アインと夜食を食べ、数時間の仮眠を取った後。まだ日も登り切ってない時間に目を覚ました私は、結界内に閉じ籠りある作業をしていた。
絶焦剣ムスペルヘイムの分子運動を加速させる能力。絶凍剣ニヴルヘイムの分子運動を停止させる能力。限りなく同系統の力であるそれを、共通するベクトルを操作するという要素の能力を持つ魔剣マクスウェルを基幹部品として制御、統制、安定化させ1つに合一する。
その異形の偉業を成し得るに足りなかった、術式を刻む正確さを昨日の術式アップデートで獲得したのだ。寝ていないと怒られるので仮眠は取ったけど、形にしないなんてことが出来るはずもなかった。
「完、成ッ!」
以前のような練習ではなく、昨日の午前中の様に莫大な大きさを必要ともしない形で、今、この魔剣は1つの完成を得た。
私の我ながら小さな掌にも収まる、ピンポン球程度の大きさしかない物体。炎の様な赤と氷の様な青い無数の歯車が、互いに絡み合い、組み合わさり、無数の細い鎖とベルトを回し続ける集合体的構造物。
今はまだ銘もないこれを、アインの要望に合わせて魔剣として組み上げれば完成だ。終わりなの、だが……
「流石にまだ、時間が早すぎますね」
アインはまだ隣のベッドで寝息を立てている。そろそろ日が昇る時間とはいえ、まだ起きるまでに時間はあるだろう。なら、昨日は昼食を1回無駄にした訳だし……何か、適当に料理でも作ろうか。
名案だと手を叩き、結界を解除して振り向いた瞬間だった。そこには、まさしく激怒する龍がいた。否、心配半分怒り半分に顔を歪めたリィンさんが、腕を組んで私を見下ろしていた。
「余は、しっかりと寝ろと言った筈だが?」
「今日はちゃんと寝てますよ? 3時間くらいは」
指折り時間を数えてみるが、多分それくらいの時間は寝れたと思う。旅に出てからの眠れた時間としては、それなりに長い方な気がするが。あくまで自発的に寝た場合だけを考えると、だけど。
「その程度時間で、身体が休まる訳がなかろう!」
小声で怒鳴るという器用なことをしたリィンさんは、泣きそうな表情になりながら私をベッドに放り込んだ。そのまま馬乗りになって抑え込まれてしまえば、重さで劣る以上そう簡単には振りほどけない。
「アヤメよ……こんな生活を続けていれば、いずれ死んでしまうぞ」
「どうせもう1年保たない命ですし、時間は有効的に使いたいんですけど」
「なればこそだ。その寿命を使い切る前に、アヤメが死んでは意味がないだろう」
そしてこうも、目の前で涙を流されれば。例え無理をすれば解くことが出来ようと、実行する気すら湧いてこなかった。
「言われるほど、無理はしてないんですけどね。過労で倒れたこともないですし」
「余計な理屈をこねるでない。
死相、つまり死に近づいた時の
「死相、ですか。アヴァロンで未来が観れるリィンさんが言うなら、大人しくしながっておいた方が良いんでしょうね」
「アヴァロンの未来予測は、そういうものではないぞ? 物理的なものかは分からぬが、今のアヤメからは死臭がする。余が幾らか看取ってきた、花畑に迷い込んだ者達と同じような」
機能していないまま定着してしまった内臓とか、そこら辺が原因だろうか。或いは単純に、指摘された通り睡眠不足か。これまでの無茶の積み重ねか。理由は分からないけれど、リィンさんから見た私はそこまで末期の気配がしているらしい。
「分かりました。でもお昼には予定があるので、それまでには起こして──いえ、朝ご飯も有りますしもう2時間くらいしたら起こして下さい」
「それだけで改善はせぬが、それで良い。ゆっくりと休め。もし入り用であれば、余が子守唄を歌っても良いぞ?」
そこまで心配されているなら仕方ないと、諦めて布団の中に潜り込む。作りたいものは作り終わった、なら無駄に抵抗するよりは良い。昼には魔剣の整備と対談の約束があるし、それまでは休んでも許されるかもしれない。
「ならそうですね、魔界の子守唄でもお願いできますか?」
「半ば冗談であったのだが……良かろう。余の知る子守唄を歌おうではないか」
どうせ浅い眠りになるけれど、新しい知識を得られるなら良いか。コンディションのリセットにもきっとなってくれる。そう信じて、リィンさんの子守唄を聞きながら目を閉じたのだった。
◇
起きた時に2人から心配そうな目を向けられていた以外、特に問題もなくお昼頃。やたらと私に構いたがるリィンさんを振り切って、適当にご飯を食べアナリューゼさんとの待ち合わせ場所へ。
そのまま魔剣の整備をしながら、アインを交えて話したいと言っていた件について、ゆっくりと話す時間を取ろうと思っていたのだが……
「如何して艦長のあなたがいるんですか。タツミヤさん」
基幹中枢兼魔法学研究所ドヴェルグ、つまりは昨日と同じ場所で、私たちは4人顔を突き合わせていた。
本来の予定にはない人物、それも転生者である以上気を抜くなんてこと出来るはずもない。転生者とは最も警戒しなければいけない人種、曰く不幸を運ぶ者なのだから。
『肯定するわ。艦長、貴方は本来こんな所に来て、時間を潰せるような仕事量では無いはずなのだけど』
「確かにそうだね。僕が印鑑を押さなきゃいけない書類が、2、3つは山で残ってる。でも、それより重要だと判断して僕はここに来ている」
かつては一人称が私だったはずの転生者は、本当に私的な用事であるのか僕と自分を呼んでいた。公私でそういう使い分けをするのか、となんとなく眺めていると、不意にタツミヤさんが私を見た。
「先約に割り込む形になって済まないが、僕の魔剣も整備して貰えないだろうか。無論、正当な報酬は出そう」
「別に私は構いませんが……アナリューゼさん次第ですかね。それでも良いですか?」
『えぇ、構わないわ。私の
くすくすと笑いながらアナリューゼさんは言った。確かに私がお願いして整備させてもらう運びで、本題はアインを交えて話をすることだった。
「なら、先にやらせてもらいますね。魔剣を」
タツミヤさんに向き直り、魔剣をどうぞと手を伸ばす。探知から感じる力からして、恐らくタツミヤさんの持つ魔剣もⅡ型……しかも、ほぼ試作型に近いような物。それに触れられるなら、悪くはない話かもしれない。
「頼む。ここ数年、整備ができる人材の手が足りてなくてね。前線から退いていたこともあって、簡易的な整備しか出来ていないんだ」
「構いませんよ。数年程度なら、手間はさして変わりません」
仕事モードに頭を切り替え、受け取ったのは短剣サイズの使い込まれた魔剣だった。ただし、これまでと明らかに違う点を手に取っただけで理解した。
まずは1つ、魔剣自体の構造が複雑だ。形としては短剣そのもの。ただし魔物由来の牙を素材に内部にクリフォトの結晶が仕込まれた牙刃は、別の魔物由来の柄の内部に、巻き取り機と合わせて仕込まれた蜘蛛糸と結び付いてる。また牙刃自体、バッタの足の様な機構で発射される様になっており、蜘蛛糸は蜻蛉の羽の様な細工が仕込まれており、恐らく手元の動き、指の動き1つで自在に操作できる。
まるで整備性というものを投げ捨てた様な、悪い意味でワンオフの魔剣と言えるだろう。しかもその全てに疲労が溜まっているのだから、たまったもんじゃない。道具も専用の物をこの場で作るしかなさそうだ。
もう1つ、魔剣の素材となった……いや、この感じからして自ら変じた? 魔物は未だ生きている。しかも、最低でも人同等の知性を保って。メメントモリとも、その他の魔剣とも違う。強いて言うなら、私が直す前のニードヘッグのそれに近いか。ただ反発する様な気配はなく、寧ろこちらに身を委ねてくれる様だ。有り難い。
「整備開始」
アインとアナリューゼさんの2人に観察されていることを察しながら、仕事を果たすべく魔法を起動した。
鞘から象牙色と蒼の煌めきを持つ刃を解き放ち、この場で工具を作って柄を開く。露出した内部機構と蜘蛛糸を一旦膝の上に安置し、柄の部分と鞘に刻まれた魔法陣を修復。
次に鈍っている牙刃の研ぎ直しを──しようとして、不要と意思が伝わってきたので中止。内部魔法陣の修復とズレの補正のみにしておく。蜘蛛糸部分は手の出しようがないが、巻き取り機は歪んだパーツを新品に取り替えた。その他細かい部分も、新品同様修復する。
「【鍛冶魔法】停止。動作良好、修復は完了したと判断」
点検を済ませ元の通りに組み直し、鞘に納めれば修復完了だ。実際にやってみれば、この前のメメントモリより直接的な歪みがない分楽だった。かかった時間も9分50秒と、メメントモリよりかなり早い。
「どうぞ。魔剣アトラク=ナチャ、整備完了しました。軽く使ってみて、何か改善点があったら言ってください」
「言ってない魔剣の名前まで当てられるなんてね……手際の良さといい、本当にイオリ様みたいだ。済まない、アナリューゼ。少しこの場を借りるよ」
『ええ、お好きに』
そう確認を取った後、担い手の手元に戻った魔剣が閃いた。型も何もない、というより対人に特化した結果そうなった様な動きで、抜刀された刃が振り抜かれる。
それで調子を確かめ終えたのだろう。一度鞘に魔剣を収め、今度は抜き打ちで牙刃を射出した。最初の射出音以外、今の私でも聞き取れない静寂さを以って、瞬く間に蜘蛛の巣が張り巡らされていく様はまさに圧巻だ。
「うっわぁ……確かにこれは、ラプティスが絶賛する理由もわかるなぁ。もう出来ないと思ってた20代の動きが出来る」
同時に、凄まじく相手にしたくない相手だと実感する。高い地力を持つ人が、地力は活かせる状況のままに搦め手に特化した武器は駄目でしょう。その分扱いは難しそうだけど……戦争の時からの相棒なら、そんな心配は必要ないだろう。
そんなことを思っているうちに数回、同じような動きを繰り返してから。満足そうに頷いて、タツミヤさんは魔剣を収めた。どうやらお眼鏡には叶ったようだ。
「間違いなく、僕が知る限り2番目に腕の良い技師だよ。強いて言うなら、少し反応が過敏なところがあるけど、そこは僕自身が鈍ってるだけだから問題ない」
「それで鈍っているなら、調子を取り戻した後が末恐ろしい話ですね」
「これでも、元の世界では主人公を張ってたからね」
自信満々に言う様子とは裏腹に、その表情には影が纏わり付いていた。転生者には、深く関わらないが吉。物語じみた話だけど凡そ予想できる内容ではあるし、スルーしておくことにする。
「それよりも、ここまでの腕があるなら、改めて僕たちの船に迎え入れたいよ。若しくは技術の提供だけでも良い、どうだい?」
「無理ですね。残り8ヶ月に満たない程度しか、私の命は残ってませんから。技術的な意味でも、私の固有魔法ありきですので。後者は、2人なら分かりますよね?」
無理なものは無理だと、ずっと私の作業を観察していたアナリューゼさんと、それに便乗していたアインに話し掛ける。
『そうね。少なくとも、ナーハフートで無理なのだから、貴方みたいな転生者か特別な血筋でもなければ、真似できない方法ね』
「肯定する。少なくとも、当方には真似できない方法だった」
「そうか……なら諦めるしかないか」
あからさまに落胆したように、タツミヤさんは肩を落とした。そこまで評価してくれるのは、ほんの少しでもママに近付けたようで嬉しいけれど。
「邪魔をして悪かったね。代金は……ラプティスの分も合わせて、金貨20枚でどうだい?」
「貰いすぎな気もしますが、有り難く」
アイリス・エターナルとしてのギルドカードに代金を受け取りつつ、そういえばラプティスさんから代金を貰ってなかったことを思い出した。正直な話、魔剣を整備できる方が楽しくて忘れていた。
「それと、ここ最近嫌な気配がしている。多分何か、とても良くないことが起きる。あくまで僕の勘ではあるけど、転生者特有の鋭さなのかこういう時の勘はよく当たるんだ。一度船に乗ってもらった以上、全霊を賭して守るけれど、覚悟はしておいた方がいいかもしれない」
「今朝も死相が出てるって言われたので、やれる限りの準備はしたいと思います」
「そうかい、なら気をつけて」
そう言ってから、タツミヤさんは取り出した端末を耳に当て何かを話し始めた。すぐに転移でどこかへ行ってしまったので、端末で呼び出されたのだろう。
「それじゃあ本題に──と、思ってたんですが。その様子を見るに、殆ど話は終わっちゃいましたか?」
振り返ってみれば、アインとアナリューゼさんはどことなく打ち解けたような雰囲気になっていた。私が魔剣を整備していた約10分間、何かを話すには十分とは言えないが、不十分でもない時間だろう。
『いいえ? ゼーアフートとズーへの最後を聞いていただけよ。本題はまだ』
「肯定する。彼らはアサルティアと、オブザーブという名前だったらしい。そして恐らく、当方にも名前があったのだという話をしていた」
「そうですか。彼らはそんな名前だったんですね……」
魔剣が夢で見せたあれと、名前に相違はない。
ゼーアフート・アインス改め、アサルティア・ジレ・チェイシス。
ズーへ・アインス改め、オブザーブ・シスル・アズライト。
人ではなくなってしまった彼らを、命をこの手で断ったこと。それを忘れることのないように、しっかりと心に刻んでおく。
『顔色が悪いようだけど、大丈夫かしら?』
「ええ、問題ないです。恐らくってことは、アインの名前は分からないんですか?」
その流れでアインの名前が出てこないのはおかしいと聞いてみれば、その質問にはアインが答えてくれた。
「アヤメは知っていたと聞いたが、アナリューゼは一度死んだらしいと報告する。その際、一部の記憶が欠落したとのことだ」
『敵戦力の分析に集中し過ぎて死にかけたのよ。わざと魔剣を暴走させて生き延びたは良いものの、当時は100万あった分体が10万にまで減っていたのよ。私本体が覚えていた記憶以外、丸ごと記憶は欠落しているわ』
やれやれと言ったように、アナリューゼさんが首を振る。ぶんたい……分体?
「魔剣の能力……ってことで、良いんですよね?」
『ええ。多分貴女なら、この
「ええ、多分。失礼します」
お言葉に甘えて、差し出された触角に手を触れる。解析の魔法を走らせれば、情報を開示してくれるらしい。暴走しているせいで随分と分かりにくいが……大丈夫、読み取れた。
「Ⅱ型魔剣 : ユビキタス。能力は他者との五感共有と、痛覚の代替。そして自分の分身の生成ですか」
『その能力を使って、今も分身と脳を同期させてネットワーク化。当時は分析官として、今は船の演算中枢として働いているわ』
そして、凡そ整備が必要な場所も把握した。意図的に暴走させた、或いは自分という存在を魔剣にインストールしたせいで、回路の強度が足りてないと見た。これなら、ほんの少しの整備でなんとかなるだろう。
「そろそろ、本題とやらを話して欲しいと催促する」
『それなのだけど……本当は、私の当時の記憶の補完をして貰いたかったのよ。けれど、ナーハフート君が覚えていたのは、自分の任務のことばかりでしょう? それでは意味がないのよ』
「力になれなかったことを謝罪する」
「何の記憶が目的なのかは分かりませんけど、それはご愁傷様です」
嘘か真か、多分本当のことを言っているのだろうけど、それはご愁傷様としか言いようがない。
『だからこそ、貴女に1つ頼みごとがあるの』
「頼みごと、ですか?」
『ええ。ナーハフート君の信頼を1番得ているのは貴女みたいだから、貴女に出来なければ他の誰にも出来ないわ』
「はぁ」
そう詰め寄られてしまうと、反射的に手を出してしまいそうなので困る。そんなことを脳の隅で考えながら、アナリューゼさんの言葉の続きを聞く。
『貴女に、ナーハフート君の本当の名前を思い出させて欲しいのよ』
「今のままでも、私は不自由してませんが……アインはやっぱり知りたいです?」
「否定する。当方は、アイン・ナーハフートで構わない。何故、当方の本当の名前を?」
『私達エクスプローラー型ホムンクルスのアインス……後の素体になった私達6人は、壊れてしまわないよう記憶が制限されているの。大体戦争末期には、みんな死に掛けたりしたことで思い出して、元の人物の記憶を思い出していたの』
「それでアインの記憶を呼び起そうと。そういう訳ですか?」
『そうね。でも、貴女達にも利益はあるわ』
そんなもの何かあるだろうかと、アインと顔を見合わせる。私には思いつかないし、アインも特に何かあるとは思っていないようだ。
『ナーハフート君はそのホムンクルス然とした口調を強制されなくなるし、貴女には……そうね、報酬として悪魔だけが使う魔法の術式を教えてあげるわ。かつて私が一度死んだ時の成果だから、無駄では無いはずよ?』
前言を撤回する。どうしよう、私にとっては凄く魅力的な話になってしまった。そんな興奮は悟られないようアインを見れば、何故かアインはとても迷っている様子だった。
「私は、受けても良いですよ。純粋に、アインの名前も気になりますし」
「認識した。アヤメがそう言うのであれば、当方もその申し出を受領しよう」
だから何1つ嘘は言わずに背を押して、助かったと言うように頷いてくれたアインに内心ガッツポーズをする。正にwin-winだ。
『なんというか、思っていた以上に即物的なのね。貴女』
「残り少ない命ですから」
呆れたようにそう言われたけれど、仕方ないだろう趣味に走ってま。残りの命、自由に生きると決めたのだから。
『名前と記憶を取り戻す方法は、お任せするわ。私の過去の記憶を頼りしても、自然に回復するのでも構わないわよ。もし可能であればの話でしかないのだし』
「それでも、頑張ってみようとは思います」
「認識した。だが、1つヒントとして聞きたい。アナリューゼ・アインス、貴女の本来の名前はなんだ?」
『あら、そういえば名乗ってなかったわね。私の本来の名前は、アカネ・ブラウ・スカイフォレスト。貴女が警戒している転生者の娘世代、所謂2世よ?』
騙してごめんなさいねと言うその姿から、これが転生者かという遅すぎる実感を得ることしか出来なかった。
残り227日
平和な日常は終わりです