機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
あの後、僕たちはそのまま午後の講義を一通りこなした。
赤羽さんは授業終了の鐘が鳴ると、すぐさま夜々さんを連れて講堂を出ていく。
外ではフェリクスが待ち構えており、赤羽さんは彼を確認して軽く話をしてから前庭を一緒に歩いて行った。
ゆっくり立ち去ってゆく彼らの姿を、ブリューさんが夕闇に染まる講義室の窓からじっと眺めていた。彼女の座る席には、仔竜のシグムントもいる。
「彼が気になるのか?」
シグムントが鋭い質問をした。
「ななななんのことよ。ふふふざけたこといわないで」
「別に隠さなくともよいだろう。実際、彼は面白い人物だ」
「なな何も面白くなんかないわ」
「ブリューさん。シグムントが言っているのはフェリクスではなく、赤羽さんの方ですよ」
頬を上気させて照れるブリューさんに、シグムントが言おうとしていたことを伝える。
「そうですよねシグムント」
「うむ、その通りだ」
「そうかしら? どう見てもただの変態じゃない。ていうかあなたたち、まだ寮に帰ってなかったのね」
辺りを見渡すと、教室内に残っていたのは僕たちだけだった。
他の生徒は既に退室して自室へ戻っている。
「すぐに帰るつもりでしたが、やっぱり僕も赤羽さんたちが気になってしまいまして」
「も~っ、ウスイは心配性過ぎなんだよ。私は一刻も早く、夕飯のホワイトシチューを食べに行きたかったのに~」
鶴姫がプンプンと擬音が聞こえそうな、可愛い怒り方をした。
「シャルよ、覚えているか。昼間彼は、私や鶴姫を人形としてではなく、一個の人格をもった存在として見ていたのだ。もちろん、自身の夜々(パートナー)も含めたうえで」
「…………」
「自身の自動人形ならまだしも、他人がもつ自動人形など文字通りの人形、あるいは兵器や道具としてしか見ないのが普通だ。それを彼は、別段気にする風もなく知り合いのように我々へ接してくれた」
シグムントの発言を聞き、ブリューさんが考え込む。
「講義中、彼の自動人形が彼の首を絞めたことがあっただろう?」
「赤羽さんが夜々さんの逆鱗に触れて、痴話喧嘩になったときですね?」
「そうだウスイ。あの時、彼は抵抗もできず締められるままになっていた。自動人形の制御も満足にできないのかと、他の学生たちは揃って笑い声を上げていたな」
そこで、ブリューさんがはっと何かに気付いた様子を見せた。
そう。彼女も知っている通り、赤羽さんは未成熟とはいえども優れた人形使い。中でも溢れんばかりの潜在魔力量は、思わず羨望を抱いてしまうほどだ。
彼が夜々さんを停止させることなど、さして難しくもない。
「思うに、彼はなかなかにセンチメンタルな男のようだ。もっとも、それは君にも言えることだぞウスイ」
「そうでしょうか? あまり気にしたことはないですね」
そんな口ぶりなのに、シグムントの声は結構好意的だ。ひょっとして、彼は赤羽さんが気に入ったのだろうか。
「よかったな。彼は君と気が合いそうだぞ?」
「合うわけないでしょう。あんなおセンチ野郎と、リアリストの私を一緒にしないでちょうだい」
それを聞いたシグムントは笑い、ブリューさんが若干機嫌を損ねてしまう。
「ウスイ~お話まだ? もうお腹ペコペコで歩けなくなっちゃうよ~!」
こっちにも、機嫌の悪いお転婆娘がいたっけ。
半泣きで僕を睨む鶴姫が、制服の袖をギュッと掴み何度も引っ張る。
「あの、僕らもそろそろ失礼させてもらいます」
「かまわないわよ。わざわざお喋りに付きあってくれてありがとう」
静かに席を立ち、僕らの横を通り講堂の玄関へ向かうブリューさん。シグムントも彼女を追って左肩へ飛び乗る。
「あと一つ。伺ってもいいですか」
「なにかしら?」
教室の扉の手前に立つブリューさん。振り向かないが、答えてくれる気はあるようだ。
「話に聞く限り。彼らは二度、あなたを助けたそうですね。一度は敵からかばい、二度目は見逃した。もしも、彼らが敵としてあなたの前に現れた場合、倒す覚悟はありますか?」
それは十分起こりうる事例だ。
赤羽さんが夜会の参加を狙う以上、再びブリューさんへ挑戦することは考えられる。
また仮に。予定通り僕の参加資格を彼が手に入れたとしても、夜会へ出場すればいずれ二人がぶつかる可能性も零ではない。
ブリューさんは、重い問いかけを振り払うかのごとく、毅然とした態度で答える。
「私はシャルロット・ブリュー。気高き一角獣の紋章と北の領地を賜った、ブリュー伯爵家の娘よ。邪魔になる者はーーー誰であろうと排除するわ」
「それが、あなたの覚悟ですか?」
「ええ。私には、なんとしても魔王の座を勝ち取り、叶えたい夢があるんだから」
誇りの込められた、力強い返答だった。
彼女は拳を握り、勢いよく扉を開けて教室から去って行った。
「……叶えたい夢、か」
「ウスイ?」
僕の反応が気になったのか、鶴姫が首を傾げる。
なんでもない、と僕は彼女に言い放ち、もう一度窓の外へ視線を向ける。
夕暮れのキャンパスに人影はなく、空は血で染まったように不気味だった。