機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
夕闇に染まる学院の敷地を、僕たちは連れだって歩いていた。
結局、風紀委主幹のフェリクスは細かい説明はまた後にしたいと言って、夜間の待ち合わせを指定してきた。
僕たちは、彼に指示された場所へ向かい歩いている。
「ねえウスイ。あの話本当に受けちゃうの?」
隣りの鶴姫が尋ねてくる。その姿は、可憐な容姿に似つかわしくない物騒な品々で飾られていた。
現在、彼女は全身へぴたりと張り付くタイプの青いボディスーツを着用している。豊かな乳房やスラリと締まった脚線がはっきり浮かび上がり、抜群の肉体美をより一層引き立てている。
さらにその上から鎖帷子(くさりかたびら)を着込み、四肢には同じく鋼鉄で仕上げられた手甲、足甲が装着されていた。防御性と機能性に重点を置いた、師匠特製の戦闘着である。
僕も同じように戦闘用の装備は一通り揃えてきた。今は黒いジャケットで全身を覆っているので、他の人間に見られる心配はない。
「どうするかは、詳しい話を聞いてからになるかな」
鶴姫よりも前に出過ぎていたので、少し歩く速度を下げて歩幅を合わせる。
「魔術喰い(カニバルキャンディ)といえば、最近学生の自動人形ばかりを狙って襲撃する厄介な通り魔だ。僕も噂でしか聞かないけど、もしもそんな奴が実在するんだとしたら、不安で夜も眠れないだろ」
事実、この頃急に退学する者が続出している。一人二人なら珍しくもないが、立て続けに出ているとなると、影で何者かが暗躍していると考えるのが自然だろう。
「だから、あのヘンテコ顔の人に会いに行くの」
「まあね。後、本人にそんなこと言っちゃだめだぞ」
「えーだってヘンなんだもん! 口は笑ってるのに、目はちっとも優しそうじゃないんだよ! すっごく怪しいよーっ!!」
鶴姫も気が付いていたのか。
確かに、昼間見たフェリクスにはどこか違和感があった。
言葉や態度には現れていなかったが、彼の目には、嘘を付く人間がもつ特有の闇があった。
昔はちっともそんなことに気付けなかったけど、師匠やその知り合いに散々騙され続けてきたので、そういった相手の心を読む技術が感覚的に身についてしまった。
だってあの人たち、仕事や修行の時にわざと危ない方へ僕が行くよう誘導するんだもん。
発注された人形の配達依頼で、英国機巧師団に届ける筈が何故か中東系マフィアのアジトに単身送り込まれたり。隣り山へ人形作りに必要な鉱物を採取しに行けば、実はそこが獰猛な肉食熊の住処で、ナイフ一本を武器に三日三晩死闘を繰り広げてなんとか追い払ったこともあった。
正直、こうして生き残ってこれたのが不思議でならない。人間って、本当に感心するくらいしぶとい生物だよね。身をもって体験してきたよ。
「わわっ、ウスイなんで泣いてるの!! どこか痛いとか?」
気が付くと、僕は棒立ちのまま両目から溢れんばかりに涙を流していた。
いかん。回想に浸るあまり我を忘れていた。
「なんでもないよ。ちょっと忘れたかった記憶がフィードバックしただけさ」
「そうなの? ところで、もう着いたみたいだよ」
周囲を見渡す。確かに、今いるのはフェリクスが指定した学院の一角にある闘技場(コロシアム)。かつては古代の剣闘士が互いの武を競った場所だったが、現在は使用されていないためだいぶ寂れている。
「時間通り……のはずなんだけどな」
ぐるりと周囲を見渡すが、付近に人影らしきものはない。
中世の風情を感じさせる闘技場には閑古鳥が鳴いており、誰かが来る様子は全くなかった。
「場所間違えちゃったの?」
「いや、ここで間違えないはずだ。それにしても、呼び出した本人が遅刻するなんてどういうーーーー」
鶴姫を抱き抱え、瞬時に右前方へ飛び出す。
直後、それまで僕たちがいた位置へ何かが突き刺さった。
見ると、それは僕たちの身の丈を超えるほどの大鎌だった。所々に異彩な装飾が施され、その鋭利な切っ先をより不気味に彩っている。
「危ないな。当たったら切り傷ぐらいじゃ済まないぞ」
周囲を警戒しながら、鶴姫をそっと地面に降ろす。
「ウスイありがとー」
「お礼はいいから。すぐに次が来るよ」
言い終わると同時に、観客席から三体の影が飛び出してきた。
ドレスで着飾った緑髪の女。甲冑姿の槍をもった全長四メートルの巨人。両の目以外に額にも目蓋がある黒い猫。
三体とも体内に魔力を宿しているのを感じる。間違いなく自動人形だ。
「僕は鎧の相手をする!! 鶴姫は猫と女の方を!!」
「うん!!」
指示を出して、互いに相手の方へ走り出す。
こちらの声が聞こえたのか、向こうも二手に分かれて迎え撃つつもりのようだ。
鎧の騎士は僕が攻撃範囲に入ると、一切容赦なく槍を胸元目掛け突き出してきた。
「くっ!?」
本来なら人間の反応速度で躱せるはずがない高速の突き。僕は全身を左へ逸らせ、紙一重でその一撃を回避する。
すかさず真横に振るわれる槍。今度はその場でしゃがんで避けた項(うなじ)の数センチ上を強烈な風が通り過ぎる。
続けざま繰り出される突き、薙ぎ、振り下げ。空気を裂くように突き出される死の槍線は音速に迫る勢いで速度を上げる。
それでも当たらない。僕は鎧の騎士に接近しながら、今もその凄まじい槍裁きを躱し続ける。
次第に、騎士の動きが変化していく。力任せな大振りから、より狭くピンポイントで狙うように細かな攻撃へ。
(力では僕を潰せないと判断して、数と速度で圧倒する方針へシフトしたのか)
その判断は正しい。
今までは広い空間を対象とした攻撃の死角へ逃げ込むことで、なんとか敵の攻撃を躱し続けることが出来た。
しかし、狙いが僕のいる範囲を中心に絞られたことで、踏み込める死角も段々と数が減らされていく。勢いで押し負けると分かり、一度体制を整えるべく後方へ下がる。
その時、床に転がっていた石に躓き転倒してしまった。
「まずっ!?」
戦いの最中では致命的といえる隙。
もちろん、この敵がそんな好機(チャンス)を見逃すはずもない。
とどめをさすべく、これまでで最も威力の籠った強力な突きを放った。
閃光が一直線に奔り、一息の間もなく僕の顔を貫くーーー
「かかった」
ーーーことはなかった。
勝利を確信して気が緩んだのか、再び大振りになった攻撃の僅かな隙間へ滑り込むように入る。
槍は空しく宙を斬り、そのまま地面へ真っ直ぐに突き刺さった。
彼には、僕が突然消えたかのように感じているだろう。
これは日本の古流武道・柔術の技法を応用したものだ。重心や身体の動きを錯覚させる特殊な足運びを、相手の目が追い付くより早く行いながら常に視界の外へと移動する。
武を極めた達人ともなると、この技で常に敵の死角を取り続けて姿を完全に消すこともできると師匠が教えてくれた。まだ僕の実力では一瞬敵の視界から逸れるのが限界だが、それでも大抵の相手には使える。
騎士は何が起きたのか分からないらしく、槍を引き抜くこともせずただその場で棒立ちになっている。
今度は、彼の方が隙を見せた。
「こちらの番だ」
一気に懐へ潜り込み、ジャケットを脱いで右腕を突き出す。
「…………!!」
僕の姿を見て驚いたのか、騎士は僅かに身じろぎした。声を出さないところを見ると、おそらく発声機関が備わっていないのだろう。
肩に差した二本の小太刀。学生服の上では鶴姫と同じく帷子(かたびら)を着込み、腰には長さ八センチの飛苦無(とびくない)をベルトの様に巻いている。
そして、銀色の耀きを放つ籠手(こて)を装着した右腕。
「少し痛むけど、我慢してくれよ!!」
グッと握り拳を作り、騎士の胸元目掛け全力の拳打を叩き込む。
騎士は躱さない。いくら優れた武装を身に纏っても、所詮人間の腕力なんてタカが知れる。彼もそう思っていることだろう。
ただし、それは世間一般に収まる範囲の常識(ルール)だ。
魔術の世界において、そんな思い込みは命取りになる。
「ッッッッ!?」
一瞬で吹き飛ぶ巨体。
僕の放った拳が直撃すると同時に、騎士は闘技場の端まで一気に飛んで行った。
辺りに土埃が舞い上がる。煙が晴れると、そこでは崩れた壁に寄り掛かったまま動かない鎧の騎士がいた。周囲は激突の余波で壊れた外壁や観客席の瓦礫が散らばっている。
騎士の鎧には特に大きな傷は見受けられない。変形や破損した様子もないが、中の本体が無事かは分からない。あまり大きな損傷を受けていなければいいけど。
「ば、馬鹿な!? 俺のギールが、自動人形でもないただの人間に負けるなんて」
声のした方を振り向くと、観客席上層に立つ柱の傍に一人の男子学生がいた。目付きは鋭くけっこうな強面だが、焦って狼狽した顔に臆するほど僕は気弱じゃない。
「誰ですかあなたは。もしかして、あの鎧騎士はあなたの差し金ですか」
「そ、そうだとしたらなんだ!?」
焦りを振り払うようにこちらを睨みつける男子学生。
凄んでいるつもりだろうけど、足はガクガクと震えて生まれたての小鹿みたいだ。
「この襲撃についての説明を求めます。僕たちはここへとある方との待ち合わせで来ました。それをあなた方は先回りして待ち伏せていた。今日ここに僕たちが来るという情報、一体誰から聞きましたか?」
男子学生は口を閉ざしてしまう。まあ、言ってもらわなくても見当は付いている。
「まあいいです。それよりも、そこの左右の柱に隠れている二人も出てきてください」
再び男子学生の顔が強張る。すぐに残り二人の魔術師が出てきた。
一人は気弱そうなボブカットの小柄な女の子。もう一人は人形のように固い表情を張り付ける首元にマフラーを巻いた少年だ。どちらも制服を着ていることから、男子学生と同じく学院の生徒だろう。
「それでなに?」
マフラーを巻いた少年が、顔と同じ感情の籠らない冷淡な声で問う。
「あちらの二体の自動人形はの主は、あなた方ですね」
二人は無言で頷く。
「今すぐ戦いをやめるよう指示してください」
「はっ、なんだ! 自分の人形がやられるのが怖いってか。このチキン野郎!!」
強面の男子学生が罵声を吐く。
ずいぶん元気のある人だけど、言っていることはすごく小物っぽいな。
「違いますよ。僕はそちらの二人を心配して言ったんです」
その時、一際甲高い金属音が鳴り響いた。
「ウスイーっ!! こっちも終わったよ!!」
鶴姫が力一杯手を振ってこちらに駆けてくる。
その少し後ろでは、二体の自動人形が静かに横たわっていた。
猫の自動人形は片足が折れ、女性型人形の豪奢なドレスもボロボロになっている。その手に握られた大鎌は、柄どころか刃に至るまでグニャグニャに捻じ曲げられ、かつての原型を留めていない。
やがて、僕の所に追い付いた鶴姫が満面の笑みで抱き付いてくる。
豊かな膨らみの感触が薄い布越しに伝わってきた。気恥ずかしくなって彼女を押し戻そうとするも、人間の腕力で彼女に勝てる筈もなく、鶴姫はますます身体を押し付けてくる。
「ウスイ、私ちゃんと言われた通り“刀”は使わなかったよ。褒めて褒めて!!」
可愛くおねだりする鶴姫の頭を、左手でそっと撫でてやる。
「う……嘘だろ!? いくら手袋持ち(ガントレット)が相手でも、三人がかりでこんなあっさりやられるなんて!!」
「いいえ。正直、寿命が縮む思いでしたよ。特にそちらの鎧の彼は、本気で僕を殺そうとしていましたしね」
ちらりと騎士のほうへ目を向ける。
ようやく意識がもどったのか、槍を掴み直すと鈍重な動きで立ち上がる。
まだ戦意は衰えを見せず、槍の矛先を僕らに向けて歩き出す。
「いや、もう十分だよ」
闘技場の入口から、新たな来訪者が訪れる。
誰かと思えば、昼間に僕たちを呼び付けたフェリクス・キングスフォートご当人だった。傍らには、知的な眼鏡をかけたいかにも賢そうな女の子もいる。
「イエーガー、すぐに人形を下がらせてくれ。パルメとグレイも同様にだ」
パルメという気弱そうな少女と、グレイという無表情の少年がすぐに人形へ指示を飛ばす。
イエーガーと呼ばれた強面の方の少年は、短く舌打ちするも二人と同じように騎士へ命令を出した。
こちらへ向かっていた騎士は歩みを止め、槍を上空へ向けたまま直立不動の姿勢をとる。あれが待機の状態らしいが、あの甲冑がやると立っているだけで凄いプレッシャーがあった。
「さて」
場が静まったのを確認してから、フェリクスが僕たちの方を向いた。
「まずは非礼を詫びさせてもらうよ。君の力を疑うわけではなかったけど、どうしても実力を確かめて見たくなってね。風紀委員の中で優秀な者を選び、君にぶつけさせてもらった」
「随分と小汚い手を使うじゃないか。十三人(ラウンズ)の名前が聞いて呆れるよ」
軽く挑発するつもりで言ったのだが、フェリクスは別段気にする風もなく話を続ける。
「そう言わないでくれ。僕としても、これから協力する者のことは正確に知っておかないと不安があるのさ。もし不服があるなら、お詫びの印に後でこっそり僕の自動人形を見せてあげてもかまわないよ。もちろん、能力も含めてね」
この申し出にはさすがに驚いた。
夜会参加者にとって、自身がもつ人形の魔術はできるだけ隠しておきたいものだ。それをこの男は教えると言っている。
自分が十三人だからという余裕によるものか?
いいや。こいつはそんな頭の軽い人物には見えないし、僕たちが格下の順位だからと侮っているようにも思えない。
単なる冗談か。それとも偽装(ブラフ)か。はたまた別に用意した策でもあるのか。
彼の申し出に僕はーー
「遠慮しておくよ」
乗らないことにした。
明らかに怪しい。別の人形を使って誤魔化すとかなら可愛いものだが、もしもこちらの人形を破壊するための罠だとしたら面倒だ。
リスクは避けて通るに越したことはない。
「そうかい? 僕は本気のつもりだったんだけどな」
ため息を吐いて残念そうに被りを振る。
なんとも芝居が板に付いた動作だ。
「それでは、代わりに君たちを夜のディナーにご招待しよう。学院内の僕の屋敷へ案内するから、ついてきてくれたまえ」
「悪いけど、それも遠慮させて……」
断ろうとした矢先、左腕を何かに引っ張られる。
見ると、鶴姫が上目使いで物欲しそうに僕の顔を覗いていた。口からは涎が止めどなく滝のように流れている。
「……やっぱり、ご相伴に預からせてもらいます」
「ふふふ、それでは行くとしよう」
優雅に立ち去ってゆくフェリクス。彼に続き、風紀委員の仲間たちが付いて歩く。
置いて行かれないよう、僕と鶴姫は足早に闘技場を後にした。