機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~ 作:井倉丼
「シチュ~それは魔法のスープ~白くて温か元気のもと~~~っ!」
陽気な歌声を響かせ、小走りに道を進む鶴姫を僕は少し後ろから見守る。
くるくるとステップを踏んで踊る愛らしい様は、さながら森の精霊といったところか。
時折談笑しながら歩く生徒とすれ違い歩く、特にいつもと変わらない風景だ。食堂まではあと二分もすれば着く。
「ウスイ! 今日もご飯が楽しみだね!」
「楽しいのは分かったから、できればもう少し一回で食べる量を減らしてほしいな」
「えーっ!! なんでなんでなんでーっ!!」
「お前の食事量ははっきり言って多すぎる。このペースで生活を続けたら、あっという間に我が家は破綻する」
「そうなの? あれでもちょっと抑えて食べてるのに?」
開いた口が塞がらない。普段からマンモス級のエネルギーを摂取している癖に、それでも満足してないのかこの娘は。どんな体内構造をしているのだろうか。
「できれば、もう少し量を減らして……」
「やだ!」
「ほんのちょっと……」
「やーだ!」
鶴姫は頑として拒む。
お財布事情は厳しいが、あまり鶴姫に負担はかけたくない。くれぐれも鶴姫の機嫌を損ねないようにと、師匠からも念を押されているし。
「……好きにしてくれ」
「やったー! ウスイ大好き!!」
仕方なくこちらが折れると、鶴姫がウサギの様に飛び付いてきた。
ちょっ、鶴姫さん!? 当たって、胸がぐいぐい押し付けられてますって!!
「天下の往来で、随分お盛んなことですね」
水を撒いたような冷ややかな声だった。
じゃれ合う僕らを、いつのまにか一人の女子生徒が見つめている。眼鏡をかけた知的な印象の、どこか見覚えのある顔だった。えっと、誰だったかな。
「誰なの?」
「誰ですか?」
二人同時に質問する。
問われた女子生徒は軽くため息を吐き、眼鏡を人差し指でくいっと上げる。
「風紀委員主幹補佐のリゼット・ノルデンです。先日にもお会いしたはずですが?」
きつい視線を飛ばしてくるノルデンさん。
思い出した。フェリクスの屋敷に行った時、彼の傍に仕えていた人だ。
「あの時は名乗りそびれましたね。僕の名前はーー」
「教えてくれなくて結構です、ウスイ・カンザキ。人形と変態行為に励む蛆虫野郎の名前など、覚えたくもありません」
ノルデンさんはさげずみの目で僕を見て、そんな侮蔑の言葉を告げてきた。
というか、覚えたくない癖に僕の名前知っていたのか。
「ノルデンさんはどうしてここに?」
「私は風紀委員として夜間の巡回をしています。貴方もご存じでしょうが、現在この学院では魔術喰いが人形を襲っていますから。我々も見回りの回数を増やして、犯人の捜索に全力を入れています」
「大変そうですね」
「ええ、本当に大変。ですから私は、貴方のような青虫男と悠長に無駄話をする暇はないんです。分かったら二度と話しかけないでもらえます?」
そのまま立ち去ろうとするノルデンさん。
「なんだあの人。感じ悪いな」
ほぼ初対面の男性相手に、あれだけの罵詈雑言を平然と言ってのけるとは。あれが、話に聞く男性恐怖症というやつだったりするのかも。
「待たせてごめん鶴姫。早く食堂へーーー」
鶴姫と食堂へ向かおうとしたが、彼女はじっとしたまま動かない。
やがて、僕から離れると一目散に走り出してしまう。
「鶴姫!? そっちは食堂じゃないぞ!!」
呼んでも止まる気配のない鶴姫を、僕は急いで追い駆けた。まだ残っていたノルデンさんも、慌てて僕の後ろから付いてくる。
「なんだっていうんだ……っ!」
しばらく走ると、やがて鶴姫は技術科校舎の裏手へ曲がって行った。
見失うまいと速度を上げて、すぐに同じ角を曲がる。
「おい鶴姫! 一体どうしたーー」
角を曲がった先、鶴姫はそこで静かに佇んでいる。普段の天真爛漫な顔は形を潜め、まさに人形そのものとした感情のない空虚な表情だった。
今まで共に生活してきて、こんな目をした彼女は見たことがない。
彼女は無言のまま、眼下に転がったソレを眺めている。
上半身と下半身で真っ二つに別たれた人型。断面から壊れたギアやコードがはみ出ており、人間の体内を覗き込んだようにな錯覚をしてしまう。
周囲は飛び散った血や破片でひどく汚され、さながら獣が喰い散らかした後のようだ。
中でも一際注目を集める、奇妙に広がった空洞。
本来なら心臓があるべき箇所は、滑らかな傷痕だけを残し、スッキリ抉り取られていた。
技術科校舎の壁にひっそりと打ち捨てられていたのは、何者かに破壊された自動人形の残骸だった。
「こ、これは……!?」
ようやく追い付いたノルデンさんは、全力疾走で乱れた呼吸を整えようと必死だった。しかし、壁際に転がる人形の残骸を見た瞬間、再び息は上がり顔面蒼白になってしまった。
「貴方たち、この場所で一体なにを……!!」
「い、いえ違います! 僕たちはなにも知りませんーーーっ!!」
誤解を受けないよう弁明しようとしその時。ゴトリと、芝生の上に大きなものが倒れる音がする。
振り返ると、意識を失った鶴姫が地面に横たわっていた。
「鶴姫!!」
僕は慌てて鶴姫に駆け寄る。
何故かこの時。僕が触れた彼女の身体は鉛のように重く、その肌は鉄のように硬い冷たさで覆われていた。