銀灰の神楽   作:銀鈴

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呪海を征く楽園の船【終】

「アヤメ! 怪我はないか?」

「大丈夫です。それより、下手に手を出さないてくれてありがとうございます」

 

 戦闘時の思考を完全に切り替えて、心配そうなアインに答える。実際、最後の時にアインに割って入ってこられたら大変だったと思う。

 

「そうそう。あんな楽しい戦いに水を差されたら、うっかり斬り捨ててたかもしれないねぇ」

「ッ、自分勝手な!」

 

 ヘラっとした態度で言うラプティスさんに、アインが掴みかかる。当然のように躱されるが、睨みつける視線は変わず鋭いままだ。折角納めた戦いが、再開されてしまいそうなほどに。

 

「やめて下さいアイン。態々切り上げたのに、無駄になっちゃうじゃないですか」

「だが……」

「それに、私にも得る物はありましたから。無駄ではないんです、非常に癪ですが」

 

 所謂見て学ぶというやつと、直に経験して理解するというやつだ。やる気は無かったし、そんな戦闘狂の会話みたいな方法で状態を把握するということは、1職人としては非常に癪に触る。

 けれど、出来てしまうものはできてしまうのだ。相手の最も使う動きと、武器の酷使される部分。そして最後、私の短い手脚での体術が間に合った辺りから、魔剣自体に発生してる不具合などが。

 

「だろう? やっぱり同類とは、剣を交えるのが一番手っ取り早く互いを理解できるに決まってる」

「決まってませんし、私は同類じゃありません。いきなり斬りかかられても私は──」

「成る程。そうやって本心を隠すんだね、君は」

「ッ……!」

 

 言葉が詰まる。それじゃ私もある程度は理解されてしまっていたということに、つまり同類と認めることと同義なのに。否定できない私を見て、それみたことかと嗤われても……否定の言葉が出ない。だって実際、競い合うのは、暴力を振るうのは──いや、自分が認められるのは、それだけで楽しいのだから。

 

「魔剣、不調ですよね。それもさっき左手で握っていた方。それ以上言うと、直しません」

「それは困るねぇ。わざわざ虎の尾は踏みに行くつもりはない。そんじゃ、頼みますよ」

 

 そうヘラヘラと笑いながら、しかし目は真剣に。腰に佩いている魔剣メメントモリを、ラプティスさんは渡してきた。

 こうして受け取って、即座に探査を掛けて分かる。外側のメンテナンスは完璧だが、内部が随分と中途半端に弄られている。今すぐにでも分解して整備したいが……

 

「イトナミさん、ここで道具は広げても大丈夫ですか?」

「肯定します。通路を塞ぐような形でない限り、問題はありません」

「わかりました」

 

 アインに興味津々といった様子のラプティスさんを追い払ってもらいつつ、少しは邪魔になることを気にして壁際にどっかりと座り込んだ。そして今朝も使ったばかりの愛用する道具類を取り出し、意識の集中を開始した。

 

「始めますか」

 

 先ずは異常がほぼなさそうだった、左手に握られていた方から。

 出来る限り息を潜め、鞘からゆっくりと刀身を引き抜く。露出した光を反射しない黒の刀身に息を呑みつつ、魔法で適当に造形した刀掛け台に一旦安置。先ずは鞘の方に、再度探査の魔法を掛ける。

 

「刀身の保護、清潔化、自動整備、自動修復、強化系術式の疲弊を確認」

 

 刀身を拡大解釈して、魔剣に繋がる機体まで整備の対象としているのは流石としか言いようがない。だが、鞘に刻まれてる術式は若干弱体化していた。多分酷使してるのと経年劣化で、内部の回路が切れかけている。けどこの分なら、鞘のズレを直して、材質通りの金属を生成すればなんとかなりそうだ。

 

「【鍛冶魔法】術式修復開始。──完了。魔力試験に移行。──完了。動作良好、修復は完了したと判断」

 

 そう判断して、魔力を込めた指で鞘を弾いてズレを調整。さらに魔力を実際に流して回路の動きを確認し、焼き切れそうな部分や千切れそうな部分に直接同材質の金属を生成。回路を再形成し動きを確認、動作の不具合は全て修復されていた。

 これでこっちの修復は完了だ。ここの人たちがしっかり整備してくれていたのだろう、こんな手間でも無い手間で済んだ。

 

「次は、と」

 

 鞘を刀掛けの二段目を生やしそこに安置し、1段目の本体を手に取り探査の魔法を行使。……意外なことに、この光を吸収するような美しい刀身は、実体ではなく幻術らしい。それも現実改変と言っていいほどの精度と強度の。

 取り出した砥石とかの使う機会は消えたが、それならそれでやりようはある。普通の刀でいう目釘にあたるパーツを外し、(なかご)にあたる部分を慎重に引き出した。

 

「これはまた……」

 

 (なかご)を引き出した瞬間、幻術で形作られた刀身が消滅する。それに同期するようにして、鍔どころか柄までが掻き消える。更には(なかご)自体の色も光を吸う黒から、透き通るような蒼に変わった。

 間違いなくクリフォトの結晶、その加工品だ。結晶の中にキラリと光る無数の魔法陣で描かれた線が、更に別の魔法陣を描き、その魔法陣が複数絡み合って立体的な陣を形成している。よく見れば目釘自体にも魔法陣が刻まれており、目釘自体が組み合わさって刃を形作ることが出来るらしい。

 

「なるほど、左利きですか」

「正確には、右も使えるように訓練した両利きだねぇ。そういう君もだろう?」

「私は左も使えるようにした右利きですけどね」

 

 正確には、両脚でも剣を振るうくらいのことは出来たが。そう感想を適当にいなしつつ、拡大鏡を掛ける。それによって拡大してやっと、一番小さな魔法陣がギリギリ肉眼で見えるようになった。

 ここからが、神経をすり減らす作業だ。本体損傷は極めて軽微、魔法陣の疲弊もそれなりでしかない。だがまあ、私がここで魔法陣の調整……いや、ママの言葉を借りるなら調律になるだろうか。それを僅かでもミスした瞬間、魔剣がさらなる不調に陥りかねない。0.01mmくらいズレても問題ない鞘とは違うのだ。

 

「実際のところ、どんなもんなんだい?」

「こっちは大したことないです。ちゃんと整備されてたようで、精々が経年劣化くらいですね。それと、少し黙ってくれませんか。集中が散ります」

 

 返事も聞かず、次元魔法のペンダントを起動。魔法陣の配置を視覚以外でも認識しつつ、会話から意識を逸らす。そして一度深呼吸し、私の固有(ユニーク)魔法を起動。鞘と同じ要領で、無数の劣化している魔法陣を再構築していく。

 いつのまにか、息をするのも私はやめていた。呼吸の音すら排除して、慎重に慎重を重ねてミリ単位以下の魔法陣を修復する。そんな数時間にも思える数秒が流れ、ホッと息を吐く。

 その集中が切れる前に、抜いておいた目釘を打ち込む。魔法陣の回路が繋がったのを確認し、再起動の為に魔力を流す。すると反動で指先がザックリと切れたが、問題なく魔剣は元の姿を取り戻した。傷は適当にポーションに突っ込めば、数秒で治癒したから問題ない。

 

「もう片方……は」

 

 集中を切らさないよう言い聞かせつつ、同じ手順でもう片方のメメントモリを分解。同程度の損傷でしかない鞘を手軽に修復し、同じ手順で(なかご)を取り出す。

 

「酷い状態ですね。知ってましたが」

 

 解析から返ってきた反応は、なんとも酷い状態だった。所感としては酷使した、というよりは何か強い打撃を受けたのだろう感じ。根幹を成す魔法陣を描く線が2、3本断線し、全体的に陣自体も歪んでしまっている。

 というか、結晶自体が若干ひび割れている。まあ、レッドキャップの時よりはマシだ。10年ほど整備すらされてなかったアレと比べて、こっちは定期的な整備が行われてたようだし。

 

「魔法陣の再構成……は難易度高いですし、単純な整形の方が早いですかね」

 

 先ずはひび割れを手持ちのクリフォトを使って、歪んだままの形で軽く修繕。強度と性質が変化してないのを確認してから、金床に乗せハンマーで叩いていく。小突くような勢いでは微塵も揺るがず、それなりの力を込めて叩きつけても歪みもせず、全力で叩くことでようやく目標の10分の1程変化した。

 まあでもこれで、大凡の目標値と変化させるべき幅はわかった。ここまでの損傷の原因は直接聞くしかないだろうが、まともな相手ではなさそうなので後でいいか。

 

「再形成完了。追加破損確認、修繕は可能と判断。実行──完了」

 

 それにこの程度ならまだどうとでもなるし、実際にどうにかなった。だからこそだろう、再起動をかけた瞬間左の小指が飛んだのは。

 

「ッ! 回復はまだ要りません!」

 

 骨までスッパリ切断された傷口は適当に止血しつつ、それでも流れ出す血は適当な皿に回収しておく。こんな些事は、全部適当でいい。この血を使えば魔剣の強化もできそうだが、自分の魔剣でない以上やめておく。魔剣として再構成されたメメントモリを鞘に納刀する。

 

「どうぞお確かめください。それと要望があれば聞きます」

 

 そうして異常がないことを、3度魔法と肉眼で確認した後。しっかりと鞘に収めて引き渡した。所要時間は……大体20分くらいか。ママなら5分を切れただろう、精進が足りない。

 

 内心そう歯噛みしているのを押し殺している中、切り落とされた小指を拾って傷口に押し付け回復。そこにすかさずアインの回復魔法が飛んできて、骨と神経、傷口が癒着していく何度経験しても慣れない感覚を味わうことになった。

 

「どうしたんですか、ラプティスさん? 早く試して改善点を示して貰わないと、私にはこれ以上どうしようもないのですが?」

 

 手をぐーぱーと動かし感覚を確認していると、何故かラプティスさんは呆然とした様子で固まってしまっていた。

 

「いやぁ、流石のオジサンも、自分の指を切り落とされても平然と作業を続けた挙句、こともなげに話しかけられたらねぇ。それに、あの程度の作業で直っているのかも、側から見ていて信じ難い」

「失敬な。負傷は想定外でしたが、仕事に手を抜くわけないじゃないですか」

 

 そこを侮られるとは心外だ。未熟者なりに最善は尽くしている。こう自分から言ってしまうことが未熟の証だけど、それでも最善は尽くした。

 

「それじゃあ、こっちの腕前も試し……ため、し?」

 

 だからこそ挑発し、さっさと試してみろと殺気もぶつけてみる。それで漸くラプティスさんは魔剣に手をかけ、その時点で目を丸くして動きを止めた。

 

「え、これ、マジ?」

「だから言ってるじゃないですか。仕事に手は抜かないと」

「どうかしたのですか?」

「俺の癖に合わせた変化はそのままに、中身が全部新品同然になってやがる……」

「そうなるよう修繕しましたので」

 

 魔剣の中身全てを把握して、そこから希望を聞かなかったのでとりあえずそうなるように修理した。武具に染み付いた癖は一度斬り合い、間近で剣を観察できた以上理解できる。

 仕事道具を全てスキルに放り込み、血はストックに合流させておく。これで後は、ラプティスさんの慣らしが終わるまでは暇になったが……

 

「肝が冷えた。次回以降があるのなら、事前に通告してほしい」

「すみません。でも、あそこで作業をやめる訳にはいかなかったので。それにほら、アインのお陰で元通り動きますし」

 

 そう言い訳しつつ、小指を一周する傷跡ができた左手を動かしてみせる。一旦完全に治ってしまった以上、この傷跡は無くなりそうにないけど……そこまで気にする必要はないか。

 

「それでもだ」

「……でも、次からは先に言います」

「認識した。それでいい、否、それならば安心できる」

 

 有無を言わせぬ圧力に、思わずそう言ってしまった。どうしてだろうか、ここ数日アインに振り回されている気がする。

 なんて考えを巡らせていると、ゾワリと全身の毛が逆立つような気配を感じた。咄嗟に魔剣を手に振り返った先、そこに出現していたのは巨大な蟷螂(カマキリ)の機体。魔剣メメントモリの、限界駆動した姿だった。

 

『嘘だろ……機体まで直ってやがる!?』

 

 虫というのは、ある種殺しに特化した進化をした生物だと聞いている。それでも、動作確認のためと頭で理解しているが、わちゃわちゃと謎の動きを繰り返すのは、何処かコミカルにすら見えた。

 

『おいマジかよ嬢ちゃん、一体何した!?』

「企業秘密です。ところで、何か問題とか改善点はありますか? それか、調整があれは承ります」

 

 とても興奮した様子のラプティスさんがしてきた質問を却下する。例え教えても、私の魔法ありきなこれが真似できる筈もないし。

 それに未知のⅡ型魔剣の整備だったのだ、私だって流石に疲れた。早く仕事を終わらせたくて、逆に質問を返す。

 

『差し入って何の問題もないねぇ。気持ち悪いくらい……いや、実際気持ち悪いレベルで手に馴染んでる』

「そう言って貰えるなら、整備した甲斐がありました」

『助かるよぉ。これであいつらを、やっと楽にしてやれる』

 

 そう真面目な声音で言って、ラプティスさんの駆る機体を中心に巨大な魔法陣が展開された。読み取った感じ、属性は闇。効果は術者に不眠症と疲労感の欠如の呪いと、高揚……いや、狂奔に近い影響を与える魔法?

 

『早速1発いいのがキマッたところで、行くか。時間は空けてたが、こうも出来がいいんじゃ逆に惜しい』

 

 そんな不利益しか齎さなさそうな術式に違和感を覚えていると、ドッグの床が一部展開しスロープのように変形した。それにより、ごうと風が吹き込む中、ラプティスさんの機体がスロープにその六脚を固定する。

 

『魔剣メメントモリ、出撃するぜ!』

 

 そして、明らかに人力の魔法によって、微かに覗く空に向けて射出されて行った。詳しい事情はわからないけれど、私の仕事は終わったということでいいのだろうか?

 

「と、いう事になったと謝罪します」

 

 スロープとなっていた床が形を元に戻していくのを見ながらそう考えていると、ぬるりと転移してきたイトナミさんがそう言った。

 

「なら今日の分の仕事は終わり、という事でいいんですか?」

「肯定します。可能ならば、先程の技術の教授をして頂きたいと思いますが」

「私のユニーク魔法前提の技術なので、無理かと思います」

「……認識しました。今は、イトナミ達も諦めると嘆息します。はぁ」

 

 そう口で言いつつ、わざとらしく溜息を吐き方を落としながら、イトナミさんがアインの方に向き直る。そして、何事もなかったかのように、その手に持っていたガラス板のようなものを手渡した。

 

「そしてこちらが、ナーハフート・アインスが従軍した2年と254日分の戦闘記録と、当時の私物を収めた端末兼アイテムボックスとなっております」

「よく私物が残っていたと、驚愕する」

「肯定します。イトナミも、管理担当に確認するまでは存在を認知していませんでした」

 

 それでは、用事があればお呼び下さいと。そう言い残して、イトナミさんは姿を消した。出来れば宿に戻るために転移して欲しかったが……まあ、術式はコピーしてあるし良いか。

 

「出来れば当方は、これはアヤメにも見てもらいたい」

「別に良いですけど……宿にでも戻ります?」

「肯定する。誰にでも見られたい物ではないと、推測する」

「分かりました。じゃ、帰りますか」

 

 どうせ私も、今日はもう休むつもりだった。箒の図面程度は引くつもりだったけど……まあ、脳内で引いていれば良いか。




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