機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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6話 遭遇

◇◇◇◇◇◇

 

 ようやく出会った。

 奴の顔が見えた瞬間、かつて目に焼き付けられたおぞましい惨劇の情景が蘇る。

 大広間を埋め尽くす炎の海。

 むせかえるような、おびただしい量の血と骸の山。

 その残骸の中心で悠然と立ち尽くす一つの影。まるで幽鬼のような男の足元には、俺の見知った人間が倒れていた。

「親父!!」

 顔面をひどく傷つけられ人相は変わってしまったが、それは紛れもなく赤羽一門の当主。俺の父親だった。

 父の周りには、懐かしい親族たちの顔も見える。いずれも凄腕の人形師であったが、一人残らず事切れ、今では物言わぬ死体と化している。

 ……俺は、悪夢でも見ているのか?

 現実感がまるでない。

 俺はゆっくりと、先程あえて視線から外していたものに向き直る。

 見間違いだと信じたかったそれは、やはり確かにそこにあった。

 祭壇上で無残に中身を引きずり出され、見るに堪えない姿となった少女。

 それでも、見慣れた着物や背格好、残滓のごとく残された雰囲気がその骸の正体を知らせる。

 

「撫子……っ」

 

 ほんの少し前まで、柔らかな笑顔を浮かべていた妹だったもの。

 俺の心はぐしゃぐしゃに引き裂かれ、喉が潰れるほどの絶叫が迸る。

 そうして無様に這う弟を、返り血に染まった兄の冷徹な瞳が見下ろしていた。

 

 

――――――――――

 

 

「待てよ、お面野郎。それとも<偉大なる者(マグナス)>って呼ぼうか?」

 俺の言葉を聞いた男ーーマグナスは歩みを止める。

 同時に、彼を護るように二体の乙女型自動人形が前に出た。

 その片方、薄い桃色の髪の少女を見て、俺は思わず顔をしかめてしまう。

 しかし同時に、古傷を燻られるような激情が内面を駆け巡り、心臓は爆発したかのように鼓動を加速させていく。

 その人形は、この俺から見てもあまりに似すぎていた。

「お人形はべらせてお散歩か? 相変わらず、反吐がでるほど最低の趣味だな」

「誰だ」

「つれないこと言うなよ。遠路はるばる、地球の反対側から会いに来てやったのに」

 軽口を叩きつける間も、俺の芯は劫火の渦で燃え上がっていた。

 真に怒りで心が支配されたとき、人はむしろ凍ったように冷静で冷酷になる。

 感情を殺し、言葉を抑えて、それでも俺の怒気は全身から溢れ出ているらしい。道を歩く学生は足を止めて、食事を楽しんでいた生徒も皆揃ってこちらを凝視する。

 奴は俺の顔をしげしげと眺める。

 やがて口を開くと、不気味なくらい穏やかな声で呟いた。

「人違いをしているようだな」

「別にそれでもかまわないぜ。俺はただ、こいつをーー」

 そう言って俺が腕を上げた、その刹那。

 気が付くと、花束を思わせる甘い香りが流れてきた。

 視界を覆うふわふわしたフリル。手足に触れる少女たちの柔らかい肌。そして、俺の喉元にはいくつもの刃が突きつけられている。

 まるで花束に囲まれたように、俺は計四体もの自動人形に包囲されていた。

「雷真!」

 夜々が助けようと動いた瞬間、喉元に刃が食い込んだ。肉の裂ける音がして、うっすらと血が滲んでくる。それを見て、夜々は完全に身動きを封じられてしまう。

 この距離なら、夜々が駆けつけるよりも早く、乙女の刃物が俺の首を落とすだろう。

 (ーーいつ現れた? 全く気配を感じなかったぞ。いや、そんなことより……!!)

 だが俺が本当に驚いたのは、目の前に颯爽と現れた一組の男女の方だった。

「雨水!! 鶴姫!! お前ら何をやってんだ!?」

 二人はマグナスの目の前に立ち、奴を護衛するために残った二体の乙女と対峙している。

 それぞれが相手の武器を持つ方の腕を両手で抑え込む。

人形である鶴姫はともかく。生身の人間の雨水が、素手で奴の人形を抑え込んでいるのは目を疑うほど信じられない光景だった。

「それはこっちの台詞です。あなたと彼の間にどのような事情があるか存じませんが、自ら死に向かう友達を見捨てるわけにはいかない」

「そうだよ! それに雷真が死ぬと、夜々ちゃんが泣いちゃうんだよ。誰かが泣くの、私はすっごく嫌いなんだから!!」

 二人は輝いた笑顔を俺に見せてくれる。

 夜々も、二人の声を聞いて嬉しそうに微笑み、俺に優しげな表情を向けてくれた。

 ……皆、どうして俺を助けてくれるんだ。ただ復讐だけを目的に生きる、こんなろくでなしの俺なんかを。

 マグナスは乱入してきた二人に目を置く。観察するように数秒見つめていたが、やがて興味をなくしたようで視線を外す。

 奴が夜々と二人に危害を与えないうちに、早く「例の物」を渡してしまおう。

「……二人とも、少し下がっていてくれ。無茶な真似はしないさ」

 俺の言葉を信じてくれたようだ。二人が乙女の腕を放し、そっとマグナスから距離をとる。

 俺は二人が下がるのを確認してから、ゆっくり腰のハーネスに手を入れた。

 再び喉へ切っ先が押し当てられる。

「はやるなよ。せっかくお近づきになれたんだ。そのしるしに、こいつを進呈したいと思ってな」

 中から、一つの小さな小瓶を取り出す。

 そこには黒ずんだ粉が入っている。今は見る影もないが、以前は俺が妹と呼んでいた、目の前の人形と同じ顔をもった少女の身体から出た遺灰だ。

「下がれ」

 俺の意図が伝わったようだ。マグナスが命令すると、人形の乙女たちは一斉に武器を引く。

 桃色の髪の乙女が小瓶を受け取り、そっとマグナスの右手に手渡した。

「ありがたくもらっておこう」

 そう言い残し、マグナスと六体の人形は去って行った。

「雷真……! 大丈夫ですか!!」

 夜々が目一杯涙を浮かべながら、俺の身体にすがりついてくる。

「すみません……! 夜々がついていながら……っ!」

「いや、俺のほうこそ悪かった。それと、今のでよく分かったぜ、夜々」

「え?」

「あいつのところまで辿り着くには、正攻法でいくしかねえ」

 額の冷や汗を拭う。今頃になって、膝がガクガク震えだした。

 恐怖が骨の髄まで染み渡り、本能が、魂が、はっきりと負けを認めてしまっている。

 シャルの言葉に嘘はなかった。

 今の俺では、絶対に勝てない。それこそ、万に一つの勝機も見いだせないまま、惨めに惨殺されて終わりだ。

 奇襲や私闘に意味はない。文字通り、無駄に命を捨てる。

 奴を仕留めるなら、夜会の舞台で戦った方がうまく立ち回れるだろう。

 それでもなお、勝てる見込みは限りなく零に近い。

現に、たった一度の遭遇で死にかけた。下手をすれば、俺の首は今頃奴の足元に転がっていたかもしれない。

(夜会が終わるまでに、俺はあいつと同じ領域まで辿り着けるか……?)

 圧倒的な実力差が断崖のようにそびえ立つ。見えざる壁が俺を嘲笑い、足元の大地が体を呑み込んでいくような圧迫感。

 力の差に絶望し、気力すら失いかけた、その時ーー

「怪我はありませんか、赤羽さん?」

 ポンと、左肩を叩く手の感触がした。

 見上げると、太陽に照らされた雨水が心配そうな顔で覗き込んでいた。傍には鶴姫もいる。

「ああ、ちょっと皮膚が切れちまったけど、大したことはない」

「よかった。でも、放って置くと服に血痕がつくかもしれません。よろしければ、これで血止めを」

 雨水は腰のポーチを開け、そこから白いガ―ゼとテーピングを取り出し俺に渡してくれた。

「すまねえ。遠慮なく使わせてーー」

 受け取ろうとした俺の前に、夜々がいきなり割り込んできた。

「その必要はありません。雷真の身体に残る傷は、一つ残らず夜々が消し去ります」

 夜々は何故か目を瞑り、その小さな唇を俺の首に押し付けようとする。

「おい、なんで顔を近づける」

「傷についたばい菌を消毒するためです」

「どうやってだ! まさか舐めて消毒とか言わないよな!? 余計に出血が増えるからやめてくれ!」

「だったら、別のところを舐めてあげます! 気持ちよさで痛みなんて吹き飛ばしてあげます!」

「どこを舐めるつもりだ!? って言っている傍からズボンを下ろそうとするな!!」

 その場でしゃがみ込み、ベルトの留め具を外しにかかる夜々を必死に取り押さえる。

 横では雨水たちが、微笑ましい表情で俺たちを眺めていた。頼むから、見てないでこの痴女を止めてくれ!

 そう言おうとした時、離れた位置から白々しい拍手が聞こえてきた。

「噂通りの男だね。まさか、編入四日目で<元帥>閣下に挑もうとするなんて。ウスイが気にかけるのも分かるよ」

 一人の男子学生が、友好的な笑みを向けて近づいてくる。

 見栄えするさらりとした髪が綺麗な、なかなかの美男子だ。

 彼は微笑みながら、行儀よく一礼した。

「初めまして、ミスター・アカバネ。僕はフェリクス。ウスイから既に大体の話はきいているだろう。少し時間をくれないかな?」

 どうやら、雲行きは俺の予想以上に困難な道のりになりそうだ。

 

◇◇◇◇◇◇

 

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