結局リィンさんに言われるがまました昼寝は、起きた時には予定していた2時間を遥かに上回りとっぷりと日が沈んでしまっていた。そのままの流れで夕飯を食べつつ解散になったのは、ある意味当然の結果であった。
そんな不覚にもとってしまった遅れを取り返すべく、久し振りに気持ちの良い目覚めだった朝から魔剣の図面を引くこと数時間。最初の頃はいたアインも何処かに出かけ、リィンさんはアルフヘイムに出かけた頃。コンコンと、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ?」
「失礼します」
探知した限りでは、
「以前アイリス様が希望された、
「アイリス……えっ、あ、本当ですか!」
その言葉に、思わず立ち上がる。まだ慣れない偽名に少し戸惑ったけど、それ以上の驚きだ。何せ私が、ずっとお世話になっている魔法の陣を描いた人なのだから。アインの魔剣製作もとても大切なことだが、私個人としてはこっちの方が重要度が上回る。
何せこの人達の円を作る魔法がなければ、私は炎と金属を操る以外の魔法が一切使えないのだから。だから謂わば、その2人は私にとっての大恩人にして、半ば憧れの人なのだ。
「それで何時頃でしょう? 私はいつでも問題ないですが」
「い、イトナミは、いつでも良いと伝言を受けたと報告します」
思わずイトナミさんに詰め寄るようにして聞けば、いつでも良いという。なるほど、それなら私もゆっくりしている理由がない。本当はアインにも同行して欲しいけど……そこは贅沢は言うまい。私の私情に付き合わせることになるし。
「分かりました。じゃあ少し待って下さい、片付けるので」
「認識しました。ところで、差し支えなければ聞きたいのですが……アイリス様が壁一面に描かれている、その図形は何でしょう? と問いかけます」
そうイトナミさんが指差す先には、つい先程まで手を加え続けていた魔剣の機関部分の魔法陣がある。分かりやすくする為にサイズを大きめにしたせいで、壁一面を埋めて尚まだ足りない程になってしまった物が。
「ちょっとした魔剣の設計図です。まだ未完成ですが」
アインの魔剣であったベクトル制御の魔剣であるマクスウェルを中心に、9割方壊れているムスペルヘイムとニヴルヘイムの術式を再生させながら、どうにか制御できるようにパズルを組み立てる感じだ。
その関係度は、私以外に察せる人がいるかは知らないがお察しだ。このサイズなら問題ないけれど、魔剣として扱うなら落第点もいいところである。
「推測しますに、アイン様への贈り物でしょうか?」
「ええ、この前アインの魔剣は壊してしまったので」
それ以外の詳しい理由は、特に説明する必要はないだろう。あくまで私達とリィンさんの中で完結している話だし。
と、思っていたのだが。ニマァとでも効果音が付きそうな顔で、生暖かい目で私を見てイトナミさんが言う。
「それはそれは、やはりアイリス様は、アイン様に気があるのでは? と推測します」
「どうしてそういうことになるんです?」
リィンさんもそうだが、どうして私の周りの人たちは、私とアインにそういう関係性を見るのだろうか。確かにそれなりに長い付き合いではあるけれど……
「側から見ていると、そうとしか見えないと断定します」
「ないですね。お互い残り少ない命ですし」
そもそもの話、子供を作る機能がお互いに死んでいるのだ。カップルとかはそういう行為をする為になるらしいし、どう考えてもあり得ないだろう。義足でもあるアイリスは……例外だ。後悔はしていないけど、私も冷静じゃなかった。
「イトナミは、お似合いであると推察します」
「縦しんばそうだとしても、私が選ばれることはないですよ。もっとお似合いの人がきっといます」
イトナミさんの言葉を否定しつつ、図面をスキルの中にしまう。やはり魔剣3振り分を一振りに纏めるのは無理があるのだろうか……いや、無理を実現させてこそか。僅かな時間しか残っていなくても、理想に手を掛けるくらいはしたいから。
そう考えると、アイリスもそろそろどうにかしたい。1度だけ使った時、エターナルと同じように命を削る事以外、力を爆発させただけで能力は分からなかったし。
「よし、こんなもんですかね」
失礼のないように魔法で身を清め、服も血や溶着した金属などが付いていない物に変更した。三角帽でも被れば魔法使いっぽく見えそうだけど、獣耳が邪魔で被れないので割愛する。
「では、転移にてお連れします。お手を」
「よろしくお願いします」
勇んで手を取り、転移を待つ間。とても楽しみな反面、何処か物足りない寂しさも、私の心にはこびり付いていた。1人で出かけるのは、いつ振りだろう?
そんな疑問が解消される前に、転移が終わり見覚えのない空間に私は立っていた。探知の座標のズレからして、右舷の2番艦になるのだろうか?
「転移完了しました。ユ=グ=エッダ右舷2番艦ニダリヴェル、基幹中枢兼魔法学研究所ドヴェルグになります」
そうイトナミさんが両手を広げて見せたここは、正に研究所といった様相の場所だった。艦の中心に近い座標に位置しているらしく、灯っているのは人工の光のみで、壁面には無数のパイプが這っているのが特徴か。
「では、ここに?」
「肯定します。この艦は彼女の領域ですので、そろそろ現れると推測します」
「彼女?」
と、私が首を傾げた時だった。無数のパイプが密集した隙間から、
『あー、やっと見つけたわ。イトナミちゃん。それと貴女が、魔剣を直せるっていう
女性の声に咄嗟に魔剣を引き抜き、いつでも動けるように構えたのだが。……ぴこぴことコミカルに触角を揺らし、こんなにも敵意が無いように話しかけられれば、否が応でも気が抜けてしまう。
「……貴女は?」
『この船団のシステム面での管理者、魔剣ユビキタスというわ。でもそうね、貴女にはアナリューゼ・アインスといった方が伝わりやすいかしら?』
非常に落ち着いたその口調と、魔物の
「そう、ですね。ですが、貴女は戦争中に死んだと聞いています」
『あら、私のことも知ってくれているのかしら? でも一体、何処でその情報を知ったのかは気になるところね』
ツンと、刺激臭のような臭いが鼻をついた。えらく敏感になっている嗅覚には堪え難いそれに鼻をつまめば、腹部の先端から毒針を突き出して、アナリューゼ・アインスと名乗った魔物は臨戦態勢を取っていた。
「ゼーアフートと、ズーへのアインスに」
『……そう。あの2人が』
両手を挙げ降参のポーズを取りつつ言えば、向こうも毒が滴る針を納めてくれた。嘘は言ってないから問題はないし、そもそも今日は戦いに来たわけではないのだから。
一応の和解のために手を差し出せば、向こうも前脚で応じてくれた。その時に伝わってきたのは、魔剣を巡る乱れに乱れきった魔力の奔流。それに他の人ならともかく、私が気づけない筈がない。
『出来れば今度、ナーハフートも交えて話がしたいわね』
「そうですね。その時は、私も貴女の魔剣を整備させてもらいたいです。暴走してますよね? その
『ええ、そうね。否定はしないわ。貴女は本当に魔剣を整備できるみたいだし、今度の機会にお願いしようかしら?』
アインやリィンさんからは、もう交渉事の真似はするなと言われているけど、今回のこれは不可抗力だ。仕事でもあるから許してほしい。
「ではその時に」
『ええ。本来の用事は、例の2人に会うことだったわね。イトナミに変わって、ここからは私が案内するわ』
「ありがとうございます」
そうしてアナリューゼさんが私に背を向け、完全に敵意が無くなったのを確認してから魔剣を納める。ラプティスさんという前例があるせいで、もしかしたら剣を交える必要があるかと思ったけれど、それは杞憂で済んだらしい。
そのことにホッと一息つきながら、ここまで案内してくれたイトナミさんに頭を下げる。ともあれ、憧れの術師との対面だ。きっと色々と楽しい話が出来ると、今度こそ信じている。不満が1つあるとしたら……アインも一緒に来れたら良かったのに。
◇
「随分と時間が経っちゃいました」
あれからアナリューゼさんの案内で憧れの術師2人と会い、飽きがこないほど散々話をさせてもらって。私が宿屋に戻って来た頃には、とっぷりと日は落ちてしまっていた。
あんまりにも時間をかけてしまったけど、それを以って有り余るほどの成果があったのだから文句などありようもなかった。「円」の術式をアップグレードさせて貰ったり、逆に最新版の魔法大全の魔法を一緒に改善したり、最後に──いや、これはアインに見せてからにしようか。
るんるんと弾む歩みに鼻歌を添えて、時折適当に携行食を齧りながら部屋に向けて歩いて行く。これで最低限の空腹も収まるし、今夜のうちに例の術式の実証実験に入れそうだ。
「ただ今戻りましたー」
「認識した。おかえり、アヤメ」
そう頭の中で算盤を弾きながら扉を開ければ、手元で何かの魔法陣を弄るアインが返事を返してくれた。ナイスタイミング。それによく見れば、手元の魔法陣は私の結界のそれだった。
「何処へ行っていたのか?」
「ちょっと、憧れの魔法使いに会いに行ってました。収穫は沢山ありますよ」
「認識した。それは良かったと嘆息する」
そう言ったアインの表情には、笑顔ではあったが何処か悲しそうな影も宿っていた。なんとなく、不服であるような、残念であるような。
「何かありました?」
「半ば肯定する。昼にアヤメがまた食事を欠かさぬよう、一緒食べようと買って来た物があった。すっかり冷めてしまっているが」
「あー……それは、すみません」
心配してもらったが、私がいなかったことで無為になってしまったのだろう。それはなんというか、申し訳のないことをした。
「良ければ、まだ晩御飯食べてないので今から食べたいんですが……どうします?」
「認識した。屋台で売っていた、カツ丼なる食べ物の亜種らしい。とても美味しそうな香りであったと報告する」
そう言ってアインが取り出したのは、深夜には少々重い丼モノだった。乗っているのは豚や魔物の肉ではなく、特徴的に開かれた魚の身。私の知識で1番近いのは、鰻の蒲焼きか。匂いも、冷めている割には甘辛い感じと、鼻に抜ける爽やかな香りが共存していて期待大だ。
「じゃあ、温めますね」
今日の術式アップデートで、昨日よりコンマ5秒ほど速くなった術式を展開。火属性の「良い感じに物を温める」魔法を起動する。
「術式の展開速度が変わったか?」
「ええ、今日会った人達と改良して来ました。これで前より、ラグがなく色々な魔法が使えます!」
今までは普通の魔法使いと比べて、大体1歩か2歩遅れてしまっていたのが、今日からは1/3歩から1.5歩程度まで高速化した。これでもう咄嗟の時に、魔法を使うのが遅れてしまうなんてことも起き辛いだろう。
「本当に良い出会いであったと推測する」
「ええ、本当に。憧れの人の1人が残念だったので期待はしてなかったんですけど、本当に良い人たちでした」
段々と温まり、良い香りを漂わせ始めた丼モノに期待しつつ、アナリューゼさんと会って以降のことをしみじみと思い返す。地属性の魔法に関しては、完全に知識量で負けていた。良い勉強をさせてもら──あ、そうだ。
「そういえば、アナリューゼ・アインスさんに会いました。今度魔剣を整備しに行くと約束したんですけど、アインと話してみたいとも言ってました」
「アナリューゼ・アインス……そうか、認識した。つくづくこの街は、過去が追いかけてくるな」
「会うのが嫌なら、私1人で行って来ますけど?」
「否定する。嫌というわけではない。それに、アヤメ1人を放っておけば、何に巻き込まれるか分からないと断定する」
「否定出来ませんね……」
そう言葉を濁したあたりで、温めの魔法が終了した。丼を手元に引き寄せれば、魔法の謳う効果に能わず本当に「良い感じの温かさ」になっていた。
「では、いただきます」
「いただきます」
深夜帯に丼モノを食べるという、どうとも言えない背徳感のような感覚。胃にダメージが入ることが確定しているのに、何故か普通に食べるより数段美味しく感じる。
「それと、聞いて驚いてください。アインの魔剣の根幹部分が完成しましたよ!」
「本当か? 当方の記憶が確かであれば、あと1週間はかかると愚痴をこぼしていたと記憶しているが」
「その工程が一気に縮まりました。勝手に知識だけ吸収させてもらいましたので」
そう胸を張って言い、すかさずご飯を口に運ぶ。うん、美味しいしレパートリーに加えようか。明日はアナリューゼさんの所で魔剣の整備、その後はアインの魔剣の作成に入って……充実した日々と言えるのは間違いない。ああ、もっと長く生きられたなら良かったのに。
残り228日
艦の配置はこんな感じ
右
◇ ◇
前 ◇ ◇ ◇ 後
◇ ◇
左
右舷1番艦-ヴァナヘイム
・武装区画
右舷2番艦-ニダリヴェル
・魔法開発区
中央1番艦-アルフヘイム
・食料プラント
中央2番艦-アスガルド
・生活区
中央3番艦-スヴァルト
・武装開発区画
左舷1番艦-ヨトゥンヘイム
・武装区画
左舷2番艦-ヘルヘイム
・墓地