機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
辿り付いたのは、この美男子に御誂え向きの立派な佇まいの屋敷だった。
全体的に白い塗装と西洋風の煌びやかな装飾が広がっていて、余りの美しさに思わず感嘆の声が漏れる。
「遠慮せず上がってくれ」
勝手に扉が開き、中から数人の使用人とメイドが出迎えてくれた。
同じ学生でも、家柄一つでこうも違いが出るものかな。彼の様に敷地内に別宅をもつ金持ちもいれば、僕のように最安値のオンボロ男子寮で家計のやり繰りに四苦八苦する人間もいる。
神様。あなたはどうして人を平等に作らなかったのですか。
「あのう……本当に私達までよかったのでしょうか」
控えめな女の子の声がした。
先程、闘技場で会ったボブカットの少女、パルメだ。腕には倒された黒猫を抱え、ビクビクしながらフェリクスに聞いている。
「もちろんだよ。君たちにも余計な手間を取らせたからね。彼と一緒で済まないが、ささやかなもてなしをさせてくれ」
「い、いえそんな。私もクウちゃんも、別に気にしていませんから」
戦いの後だということを考慮しての発現だろうが、パルメは恐縮している。本当に気が弱いみたいだ。
クウちゃんと呼ばれた黒猫がその手を舐める。彼(?)なりに励ましているのかな。
「全くだぜ。あそこでフェリクスの旦那が止めなきゃ、今頃俺がそいつに取って替わって手袋持ちになっていたのによ~」
そう言うのは、いかにも厳つい目つきな強面のイエーガーと呼ばれた男子だ。そのすぐ傍にあの鎧騎士が鋭い槍を持って待機している。
「それは無理だよイエーガー。君でも、彼とそこの女の子を同時に相手にするのは無謀でしかない。直に戦った君が一番分かるだろ?」
「ぐっ……!?」
フェリクスに言い負かされてグウの音も出ないイエーガー。
まあ、もう一度戦っても勝敗に大差は出ないだろう。鎧騎士の性能は相当なものだが、それでも鶴姫と比べれば分が悪いと言わざるを得ない。
「…………」
そして、闘技場を出てから一言も喋らないグレイという男の子。時折、首元のマフラーの襟を正す以外特に変わったことはしていない。
というか眉一つ動かさない。本当に人間なのか疑問だ。
「あー、最悪。私のプリティーな死刈鎌(デスサイズ)ちゃんが滅茶苦茶だわ。ちょっとフェリクス、これ修理代出るのよね」
そんな主とは対照的に、えらく饒舌なのがこの自動人形。
いつの間にか着替えて新品の豪華なドレスに身を包み、外見は美しい妙齢な女性を思わせる容姿だ。手入れの行き届いた緑髪を三つ編みで半分纏めており、その姿は昔話に出てくる女王様を連想させる。
「一応、風紀委の予算から引き落とせるよう手配をしておいたよ。ボディや装備の損傷具合にもよるけど、六割ほどはこちらで受け持つことになる」
「六割? そんなんじゃ駄目駄目よ。迷惑料込みで全額負担にしないと、あんたのその貧相なケツに私の鎌をブッ刺してやるわよ」
だけど、その言葉遣いは非常に下品で意地汚い。
おまけに化粧や付けまつ毛までして、見ている方が呆れるくらい人間味溢れる行動ばかりしている。この主従、本当は逆の立場じゃないだろうな。
「さて、準備も丁度終わったところかな」
フェリクスに続いて、大きな屋敷に合った広さのある庭園へ出る。色取り取りの花々が咲き誇り、池の中を鮮やかな鱗の観賞魚が緩やかに泳いでいた。
庭園の中心には、あらかじめ用意された高級料理のフルコースが並べられている。
「今日は無礼講だ。皆細かなテーブルマナーは気にせず、思う存分楽しんでいってくれ」
言われるが否や、一人の少女がすかさず飛び出していく。
言うまでもなく鶴姫だ。
「ぱぐぱぐ……っ!?」
大口を開けて次々とテーブルの料理を平らげながら、鶴姫は歓喜の涙を流していた。
「すっ……凄いんだよウスイ!! 柔らかくて味が濃くてでも全然飽きてこない、こんなにおいしい料理は初めてなんだよ!!」
マッハで料理の乗った皿を空にしていく。
鶴姫に釣られて、僕も皿の一つに乗ったローストビーフを摘んで食べる。
「おおっ……!」
これは確かにうまい。
絶妙な焼き加減にしっとりとした噛みごたえが素晴らしい肉のハーモニーを醸し出す。
「気に入って貰えたかい」
フェリクスの問いかけに、僕は躊躇なく頷いた。
「それは良かった。君たちも自由に寛いでくれ」
言われて他の三組も、各々で小皿を手に取り料理を乗せていく。すぐに少人数での立食パーティーが始まった。
「さて、そろそろ本題に入ってかまわないかな」
「ああ」
庭園に置かれたアンティ―クの椅子に腰かけるフェリクス。
きれいなメイドさんが僕にも椅子を用意してくれたが、立食パーティーで座る必要もないと思い丁重に断った。
「改めて。僕の名前はフェリクス・キングスフォート。学院の三回生で、一応は風紀委主幹も務めさせて貰っている」
「知っているさ。そして、学院第四位の成績を誇る優等生にして夜会参加者でも在らせられる。登録コードは<銀槍の乙女(ヴァルキュリア)>。噂だと、自動人形はルネサンス期に製作された年代物だとか」
フェリクスの目に、初めて僅かな敵意の色が宿る。
「さすがに、そこまで知っているとは思わなかったな。いつのまに僕のことを調査したのかな?」
「別にそんな大げさな話でもない。人より少しだけ風の噂に敏感なだけさ」
本当は、学院について探りを入れる下準備の時ついでに調べただけだ。そうでなくても、学院成績の上位十三名を知らない馬鹿はいないだろう。
「では、僕も少し博識ぶってみるとしよう」
華麗な動作で足を組み直すフェリクス。
「神崎雨水。二ヶ月前に極東の島国・日本より留学した二回生の男子生徒。年齢十五歳。血液型AB型。髪の色は藍色(インディゴ)で瞳は黒色(ブラック)。入学時に受けた学力試験の順位は一二〇八位。しかし一週間前、不正行為を働き夜会の参加資格(エントリー)を得ていた前八十五位の生徒を倒し、入れ替わりで手袋持ちの仲間入りを果たした。登録コードは<白き銀風(シュトルムエッジ)>。使用する魔術は不明だが、さっきの戦闘を見る限り筋力強化に特化したものかな」
フェリクスはやけに楽しそうに語り部を演じる。
実績、情報量はあくまで自分の方が上だと誇示しているつもりのようだ。
「主幹権限で、学院が保管する機密情報を閲覧したのか。そういうのは職権乱用に当て嵌まらないのか?」
「これも事件調査の一環さ。個人の事情(プライバシー)を覗き見たのは素直に謝罪するから、どうか許してほしい」
立ち上がり、静かに頭を下げたフェリクス。
その所作がなんとも嘘臭いので、思わず吹き出してしまいそうになるのを堪える。
「今回呼び出したのは他でもない。ここ最近学院を騒がせている犯罪者、魔術喰いを倒すのに君の手を貸してほしい」
「そのまえに確認したい。魔術喰いというのは、一体何を指した呼称ですか。僕の知る限り、そんな登録コードの学生は聞いたことがないんですが」
再び椅子へ座り直したフェリクスは、メイドの淹れた紅茶のカップを手に取り話を続ける。
「魔術喰いとは、僕たち風紀委員が便宜上付けた呼び方さ。その実態は謎だらけ。目撃証言もいくつかあるけれど、誇張された部分が大きく、噂だけが一人歩きしている。切り裂きジャックの再来とも言われる、まさに生きた都市伝説さ。分かっていることは、奴が自動人形を破壊するのが大好きで、現在もこの学院内に潜んでいる可能性が高いということだけだ」
「それで、その切り裂き魔さんと僕を選んだことに、一体何の関係があるんですか」
「理由があるとすれば、君たちの可愛さに一目惚れといったところかな」
真顔で言われて思わず引いてしまう。
「冗談だよ」
すぐに否定するフェリクス。ホッと胸を撫で下ろす。
昔から童顔だったために、その手の冗談や誤解には懲り懲りしている。何が嬉しくて男にモテなければならないんだと、この顔で生んでくれた両親を恨みたくなってしまう。
「君に声をかけたのは、魔術喰いである確率が極めて低いと判断したからさ」
「その根拠は?」
「君はついこの間まで、夜会とは縁遠い学年最下位クラスの人間だった。それが突如、現役の手袋持ちを倒したうえにその空き枠を奪い取った」
「その説明だけ聞くと、まるで僕が盗人みたいに聞こえるよ」
「これは失礼。細かな経緯はともかく、そうして君は見事に夜会への参加を決めたわけだが……」
フェリクスはカップに口づけて紅茶を飲む。
そして、口からカップを放すと同時に可笑しなことを言った。
「君自身、本当は夜会に参加したくはないんじゃないか?」
「――――――」
何を言っているんだ、この男は。
「何を言うかと思えば……そんなことあるわけがない」
「なぜだい?」
「夜会――正式名称ヴァルプルギスの夕べは、四年に一度開催される<魔王(ワイズマン)>を選定するための一大イベントです。学院の成績上位百名が機巧戦闘を用いて潰し合い、最後に残った一人が、同世代で最も優秀な魔術師の称号・魔王になることができます。魔王の称号があれば、国際魔術憲章及び魔術師の倫理規定の埒外な存在となり、禁術の使用、禁書の閲覧に関わるあらゆる制限と制約から解放された特権だって持つ。それだけの特別待遇を得るための貴重な機会を、どうして拒否する必要があるんです」
僕は当然のように答える。
それで納得すると思っていたが、フェリクスは笑みを崩そうとはしない。
「確かに、魔王の称号は魔術師であれば誰にとっても魅力的だ。一般には公開されていない秘術、秘法を自由に紐解くことができる。どこかの国の軍隊に付けば、間違いなく将官待遇で迎えられるだろう。人生バラ色が約束されたようなものだ」
「だったら……」
「しかし、君は魔王になれるとは考えていない」
ズバリと、目の前の男は確信をもった目で言い放つ。
「…………」
何か言い返さなければならない。
そのはずなのに、口からは思うように声が出てくれない。
僕の反応を肯定と取ったのか、フェリクスはかまわずに話を続ける。
「聞くところによると、君は一部の生徒から<見習い(アプレンティス)>と呼ばれているらしいね。初めに聞いた時は、何故そんな呼び方をするのか理解できなかった。でも調べていくうちに、その理由が分かったよ」
傍らに立つ眼鏡をかけた女の子が、数枚の書類をフェリクスに手渡す。
「君は工学の授業を受けた際、何度か教材用の自動人形を故障させているね。立ち会った担当教師の見解によると、原因は魔力の注ぎ過ぎによる過負荷(オーバーロード)。教材用の人形は型も古く、あまり高出力に耐えられないよう設計されているからね。その後も、君は同様の事例を計五件引き起こしている」
「正確には六件です。昨日記録が更新されました」
魔力を注いだ瞬間に、人形が壊れたブリキのように停止してしまったのは言うまでもない。さすがに、工学の授業で自動人形を使った実習はもう受けさせてもらえないだろう。
「そう。人形使いでありながら魔力の制御も碌に出来ず、扱える自動人形はそこで食事をしている乙女型一体のみ。いくら実力があろうと、魔術師としてここまで未熟では見習いと名付けられるのも無理はない」
そして、と一度間を置いてから言葉を繋ぐ。
「君が夜会で勝ち残れる可能性は、残念ながら無きに等しい。」
実に冷静な判断力だ。
確かに、僕の実力では同クラスの者ならともかく、上位に君臨する十三人には到底勝ち目がない。
鶴姫の魔術回路は極めて優秀だが、これは使い手の技量が伴わなければ十全に威力を発揮しない。今の僕の実力では、本気の十三人には確実に通用しないと思う。
「さらに、夜会は場合によっては命すら失いかねない過酷な戦いだ。参加する限り、君も君の人形にも常に危険が付き纏う。君は彼女を特に大事に扱っているようだから、あまり強敵との戦闘はさせたくないんじゃないかな」
一番気にしていたところを見抜かれた。
「……それで、一体僕に何をさせたいんですか」
「君の参加資格(エントリー)、それをある人物に譲ってほしい」
「誰ですか」
「二日前から転入してきた二回生の生徒さ。彼は夜会に参加したいらしく、昼間にも十三人の一人に勝負を挑んでいる」
……それは愚かを通り越した馬鹿だ。夜会の参加資格を奪うにしても、いきなり十三人に勝負を挑むとは。余程自身があるのか。それとも単なる無能か。
そういえば。昼食前に外が騒がしくなったことがあったが、もしかしてあれがそうだったのか。食堂まで駈け出した鶴姫を、慌てて追い駆けたからよく見えなかった。
「名前は赤羽雷真。君と同じ日本出身の留学生だ。もしかしたら、既に会っているかな」
その名前を聞き、今朝食堂で最後に聞いた言葉を思い出す。
『ただ少しーーーー殺し合いになるだけさ』
あれは、このことを言っていたのか。手袋持ちに単身勝負を挑むとなれば、場合によっては不可抗力で命を落とすこともありうる。
「彼には今度、魔術喰い討伐の依頼を出す予定だ。夜会への参加資格を報酬にすればきっと引き受けてくれるだろう。彼が無事成功した暁には、君の参加資格を譲渡する予定にしてある」
「他の人が魔術喰いを倒した場合は?」
「その時は、二人分の枠を作るまでさ。九十位から百位内は実質見込みのない者たちばかりだから、強引にでも一人の順位を引き下げてその位置へ雷真を宛がえば済む」
どちらに転んでも魔術喰いは退治され、雷真は手袋持ちへ挑戦する理由がなくなり、学院の風紀を乱す余計な騒動も起きなくなる。極めて合理的な発想だ。
「友人の身が心配なら、君が雷真に手を貸してもかまわないよ。僕の見立てでは魔術喰いは十三人に匹敵する実力だが、君ならやられる心配はなさそうだ」
「簡単に言ってくれますね。僕を試した目的は、信頼に足る相手か見極めることと、僕が魔術喰いでないという最後の確認のためですか」
フェリクスは丁度紅茶を飲みきり、空になったカップをメイドに渡す。
「ああ。犯人の最大の特徴は、獲物の心臓部――魔術回路のある部分を消滅させること。そのやり口も、切ったり焼き尽くしたりするのでなく、まるで飴が舐め溶かされたようにきれいな円形状に抉り取るという凶悪な手段だ。君たちの戦いを見せてもらったが、そのどちらにも該当する要素は見受けられない」
食人(カニバル)と砂糖菓子(キャンディ)。確かに、犯人のやり口を明快に表現した揶揄だろう。
「もちろん、君にも相応の報奨金を用意させてもらうよ。これで引き受けてもらえないかな」
最後の確認を迫るフェリクス。
彼の提示した取り引きに対して、僕が選んだ選択はーーーー