機巧少女は傷つかない ~白き妖刀と人形使いの物語~   作:井倉丼

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8話 食べ残し

「シチュ~それは魔法のスープ~白くて温か元気のもと~~~っ!」

 陽気な歌声を響かせ、小走りに道を進む鶴姫を僕は少し後ろから見守る。

 くるくるとステップを踏んで踊る愛らしい様は、さながら森の精霊といったところか。

 時折談笑しながら歩く生徒とすれ違い歩く、特にいつもと変わらない風景だ。食堂まではあと二分もすれば着く。

「ウスイ! 今日もご飯が楽しみだね!」

「楽しいのは分かったから、できればもう少し一回で食べる量を減らしてほしいな」

「えーっ!! なんでなんでなんでーっ!!」

「お前の食事量ははっきり言って多すぎる。このペースで生活を続けたら、あっという間に我が家は破綻する」

「そうなの? あれでもちょっと抑えて食べてるのに?」

 開いた口が塞がらない。普段からマンモス級のエネルギーを摂取している癖に、それでも満足してないのかこの娘は。どんな体内構造をしているのだろうか。

「できれば、もう少し量を減らして……」

「やだ!」

「ほんのちょっと……」

「やーだ!」

 鶴姫は頑として拒む。

 お財布事情は厳しいが、あまり鶴姫に負担はかけたくない。くれぐれも鶴姫の機嫌を損ねないようにと、師匠からも念を押されているし。

「……好きにしてくれ」

「やったー! ウスイ大好き!!」

 仕方なくこちらが折れると、鶴姫がウサギの様に飛び付いてきた。

 ちょっ、鶴姫さん!? 当たって、胸がぐいぐい押し付けられてますって!!

「天下の往来で、随分お盛んなことですね」

 水を撒いたような冷ややかな声だった。

 じゃれ合う僕らを、いつのまにか一人の女子生徒が見つめている。眼鏡をかけた知的な印象の、どこか見覚えのある顔だった。えっと、誰だったかな。

「誰なの?」

「誰ですか?」

 二人同時に質問する。

 問われた女子生徒は軽くため息を吐き、眼鏡を人差し指でくいっと上げる。

「風紀委員主幹補佐のリゼット・ノルデンです。先日にもお会いしたはずですが?」

 きつい視線を飛ばしてくるノルデンさん。

 思い出した。フェリクスの屋敷に行った時、彼の傍に仕えていた人だ。

「あの時は名乗りそびれましたね。僕の名前はーー」

「教えてくれなくて結構です、ウスイ・カンザキ。人形と変態行為に励む蛆虫野郎の名前など、覚えたくもありません」

 ノルデンさんはさげずみの目で僕を見て、そんな侮蔑の言葉を告げてきた。

 というか、覚えたくない癖に僕の名前知っていたのか。

「ノルデンさんはどうしてここに?」

「私は風紀委員として夜間の巡回をしています。貴方もご存じでしょうが、現在この学院では魔術喰いが人形を襲っていますから。我々も見回りの回数を増やして、犯人の捜索に全力を入れています」

「大変そうですね」

「ええ、本当に大変。ですから私は、貴方のような青虫男と悠長に無駄話をする暇はないんです。分かったら二度と話しかけないでもらえます?」

 そのまま立ち去ろうとするノルデンさん。

「なんだあの人。感じ悪いな」

 ほぼ初対面の男性相手に、あれだけの罵詈雑言を平然と言ってのけるとは。あれが、話に聞く男性恐怖症というやつだったりするのかも。

「待たせてごめん鶴姫。早く食堂へーーー」

 鶴姫と食堂へ向かおうとしたが、彼女はじっとしたまま動かない。

 やがて、僕から離れると一目散に走り出してしまう。

「鶴姫!? そっちは食堂じゃないぞ!!」

 呼んでも止まる気配のない鶴姫を、僕は急いで追い駆けた。まだ残っていたノルデンさんも、慌てて僕の後ろから付いてくる。

「なんだっていうんだ……っ!」

 しばらく走ると、やがて鶴姫は技術科校舎の裏手へ曲がって行った。

 見失うまいと速度を上げて、すぐに同じ角を曲がる。

「おい鶴姫! 一体どうしたーー」

 角を曲がった先、鶴姫はそこで静かに佇んでいる。普段の天真爛漫な顔は形を潜め、まさに人形そのものとした感情のない空虚な表情だった。

 今まで共に生活してきて、こんな目をした彼女は見たことがない。

 彼女は無言のまま、眼下に転がったソレを眺めている。

 上半身と下半身で真っ二つに別たれた人型。断面から壊れたギアやコードがはみ出ており、人間の体内を覗き込んだようにな錯覚をしてしまう。

 周囲は飛び散った血や破片でひどく汚され、さながら獣が喰い散らかした後のようだ。

 中でも一際注目を集める、奇妙に広がった空洞。

 本来なら心臓があるべき箇所は、滑らかな傷痕だけを残し、スッキリ抉り取られていた。

 技術科校舎の壁にひっそりと打ち捨てられていたのは、何者かに破壊された自動人形の残骸だった。

「こ、これは……!?」

 ようやく追い付いたノルデンさんは、全力疾走で乱れた呼吸を整えようと必死だった。しかし、壁際に転がる人形の残骸を見た瞬間、再び息は上がり顔面蒼白になってしまった。

「貴方たち、この場所で一体なにを……!!」

「い、いえ違います! 僕たちはなにも知りませんーーーっ!!」

 誤解を受けないよう弁明しようとしその時。ゴトリと、芝生の上に大きなものが倒れる音がする。

 振り返ると、意識を失った鶴姫が地面に横たわっていた。

「鶴姫!!」

 僕は慌てて鶴姫に駆け寄る。

 何故かこの時。僕が触れた彼女の身体は鉛のように重く、その肌は鉄のように硬い冷たさで覆われていた。

 

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