銀灰の神楽   作:銀鈴

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後日譚 : 冒険者(エクスプローラー)型人造人間(・テイルズ)【01】

 転移によって甲板の街に戻り、アインの要望通り宿に帰った後。そのまま私たちは、部屋に腰を落ち着ける流れになった。

 

「それで、私にも見てもらいたいって言ってましたけど。どうしてですか?」

 

 偽装のための車椅子から降り、適当にベッドに腰掛けながら聞いた。確かに後から話は聞きたいとは思っていたけど、私なんかに自分の過去を知られるメリットがアインには無いはずだ。

 

「単純に、当方は怖いのだと推測する。

 ズーへと、ゼーアフートと戦ったあの時、当方の中で当方とナーハフート・アインスが混じり合っていた。その中で当方は、どちらが当方なのかすら分からなくなった」

「……初耳です」

「肯定する。アヤメに無用な心配を掛けぬため、申告していなかった」

 

 あの時、アインがそんな事になっていたなんて初めて知った。言ってくれれば、或いは知っていれば、私だって少しは何かを出来たかもしれないのに。いや、これこそ傲慢か。私なんかが──

 

「だが、当方がアインとして自己を確定出来たのは、アヤメのお陰だと報告する」

「……私ですか?」

「肯定する。当方が、アイン・ナーハフートが過ごした時間の中で、アヤメの過ごした時間が最も幸福な時間であったことは間違いない」

「へ?」

「アヤメと街を巡ることで、当方は当方として戻ることができた。感謝する」

「……やめて下さい、恥ずかしいです」

 

 そう断言されると、なんとも言い難い恥ずかしさが込み上がってくる。そう好意を向けられるのは、何処かむず痒くて、受け入れ難くて……小さな頃毒を食べた時みたいに、気持ちが悪い。

 

「そして当方は、最後までアイン・ナーハフートとして在りたい」

「その為に、私を利用すると?」

 

 誰かにそう言われるのは、嫌なわけじゃない。でも気持ちが悪い。だからだろうか、そんな拒絶するような言葉を吐き出してしまった。ハッとなって口を塞ぐが、もう遅い。

 

「違、ごめんな──」

「肯定する。謝る必要はない。当方の頼んでいる事は、アヤメの指摘通りに他ならない。だがそれでも、当方はアヤメの力を借りたい」

 

 謝る言葉すら遮られて、真っ直ぐに私を見てアインは言った。そうして手まで差し出されてしまえば、元々断るつもりなんてなかったとはいえ、断れようはずもない。

 

「仕方ないですね。いいですよ」

「感謝する。では、開くぞ」

 

 対面するベッドにアインが座り、イトナミさんから受け取った端末を操作した。すると端末から1枚の透き通ったプレートのようなものが発生し、そこにアインらしき写真と共にビッシリと文字が浮かび上がった。

 

「……読みづらいですね、隣行っても?」

「肯定する。当方は、構わない。むしろ……なんだ、助かる」

「そですか」

 

 言葉の歯切れが悪いアインをちょっと疑問に思いつつ、隣に座ってプレートを覗き込む。するとそこには機密保持の為だろうか、大部分が日本語で書かれたレポートが写し出されていた。しかも軍事的な部分と思われる場所は、古い言語や別種族の言葉まで使われている有様だ。

 

「アインはこれ、読めますか?」

「肯定する。だが、一部読めない部分もある」

「じゃあそこは、私が補正すればなんとかなりますね」

 

 なんて語りながら、資料に目を移す。

 

 冒険者型人造人間 : 後衛型成功例01号

 個体名 : ナーハフート・アインスについて

 素体名 :【抹消済み】

 階級 : 中佐

 戦歴 : ──

 

 と、プレートには簡潔に記された情報が続いていく。参加した作戦とその内容、被害、戦績等々。私にとっては単なる過去を知る情報でしかないそれを見て、隣に座るアインは震えていた。そして次第に、ポロポロと初めて見る涙が溢れ始める。

 

「ハンカチ使います?」

 

 そんな珍しい姿に驚きつつも、そういうこともあるかと判断してハンカチを渡す。すると無言で頷きつつ、受け取ったハンカチでアインは涙を吹きながら、それでも手を止めることなく文字列を追い始める。

 

「覚えている。いや、思い出した。グラウンド・ゼロ撤退戦も、ハイプ砂漠機動派兵戦も、何もかも!」

 

 そして、明らかに暗号化されている部分まで、不自由なく読めているらしい。その部分を口にしながら目で追っていく。私の翻訳は特に要らないらしい。ただその姿に、どこか私の知る……私を認めてくれたアインがいなくなる気がして、思わず口を開く。

 

「アインは、まだ私の知っているアインですか?」

「肯定する。当方はまだ、アイン・ナーハフートだ」

 

 アインの顔を私の方に向かせ、ジッと覗き込んでみるが……確かに、とても動揺はしているけど変わった様子は見られない。これなら多分、大丈夫だと思う。

 

「よし、大丈夫ですね」

「……続きを読んでも、良いだろうか?」

「どうぞ?」

 

 アインが宣言通り変わっていないのなら、別にいい。私も少し、過去にあったことは気になるし。

 そう普通に対応すると、赤い顔のままアインは手元の端末に向き直った。するとそこに表示されてたのは、アインスが従軍した最後の作戦。私も夢で見た、最後にはアインが特攻して終わる戦いだ。

 

「ズーへ、ゼーアフート、すまない。だがやはり当方は……」

 

 その話は気にはなるけれど、別に後回しでもいい。あれが本物なのかはわからないけれど、一度私はその光景を夢で見ている。その辻褄合わせをするにしても、今アインに聞くべきではないだろう。

 誰しも、親しい人の死に目を……そして自分の死に目を、改めて思い出して誰かに語るなんてことはしたくないだろうから。

 

「そしてこれが、前のアインが遺した遺書と、当時の所持品ですか」

「で、あるらしい」

 

 満足するまで過去の記録を読んだ後。端末から取り出されたのは1枚の折り畳まれた汚れた紙と、掌に収まる程度の機械部品らしき塊。

 機械らしき物の方を受け取りつつ、アインが開いた遺言であるという紙を覗き込む。そこにあったのは、確かにアインの筆跡で書かれた数行の文たった。

 

「『当方の所有物は適切に配分、使用不可の物は処分することを要求する。魔剣マクスウェルのみ、修復される可能性を考えて保管することが望ましいと考える。当方が戦死した後、生き残った部下は適切に配備されれば幸いである。

 当方と、当方の部隊の生き残りが受けた恩を返す。

           ナーハフート・アインス』

 か。以前の当方は、部下思いだったのだろうか」

 

 どこか懐かしむような、問いかけるようにアインは呟いた。そう言うということは、まだ記憶は戻りきっていないのだろうか。それとも或いは、誤魔化しているだけか。

 

「どうなんでしょうね。少なくとも、大切には思っていたと思いますよ。冒険者をしていた頃、戦地の遺品回収とかもしてましたが……遺書とか書き残しに、部下のことを書いてる人はほぼ居ませんでしたし」

「そうか……そうか。それなら、悪くないと考える」

 

 依頼を受けたのはギルド内の序列を昇格する時の数回のみだが、それでも遺書の内容はほぼ全てが、後悔や両親、親類への最後の言葉だった。積極的に思い出したい記憶でもないし、私に遺書を残す誰かはもういないが。

 

「なら、アヤメに渡したそれが……以前の当方が残した」

「魔剣マクスウェル、ということなんでしょうね」

 

 言われ、改めて受け取ったままだった機械の塊と思っていた魔剣を見る。無数のパイプが張り巡らされた内側に、幾つかの歯車が噛み合うことなく散らばっている。その奥には砕けた蒼い宝石のような──いや、多分クリフォトの結晶が見える。

 

「アインはこれ、直したいですか?」

「かつての当方の遺言だ。できれば実現したいと考える」

「分かりました。直せるかは分かりませんし、弄り倒させて貰いますよ」

 

 そもそもの形を知らないのだ。修復する先が見えない以上、ニードヘッグの時よりも難しい。だからこそ、弄れるのならやらない理由はない。

 正直なところ、頭も身体も疲れ切っているけれど……そんなこと、知ったことではない。目の前に物があって、私が受けてもいいと思う相手からの依頼で、魔剣を自由に相手にできるのだ。やらない理由がない。

 

「認識した。アヤメの好きにしてもらって構わない」

「ありがとうございますねっと」

 

 が、そんな作業が人の隣に座りながら出来るはずもなし。私の使っているベッドに戻り、シーツを魔法で清潔にした後、そこに手に持っていた魔剣の残骸をそっと置いた。

 そのまま、ついさっきメメントモリを診断した時と同様に魔法による探査を掛けてみるが……不発。やっぱり、壊れている以上4割くらいを読み取るのが精々だ。どうやらパーツも足りないらしいし。

 

「材質は……パイプと歯車が、術式で性質を反転させたヒュドラタイトと、えっ、人体?」

 

 常温では液体、低温になるほど硬度が高まり、極めて高い毒性と保冷性を持つのが、ヒュドラタイトという金属だ。それが錬金術で性質を反転して書き換えられた結果、常温では固体、高温になる程硬度が高まり、万能に近い強力な薬効と保温性を持つようになっている。まあこれは、万能薬の材料にもなるメジャーな素材だ。

 その上で、明らかに人体へ組み込む……いや、移植だろうか? 明らかに人体へ埋め込み、ほぼ臓器の1つとして扱うことが前提の危険物だ。でなければ金属と、()()()()()()()()()()()()()()が混ざり合った合金なんて考えられない。

 

「これ、噂に聞く人間界型の魔剣ですかね……? 実物は初めて見ました」

 

 魔剣にはⅠ型、Ⅱ型、試作型以外にも一応の分類がある。

 私が一番触れ、整備しており所持もしている獣人界型の魔剣。これはあくまで武器や防具の形はそのままに、何かしらの能力を発揮する物になる。

 次に、ニードヘッグやメメントモリのような魔界型の魔剣。これは機体を呼び出し魔剣自体は消失し、機体と一体化して能力を発揮する物になる。

 そして最後が、現在触れているマクスウェルのような人間界型の魔剣。肉体と融合させて、その肉体自身を変質させてどうにかするという物だ。あくまで知識でしか知らないけれど。

 

「それがどうかしたのか?」

「アインの目とか脚とか、そういう風に移植して使う魔剣です。改めて使うのは、ちょっと厳しいかもしれませんね」

 

 なんて軽口を叩きつつ、取り敢えずパイプと歯車を複製する。純金属製になるから完全な複製ではないけれど、現在の物を解体する前に形は記録しておいた方がいい筈だから。

 ちゃんとその記録を取ってから、今度はマクスウェルの解体を開始する。パイプを外し、歯車を取り除き、最奥に位置する結晶を取り出していく。

 

「よし、こんなもんですかね」

 

 取り出した結晶は、4つに割れ砕け、無数の細かいヒビが入った酷い状態だった。結晶の内部に形成されていたらしい、珍しい完全に上下左右が非対称な芸術的魔法陣も無残に砕かれてしまっている。

 

「何か分かったのか?」

「いえ、全然。ここまで壊れてると、元の陣も読み取れません。アインはどんな能力だったか覚えて……思い出してたりしません?」

 

 つくづくニードヘッグの保存状態が、どれほど良かったのかが実感出来る。あれは少なくとも、魔法陣自体は構成が推測できる程度には形が残っていた。

 加えてこのマクスウェルは、対称的な陣でないせいで構造の推測すらできない。基礎部分については私にも見覚えがあったり、推測できる部分はあるが、逆に言えばそれだけだ。本質的な部分がサッパリ理解できない。

 

「否定する。断片的な情報はあるが、明確に能力の詳細は覚えていない。推測になるが構わないか?」

「ええ、推測とか断片的なのでいいので教えてください」

「認識した。メイジ級の魔法や、その他悪魔の物理的な攻撃を問わず、手を翳しただけで逸らし、或いは跳ね返していた。それも障壁を発生させるのではなく、何らかの力によって。また、相手の傷口に触れた途端相手が爆散している記憶もある。

 よって、最後の能力だけ当て嵌まらないが、物体の進行方向を変える・操る能力と推測する」

「……なら、無属性魔法の方から何か分かるかもしれませんね」

 

 私の脳内だけではなく、アインが見て何か気づいてくれることに期待して、スキルに放り込みっぱなしだった無属性の魔法大全を取り出す。

 そのまま記憶に従ってページをめくり、エネルギーを直接操作する系統が纏まっている場所を開いた。使う機会が多い魔法群だし、私は正直見るまでもないが。

 

「アヤメは魔法を暗記しているのではなかったのか?」

「してますよ、全属性分。でもこれを見て、アインが何かに気づいてくれる可能性もありますから」

 

 言いながら、クリフォトの結晶から取り出した魔法陣を組み直す。欠損が酷いせいで5割程度の再現しか出来ないが……ふむ、どうなんだろうこれは。能力をエネルギーの直接制御・操作として考えると、前よりは部分部分の役割が見えてくるけれど。

 

「アインは何か閃きます?」

「否定する。当方はそもそも、魔法陣の解析時点で知識が不足している。イトナミ達であれば、設計図を持ってるのではないか?」

「無いですね。そんな資料、私の実家にもありませんでした。多分持ってても能力データと、整備方法くらい……欲しいですね、修復するなら」

 

 直接的に根幹部分の再構成の役には立たないけど、かつての実動データがあれば能力が分かる。縦しんば分からなくても、推測の精度は上がる。今までそんなデータが残ってることがなかったから、自分の腕以外に頼れる情報があるなんて考えもしなかった。

 

「ならば行くか?」

「行きましょう。出戻る感じになりますけど」

 

 そう言ったのに合わせて、丁度よくお腹が鳴った。そういえば、朝はレーション齧っただけだったような。道理で。

 

「アインって朝何か食べました?」

「否定する。当方は特に何も食べていない」

「なら帰りに、適当に何か食べますか。私も特に何も食べてないですし」

 

 昨日屋台で食べた料理は、美味しかった気がする。見たこともない料理だったけど。だからまあ、多分期待しても良いだろう。

 

 




人間界型の魔剣は以前にハボクックが存在してますが、アヤメちゃん自身は知らないのでこうなってます。

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