機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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25話 後日談

「派手にやられましたね。主が見たら鬼の形相になっているところです」

 釘之先生が濡れタオルの水を絞り、そんなことを言う。

 ここは医学部の二階にある病室。そこの入院患者用のベッドで寝ている俺は、なぜか釘之先生の看病を受けながら療養中だった。

 本来なら患者の世話をするのは医学部のクルエール先生だったが、当のクルエールさんは最近まで雷真の治療に専念していた。『野郎の世話なんざうんざりだぜ』とぼやいていたのを覚えている。根っからの女好きで有名な人だから、患者が女子生徒じゃなくて悔しかったんだろう。

 なんで先生が僕の面倒を見ることになったのかは知らないが、身内に看病してもらえたのは幸いだ。僕の場合、この両腕については学院側にあまり知られると困る。

 師匠の生み出した技術は門外不出。その技術を狙い続ける者も多いと聞く。

 部屋は個室で、現在は僕と先生の二人しかいない。鶴姫は打棉と少し前に、服の洗濯をしに外へ出てしまった。

 先生は静かに、濡れタオルを僕の額に乗せた。ひんやりした心地よさが頭から伝わる。

「師匠には言わないでくださいよ。戦闘中に気絶した挙句、三日も寝込んでいたなんてバレたら確実に殺される」

「大丈夫。主はああ見えて優しいですから、せいぜい半殺し程度でしょう」

「優しさの定義、理解してます?」

「体の調子はどうですか」

 グッと両手を握る。身体の方はだいぶ調子が戻り、折れた骨は、もうほとんど治っていた。

「本当に凄い回復力だ。これも、<生巧義腕>の力なんですよね」

「細胞と結合することで自然治癒力を向上させ、魔力を吸収して特異性質の発現から身体機能の強化も可能にする……それが生巧義腕――いえ、主が発見した<植応石(しょくおうせき)>の特性です」

 十数年前、師匠が日本の山中で採掘した鉱物。発見時は表面に花やコケが生えていたらしく、栄養がない金属を植物が苗床にしていたことに師匠が興味をもった。

 それから研究を積み重ね、その鉱物が生物の細胞と反応することで構造を変化させる未知の物質だと師匠はつきとめる。師匠はこれを、発見時の状態からとって<植応石>と名付けた。 

 植応石の研究は現在も続いているが、その情報の全ては師匠が独占している。こうして、僕の腕の骨格に植応石を移植してくれたのも師匠だった。

 植応石が外部の科学者の手に渡れば、独占欲の強い師匠がどんな報復行動に走るのか想像するのも怖い。

「ところで、外が騒がしいな」

「赤羽雷真――今は<下から二番目(セカンドラスト)>でしたね。彼の手袋授与式が行われていますから、その影響でしょう」

「ああ。今日でしたっけ」

 数日前のフェリクスとの戦い。

 黒い鎧を破壊したあと、僕は魔力切れと怪我の痛みですぐに気を失ってしまった。それからのことは後日鶴姫に聞いたけど、あのあともフェリクスは抵抗を続けたらしい。

 エリザは他にも奪った魔術を乱用して、もう一つの対マグナス戦用の切り札、<白い幻霧(ホワイトミスト)>で雷真と夜々を追い詰めたという。なんでも、自らが霧となって触れたものを腐食する魔術だとか。絶対に喰らいたくない。

 それでも雷真の策で敵の魔術を解除し、最後は夜々がエリザを破壊して終わったそうだ。

エリザの死には思うところがあったが、自ら望んで人形を殺し続けた罪は重い。

 同じ自動人形の手で葬られたことが、彼女にとっての贖罪だと考えるのは僕の身勝手な解釈に過ぎない。それでも、彼女の魂が安らかに眠ったことを祈ろう。

 フェリクスは学院を退学させられた。キンバリー教授が戦いの一部始終を見物しており、その証言が真相発覚の決めてになったという。見ていたなら助けろと文句を言いたいが、赤点塗れの劣等生である俺には教師の機嫌を損ねる真似はできなかった。

 おかげでシャルの容疑はきれいに晴れて、雷真はフェリクスを捕縛した功績で夜会の参加資格を勝ち取った。雷真は僕たちの協力も報告していたようで、こっちには医療費の全面負担と入院中の授業免除が言い渡された。

 できれば補修とテストの数を減らしてほしいと、キンバリー教授にも掛け合ってみたのだが。

『私は物覚えの悪い馬鹿が嫌いだ。それ以上に、楽をしたいとねだる馬鹿はもっと嫌いだ。今度そのような甘え腐ったことを言えば、今後貴様の休日は全て補修日に書き換えてやろう』

 そんな恐ろしい提案をされては黙り込むしかない。せめて、一教科ぐらい新たに単位をくれればよかったのに。

「あっ、学生がエントランスに集まってる」

 ふと窓から外を見れば、たくさんの人だかりがそこにあった。中心には黒髪の見知った少年少女が立っている。そのすぐ傍に、普段は滅多に見せない照れた様子の金髪乙女と相棒の仔竜がいた。どうやら、少年に何かを手渡している。

「プレゼントかな。シャルの奴、いつになく女の子っぽいけど、もしかして……」

「あの竜っ子、二番っ子に惚れたみたいね」

 打棉が病室に入るなり、ニヤニヤしながらそう言った。後ろから鶴姫が続いて入る。

「洗濯ご苦労さん。ところで、なんでそんなに嬉しそうなんだ」

「べつにー」

 質問してもはぐらかされる。その時、打棉の肩から鶴姫がひょこっと顔を出した。

「えーっとね、打棉は『雨水に新しい虫が憑かなくてよかった』って言ってたんだよ。虫って何の虫のことかな?」

「こら乳女! 余計なこと言わないでよ!」

「はわわわ~」

 わしゃわしゃと鶴姫の脇をくすぐる打棉。苛められているのは鶴姫だけど、本人は楽しそうな様子だ。こうして見ると、まるで姉妹のようにも見える。

 虫ってシャルのことか。別に彼女とはそんな関係になりたいと思ったことはないけど。

「シャルは大切だけど、あくまで友達としてだからね。それに、彼女は僕の恋愛対象に入ってない」

「じゃあ、あなたの好みってどんな女?」

「うーん。しいて言えば、気の強い性格の女性かな。シャルも近いけど、もっと自分本意な人の方が僕はいい」

 自分に正直な人間は、善悪問わず見ていて気持ちがいいからね。フェリクスみたいに他人を陥れる輩は例外だけど、自分を偽らない生き方をしている人は素直に好感がもてる。

「外見は?」

「髪は綺麗な方が好きだ。あと背が低くて、肌は白いと言う事なし」

 さらに金髪だと完璧。理想としては、シャルをあと三十センチ縮めて我が侭ぶりを倍にすれば丁度いい……って。

 あれ? 身近にそんな人がいたような……。

「主の特徴に一致しますね」

「まるでリンみたい~」

 釘之先生と鶴姫が、とんでもなく余計な正解(こたえ)を言ってくれる。

 そう。たまたま浮かんだ好みの女性の特徴は、まんま師匠と同じだった。

「リンって、雨水の育て親だったわよね。なに、あなた母親代わりの女が好きだったの。それってマザーーー」

「僕はマザコンじゃない!!」

「雨水君。自分から言えば却って認めるようなものですよ」

「先生は黙って! とにかく、この話はこれでおしまい!」

 不満顔の打棉を無視して話を切り上げる。これ以上話していては、マザコンなんて不名誉な称号をつけられかねない。僕は、断じてマザコンではない。

「それよりも先生。フェリクスが使っていたあの<黒化鎧(シャドウメイル)>についてですが」

「そちらは現在調査中ですが、一つ分かったことがあります。あの鎧の魔術は、どうやら学院生から奪ったものではないそうです」

「それ以前に、あの鎧に魔術回路は本当にあったのかな。核となっていたのは、鶴姫の壊した赤い石で間違いないけど、それも破壊した途端に消えたんですよ」

「――消えた。それは、欠片も残さず消滅したのですね。鎧も含めて?」

「はい。ぼんやりとしか覚えてませんが、石の消滅後に勝手に壊れて霧散していった……と思います」

「謎の残る事件でしたが、まずは一件落着しました。後のことは先生に任せて、君はこれからのことに備えて休みなさい」

 これからーーおそらくは、夜会のことを言っているのだろう。

 結局、雷真はフェリクスの抜け番を使って夜会に参加が可能になった。もう僕の参加資格を譲る必要はない。

 今からでも辞退するのは可能だ。学院にはもう少しで百位に届く補欠組と呼ばれる者もいるし、僕らが抜ければ喜ぶ生徒は多いだろう。

「念のため聞きますが、雨水君は夜会に参加しますか?」

 ――僕は、夜会に出る特別な理由はない。

 学院に来たのも師匠に言われたから。ここで、無理をして危険な場所へ飛び込んでも得は少ないと思う。

「僕は」

 断ってしまおうかと考えたその時、新しくできた友人たちの言葉が脳裏をよぎった。

『私には、なんとしても魔王の座を勝ち取り、叶えたい夢があるんだから』

『俺には、家族のところへ逝く前に、絶対に倒さなくちゃいけねえ男がいる。』

 事件の後で教えてもらったが、シャルは一家離散した家族と人形たちの<イブの心臓>を取り戻すことが夢だった。そして、魔王となって没落したブリュー伯爵家を再興するという。

 雷真は実にあっさりと一言、“マグナスを殺す”と言った。なぜ学生トップのあの男を雷真が狙うのか、詳しいことはまだ教えてもらっていない。いずれ話すと言われたので、その時まで待つことにしている。

 これからも彼らと一緒にいるなら、僕も半端な覚悟ではいけない気がする。

 そして、思い返せば“叶えたい夢”が僕にも一つあった。他人に聞かれたら呆れられる、他愛ないくらい陳腐で平凡でーーそれでいて、絶対に叶わないと諦めていた望み。

 魔王になれば、その夢を手に入れられるかもしれない。だったら、命を懸けて挑む価値は充分ある。

 鶴姫を見た。何も言わなかったが、目を見ただけでお互いの気持ちは繋がった気がする。もう、迷うことはない。

「“僕たち”は、夜会に出ます」

「よろしい。主には報告しておくので、安心してボロ負けしてきなさい」

「勝手に負けると決めつけないでください!!」

「そーだよ釘之! 私とウスイはサイキョ―なんだからね!」

 やる気全開の鶴姫に励まされる。

 出ると決めた以上、手加減はできないし、している余裕もない。一度始まってしまえば、夜会は無慈悲な生存競争と化す。万が一途中で逃げ出せば、それは他の参加者全員の決意を侮辱してしまう最低の行為となるだろう。

 生き残るには、全員を蹴落として唯一人の勝者になるしかない。当然、雷真とシャルにも勝ち、最後はきっとあの<偉大なる者(マグナス)>を倒さなければ。

 僕たちの夢ともてる力の全てを賭けて、挑戦するしか道はない。

 外は相変わらずの喧騒だった。雷真とシャルが夕方に改めてお見舞いにくるから、茶菓子を用意しておかねばいけない。

 そっとベッドから立ち上がる僕を、鶴姫が横から支えてくれる。白い髪が太陽の光にあたり、美しく輝いていた。

 

 夜会の幕は、まだ上がらない。

 

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