死の支配者《モモンガ》は古き知恵の悪魔《マヨ✩マヨ》と笑う 作:布施鉱平
もう少し先まで進んだら、話のスピードも上がると思います。
…………そのはずです。
「モモンガ様。四階層ガルガンチュアを除く各階層守護者、御身の前に」
「うむ。皆よく集まってくれた、感謝する」
「そんな! 感謝など勿体無い!」
デミウルゴス、コキュートス、アウラ、マーレ、シャルティア、ヴィクティム────階層守護者たちが跪き
マヨ✩マヨはその光景を見ながら、心と体を震わせる。
戦闘能力のないマヨ✩マヨにとって、階層守護者たちというのは勝算皆無の怪物だ。
その怪物たちが今、自分とモモンガに跪き、自らの支配者であると認めてくれているのである。
未だに全ての恐怖が消えたわけではないが、その心の大部分を占めているのは安心と感動だった。
マヨ✩マヨが情熱を注ぎ、ずっと
それがこうして現実のものとなり、自分たちの子供とも言うべきNPCが愛情と忠誠を示してくれている。
心が震えない訳がない。
そして同時に体も震えている理由だが────
それは、なぜか隣でモモンガが〈絶望のオーラ:レベル5〉を発動しているせいだった。
マヨ✩マヨも一応レベル100だし、即死対策もしてはいるのだが、圧力が半端じゃない。
少しでも気を抜けば崩れ落ちてしまいそうなほどの圧が、隣に立つ骸骨から放たれ続けているのだ。
体が震えない訳がない。
『ちょ、ちょっとモモンガさん! なんで〈絶望のオーラ〉全開で放ってるんですか!』
『あ、いやー…………少しでも威厳が出せないかなぁ、と思ったらなんか自然と…………』
『せめてレベル3くらいに抑えておいて下さいよ! 僕、このままだと下手したら失神しますよ!?』
『す、すいません! 今調整します!』
そのタイミングを見計らっていたかのように、再度アルベドが口を開く。
「────では、至高の御方々に忠誠の儀を」
アルベドの言葉を受けてモモンガとマヨ✩マヨが姿勢を正す中、まず最初に頭を上げたのはシャルティア。
「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御方々の前に」
浅い階層の者から順に挨拶していく流れだと理解したのか、次に頭を上げたのはコキュートス。
「第五階層守護者、コキュートス。御方々ノ前ニ」
そして、アウラ、マーレと続く。
「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御方々の前に」
「お、同じく、第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。お、御方々の前に」
双子の可愛らしい挨拶を受けて若干和むモモンガとマヨ✩マヨ。
だが、次に挨拶をしてくるのが誰かを理解すると、二人は即座に気を引き締め直した。
「第七階層守護者、デミウルゴス。御方々の前に」
心に染み込んでくるような、涼しげな声色。
そして洗練された
赤いスーツに身を包む、このやり手のビジネスマンみたいな存在こそ、モモンガとマヨ✩マヨが最も警戒している階層守護者────デミウルゴスだった。
デミウルゴスは設定上『ナザリック一の知恵者』であるとされているうえに、彼を創造したのは『悪』という言葉にこだわり続けた男、ウルベルト・アレイン・オードルなのだ。
もともとただの一般人でしかないモモンガとマヨ✩マヨが、デミウルゴスを警戒するのも仕方のないことだろう。
その丸メガネの奥に隠された瞳がどのような策謀を巡らせ輝いていたとしても、彼らではその片鱗すら掴めないこと請け合いなのだから。
裏切られたら危険な守護者第一位。
それが前もって話し合った時に、モモンガとマヨ✩マヨがデミウルゴスに対して抱いた共通の感想だった。
しかし、ほんの一瞬にしか満たない時間でデミウルゴスに裏切る気があるかどうかなど二人に判断できるはずもなく、忠誠の儀は続いていく。
「だいはちかいそうしゅごしゃ、ビクティム。おんかたがたのまえに」
そして次に頭を上げた存在。
その姿を一言で表すならば、枯れ枝が頭に突き刺さった胎児だ。
なんとも奇抜な姿の守護者であるが、このヴィクティムこそ、マヨ✩マヨが唯一創り出したNPCだった。
(ヴィクティム…………)
つぶらな瞳で真っ直ぐにこちらを見るヴィクティムの姿に、思わずマヨ✩マヨは涙が出そうになった。
正直な話、マヨ✩マヨが一番接する機会が多かったのは薬草園がある六階層の双子────特に植物や大地を操ることのできるマーレ────だが、だからといってヴィクティムに思い入れがないわけではない。
どんな姿にするか、どんな名前にするか、どんな能力を持たせるか…………何時間も悩み続け、ようやく作り上げたNPCなのだ。
そんなNPCですら、まずは疑ってかからなければならない自分の臆病さに、マヨ✩マヨは内心で自嘲を含んだ笑みを浮かべる。
ヴィクティムは守護者でありながら、マヨ✩マヨと同じく直接的な戦闘力を持たない存在だ。
だが、その死と引き換えに発動する足止めスキルは、かつて千五百人のプレイヤーにナザリックが襲われた際、それを全滅させる一助となったほどに厄介なもの────
本来であればなんだかんだと理由をつけて第八階層に留めておくのが得策だといえる。
しかし、それでもなおヴィクティムをここに呼んだのは、マヨ✩マヨが手に入れてきた
流石に創造主であるマヨ✩マヨがいるというのに、被創造者であるヴィクティムを呼ばないのは不自然だから、という理由もある。
「こほん、守護者統括アルベド。御方々の前に」
見つめ合ったまま動かなくなったマヨ✩マヨとヴィクティムを咳払い一つで我に返らせると、アルベドが最後の挨拶をした。
それを受け、鷹揚に頷いたモモンガが言葉を返す。
「うむ…………守護者たちよ、私たちへの忠誠、嬉しく思う。改めて感謝を言わせてもらおう」
「我々に感謝などおやめください、モモンガ様。我ら、忠誠のみならず存在の全てを至高の御方々に捧げた者たち。我らがこうして集い、跪くのは至極当然のことでございます」
アルベドの返答に、他の守護者たちも口を挟もうとはしない。
誰も彼もが「それが当然」という態度と表情で、モモンガとマヨ✩マヨを見つめていた。
その目に込められているのは愛情、尊敬、崇拝、信仰、思慕といったプラスの感情ばかりに思える。
守護者たちからの熱い眼差しを受け、モモンガは次に発するべき言葉を飲み込んだ。
支配者らしくあらねばならないという重圧が、彼らもまたそれを望んでいるという追い打ちによってさらに重さを増したのである。
マヨ✩マヨもまた、自分がどのような立場に立たされているのかを理解し、手に隠し持った
だが、例え責任の重大さに気圧されていようとも、ナザリックを捨てるなんてことがこの二人に出来るわけがなかった。
最後まで残り続けたモモンガ。
最後の最後で帰ってきたマヨ✩マヨ。
二人はこの場所を、そしてこの場所に存在する全てのNPCを、心から愛しているのだから。
『モモンガさん、大丈夫です。僕が隣にいます』
『マ、マヨさん』
だからこそ、モモンガが支配者として振る舞えるよう、マヨ✩マヨは全力でサポートする。
悩むのは二人で、苦しむのも二人で。
そして楽しむのは────できればナザリックの全員で。
王座の間で、そう誓い合ったのだから。
マヨ✩マヨに背中を押されたモモンガが、意を決して口を開いた。
「守護者たちよ。お前たちに集まってもらったのは他でもない。現在ナザリックは、原因不明かつ不測の事態に巻き込まれているようなのだ」
そこで言葉を切り、モモンガとマヨ✩マヨは守護者たちの表情を見渡した。
全員真剣に聞いている。
モモンガの説明にもなっていない説明に不満を抱く者もいないようだ。
「何が原因かは不明だ。だが、最低でもこのナザリックがかつてあった沼地から草原に転移したことは分かっている。なにか前兆を感じた者や、原因に心当たりがある者はいるか?」
アルベドがゆっくりと肩ごしに各階層守護者の顔を見据える。
そして、全員の顔に浮かんだ表情から答えを受け取ると、モモンガに向き直って口を開いた。
「いえ、モモンガ様。申し訳ありませんが私たちに思い当たる点は何もございません」
「そうか…………では、次は各階層守護者に問う。それぞれが守護する階層において、なにか普段と変わった点はあるか? 些細なことでも構わない」
回答者を明確にしたためか、それぞれの階層守護者が順に口を開いた。
「だいはちかいそう、いじょうはありません」
「第七階層にも異常はございません」
「第六階層も大丈夫です」
「は、はい。お姉ちゃんの言うとおりです。マヨ✩マヨ様の薬草園も、い、いつも通りでした」
「第五階層モ同様デス」
「第一から第三階層まで、異常はありんせんでありんした」
「モモンガ様…………至急第四階層の探査を開始したいと思います」
「では、その件はアルベドに任せるとしよう。地表を偵察していたセバスも、そろそろ戻ると思うのだが…………」
「あっ、戻ってきたみたいですよ。モモンガさん」
小走りで向かってくるセバスの姿を、マヨ✩マヨが発見した。
セバスはふたりの元まで来ると、ほかの守護者同様に跪く。
「モモンガ様、マヨ✩マヨ様。遅くなり誠に申し訳ございません」
「いや、構わん。それより周辺の状況を聞かせてくれ」
「はっ、畏まりました。周辺一キロ四方を探索してまいりましたが、全て草原です。人口建築物や人型生物は皆無。大型生物の痕跡も発見できず、生息しているのは小動物のみだと思われます」
「小動物のみか…………戦闘能力は?」
「ほぼないかと」
「なるほど…………ご苦労だった、セバス」
セバスが一礼し、階層守護者の後ろに下がる。
同じNPCであり、身分の差などはないのだが、それでも一歩引くあたりに執事としての矜持が見えた。
「各階層守護者たちよ。まず自らの守護する階層の警戒レベルを一段階上げろ。侵入者がいた場合には殺さずに捕らえ、私に報告せよ。ただ、敵が想定外の強者だった場合にはその限りではない。自らの身を守ることを第一に考え、一時撤退。戦力を整えた上で再度捕縛に当たることとする。何か質問のある者はいるか?」
流れるように指示を出せたのは、何度も襲撃を受けたPKギルドの長としての経験が物を言ったのだろう。
さすが、と感心するマヨ✩マヨを尻目に、モモンガは次々と指示を出していった。
◇
「さて────」
と、指示がひと段落したところでモモンガがマヨ✩マヨに視線を送る。
王座の間で話し合った事柄の、最後の部分について話を進めるためだ。
マヨ✩マヨも覚悟を決め、モモンガに軽く頷きを返す。
「このような不測の事態に見舞われたナザリックだが、朗報もある」
続くモモンガの言葉に、防衛について話し合っていた守護者たちが姿勢を改めた。
朗報、という言葉だけである程度のことを察したのか、アルベドとデミウルゴスは深い笑みを浮かべている。
「皆もすでに分かっているだろうが────マヨ✩マヨさんが戻ってこられた!」
決して小さくはない「おぉぉぉぉぉっ」という小さくはないどよめきが走りかけるが、それをモモンガは手で制する。
そして続けた。
「それだけではない。マヨ✩マヨさんは復帰に際して────なんと五つもの
その言葉に────階層守護者たちは言葉すら忘れたように立ちすくんだ。
息を呑むような沈黙の中、口を開いたのは第七階層の守護者であるデミウルゴス。
「お、恐れながらモモンガ様、質問することをお許しいただけるでしょうか」
その過分に緊張を含んだ声色に、モモンガとマヨ✩マヨは何かまずいことがあっただろうかと恐怖する。
デミウルゴスは、ナザリックで最も賢いという設定をされたNPCだ。
モモンガとマヨ✩マヨが書き換えたアルベドの設定がしっかり反映されている以上、デミウルゴスも同じように設定通りの性能を持つと考えたほうがいいだろう。
だとすれば、このデミウルゴスの質問にどう答えるかで、自分たちの今後の立ち位置が決まる可能性すらある。
しかし、ここまで来て答えないという選択肢がないのもまた事実。
「なんだ、デミウルゴス。私に答えられるものであれば、もちろん答えよう」
勇気を振り絞って、モモンガが支配者ロールを崩さないままそう答えた。
「ありがとうございます、モモンガ様…………では質問させていただきたいのですが、
「そ、それには僕が直接答えよう、デミウルゴス」
なんだか必死な様子のデミウルゴスを、マヨ✩マヨが言葉で遮った。
「おぉ、マヨ✩マヨ様が直接…………ありがとうございます」
誰かが
おそらく、想像も付かないということが彼の知識欲を刺激したのだろう。
丸メガネで隠れた瞳を輝かせるデミウルゴスを前に、マヨ✩マヨはせいぜい余裕に見える態度で頷く。
そして────
「僕はこの
そう、言い放った。
ようやくオリジナル
【
その性能は、転移魔法を
自分が何か魔法やスキルを発動中でも、問答無用で転移できます。
つまり、超位魔法を唱えながら、その詠唱中に逃げ回ることも────
まあ、
こういうの考えるのも楽しいよね。
※厨二と呼ばれても反省はしません。