機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
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「あはははっ!! もう少し見せてくれるかと思ったけど、最後はあっけなかったね」
地面に横たわる雨水を見下して、フェリクスが高笑いを上げる。
奴の声が耳に入る度、血管がブチ切れて飛び出しそうになるのをグッと堪える。ここでフェリクスを狙えば、間違いなくエリザの反撃に遭うからな。
「許しません!!」
夜々が怒りのままに突撃するのを右手で遮る。夜々は、いつもよりも辛辣な目で俺を見詰めた。
「止めないでください雷真! 雨水さんが……!」
「分かってる。でも、今は待て」
俺が攻めてこないのを不審に感じたのか、フェリクスは挑発的に俺たちを煽る。
「ライシン。シャル。君たちは薄情者だね。彼は、君たちを助ける為に戦って死んだんだよ。仇打ちはしないのかい」
「よくも……っ!!」
「シャルも落ち着け!」
「落ち着けるわけないでしょ! 私のせいで、ウスイが……あなただって、酷い怪我……」
「それでも冷静になれ。闇雲に戦っても、あの鎧は壊せねえ」
シャルはしゃくり声を挙げ、再び泣き出してしまう。夜々も目尻に涙を浮かべていた。
そんな中、この面子で最も雨水と親しい筈の鶴姫が、ただの一言も発していなかった。顔を俯かせたまま、地面に片膝を突いてじっとしている。
右手を曲げて左手は腰に置いた低姿勢。俺も剣術を嗜んだことがあるからよく分かる。あの構えは、エリザの鎖を断ち切った居合の技と同じものだ。
調子に乗っているフェリクスは、鶴姫が一撃必殺の技に入るタイミングを伺っていることに気が付いていない。
後は、打ち合わせ通り「あいつ」が隙を作る。
「さてと、そろそろライシンにも死んでもらおうかな。天国で母上とウスイが待ち侘びているからね。できるだけ痛みがないよう、楽に送ってあげるよ」
「……悪いが、遠慮させてもらう」
「へえ、自分の命が惜しいのかい」
「俺には、家族のところへ逝く前に、絶対に倒さなくちゃいけねえ男がいる。それにーー」
その時、 “死んだ雨水”の右腕が勢いよく上がった。
「友達(ダチ)を残して死ねるかよ」
「なに!?」
フェリクスが気付くが、もう遅い。
空を駆け抜け、無数の光がエリザへ殺到する。
それは、先程から雨水が投合していたナイフだった。エリザに躱されて地面や木々に刺さったままのナイフが一斉に引き抜け、意思を持ったかのようにエリザを襲う。
「迎撃しろ!!」
遅れて下された指示に従い、エリザはナイフを一本二本と撃墜する。
しかし、地面に落とされたナイフが再びエリザへ向かって飛んで行った。まるで、獲物へ群がる鳥のように。
ほんの数秒の出来事だった。エリザは十数本のナイフを身体に張り付けた姿のままかたまっていた。
「リズ、何をしている! そんなナイフ、すぐに払い落とせ」
フェリクスは必死に呼びかけるが、エリザは微動だにしない。
その時、雨水がゆっくりと立ち上がる。胸を貫いた筈の刀は、胸元擦れ擦れで左手が掴まれていた。
「無駄だよ。そのナイフが張り付いている間、彼女は動けない」
雨水の声を聞き、ビクッと背筋を仰け反らせるフエリックス。
奴は死者を見るように怯えながら雨水を見た。
「馬鹿な! なぜ、君の身体に剣が刺さっていない!?」
刀を手放す雨水。銀色の刃は桜の花弁に近い形へ細かく分かれていき、そのまま空中で溶けてなくなってしまう。
「なぜ僕が生きているか? 答えはこれだ」
刀を掴んでいた左手を前に出す。そこにあるものを見て、事前に話を聞いていた俺と鶴姫を除く、全員が息を呑んだ。
刀の切り裂き傷が残る手の平。血で滲んだ皮膚の裏側に、人間の骨とは違う鋼鉄の色が浮き出ていた。
「鋼の……義手!?」
「正確には義手じゃなくて、腕の損傷した部分を特殊な魔鉱で補った生きた義腕さ」
「生きた……義腕だと?」
「師匠は<生巧義腕(ナチュラル・マキナート・アーム)>と呼んでいたね。ちなみに、開発したのも名付けたのも全部、家の師匠」
雨水が左手に魔力を流す。手の平の傷はみるみる塞がり、元の綺麗な形を取り戻した。
「こんな風に、細胞を活性化させる効果もあってね。それ以外に、魔鉱と適合率の高い生物の魔力を受けると、固有の能力を発揮することがある」
「固有の能力……だって?」
「僕の場合はこれさ」
そのまま左手を掲げると、まだ地面に一本だけ残っていたナイフが吸い寄せられていく。
ナイフを柄の部分でキャッチする雨水。離れた場所の金属を吸い寄せる、あれではまるでーー
「磁力か!?」
俺の心の声を代弁して、フェリクスが忌々しく叫ぶ。
「そう。手に持った、もしくは触ったことのある鉱物の磁力を強化する。それが僕の両腕の能力、<磁極共鳴(マグネティック・シンフォニー)>」
刀を受け止めたのも、エリザを停止させたのもあの力のおかげというわけだ。刀が直撃する間際に、両腕の磁力を高めて左手を刀の位置へ瞬時に引き寄せ掴む。エリザが動けないのは、おそらく関節部に張り付いたナイフの磁力が影響して、体内の駆動部が動作不調を起こしているのだろう。
「学生が、魔術回路抜きで自在に魔術を発動させるなんてーーありえないぞ!?」
「言われても、僕にも詳しい仕組みは知らないのでなんとも。そんなことより、こっちは時間がないんだ」
左手のナイフをポーチにしまい、代わりに鋼鉄製のワイヤーを取り出して投げる。空中で解かれたワイヤーは、<磁極共鳴>で引き合う磁力を増してエリザへ集まりその肉体を縛り付けた。
それを見た鶴姫が膨大な魔力の放出を行う。すると、何もない場所から再び例の銀刀が出現する。
「この能力、一度手から離れるとあまり長い時間効果が続かないのが難点でね。磁力が切れる前に、その鎧だけは破壊させてもらう」
「まっ、待ってくれ!!」
「待つ暇はない! 鶴姫!」
鶴姫は刀に魔力を集中させる。より薄く、鋭く、刀身の切れ筋にのみ全神経を添えて走り出した。
「一刀断絶」
雨水の命令に合わせて、閃光の刃が影を一瞬で切り抜いた。
「天燕(あまつばめ)」
刹那、周囲の空間から音が消えた。
耳が死んだと錯覚してしまうほどの静寂。それを最初に破ったのは、エリザだった。
パキンと小さな音を鳴らして、鎧に埋まっていた赤い石が見事に割れる。石は鎧から外れて、地面に落ちる前に霧化して消えた。
その途端、エリザの鎧にビシビシと亀裂が走り、やがて一気に崩壊する。
「……雷真。あとは……頼んだよ」
鎧の破壊を見届けて、雨水は満足そうに地面へ崩れ落ちる。魔力を全て使い果たしたようだ。
その呟きを聞き、自然と手に力が籠る。
「ああ、任せておけ」
倒れた雨水に急いで駆け寄る鶴姫を見ながら、俺と夜々は一歩前に出た。
雨水、安心して休んでろ。後は、俺たちが終わらせてやるーーーー。
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