死の支配者《モモンガ》は古き知恵の悪魔《マヨ✩マヨ》と笑う 作:布施鉱平
『ユグドラシル<YGGDRASIL>』────
2126年に日本のメーカーが満を持して発売した体感型MMOのタイトルだ。
一時期は体感型MMOといえばこのゲームといっても良いほどの人気を誇っていたのだが…………
それも、一昔前の話。
────ナザリック地下大墳墓。
ユグドラシルで第九位の実績を誇るPKギルド【アインズ・ウール・ゴウン】の本拠地であり、全十階層からなるこの墳墓は、かつてサーバー始まって以来の大軍で攻められた際にもそれを全滅させ、その後もただの一度として攻略を許さなかったという伝説的な場所である。
そのナザリック地下大墳墓、第9階層────
大理石でできたかのような硬質な通路を抜け、重く巨大な両開きの扉を開けると、その中には黒曜石でできた巨大な円卓が備え付けられていた。
四十一の豪華な席がその円卓を囲んでいるが、今現在そこに座る影は二つ。
一つは闇を凝縮したような漆黒のローブを纏う骸骨。
その眼窩には全ての生命を呪うかのような赤黒い光が揺らめいており、肉も皮も無い剥き出しの頭部の後ろには、相対するものに絶望を与える黒い光が輝いていた。
そしてもう一つは、骨ではないが骨のようにやせ細った異形の存在。
顔はハリウッド映画に出てくる昆虫型宇宙人のようであり、その肌は光沢を持った毒々しい紫。
複雑な文様を刺繍された赤褐色のローブから突き出た六本の手からは、それぞれ六本の細長い指が生えている。
前者は魔法使いが究極の魔法を求めアンデッドとなった存在────【死者の大魔法使い/エルダーリッチ】の中でも最上位である【死の支配者/オーバーロード】。後者は英知を求めた悪魔が深淵を理解することで到達した存在────【古き知恵の悪魔/エルダー・グノーシス・デヴィル】だ。
最高難易度ダンジョンで時折姿を見せる前者は冒険者の中でも嫌われ者として知られているが、後者の知名度はあまり高くない。
なぜなら後者は、戦闘ではなくアイテムの制作に特化した存在だからだ。
その知名度の低い方、【古き知恵の悪魔/エルダー・グノーシス・デヴィル】が声を発する。
「モモンガさん…………今まで……ぐすっ、お世話に、なりました……」
「マヨ✩マヨさん…………」
「もう、ユグドラシルが出来なくなるんだと思うと僕は…………う、うぅ…………」
「…………」
【死の支配者/オーバーロード】────モモンガは、泣き声を漏らすマヨ✩マヨに手を伸ばし、何かを言葉にしようとしたが、迷った末にその手を下ろした。
多くの仲間が、仕事など現実世界リアルの事情によってナザリックから去っていた。
それは仕方のないことだ。どれだけユグドラシルの世界を、アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちとの活動を、皆で作り上げたナザリックのことを愛していたとしても、ゲームだけやって生きていくことはできない。
だから、ギルマスであるモモンガも、モモンガと同じくらいナザリックに愛着を持つマヨ✩マヨも、涙を飲んで仲間たちを送り出してきたのだ。
だが、今回マヨ✩マヨがユグドラシルを止める理由は、他の仲間たちとは異なる。
マヨ✩マヨがユグドラシルを止めざるを得なかった理由。
それは、ある病気を発症してしまったからだった。
抗ナノマシン障害────
ナノマシンを体が異物だと判断し、体内から除去しようと過剰に反応した結果、異常な数の抗体を作り出し多臓器不全を引き起こす病気。
体内のナノマシンを取り除かなければ、最悪命に関わるという難病だ。
ナノマシンを取り除いてしまえば、当然VRを使用することはできない。
それはつまり、物理的にユグドラシルとの繋がりを断たれるということ。
────自分の意志とは無関係に、アインズ・ウール・ゴウンを辞めざるを得ない。
泣きながらそう告げるマヨ✩マヨに、モモンガもどのような言葉を告げたらいいのか分からなかった。
引き止めることなどもちろんできず、かと言って安易に慰めの言葉など掛けられるわけがない。
本来であれば、病名が判明した時点で即座にナノマシンを除去するべきだし、別れの挨拶をするためにわざわざログインなどせず、事情をメールで説明すれば済むことだ。
だが、マヨ✩マヨは来た。
止めたくない、去りたくない。
ギルドマスターであるモモンガに、そう強く訴える為に。
辛い、悲しい、どうして自分だけが。
友人であるモモンガに、その気持ちをぶつけるために。
互いに、どうしようもないことぐらいわかっている。
だからマヨ✩マヨはモモンガに対し何かを求めることなどなかったし、モモンガも無責任な発言はせず、マヨ✩マヨが言うことを黙って聴き続けた。
どれくらい、その悲しい時間が続いたのか。
「…………本当に、本当に、今までありがとうございました」
深く頭を下げながらそう言い残すマヨ✩マヨに、
「…………っ」
一瞬だけ口ごもったモモンガは、最後の言葉を送った。
「こちらこそ、ありがとうございました。最後に会いに来てくれて嬉しかったです、マヨ✩マヨさん」
そしてまた一人、ナザリックから至高の存在の姿が消えた。
◇
「ユグドラシルが、終わる…………?」
ユグドラシルを止めた後もモモンガと連絡を取り合っていたマヨ✩マヨこと
プレイできなくなってから二年。モモンガが送ってくれるスクショや活動報告を見ることだけが、彼の唯一の楽しみだったのだ。
次々にギルドメンバーが脱退していく中、ただ一人残ってナザリックを維持し続けてくれたモモンガ。
徹は偉大なギルドマスターに対し、有り難さと申し訳なさ、そして羨望という複雑な感情を抱いていた。
有り難さは、たった一人でナザリックを維持し続けてくれたことに対して。
申し訳なさは、たった一人でナザリックを維持し続けてくれたことに対して。
そして羨望については、言うまでもない。
ナザリックは素晴らしい場所だ。
アインズ・ウール・ゴウンの仲間と共に作り上げた最高の
だが、そんな素晴らしい場所に、自分はもう行くことができない。
抗ナノマシン障害は、発症の原因すら解明されていない不治の病なのだ。
治療法が解明するか、徹の体に異物だと判断されない新型のナノマシンでも開発されない限り、徹が────マヨ✩マヨがナザリックに帰ることはできないのである。
だから徹は、モモンガが寂しい思いをしているだろうことは知りながらも、羨ましく思う気持ちを止めることはできなかった。
尊敬と、羨望と、感謝と、哀れみ。
モモンガに対する徹の感情はひどく複雑で、自分でも整理しきれないほど難解なもの。
それでも大切な友人だという認識だけは変わっていなかった。
そのモモンガが、徹のかけがえのない友人が守り続けてくれた場所が、消えてしまう。
自分たちが愛したあの世界がなくなってしまう。
それは抗ナノマシン障害を発症し、ユグドラシルをプレイできなくなった時と同じくらいの衝撃だった。
しかし、自分はまだマシなほうだろう。
遠くから眺めるしかなかったものが、遠くにあるまま消えるのだから。
だが、モモンガは違う。
その手で守り続けてきたものが、たった一人で守り続けてきたものが、目の前で消え去ろうとしているのだ。
モモンガの気持ちを考えると、徹はいてもたってもいられなくなった。
「なんだよそれ、ひどすぎるだろ! あんなに、あんなにユグドラシルを愛しているプレーヤーがまだいるってのに、そんな、勝手な…………っ!」
憤り、声を荒げる。
だが、金も権力もない一会社員である徹には、どうすることも出来ない。
どんなものにだって終わりはあるのだと、諦めるしかないのだ。
実際、十二年間続いたユグドラシルはDMMOとしては長生きな方だ。
ユーザーも次から次へとサービスが開始される新たなDMMOに移っていき、ユグドラシル離れは時とともに加速している。
アインズ・ウール・ゴウンのメンバーだって、実質的にプレイしているのはモモンガ一人なのだ。
この流れは自然なことであり、来るべき日が来るべくして来たのだといえる。
けど…………
諦めるのか?
本当にどうしようもないのか?
抗ナノマシン障害を発症したあの時のように、今回も何もできずただ涙を流すのか?
────それは、違う。
あの時は自分の都合だった。でも、今回は他人の都合だ。
それなら、何かできることはあるはずだ。
自分に出来ることはなんだ?
尊敬するモモンガに、愛情を注いだナザリックに、情熱を燃やしたユグドラシルに、自分が出来ることは何だ?
考えて、考えて、考えて────
そして、徹は決断した。
いつの日か、本当にVRMMOとか出来たら、自分はやるだろうか?
体内にナノマシン、ダイブするためにHMDを被る、くらいならやると思う。
でも、攻殻〇動隊みたいに電脳化しなきゃならないなら…………
う~ん…………
その時に七十超えてたらやってみるかな!