機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
午前の授業が終了し、僕は鶴姫と再び食堂へ行き昼食を採ることにした。
朝に四人で朝食を食べていた時に比べると、食堂を利用する生徒の数は比較にならないほど多い。
メニューの数も多彩に取り揃えられており、僕らのように年頃の子供には嬉しい限りだ。
中でも、特に喜んでいるのはこの子だろう。
「やっっっぱり学院のお昼は最高だよねウスイ!!」
「はいはい。それと鶴姫、喋る時は口の中のモノを片づけてからにしなさい」
顔に飛んで来たサラダの食べかすが痛い。
テーブルの上には、朝食時の倍以上とも思える量の食器が重ねられていた。近くを通る生徒も目を丸くしてその光景を眺めている。
「はあ……このままだと、二年分の軍資金(おこづかい)が半年で尽きるかも」
留学の際に師匠から頂いた、授業料兼生活費の為のお金の九割は英国の国営銀行に預けてある。信頼されているのは嬉しいが、あまり子供へ大金を持たせ過ぎるのはよくない。
師匠にもそう言ってみたけど、その後返ってきた言葉を聞いて顔が引きつった。
今でも覚えている。彼女はダルそうな表情を浮かべ
『ああ気にするな。お前は魔術の才こそ欠片もないが、生活基盤はしっかりした自慢の弟子だ。無駄遣いの心配なぞする必要もない。まあ、どのみち私は裏社会の方へしばらく雲隠れするから、追加の予算は出ないので当てにするなよ。では、はりきって行け雨水。万が一死ぬようなことがあれば、骨ぐらいは拾ってやるから安心しろ』
などとイカレタ台詞を言い残し、次の日には机の上に列車の切符と学院の入学願書を置いて去っていた。
昔から予測がつかない人だけど、あの時は本当にびっくりした。丸二時間は放心して動けなかったくらい。
そんなわけで、僕は一緒に残された書置きの指示に従い、現在この学院へ留学生という肩書きを使った潜入捜査みたいなことをしている。
しかし、まだ二ヶ月目にして深刻な問題に直面してしまう。
「はむはむ……ってどうしたのウスイ?」
栗鼠のような愛らしい仕草で、己の腕ぐらいはある大きなパンを齧る鶴姫。
問題は彼女の常識離れな食欲だ。
三人で暮らしていた時は儲けが少なく、普段から質素で少量の食卓を送ることが多かった。
その反動ゆえか。あるいは本来の仕様なのか。この子は学院の食堂を見た瞬間、目に満点の星を輝かせ一目散に料理の山へ飛び込んでいった。
それから、現在に至るまでほぼ毎日。それはもうお相撲さんも真っ青な大食いぶりを続けてきた。
おかげで我が家の家計簿は火の車。まだ当座の資金は残っているが、このペースで進むと一年待たずに授業料未払いで退学になるかもしれない。
「頼みの綱の師匠は音信不通。せめて連絡先ぐらい教えてくれてもよかったのに」
「落ち込んじゃだめだよウスイ。リンが勝手にいなくなるのはいつものこと、なんだよ」
ポンポンと鶴姫に肩を叩かれる。
それは慰めのつもりかい? 気持ちは嬉しいけど、一番僕を困らせているのは、現在進行形で君だって知ってるかい?
僕の内心など知る由もなく、鶴姫は再びパンへ齧りついていく。
「ちょっといいかな」
突然の声に驚く。
振り向くと、そこには一人の男子生徒がいた。
端正な顔立ちに整った背丈と、一見爽やかな美男子に見える。しかし侮りは禁物だ。この男、顔は笑っていてもその瞳には野心の色が感じられる。
良く観察すると、左腕には金モールの腕章が付いていた。
そこに描かれた文字は『Censor』。俗に言う風紀委員というやつだ。
「風紀委員の方がどうしました。学院の規則に違反することをした覚えはないですけど」
「いや、今日は仕事で来たわけではないよ。実は、君に一つお願いがあるのさ」
「僕たちに?」
僕が怪訝な目を向けると、彼は右手をそっと前にかざす。
そこにはめられたのは、金糸の刺繍が入った白い手袋だ。
「先に名乗っておくよ。フェリクス・キングスフォート。風紀委員の主幹にして、君と同じく夜会の参加者だ」
その名前を聞き、思わず口を開けてしまう。
「フェリクス……!? あの<十三人(ラウンズ)>の一人の?」
「お見知り頂けて光栄だね」
男は手を降ろすと、僕へ意外なことを言ってきた。
「<白き銀風(シュトルムエッジ)>。君の腕を見込んで頼みたい。<魔術喰い(カニバルキャンディ)>の討伐に協力してくれないか」