機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
「それで、俺が自分の後釜にふさわしいか見極めるってわけか」
赤羽さんが料理を食べながらそう言う。
あれから一日が経った。午前中の授業を終えた僕は鶴姫を伴って昼食を頂きにきたのだが、そこでたまたま赤羽さんたちに出会った。
今はこうして共に食事をしている。
「こんな変態男に興味をもつなんて、あんたもとんだ酔狂ね。東洋人には頭の可愛そうな人しかいないのかしら」
「これシャルよ。その言い方は彼らに対し無礼だぞ」
赤羽さんの隣りから、極めて刺々しい乙女の声が飛んできて、それを傍らの仔竜が諌めた。
シャルロット・ブリュー。
きらびやかな金髪と、蒼い瞳が特徴の美少女。僕たちと同じ二回生でありながら、第六位の成績を誇る十三人の一人だ。
話によると、赤羽さんが財布をロッカーに忘れてしまい、それを見かねたブリューさんがお金を貸して上げて、何故かそのまま一緒に昼食をとることにしたらしい。
この二人、昨日は夜会参加を賭けて戦ったばかりだと、他の生徒から聞いていたのだが……。
ブリューさんは嫌そうにしているが、そこに敵意と呼べるものはない。赤羽さんなど笑って会話を楽しもうとしている。
この二人、なかなかの大物かもしれない。
「ふん、別にかまわないわ。人形遊びする変態と、そんな男に肩入れしようとする愚か者に敬意を払う必要なんてないじゃない」
「そうして頭ごなしに相手を侮辱するから、いつまで経っても友人が出来ないのだ。君は、もう少し淑女としての嗜みを身に付けなければ……」
「黙りなさいシグムント! そのチキンを今すぐ下げて、トウモロコシと取り換えるわよ!」
恥ずかしそうに頬を染めて、鶏肉を咀嚼する仔竜へ文句を述べるブリューさん。
「別にいいですよシグムント。僕はただ、自分の利益の為に赤羽さんを利用させてもらうだけですから」
そう言い赤羽さんの顔を見る。
赤羽さんは真剣な目で、僕を値踏みするようにじっと視線を投げかけてきた。
「雷真。雨水さんの顔をジロジロ見て、まさか夜々よりソッチの方がいいなんてことはありませんよね」
「誤解は止せ夜々。俺にそんな趣味はない。雨水の方も妙な勘違いはするなよ?」
「分かってますよ」
もうそのネタには慣れている。嫌な話には変わりないけど。
「にしても」
赤羽さんの目が下を向き、フォ―クを握る僕の右手――そこに嵌められたシルクの手袋を捉える。
「まさか、お前が手袋持ちとは思わなかったぜ。昨日は手袋をしてないから気が付かなかったしな」
「ごめん。騙すつもりはなかったけど、特に言う必要もないと思ったから」
あの時は慌ただしく着替えたから、つい手袋を付けるのを忘れていた。
「そうだよ。ウスイは肝心なところで抜けているんだから、私がついてないと駄目なんだよ」
パスタをスープのように吸い上げながら鶴姫が言う。今の格好は戦闘用のボディスーツではなく、羽の模様が刺繍された青いセーターとチェック柄のスカートを着ていた。彼女が普段から利用する、お気に入りの一着だ。
「抜けてるはひどいなあ。そもそも、鶴姫がしっかり一人で着替えていたら、何の問題もなかったと思うよ」
「き、昨日はたまたま失敗したんだよ! 私もう子供じゃないんだから、一人でお着替えくらいできるもん!」
「はいはい」
鶴姫が背伸びしたくなる年頃なのは分かるが、まだまだ未成熟な状態なのは変わりなく、しばらくは僕が身の回りの世話もしてあげないと駄目だろう。
本当に、子供の面倒を見るのは大変だ。さしずめ、年が離れた手間のかかる妹ってところかな。
「赤羽さんが魔術喰いを倒すなら、僕もできる限りの協力はする。うまく退治できれば、赤羽さんは夜会に出場できるようになって、僕はフェリクスから報奨を手に入れる。そんなに悪い条件の取り引きでもないと思うけど」
「その前に、お前は本当に夜会を下りていいのか?」
赤羽さんが言いたいのは、ようするに「魔王の地位を諦めきれるのか」という意味になる。
「うん。魔王の座に未練がないわけじゃない。でも、僕自身が夜会で生き残れる自信も確率もないと思っているから、それなら他の人に譲ってもいいかなって」
「やけにあっさりしてるな」
「元々、手袋持ちになったのも色んな事情が重なった偶然の産物だし。棚から落ちた餅を食べて後で痛い目見るより、そっと戻して平穏に生きていたいんだ」
その時、僕たちの話を静かに聞いていたブリューさんが口を開いた。
「腰抜けね。臆病な奴ね。とんでもないチキン野郎ね。ようするに、勝負する前から諦めて、目の前の敵に尻尾を振って逃げ出すだけでしょ」
「否定はしませんよ。どうせ僕には、才能がないですからね」
「呆れた、おまけに卑屈ときてる。実戦に才能も名声も関係ないわ。あるのは、強い者が勝ち残るという唯一の真理よ。勝手に負けることを恐れて言い訳を並べ名誉ある戦いを放棄するなんて。あなたそれでも魔術師? そんなことだから実習でも失敗続きで<魔術師見習い>なんて呼べれるのよ」
畳み掛けるようなブリューさんの言い分に、赤羽さんが食って掛かった。
「おいシャル。いくらなんでも言い過ぎだぞ」
「馴れ馴れしく呼ばないでって言ったでしょ。それに、黙っているのが退屈だっただけよ。なんなら、あなたが盛り上げたらどう?」
「へえ、お前も一応は盛り上がりたいわけか?」
「一人だけ仲間外れにされて寂しいなんて、結構可愛いところもあるんですね」
「な……くっ……シグムント!! このバカ共を消滅させるわよ!!」
「落ち着け、シャル」
そのままブリューさんとシグムントが軽い口論に入る。とはいえ、感情的なブリューさんをシグムントが諭すように落ち着かせるという、父と子供を思わせる和やかな風景だ。
僕は師匠が母親代わりになってくれたけど、父親のような人はいなかった。だから、こういう場面を見るとどうしても羨ましく思ってしまう。
「大丈夫、ウスイ?」
気が付くと、食事を中断した鶴姫が僕の服の裾を掴んでいた。心配してくれたらしい。
「うん、なんでもないよ」
「そっか。なんか、ちょっとつらそうな顔してたから大丈夫かなーって」
「心配してくれてありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
「わかったー」
再び食事に戻る鶴姫。
「赤羽さんは、結局この話受けますーーーって、どうしましたか?」
言葉の途中で、赤羽さんの様子が変だと気付いた。
彼は目を向き、ひたすらガラスの向こうの外を凝視している。
「……急にどうかしたの?」
ブリューさんたちも気になったらしく、赤羽さんに問いかける。
赤羽さんは答えない。ーーー否、答える余裕がないのか。
無視されたと思ったブリューさんが抗議する。それでも、赤羽さんの視線は動かずに一人の学生を追い続けていた。
銀の仮面。黒い礼服。悠然と外道を歩くその姿を見て、彼が誰かすぐに判別がついた。
<偉大なる者(マグナス)>。夜会のトップランカー十三人の中で第一位に君臨する、次期魔王の筆頭有力候補。全ての才能(センス)でずば抜けており、その総合成績は歴代一位。学院始まって以来の天才と称えられている男だ。学生からは敬意を込めて、「元帥(マーシャル)」とも呼ばれている。
「何よ、今度はマグナスを狙うわけ? 悪いことは言わないからやめなさい。彼には、絶対勝てないから」
ブリューさんの忠告を聞いても、赤羽さんは引く気配を見せない。
「あいにく、俺は筋金入りの馬鹿でね。試すまでは我慢できないのさ」
その時、赤羽さんと目が合う。
きれいな紅い瞳は、先程とは別人のように凶悪な光で満ちていた。
(僕はーーーこの眼を知っているーーー)
かつて、一度だけ師匠が同じ眼になったことがある。
僕を引き取る前の、若い頃の話を聞かせてくれた時。ある人物の話をした時に見せた眼の色。
己の全てを奪った仇敵に対する、絶対的なまでの憎しみーーー。
「夜々!!」
「はい!!」
赤羽さんが席を立ち、夜々さんが食堂の窓を叩き割った。
二人はそのまま、地面を歩くマグナス目掛け飛び降りていく。
「ちょっと本気!? 待ちなさい!」
ブリューさんの制止の声も、今の彼には届かないだろう。
復讐に身を委ねた者は、生半可な言葉や行動では振り向きすらしてくれない。
「鶴姫、来い!」
「うん!」
だから僕は彼の無謀を止めるべく、その背中へ追い縋るように飛翔した。