銀灰の神楽   作:銀鈴

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「お疲れ、アヤメちゃん。さ、入って入って」

 

 今後の指針を定めた翌日。

 言われた通りカンザキ邸に来た私は、レーナさんの先導である場所へと案内された。

 そこはどう見ても寝室で、置いてある大きなベッドにはリュートさんが座っている。部屋に漂う湿布の匂いは、抜け切らない疲労を感じさせる。

 

「それじゃあリュートくん、後はお願いね」

「ああ。レーナもよろしく」

 

 そう言ってレーナさんはすぐに出て行き、部屋には私とリュートさんが残された。やっばり仕事が溜まっていたらしい。申し訳ない。

 

「腰やっちゃって立てないから、ベッドの上から失礼するよ」

「あ、はい」

 

 なんだか凄く緊張してしまっていたのだが、軽くそんな言葉をかけてくれたお陰で少しだけ気が楽になった。それを見て、1つ頷いてリュートさんは話し始める。

 

「まずは……そうだね、謝らないといけないかな。僕がティアさんを助けられなかったこととか」

「いえ、1回助けて頂いただけで私は。それに、お義母さんは、戻って来ませんから」

 

 そう、死者とは2度と会うことは出来ない。

 そういうものなのだ。

 地球の技術でも、この世界の魔法でも、それだけは覆らない。

 お義母さんの持っていた魔剣は例外だったらしいけど、あれだって自分自身の蘇生だけ。加えてもう失われている。

 

「いや、でも僕の気が済まないから謝らせてもらう。本当にすまなかった」

「いえ、本当に気にしてませんから。それに、リュートさんたちがずっと、他の場所で戦ってたのも聞きましたし」

 

 私を助けた後、リュートさんは町中を巡り悪魔を殺していたのだという。レーナさんも同様で、Ⅰ型を使う人たちの手に余る相手をずっと相手にしていたのだとか。それなのに、怒る方が間違っている。

 

「分かった。それじゃあ、僕の気も済んだし本題だ。レーナから聞いた通り、アヤメちゃんには伝言と預かり物がある」

「それって」

「ああ、伝言はティアさんから。預かり物は、イオリさん……アヤメちゃんのママからだ」

 

 真剣な表情で放たれたリュートさんの言葉を聞いて、心臓がドクンと脈打った。

 お義母さんの伝言はまだ分かるけど、なんでママが……? 困惑する私をそのままに、話は進んでいく。

 

「先ずは伝言かな。『今のあなたはまだ弱い。だから、魔剣を集めなさい』ティアさんの伝言はこれだけ」

「魔剣を、ですか? なんで?」

 

 私が弱いというのは、もう嫌という程実感しているから分かる。

 でも、何故してそれが魔剣を集めることに繋がるのだろうか?

 

「それはイオリさんからの預かり物に関係しててね。ちょっと両手を前に出してくれるかな?」

「はい」

 

 少し疑問に思いつつも、言われた通り両手を前に出す。

 するとその直上に黄金の波紋が生まれ、そこから何かが私の手の上に落とされた。

 

「それが、イオリさんからの預かり物。15歳の誕生日プレゼントだってさ。自分が死ぬって分かってて託すとか、酷いもんだよ」

 

 それは、革の鞘に納められた1対の刃だった。

 手を戻し抜いて見ると、改めてママの技量に感服させられる。

 40cm程の鋒両刃(きっさきもろは)造りで、基部に6つの弾倉があるシリンダーが設置されている一対の短剣が私の手の内にある。

 持ち手は黒、刀身とシリンダーは鋼の色。装飾として、ミスリル色の斜線が3本刀身に描かれている。

 手に取った時の感覚。加えて感じる存在感から、この贈り物が魔剣であることは明らかだった。

 

「銘は『全剣統治 エターナル』、基礎性能はⅡ型と試作型の中間くらい。

 限界駆動の能力は『魔剣を収納すること』と『収納した魔剣の力を一部使えること』の2つ。詠唱は、所持者の頭の中にインプットされるから分かるよね?」

 

 頷きながら、鞘に戻した短剣を抱き寄せる。

 そして……気がつけば涙が出てきた。

 嬉しいのか。悲しいのか。分からないまま、ポロポロポロポロと涙が零れ落ちていく。

 そんな中、冷静に判断している頭もある。

 お義母さんの伝言はそういう意味なのだろう。もう自分の時のような思いをしたくないのなら強くなれ。魔剣を集めて。

 結果として、遺言である人間界も目指せと。

 

「うぅ、ぐす……」

「ここにいるのは僕だけだし、好きなだけ泣くといいよ」

 

 理解はした。

 だけど、ママからのプレゼントにごちゃ混ぜになった感情が流す涙は抑えられなくて。

 一対の魔剣を抱きながら、暫くの間流れる涙を止めることができなかった。

 

 ・

 ・

 ・

 

「さて、落ち着いてくれたかな?」

「はい、なんとか」

 

 数分後。

 魔剣を腰に佩き、なんとか心を落ち着けて返事をした。

 本当ならばこんな状況、暗殺とかを疑われて打ち首もありえるけど、そこは特別だった。私も、リュートさんも、そしてこの魔剣も。

 

「なら今後の話をしよう。

 アヤメちゃんが旅に出る最中の家の件は、僕も既にレーナから聞いている。OKも出したから、心配はいらないよ。はい、一応書類」

「ありがとうございます」

 

 受け取った書類をザッと読み、間違いがないのを確認して名前を書いた。私が死んだら契約解除、その文言があるくらいで何も問題はなかったし。

 

「これで契約は成立っと。僕はそんな回りくどいことしなかったけど、今回みたいに書類にサインは簡単にしないほうが良いよ。こんなご時世だし、なんとかして搾取しようって相手ばっかりだから」

「そう、ですね。今度から気をつけます」

 

 書類なんてそうそう見るものじゃないから、そこらへんの対応がすっぽりと抜け落ちていた。

 確かに、不合理な契約とか抜け道的な非道とかがあったらやってられたもんじゃない。

 

「これで最後の質問だよ。アヤメちゃんが旅に出るってことは、ここ王都【シヤルフ】から離れるということ。それはつまり、僕や女王の庇護から抜け出すってことになる。それは承知の上だよね?」

「勿論です」

 

 当然、それくらいの覚悟はできている。

 その返事を満足そうに聞いたリュートさんは、ならと前置きして話を続ける。

 

「1人旅は、辛いことも多いよ。

 話し相手がいない、夜番が自分しかいない、敵性勢力に囲まれたら手の打ちようがない。

 金銭管理や食事、その他家事に分類されることは全部自分でやらなきゃいけないから、趣味に割ける時間もそれだけ減る」

「覚悟の上です」

 

 幸いにもママの使っていた、『簡易版鍛冶場』なる無駄に高度な技術を惜しげもなく使った、無駄に洗練された無駄のない無駄なアイテムが存在している。それがあれば鍛冶は出来るし、鍛錬は幾らでもできる。

 

 それに、前半は昨日レーナさんにも話した通り。

 腐らない為に、生きる為に、曲げることはない。

 

「そこまで断言出来るなら、僕からも渡すものがある」

 

 言ってリュートさんが手渡して来たのは、3本の巻物と1つのメダリオンだった。何をと聞く前に、リュートさんは雰囲気を一転させ話し始めた。

 

「獣王国公爵リュート・カンザキが命じる。

 冒険者アヤ・ティアードロップよ、獣人界・魔界・人間界の3界を巡り魔剣を回収せよ」

 

 それは国のトップ、公爵としての言葉。

 一介の冒険者に向けた、避けられない命令(クエスト)だった。

 

「いま手渡した巻物には、こちらが把握している限りの各大陸における行方不明の魔剣が記してある。そしてそのメダリオンを見せれば、この大陸における関所は全て通ることが出来る。やってくれるな?」

「承知致しました」

 

 突然のことだったけど、膝をつき頭を垂れて返答する。

 ちょっとやり過ぎな気がしなくもないけど、多分これであっている筈だ。そう思っていると、わしゃと雑に頭を撫でられた。

 

「これでアヤメちゃんの行動は、正式な僕からの依頼になった。

 これでも一応公爵だからね、そのメダリオンがあれば大抵の場所はいける。だから、絶対に失くさないように」

「はい!」

「まあ、どんな旅になるかは分からないけどね。僕から出来る手伝いはそれくらいだから。せめて、良い旅を」

 

 最後にそんなプレゼントをリュートさんはくれた。

 気が利いているというか、本当にありがたい。そう思っていると、疑問に思ったらしくリュートさんが1つの質問を投げかけて来た。

 

「そういえば、いつ出発するとかは決めてるの?」

「昨日もレーナさんに聞かれて、荷物は纏めたので今日にでも行こうかなとは思ってます」

 

 どのみち私は、暫く長く王都に居座ることは出来ない。

 だから早く、旅に出てここから離れた方がいいと思うのだ。

 

「それはまた随分と急だけど……まあ、血筋かな」

 

 そう言ってリュートさんは、どこか遠い目をして溜息を吐いた。

 前から思ってたんだけど、そんなにママは自由奔放というか、暴走列車みたいな人だったのだろうか? 私の知ってる限りだと、慌ただしいけど優しく落ち着いた人だったと思うんだけど……鍛冶場に籠ってる時は除いて、だけど。

 

「出発するなら、レーナに一声かけていってね。きっと、今アヤメちゃんのことを一番心配してるのはレーナだから」

「はい、ずっとお世話になってますから」

 

 当然だ。

 お仕事の邪魔になるかもって心配はあるけど、しないで出ていくほど薄情じゃない。そんなことを思っていると、リュートさんがどさりとベッドに倒れた。

 

「良かった。それじゃあ、僕は寝るよ。この老体で、もう魔剣を全力で振るうのはキツイや……」

 

 そして、そう言い残し寝息を立て始めた。

 レーナさんは腰を酷くやったって言っていたけど、どう見てもそれ以外もかなり消耗している。その姿に少し罪悪感を感じて、毛布をかけて部屋を出た。

 

「えっと、確かレーナさんの部屋は……」

「大丈夫よ、ここにいるから」

 

 どこだっけと頭を捻る直前、隣から伸びてきた手が私の肩を叩いた。

 飛び跳ねる勢いでビックリしたけれど、レーナさんが唇に人差し指を当ててしーっとやっていたので声は上げずに収まった。

 

「それよりも、状況が変わったわ。アヤメちゃん、旅支度は終わってるのよね?」

「えっと、はい。一応昨日に全部」

 

 水に食料、お金や宿泊道具etc……必要だと思う物は、全部家から持ち出してきた。武具1つ家には残して来ていない。

 

「それなら良かった。早く来て」

「えっ、ちょっと」

 

 訳がわからないまま、私の手を引いてレーナさんはどんどん屋敷の奥へ歩いていく。連れてこられたのは、屋敷の最奥に近い部屋。

 窓はなく本棚と机だけがある、資料室にも似た質素な部屋だ。

 そこで漸くレーナさんは口を開いた。

 

「うん、ここなら大丈夫そう」

「あの、状況が変わったってどういう……?」

「ブン屋……まあ、号外とか出してる記者の人達がね、やらかしたの」

 

 首を傾げて問いかけた私に、躊躇いがちにレーナさんはそう答えた。一体、記者が何を?

 

「落ち着いて聞いてね。アヤメちゃん、貴女が指名手配されたわ」

「え……?」

 

 レーナさんが告げた言葉に、私は言葉を失ってしまった。

 訳がわからない。一体、私が何をしたって言うのさ。

 

「あの襲撃の時、アヤメちゃんとティアさん戦ってたでしょ? それも、本当の姿で。それを激写されてたみたいで、加工したその写真を使ってあることないこと書かれてたの」

 

 そう言ってレーナさんが手渡して来た1枚の紙には、驚くべき情報がつらつらと書き綴られていた。

 

 【号外】悪魔襲撃の犯人は英雄の娘だった

 

 そんな見出しとともに、血塗れの私が笑っているように見えなくもない写真が大きく一面に。

 記事の内容は見るにも値しない。ありもしないことをさも経験して来たかのように書かれている。文は書いた人の主観のみで、ほぼ何も断言してはいない。

 

「やっぱり立場の問題よね。そんな適当な責任の擦りつけでも、新聞であるだけで誰もが信じちゃう。アヤメちゃんとかティアさんに対するものなら尚更よ。それに、信じる人の数が増えれば増えるほど、どんなに歪んだ情報でも正しくなる」

 

 そう吐き捨てるように言いながら、レーナさんが新聞をぐしゃりと握り潰した。そう、だ。ショックを受けている場合じゃない。早く、王都を出ないと。

 

「幸い、家は私たちカンザキ家が先に押さえられたわ。でもそこにアヤメちゃんもティアさんもいなかったから、指名手配されたみたい。いえ、どこかのバカ貴族が賞金もかけたみたいだから、実質賞金首かしら」

「もし、捕まったら?」

「殺されるでしょうね。何を言っても聞いてくれないと思うわ」

 

 そのことを想像してしまい、血の気が引いた。

 ここを離れても、いつか戻ってくることができる。

 そんな予想が打ち砕かれたのを感じた。

 嫌だ。まだ、まだ何も見つけてない。見つけてないのに、死にたくはない。

 

「大丈夫。現時点では絶対に、英雄の娘『アヤメ・キリノ』と鍛冶師兼冒険者『アヤ=ティアードロップ』は繋がらないわ。でも、あの家に出入りしていたからには、絶対に調査の手が及ぶ」

「そうなったらもう、逃げられないし旅どころじゃないですね」

 

 家にはもう何もないけれど、私自身に操作の手が及んだら別。

 変装用の魔導具辺りが取られたら、それこそ一貫の終わりだ。もし死ぬことはなくても、そこから生きていけない。

 

「ええ。私も真実を知る者として、大切な友人の娘がそんな目に合うのは見てられない。だから逃げて、アヤメちゃん」

 

 そう言ってレーナさんは、近くの本棚に収められていた本を奥に押し込む。すると、無音で書棚が上下にスライドした。更にその奥に現れた壁がスライドして、地下へ続く通路が顔を出す。

 

「カッコいい……」

「親子揃って……ほら、こっち」

 

 頭を押さえたレーナさんに苦笑いしつつ、手を引かれて地下へ降りていく。

 辿り着いたのは、魔力の淡い光が照らす石造りの小部屋。

 その部屋の中心には、紫に発行する魔法陣が鎮座していた。

 

「最後に使ったのは戦争前だからなんとも言えないけど、多分獣人界のどこかの山中に転移するわ」

「多分って……でも、わかりました」

 

 心配ではあるけど、現状王都を脱出する一番安全な手段なのは確かだ。脱出後が安全じゃない気がするけど。

 

「波乱万丈な出発になるけど、まあそれも旅の醍醐味よ!」

「そうですね!」

 

 そんなことに不安になっているよりは、笑い飛ばしたほうがよっぽど良い。

 生まれ育った街を離れるのは、やっぱり寂しいけれど。

 でもきっといつか御墓参りには帰ってこようと思う。

 じゃないと、寂しすぎるから。

 

「それじゃあアヤメちゃん、準備は良い?」

「はい!」

 

 返事をしつつ、魔法陣の中心に立つ。

 レーナさんも頷いているし、やっぱりこれで正解のようだ。

 そう思っている間に、魔法陣の発光が強くなっていく。同時に魔力の昂りも感じ、あと少しで転移なのだとわかった。

 

「なら、良い旅を!」

 

 その言葉を聞いた直後、魔法陣が起動した。そして浮遊感と異常な振動に包まれ、私は意識を失ったのだった。

 

 

 

 

「これで……良かったのよね」

 

 人が消えた魔法陣の前で、疲れ切ったようにレーナが呟く。

 

「いつか(きた)る世界の終わり、その時に何かを出来るのは貴女だけ。貴女だけだったのよ、アヤメ・キリノ」

 

 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。

 

 ごめんなさい。

 

「もし貴女が折れた時は、私とリュート君が責任は持つから。世界を、救ってみせるから……」

 

 返事はない。

 自らの手で、その相手は送り出してしまったから。

 

 斯くして、運命の歯車は動き出す。

 

 静かに、けれど確かに、着実に。

 

 

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