できないわ! このままだと、あなたたちも共犯にされる! 学院も魔術師教会も……きっと、この世の全てが敵になるわ!」

「そのときは」

 雷真は気負った様子もなく。

「世界を敵に回してやるよ」

 当たり前のように、とんでもないことを言ってのけた。

 その揺るぎ無い覚悟を目にして、僕にも活力が湧いてくる。

「どうして……」

 僕たちは答えない。ただ、フェリクスの方へと踏み出していく。

「まだ来るのかい? やはり君たちは、僕が見込んだ通りの人物だよ」

 両手を広げ、フェリクスが僕たちへ熱っぽい声で語りかける。

「取り引きしよう。ライシン。ウスイ。君たちが僕の仲間になってくれるなら、今回の敵対行動は目を瞑る。最初の約束通り、ライシンには夜会の参加資格を与えて、ウスイには夜会での働きに応じて報酬も出す。もちろん、シャルの安全も保障する。君たちにとっても悪い話じゃーー」

「「断る」」

 二人合わせて拒否した。

「……ライシンは判るとして、ウスイまで即断即決するとはね。今回は、もう少し冷静に考えたほうがお互いの為だと思うよ」

 そこで、雷真が不愉快な顔で言う。

「お前の手下になるなんざ、おふくろに頼まれたって御免だ」

「母上は大切にしたまえ」

「あいにく、とっくの昔に土の中さ」

「お気の毒に。ウスイも同じかな?」

 ライシンを諦めると、僕へ視線を移してきた。

「今だから言いますけど、僕は他人には、基本的に敬語で話す癖があります。特に親しい人以外はね」

「へえ、でも君はライシンたちだけじゃなく、僕にも敬語を使わなくなったよね。それは、信頼の証ととっていいのかな」

「いや」

 嫌みたらしい笑顔のフェリクスに、僕は冷たく言い放つ。

「実はもう一つ、僕が遠慮せず話せる時がある」

「それはなにかな」

「お前みたいに、僕が心底嫌いだと思うクソ野郎を相手にした時だ」

「――――――ッ」

 奥歯を噛みしめるフェリクス。どうやら今の一言が、彼の逆鱗に触れてしまった。

「ついでに言うと、友人は選べと師匠からよく言われてる」

「それは残念だ。だけど、今からでも遅くはない」

 彼は一際大きな笑顔を向けて、言った。

「さようなら二人とも。そして、ライシンーー母上によろしく!」

 エリザが剣を振るい、その動きに追従して魔力の鎖が伸びる。鎖に縛られた夜々を巻き込みながら、真っ直ぐ僕たちへ凶器を叩き付けてきた。

「鶴姫。鎖を狙え」

「うん」

 鶴姫は刀を腰の下に当て、そのまま足を曲げて低姿勢になる。さながら、居合切りの構え。

「―――はあっ!」

 正確に抜き放たれた神速の刃は、一撃でエリザの鎖を断ち切る。

「雷真!!」

「ああ! 天嶮四八衝(てんけんしじゅうはちしょう)!」

 雷真の魔力を受けた夜々は、瞬時にエリザの前へ移動した。その細い足から猛烈な蹴りを、眼前のエリザにぶつける。

 エリザは鎖を幾重にも張り巡らせ、金網のような防壁を築き上げた。しかし、夜々の足はその壁を軽々と粉砕してエリザを吹き飛ばす。

 ぎりぎりで躱していたが、かすった鎧にヒビが入る。

 装甲の一部が欠け落ちるのを見て、シャルと鶴姫はキョトンとした。

 僕を含む他の者には、フェリクスがエリザを液状化『できなかった』理由が分かっている。

「考えてみれば、当然のことだったな」

 雷真は静かに言う。

「<魔活性不協和の原理>ってのが解消された話は、聞いたことがない」

「もし敵の魔術回路を自由に扱えるなら、とっくの大昔に実用化されて、列強の主戦力に加えられてもおかしくない。でも、現実はそうなっていない。その魔術、見た目よりずっと不便な性能と見ます」

 強力な能力には、当然、相応のデメリットが存在する。

 使用条件に制限があるか。または、莫大なコストが要求されるか。

「ようするに、費用対効果ってやつだ」

 ようやく二人も、エリザのもつ欠点に気が付いた。

「お前のもつ魔術、全部使い捨てなのさ。一度捨てると再装填できず、使用回数にも限度がある。だから、大量の魔術回路を用意する必要があった」

 的を射ている。取り込んだ回路を無制限に発動できるなら、犯行というリスクを背負ってまで何度も回路を補充する必要はない。

「夜会に備えて、食い溜めして力を温存する。その罪をシャルになすりつけ、<魔術喰い>として消せば事件も解決する。あさましいぜフェリクス」

「ついでに、事情を知り過ぎた僕らを共犯に仕立て上げて排除もできる。あわよくば、夜々と鶴姫の魔術回路も頂く算段だった。闘技場での襲撃も、本当の目的は僕たちの弱点を探っていたんだろ?」

 黙り込むフェリクス。

 しばらくして、ふっと微笑むと口を開いた。

「見事だよ、二人とも。相手の特性を見抜く眼力をもつライシン。欺瞞に惑わされず物事の全体を洞察するウスイ。どちらも驚嘆すべき才能だ」

「僕のは生まれつきの恩恵じゃなく、修行で得たものですけどね」

「ますます素晴らしいね。だけど、さっきの誘いは取り消そう。君たちは危険すぎる」

 フェリクスはマントの中から、奇妙な物体を取り出した。

 幅五センチにも満たない大きさの、黒くて丸い玉。うっすらと魔力を帯びているから、何らかのマジックアイテムだと思う。

「さすがに、二体一ではこちらが不利だ。マグナスとの戦いまで残しておきたかったが……」

 フェリクスはエリザに黒い玉を手渡す。

 エリザはそのまま、謎の物体を口から呑み込んでしまった。

「なんだ?」

 雷真が怪訝な顔をする。僕たちも同じ気持ちだった。

「悪いが、奥の手を使わせてもらうよっ!!」

 フェリクスが叫んだ直後、エリザに劇的な変化が起こる。

 明るい色だった髪が黒く染めあがられ、不気味な魔力の渦が全身を包み込む。

 やがて渦が収まると、中から漆黒の鎧を装着した姿のエリザが現れた。

 さっきまでの甲冑ではない。頭から指の先まで、全てが棘棘しい意匠の装甲で覆われている。その胸の中央に、血のように不気味な赤い鉱石が埋まっていた。

「――――――――っ!!」

 野獣のごとき雄叫びが大気を揺さぶる。

 声は間違いなくエリザだが、まるで別の生き物が乗り移ったとすら感じる禍々しさ。

「なによ、あれ……?」

 シャルの呟きを咆哮で掻き消して、黒き戦士が僕たちに襲い掛かった。

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