結果から言えば、資料はつつがなく受け取ることができた。イトナミさん達も密かに修復は期待していたらしく、そこにメメントモリの修復を成功させた実績が加わり、信頼に足ると判断されたらしい。
あろうことかマクスウェル以外の、壊れ廃棄されていたⅡ型の残骸と資料まで、一挙に渡されてしまった。誰から見てもガラクタだが、私にとってはお宝の山である。
と、そこまでは良かったのだが。
「朝市はやってても、お店は特にやってないのは誤算でした。ゲテモノ料理、結構期待してたんですけど」
「どうせなら、美味しい物の方が良いと提言する」
飲食系のお店も屋台も、こんな朝っぱら開店しているところは無かった。その代わり、何処から仕入れてるのか新鮮な魚や、採れたてと思しき野菜。新鮮な肉などは販売されているが。
ただこうも見覚えのない食材が多いと、割と献立をどうするか迷う。今になって、ゲテモノ料理をよく作っていたママの気持ちがわかるとは思わなかった。
「取り敢えず野菜は買い足しておいて、何か面白い食材ないですかね」
「当方は、美味しい物を食べたいと提言する」
「この目と脚が8つある魚とか面白そうじゃありません?」
「提言する!」
アインに車椅子を押してもらいながら、朝市の主流からは外れた商店通りを見て回るが、中々に面白い。こんな蜘蛛と魚のキメラみたいな生物、獣人界の方では見たこともない。
それに、私だって美味しくなるよつ作る努力はするから、多分大丈夫だ。多分。
「すみません、その魚の名前と料理方法教えて貰えますか?」
一応の保険として、この魚屋の店主らしい魚人っぽい人に話を聞いてみる。これでアインも文句ないだろう。
「名前はエイアフシュナだ、一般的には蜘蛛魚の方がわかりやすいか? 調理方法は身が紫な以外、普通の魚と何も変わらねえ。ただ脚は毟ってからボイルすると美味いぞ。この時期だとまあ一番美味いのは卵で、目と糸を生む臓器は珍味になる。獲れたて直送だ、鮮度も抜群だぞ?」
「いいですね、朝ごはんこれにしましょう」
「アヤメ……」
何故かアインが絶望したような声を出しているが、まあ多分大丈夫だ。食べられない物にはしない。が、捌くのは不安なので、追加料金を払ってここで店主さんにしてもらう。ちゃんとそういうサービスをやっていると、そこのポップに書いてあるし。
そう朝の献立を考えていると、魚屋の店主さんを中心に何らかの魔法が展開された。風と水の複合属性、効果は音の遮断。今すぐ壊す必要はなさそうだ。
「なあ、1つ聞きたいんだが。あんたら、外から来たんだろう?」
「ええ、それは間違いないですけど。どうかしたんですか?」
危険な質問と判断して、一旦肯定するだけに努める。正体を隠す為に偽名を名乗っている意味を、無為にするわけにはいかないのだから。
「なら、今の獣人界がどうなってるか知らないか? 俺の故郷が……橋の街がどうなったか知りたいんだ。俺がこの船に拾われた時は激戦区で、恐らくもう無いんだろうが……」
「すみません、私は魔界に入る前の記憶がなくて。アインなら知ってません?」
本当のことを言えば知っている。大陸間連絡橋と共に、その橋を守っていた街は全て滅亡していることを。でもそれを、記憶喪失のアイリス・エターナルが知っている筈がない。だからこそ、アインに話題を振った。
「肯定する。当方が知る記録では、橋の街及び大陸間連絡橋は全て崩壊、沈黙している。また当方が知る限り、街や連絡橋の再興は時間と資源の不足により、計画すら存在しなかった筈だ」
「そうか、やはり駄目だったか……」
アインの言葉を聞いて、店主さんの手が止まる。が、私はとりあえず素知らぬ顔をしておこう。今の私はアイリス・エターナルであるのだから。
「悪いな、湿っぽい話になった。一尾まるまる、解体費用も合わせて9850Gだ」
「あ、はい。じゃあ大銀貨で。アイン、ちょっとお願いします」
「認識した」
なんて思っている間に、会話は終わっていた。そうして差し出された、捌かれた魚を受け取ろうとして……車椅子に座ったままでは届かず、代わりにアインにお金を渡し支払いまでやって貰う。
「大銅貨2枚と銅貨5枚の釣りだ」
「はい、確かに。おお、綺麗な身。肝とかは食べられないんですか?」
「時期じゃねぇな。この時期のは食っても、渋くて苦いだけだ」
それと同時に、張られていた水風複合の魔法が解除された。傍聴防止の意味以外にも、もしかしたらこの魚を捌く場合に必須な何かだったのかもしれない。そういうことにしておく。
「にしても、そっちのナーハフートの兄ちゃんは兎も角、あんたも尋常じゃない腕じゃねぇか」
「なんの話でしょう?」
「俺だって元兵士だ。自分の使った魔法が、展開した瞬間に壊されかけたくらいはわかるさ」
思っていたより、感覚が鋭い人だったのかもしれない。次以降は、もう少し慎重に術式に侵入した方が良さそうだ。
「今はもう歩けませんが、魔法には関係ないですから」
「ま、それもそうか」
こんな感じに誤魔化しておけば、多分何か勝手に勘違いしてくれるだろう。それよりも朝ご飯が優先だ。焼き、揚げ、刺身、茹で……何から試そうか。若干煮詰まりかけている頭の、いい気分転換になればいいのだけど。
「つかぬ事を聞く。今の質問からするに、貴方は外の状況を長らく知らない状況にあると推測する。違いないか?」
「ん? ああ、そうだな。俺はこの船に乗ってから、一度も外界に出ちゃいねぇ。本物の空を見たのも、10年くらい前が最後だな」
そう言って、魚屋の店主さんは空を見上げた。雲1つない快晴で、遮る物なく燦々と太陽の光が降り注ぐ空を。クリフォトが空を覆い、黒い雲が空を覆う外とは違う清浄な空を。
「その、10年くらい前って。話に聞く、ナーハフートの人が特攻したっていう話ですか?」
「そうだな。あの時はもう終わりだと思ったぜ。何せ、軍が師団単位で動かしても倒せなかったデストロイ級が船を囲んで、普段から展開されてる結界も壊しちまったからな。短い付き合いだったが、あのアインス様達は恩人だよ」
朗らかに笑って、店主さんは言った。個人的には船を覆う結界も気になるが……この口ぶりからして、私に魔剣が見せたあの夢は、本当にあったことで間違いなさそうだ。
「船から降りたことがないって、不便じゃないんですか?」
「いや、そんなことはないな。何せ従軍中より……いやそれよりも前、普通に暮らしてた時より良い暮らしさせて貰ってんだ。文句はねえよ」
「そういうもの、なのか?」
「そういうこと、らしいですよ?」
首を傾げるアインに、二重の意味を込めて言う。店主さんの言わんとしていることは、私にも分からないでもない。もし仮に私が、アヤメ・キリノであることを隠さずに、平和に生きていけるとしたら……その街から出られないとしても、文句なんて言えようはずもない。
「っと、あんまり長話してたら折角の魚が痛んじゃいますね。それでは」
「失礼する」
「応よ、またな。うちを是非贔屓にしてくれ」
頭を下げてから、車椅子を反転させる。この魚、鮮度良かったし美味しかったら本当に贔屓にしようか。なんて、思いつつ車椅子を転がす。
「あ、そうそう。毒腺はちゃんと残しておいたから、使うんなら加減してやれよな!」
「? はい、大抵の毒は効きませんが」
帰り際にそんなことを言われたが、どういう意味だったのだろうか。それは色々と料理を作り始めてもなお、分かることはなかった。
それはそれとして、焼きと刺身、脚のボイル、汁物にした卵は美味しかった。この魚、見た目の割に非常に優秀である。昼のフライと、臭み抜き中の珍味部分にも期待しておこう。
そんな算段を立てながら、また借りた工房に籠ること一夜。最後には魔剣を起動して、ルンペルシュテルツヒェンの能力を使ってまで弄り回し、2つのことが判明した。
「良い報告と悪い報告があるんですけど、どっちを先に聞きたいですか?」
工房のレンタル時間が過ぎた為、宿の部屋に戻った後。2日間寝落ちた数分以外寝ていない所為か、あまり働いていない頭のまま問い掛けた。
「悪い報告から頼む」
「分かりました。ふわぁ……結論から言いますと、魔剣マクスウェルの再生は不可能です。フルスペックのは」
結局のところ、私の手には負えなかった。資料を貰って、アインから使用感を聞いて、魔剣の強化という下駄を履いて。それでも再現できたスペックは、精々が話や資料の6〜7割程度。こんなのじゃ到底、再生出来たなんて言えるはずがない。
「ということは、フルスペックでない物なら可能ということで相違ないか?」
「ですね。仮組みしてみたのがこれです」
言いつつ欠伸を噛み殺して、握っていたものをアインに手渡した。重なり合った歯車と張り巡らされたパイプが作る、多分本来なら二十面体になったであろう球体。そんな不完全な物だから、そうあまりジロジロと見ないでほしい。
「それでこっちが本題なんですけど。そのマクスウェルと、ゼーアフートさんとズーへさんの遺品の2振り。絶焦剣ムスペルヘイムと絶凍剣ニヴルヘイムの3振りの魔剣を合わせて、打ち直す事が出来ると思うんです」
これが良い方の報告になる。正確には遺品はアムネシアとオネイロイになるのだろうけど、着想はそこから得たのだし良いことにする。
「それはつまり、どういうことだ?」
「アイン専用の魔剣を、出来れば作りたいってことです」
出会ってから何度も戦いに巻き込んで、一応Ⅰ型魔剣は持っていたけど、アインに専用のⅡ型魔剣は無かった。義手があるのだからとも思うけど、一定時間しか使えず、使った後にメンテナンスをしないと命の危機すら発生するそれは、あまり使って欲しくない。
「だが、当方には義体の魔剣が……」
「もし私に何かがあってぽっくり死んだら、あんな歪に均衡を取っている魔剣を整備できる人間なんて居ませんよ?」
そうしたら、数回使っただけで死んでしまう。そう口にしかけて、自分で少し驚いた。どうやら私は思っていた以上に、アインに死んで欲しくないらしい。
「まあ、元となる魔剣が魔剣です。もし打つにしても、アインとリィンの2人に話を通さないといけません。2人とも、浅からぬ縁がありますから」
リィンさんの場合血縁上の両親の魔剣であり、アインの場合かつての自分が使い、仲間が今まで握っていた魔剣だ。そんな物を、私なんかの意思1つで勝手に弄っていい筈がない。
「認識した。当方は構わないが……どうして、当方の為に? 確かアヤメは『滅多に人に武器を作らない』と、発言していたと記憶しているが」
「別にアインになら、作っていいと思っただけです」
さっき自覚した気持ちは口にしない。だって完成した魔剣を使われれば、言わずとも伝わることになるから。1から組み直すから時間もかかるし、そこまで手を掛ければ込めた思いは隠しきれない。オーダーメイドとはそういうものだ。
「認識した。アヤメがそう言ってくれるのであれば、当方にも否はない。よろしく頼む」
アインからの言質は取った。これであとはリィンさんから許可を貰えばいいだけ。その為にもどうにか合流を──と考えた時だった。Pi Pi Pi Piと、聞き慣れない音がアインの方から聞こえた。
「なんの音です?」
「すまない、端末が鳴っているらしい」
そう言ってアインが取り出したのは、昨日も見た携帯端末。それが規則的に音を繰り返している。スマートフォンとか携帯電話とか、そういうのがモデルなのかもしれない。実物は知らないけど。便利そうだし複製したい。
なんてことを考えていると、昨日と同じように端末からプレートがせり出した。そこに文字ではなく魔法陣が映し出され──
『ん゛んっ、あー、あー。これはちゃんと映っておるのか?』
そこから、どアップなリィンさんの姿が立体的に投影された。随分と高等な術式をこんな簡単に……やっぱり複製したいなこの端末。
「肯定する。端末の作動は完璧だ」
「映ってますよ。ただ、顔がどアップになってますけど」
『むぅ、それはマズイな。……これくらいか?』
ガサゴソと音を鳴らしながら、リィンさんが端末の位置を調整する。私も一応一歩下がり、何処かの部屋の内部が映し出された画面と向かい合った。
「それでいいと思いますよ?」
『うむ、了解した。さて……数日ぶりだな、2人とも』
改めて、リィンさんの背後に映るのは、ニードヘッグ内部で私が入っていたポッドの様なもの。見間違いでなければ、同型機に見える。
『先ずは、余だけが勝手に行動したことを謝罪する。すまなかった。だが余にも、こうしてまで確認したいことがあったことは理解してほしい』
「認識した。当方は、別に構わない」
「私も気にしませんよ。少しだけは、理解しているつもりですし」
『? まあ良い。それよりも、話したいことと、2人に会ってもらいたい人がいる。予定は空いておるか?』
「当方にはない」
「寧ろこれから、リィンに会いに行こうとしてました」
きっとリィンさんが会いに行っていたのは、十中八九夢で見たイリスという人だろう。それなのに会ってほしいとは、理由が分からない。私たちが会う意味はないような気がするけれど。
『そうなのか? ならば丁度良いな! 余がいるのは、中央1番艦アルフヘイム……と言っても伝わらぬだろうから、近場の者に案内して貰うといい』
「なら、午後の予定はそういうことにしますか」
どうせなら、その中央1番艦とやらも見てみたい。ここに来てから今いる旗艦と、その一個後ろの工房がある艦の往復だったっし。
いつも私を視ている目線は、墜星の眼差しはまだ遠い。少なくともまだ、何かを仕掛けてくる様子はないらしかった。
残り229日
《Ⅱ型魔剣 : マクスウェル》
無数の歯車が重なり合い、幾重にもパイプが重なり蒸気を吹き上げ纏う二十面体型の魔剣。
生体融合型魔剣の特徴として、常時通常駆動にあり、限界駆動の能力も一部解放されてしまっている。装着者の負担も周囲への影響も鑑みることなく。
魔力汚染は発生しなかったが、限界を超える酷使によってリミッターを超え崩壊した。
所有者 : ナーハフート・アインス
【能力】
基準値 : C 限界値 : A+
照準 : A+ 範囲 : B 操作 : D
維持 : C 強度 : B
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
理想に輝く無限の力、
だが、まだだ。人の夢は終わらない 来たりし天下の太平にこそ、我らの生きる道はあり
諦観の棄却こそ、遥かなる道へ我らを導く
不死に不老に富に力、際限のない欲望が、今こそ悪魔を新生させる
いざ起動せよ無限炉心、人の夢を実現し、停滞した
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇85%
・生物特効110%
・悪魔特効500%
②限界駆動
・自身の周囲に存在するエネルギーベクトルの完全制御