銀灰の神楽   作:銀鈴

103 / 224
後日譚 : 冒険者(エクスプローラー)型人造人間(・テイルズ)【03】

 リィンさんの助言通りイトナミさんに案内してもらい、足を踏み入れた中央1番艦アルフヘイム。全部で7艦からなるユ=グ=エッダの中で、ここは食糧生産プラントとなっているとのことだった。

 因みに私たちが寝泊まりしているのは、旗艦兼中央2番艦アスガルド。担当しているのは居住区。私が工房を借りているのが中央三番館スヴァルト。担当しているのは武装の整備・開発とのこと。

 

 他の船については余り知らないけれど、このアルフヘイムという艦には一歩進入しただけで分かる大きな特徴があった。

 

「この艦は、緑の匂いが濃いですね」

 

 私たちが進む舗装された道を除いて、この艦の甲板には様々な植物が繁茂し、無数の果実を実らせていた。所々に絶滅した筈の植物があるのもとても気になる。許可さえ貰えれば、車椅子を漕ぐ手を止めてすぐにでも採取したいくらいだ。

 

「アヤメはこの艦の方が好みか?」

「確かに自然を感じて好きですけど、どちらかといえばスヴァルトの方が好みですかね。ずっと言ってる通り、一応は私も鍛冶師なので」

 

 でもこの艦の方が、寝不足の頭には心地よい。この空気と匂いはとても落ち着く。こうして手を動かしてなければ、ともすれば寝てしまいそうな程に。

 

「それより、いつまでこの道を行けばいいんでしょうね。イトナミさんはまっすぐ行けば辿り着くって言ってましたけど。少し手が疲れてきました」

「やはり当方が押そうか?」

「寝てしまいそうなので嫌です」

 

 と、そんな軽口を交わしながら進むこと数分。そろそろ本格的に手が疲れてきた辺りで、日常的に展開を始めた探知の圏内にリィンさんの姿を捉えた。そしてそれは向こうにも伝わったようで、大きく手を振ってくれた。

 

「わざわざここまで来てくれたこと、感謝するぞアヤメ、アイン」

 

 そうして久し振りに会ったリィンさんは、迷いの吹っ切れたような顔でそう言った。通信越しに会ったさっきとは、気配から何まで違って見える。

 

「さっきも言いましたけど、私も用がありましたから」

 

 その変化は、少なくとも私には悪いものには見えない。だからこそ、何も変わらず接することにした。

 

「否定する。アヤメはともかく、当方にとっては大した手間ではない。それで、当方たちに合わせたいという人物はどこか?」

「そう話を急くでない。余も会って貰いたいのだが、この場の性質上転移が面倒なのだ……」

 

 言いながらリィンさんは、自身を中心として魔法陣を描き始める。それはイトナミさん達が常用しているものと、同じ魔法であるようだが……何処と無く辿々しく作られるその陣は、細かい部分がどうにも歪んでしまっていた。

 

「リィン、それだと多分相対距離の設定が甘いです。あと私たちも転移するので魔力も足りません。どこか知らない場所に飛び出ると思います」

 

 まず間違いなく失敗するであろう形で完成したそれに、思わず口も手も出してしまった。座標部分以外を整えた魔法陣を製作、フリスビーを投げるようにリィンさんに投げ渡した。

 

「助かる……が、異様に綺麗な陣をしておるな。もしかしなくても、余よりも術式に精通しておらぬか?」

「1回体験させて貰いましたから、とりあえず覚えました」

「攻撃系の魔法であれば、余も一目見れば覚えられるのだがなぁ……」

 

 愚痴をこぼしながら、リィンさんが魔法陣を修正していく。見た感じこれなら、転移魔法で最も危険な壁に埋まる等の事故は起きないと思う。遮蔽物の多い場所への転移は、こういうことを気にする必要があるから面倒だ。

 

「では転移するぞ」

 

 と、何時もの調子でリィンさんの魔法が起動する。訪れた何時も通りの転移の感覚を経て、次に目に映ったのはどこか建物の内部。ついさっき通信の背景として見た空間だった。

 壁に沿って液体に満ちた円筒が無数に並ぶ、研究所のような空間。実際に目にした感じ、やっぱり私がニードヘッグ内で使った物と同等……いや、こっちの方がオリジナルらしい。

 

「それでだな……余があって欲しい人は、この先におる」

 

 そうリィンさんが指差す先には、無機質な1つの扉があった。微かに虹色の光が漏れるそこは、明らかに異質な雰囲気を放っている。

 

「1つ質問をしたい。これから当方たちが合う人というのは、誰だ?」

「余の……恩人、いや、当時の余を考えれば親のような相手だ。だからこそ、余は紹介したい。何せ2人は、余にとって初めての友であるからな」

 

 満面の笑みで言ってリィンさんが扉を開いた先。そこは明らかに、これまでの通路とは別の空間だった。

 まず日光が、部屋を明るく照らしていた。この部屋の座標的に魔法による産物とは思うけれど、春のような柔らかな日差しがこの部屋には満ちている。床面は現実の草花が揺れる花畑のようになっており、その中心に無数の丸虹に包まれるようにして円筒が鎮座していた。

 

「虚飾を取り払えば、余は単に初めての友を紹介したかっただけなのだろうな」

「なんだか気恥ずかしいですが……ということは、あそこにいるのが?」

「うむ。名前はイリス・チュテレール・ビフレスト。余の大切な母親だ。余の心持ちとしてのみで、答えは聞けずじまいだったがな」

 

 花を潰さないように気をつけて車椅子を転がしながら、どこか寂しそうな顔をするリィンさんに問い掛ける。答えを聞けなかった、それはやはりあの夢の──などと考えているうちに、円筒の内が見える距離に辿り着いた。

 

「これは……酷い、な」

 

 宝石のように煌めく髪、肩部に存在する虹色の宝石、間違いなく夢で見たイリスさんと同一人物だ。ただその状態は、アインの言う酷いなんてものを通り越して、無惨としか言いようのない惨状だった。

 

 まず、右脇腹から左足の付け根にかけての斜めのラインが、そもそも存在していない。右腕はバラバラに砕けているものを、なにかの器具が腕の形として保持している。左腕は放射状の日々が無数に発生して、肩の宝石を残し欠片をこぼしている状態だ。左脚は存在せず、辛うじて形を止める腰部からは右腕と同様に形を保持する左足がゆったりと漂っている。髪こそ砕けている部分もあり、首は断たれているが、幸いなことに顔は傷ひとつない。

 

 そして、こんな姿になっても

 この人は()()()()()

 

「魔剣の力だけでは足りぬらしくてな。この艦、アルフヘイムと同期させることで生き長らえておるらしい」

 

 私のそんな疑問を先回りするように、リィンさんが言った。円筒にぺたりと手を当て、物言わぬ姿を見るリィンさんからは、泣きそうな気配だけが漂っていた。

 

「質問する。それは、この艦のパーツとして組み込まれていると言うことではないのか?」

「半分は正解だ。確かにイリスは、この艦のパーツとして組み込まれている。だがそれは生命維持と引き換えかつ、本人が望んだことらしい。故に、余には何も言うことができぬ……できぬ、のだ」

 

 アインの質問に答えるうちに、じわりじわりと円筒に映る瞳に涙が溜まり始める。

 

「だがこうして、話すこともできないのはあんまりではないか……」

 

 そしてそれは、さしたる時間をかけることなく決壊した。

 

「ここ数日、散々に泣き腫らしたと言うのに涙が枯れぬのだ。会って欲しいとは言いつつも、それで何をしたいのか、余自身も分からぬ有様。ただ他人(ひと)に迷惑をかけ、仮初めとはいえ魔王ともあろうものが涙を流す。傍迷惑で、無様で、見苦しい」

「そんなことはないですよ。誰かに一緒にいて貰いたい。そんな気持ちは、分からないこともないです」

 

 悲しみしか頭に無くなって。誰かに一緒にいて欲しい、慰めて欲しい、共感して欲しい、そんな風になってしまうことは理解できる。

 最も二度と手の届かない場所へ行ってしまった私と、手の届く場所で蜘蛛の糸のような細い可能性に縋ることが出来るリィンさんとでは、感じたことが何処まで似通っているかは分からないけれど。それでも少しは、分かってあげられるはずだ。

 

「だが、余は……」

「そうですね。でも、リィンが感じてることと立場は関係がないと思うんです」

 

 言いつつ、アインには少し離れてもらうよう目配せする。単純にこれからすることは、過去の自分がやって貰ったことであり……なんだ、単純に人に見られるのは恥ずかしい。

 

「幸い此処には、他人はいません。リィンの言葉を借りるなら私は義理の姉ですし、アインだって義理の兄……だと思いますよ?」

 

 自分で言ってて、割と変な気分だ。リィンさんは遺伝子的には妹なのは百歩譲っていいとして、アインの立ち位置は私から見ればなんなのだろう? 今はまあ、いいか。考えない方がいい気がする。

 

「ですから、胸くらいは貸しますよ。貸せるほどある訳では──きゃっ」

 

 湧き上がった疑問を久遠の彼方に放り投げつつ、両手を広げて受け入れる体勢を作った。その次の瞬間、勢いよくリィンさんが飛び込んできた。角が刺さって痛いが、やると言った手前文句は言わない。

 

「余は、余は……」

「……悲しかったんですよね。なんとなく、誰かに一緒にいて欲しかったんですよね。知って欲しかったんですよね。それと、寂しかったんですよね」

 

 涙か血か、胸の辺りが暖かく濡れるのを感じながら、昔の私にお義母さんがしてくれたように、優しくリィンさんを抱きしめてみる。

 

「全部が分かるとは、私には言えません。それでも少しくらいは、分かります。私もパパとママ、お義母さんを喪ってますから」

 

 アインの生きてきた時間が11年と言うことは、多分リィンさんが生きてきた年数はまだ10年、或いはそれ以下だ。ホムンクルスという特異な生まれを差し置いても、それは余りにも短過ぎる時間だ。

 そんな傲慢な憐れみからか、それとも昔の自分を重ねて見てしまっているのか。なんとなく、今のリィンさんには優しくしてあげたかった。

 

「なのでその、なんと言いますか。泣けるうちに、涙を流せる間に、泣けるだけ泣くのがいいと思いますよ?」

 

 結局私が言えたのは、そんなアドバイスとも言えない提案だけ。ただそれは、リィンさんに掛かるストッパーを外すには足りたらしい。大きな声を上げ涙を流すその姿は、見た目相応の年齢に見えた。

 ……私もまたいつか、死ぬまでにはこうやって泣くことが出来るだろうか? お義母さんを目の前で殺された時も、こんなに泣くことはできなかったのに。そう思うと、ほんの少しだけ羨ましく思えた。

 

 

 記憶の中のお義母さんを見様見真似しながら、リィンさんをあやすこと大体30分ほど。気まずい雰囲気にはなってしまったが、なんとか落ち着いて話すことが出来る状態にまでは戻ってくることができた。

 

「すまぬ、醜態を晒した」

「私は気にしてませんよ。アインには悪いと思ってますけど」

「当方も、特に気にするところはない」

 

 頭を下げるリィンさんに、大丈夫だと伝える。服に穴が空いたことと血が流れた程度はまあ、適当に買ったものだし気にするまでもない。

 

「だが、正直助かった。あんな余の姿は、アヤメとアインにしか見せられぬ」

 

 私なんかをそこまで信頼してくれるのは、気恥ずかしいものと申し訳なさはあるけど嬉しい。だから肩をすくめるだけに留めておく。

 失礼になり兼ねないそれを見られなかったことに少しホッとしていると、顔を上げたリィンさんが思い出したように問い掛けてきた。

 

「そういえば、アヤメたちが余に話したいことがあると言っていたと記憶しているのだが……?」

「肯定する。当方達は、リィンに許可を貰いに来た」

「許可?」

 

 アインの言葉に、リィンさんが首を傾げた。いきなり言われても伝わらないことら分かっていたので、ざっくりと纏めた魔剣を打つ経緯を説明する。アインの魔剣を打つ為に、ムスペルヘイムとニヴルヘイムの2振りを使いたいということを。

 

「ということで、何か思うところがありそうなリィンさんに、使っていいかを聞きにきたんです」

「なるほどの。そういう理由(わけ)であれば、自由に使ってもらって構わぬ。不可抗力だったとはいえ、あそこまで壊れては何の価値もあるまい」

「そんな言い方は、少しあんまりな気がしますが」

 

 何の価値もないという言葉に、思わず反論する。例えあそこまで壊れてしまった魔剣であろうと、私にとっては宝物であるし、アインにとっては遺品にもなる。だからこそ、と思ったのだが。

 

「ふむ、少し言い方が悪かったか。すまぬ。

 だが一応、試作型魔剣はそうであるというだけで、扱いは国宝と同等になる。あそこまで壊れてしまっていては、そんな政治的な意味も持たぬがな」

 

 そこで一度言葉を切って、リィンさんは続ける。

 

「そしてもう1つ、本来であれば余はあの魔剣達に過去を見る魔法を使おうとしていたのだ」

「過去視ですか……でも一体、何でです?」

 

 過去視、超高等魔法であるそれを態々、魔剣に使う理由が思い付かない。どうしてかと首を傾げていると、私事であるのだがな?と前置きして理由を語ってくれた。

 

「覚えていないかもしれぬが、あの魔剣達の最初の担い手は余の実母と実父なのだ。余が親と考えるのはイリスのみだが、血縁上の親がどんな人物であったか……それくらいは、知りたくてな」

 

 過去を見るように、ぼやけた焦点でリィンさんは言う。今度ばかりは、私にはその感情は分からない。

 

「尤も、あそこまで完膚なきまで破壊しては、読み取れる過去も読み取れぬ。故に余個人としても、仮初めの魔王としても、自由に使ってもらって構わぬ」

「でも、それなら──」

 

 使わないでおいた方が良い。そう言おうとした私を先回りするように、リィンさんが首を横に振る。

 

「本当に、もう良いのだ。資料としてなら、この船団に保管されておったしな」

「……分かりました。なら、有り難く使わせてもらいますね」

 

 釈然としない気持ちはあるけれど、使って良いのであれば断る理由はない。これ以上断るのも悪いし、断りの言葉はぐっと飲み込んだ。

 そうして、気が抜けてしまったからだろうか。一気に押し寄せてきた眠気に、隠すことができない大きな欠伸をしてしまった。

 

「もしや、また寝ておらぬのか?」

「肯定する。アヤメはここ2日、最低限度の睡眠しか取っていない」

 

 バレたと思った瞬間、対象を眠らせるための魔法が私に向けて飛んできた。既知の魔法である為即座に砕き、下手人であるリィンさんをジッと睨む。

 

「アヤメよ……」

「いやでも、仕方ないじゃないですか。やりたいことが多過ぎるんです」

 

 アインと打ち合わせて魔剣の設計、この艦に生える植物を使った錬金術もやりたいし、数え出せばきりがない。どうせ短い命なのだから、寝る時間くらい削ってもいいと思うのだけど。

 

「だが、あまりそう急いたところでどうする」

「それはそうですが……」

「では、余の昼寝に付き合え。この部屋での睡眠は気持ち良いぞ? お義姉(ねえ)ちゃん」

 

 そう呼ばれるのは嫌だし、まだやりたいことをやれていない。だからこそ、アインに助けを求めるべく目配せをしたのだが。

 

「当方も、アヤメが休息を取るまで協力をしないと断言する」

 

 にべもなく断られてしまった。そこまで私は酷い顔をしているのだろうか? 朝、鏡を見た時はそんなでもなかったのだが。

 

「はぁ……仕方ないですね。じゃあ、2時間だけですよ。あとお義姉ちゃんはやめて下さい」

「うむ!」

 

 確かにこの穏やかな気候は、偶の昼寝をするには絶好の日和かもしれない。そう自分に言い訳して、地面に寝そべるリィンさんの隣に寝転んだ。

 




残り229日
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。