「リィン、さん……」
「うむ、そうだ。間一髪だったなアヤメよ。感謝するが良い」
既に限界駆動中の真魔剣ディーアボロスを構えた戦後世界の魔王が、傷だらけの姿で怒りと殺意を隠すことなく私の前に立っていた。
「魂ごと凍て付かせる呪いの吹雪だ。見たところロクに効いてはおらぬが、少しは頭が冷えたであろう?」
「そう、ですね。ありがとうございます」
確かに文字通り頭は冷えた。反動は覚悟の上で、魔剣を手放せるくらいに。
魔剣が解放されていたのはたった数十秒。なのに私の命は、少なく見積もって3ヶ月は既に吹き飛んだ。あのまま身を焦がす嚇怒に任せて暴れていればどうなっていたかは、想像に難くない。
「げほっ、ゴボッ」
魔剣の加護が途切れた途端、喉の奥からせり上がってくる粘つく液体。絶えきれずに吐き出したそれは、融解した肉片混じりの血の塊だった。
「その腕、髪、血反吐……手酷くやられたなアヤメよ。であれば下がっているが良い」
「すみ、ません」
「謝る必要はない。何せ余も、はらわたが煮えくり返っておるのでな」
アインの肩を借りながら下がる中、牙を剥き出しにしてリィンさんは笑って言った。笑顔とは、本来敵対的な意思を示すもの。そんないつか聞いた言葉を思い出させるかのような、凄烈な笑みだった。
「リィン・M・D・ラーグルフリョゥトリムルン、アイツの現し身かつ女神リィンネートの化身か。当然来るだろうと想定していた」
当然のように氷の秘呪を切断して、墜星が姿を現わす。そして私に向けられた嚇怒や歓喜などが一切存在しない、酷く無感情な顔で呟いた。当然そう来るだろうと想定していて、その通りになったかのように。
「当然? そう来るだろうと? 思っていた? ああそうであろうな。余の最も大切なものを傷付けられかけたのだ、死を以って償う覚悟は出来ておるのだろうな!」
秘呪解放──秘呪解放──秘呪解放秘呪解放秘呪解放秘呪解放秘呪解放
瞬間、墜星の向け開帳される優に数百を超える魔族の切札。本来であれば一子相伝の奥義が何事もないかのように、炎と氷のように相反する性質すら両立させながら墜星に殺到する。
今までのリィンさんであれば使うことなど不可能だった、超一流の戦闘者であっても殺し尽くす絶技。それを何の反動もなく使えている理由はただ1つ。何を隠そう、ここは魔界。魔王国。そしてその第3首都。無数の魔族が目の前で殺された今、護国の為に打たれた魔剣は唸りを上げて駆動する。魔剣へと巡り還った魂が、恨みを晴らせと、敵を討てと、魂を削って王へ力を差し出している。
「あァッ!?」
そんな情報から始まり、真魔剣ディーアボロスの設計図、他ならぬ私が整備した記憶、そして魔剣の夢までが一纏めに頭に流し込まれる。
「アヤメ、下がるぞ。魔剣の反動を受けた以上、最低限の回復無しには行動出来ないと推測する」
「違う、違うんですアイン……」
確かにアインの言っていることは最もだ。今の私は治療なしにはもう動けない。
だが違う。今はそんなことよりも止めどなく流し込まれる、私の知らない私が経験した記憶達の方が重大な被害を及ぼしている。押し付けられる知識量が多過ぎるのだ。私の頭では、こんなにも一気に受け止めきれない。そのせいで頭が燃えるようで、沸騰しそうで、堪え難い激痛まで放ち始める。挙句、暴走する知識の波濤に耐えきれず、鼻血と血涙までもが溢れてきた。
アインが隣で回復魔法を使ってくれていなければ、私は頭が破裂して死んでいる。そう確信出来るほどの莫大な知識、この墜星との戦闘データ。しかもその全てが、私自身が経験したものであるのが意味不明だ。
「あっ……」
けれどそんな爆発する記憶の中に、今の状況と酷似した光景と、その結果辿る最悪の結末が見えたから。
「避けてくださいリィン!」
「何をッ!?」
こちらに背を向けるリィンに向けて、咄嗟に炎の魔法を打ち出した。最大火力でもなければ魔剣の加護もないこんな物、例え直撃しようが、リィンさんにとっては何の痛痒にもならない火花でしかない。
それでもこちらに注意を向かせる事と、今いる場所からリィンさんを退かすことは出来る。私たちも巻き込まれないよう強引にアインを押し倒した直後、私の行為が無駄でなかったことが証明された。
「なるほど、最低限の勘は備えていたか」
殺到する秘呪の嵐に、刻まれる真一文字。
正しく空から降ってきた一撃と同種のソレは、またもや世界を切断した。対抗策がない以上、どうしようもない致命の一撃が直上を通過。街を割断・破砕した時と何も変わらず、私達を地面に叩きつけた。
「ぐっ」
「かひゅっ……」
咄嗟の判断だったせいで、受け身すら取れなかった。下手に逃げ場のない空に逃げるよりは正解だったけれど、結果的に致命的な隙を晒してしまっている。
頭を強く打ったせいか、それとも耳の奥ごと揺さぶられたせいか。暫く立てないだろうほど、平衡感覚が揺らいでいる。胸の激痛からして、多分肋骨も2、3本折れた。魔剣の反動で内臓もおかしくしているのに致命的としか言えない。
そして、手負いの獲物が動きを止めたのだ、狙わない理由などあるはずも無く。
「貴様ァッ!」
倒れた私たちに向け墜星が向き直り、踏み出した瞬間。濃密な魔力を纏ったリィンさんが、空から稲妻の様に落ちてきた。当然握られたディーアボロスは最高潮、護国の剣たる本懐を遂げんと墜星に迫り──
「現し身、貴様の性能は凡そ把握した」
そこらのⅡ型であれば問答無用で破壊する一撃は、墜星の枯れ枝の様な右手に止められていた。この程度は傷にもならないと、かけ離れた実力差を示すかのように。
「残念だが、その程度であれば用はない」
咄嗟にリィンさんが貼った障壁こと、左腕の巨剣が貫いた。何らかの秘呪であったらしいそれを僅かな抵抗のみで切り裂き、リィンさんの腹を串刺しに貫通する。
「か、は──」
「怒りで我を失った相手ほど、御し易いものはない」
そのまま、まるでゴミでも捨てるかのように巨剣を振り抜いた。右脇腹を抜け、リィンさんの胴体をほぼ両断しながら剣は払われ、どこか遠くに血の痕跡を残しながら吹き飛ばされた。
私の知る中で、間違いなく最強に数えれるリィンさんが、呆気なく無力化された。その事実に思わず思考が空白化する。魔剣を最後まで握っていた以上死んでいることは無いと思うが、逆を言えばそれだけだ。胴体を両断された人間に何ができると言うのか。
「……ああ、ダメですね、これ」
同時に、今も流し込まれ続ける無数の記憶から、諦観に似た納得が溢れた。こうなってしまえば、もう末路は決まったようなものだ。全滅、死、そんな単語が頭をよぎる。
「どうした、何故そこで諦める。お膳立ては果たしたというのに、何故立ち上がらない。覚醒しない? 貴様はそういう性質だろう」
心の底から疑問に思っているような墜星の言葉に、答える余裕も既にない。けれど逆に、ほんの少し前に関していた死の恐怖は無くなった。否、諦めがついた。もう助からないと、わかってしまったから。墜星が狙っているのは私だと、記憶からも現状からもわかってしまったから。
「アインだけでも、逃げて下さい。多分、狙われませんから」
何となく、アインが死ぬのは嫌だと。隣に倒れている筈のアインに言葉を掛けた。
そもそもの話、私自体がもう手遅れなのだ。回復魔法が途切れたことで、脳が沸騰するように熱い。サラサラ、サラサラと、命の砂時計が壊れたように音を立てて
だからこそ、
「拒否する!」
「……へ?」
声を張り上げ、私と墜星の間に立ち塞がった影に、困惑の声が溢れた。
「
最後の
「私は、もう、良いですから。アインだけでも、逃げて下さい!」
「退け、ナーハフート・アインス。貴様に用はない」
アインが放つ秒間20を超える魔法群を受け、全くの無傷で眼前に辿り着いた墜星。このままだと、アインも斬り捨てられることが嫌が応にも理解できるし知っている。だから、今の私に出来る最後のことを、声を張り上げて逃げてと叫んで。
「退かないか。ならば死ね」
「拒否すると言った!」
真正面から振り下ろされた、巨剣による大上段。それをアインは、二重の否定の言葉を叫び弾き返した。アインの心臓を代替する魔剣、無限炉心ジークフリートは守りの魔剣。背中の一部以外への攻撃全てを、魔力へ変換する絶対防御の能力。
だから今のアインは無敵だ……なんてことは、口が裂けても言うことは出来ない。何せアインの身体の魔剣を調整していたのは私なのだ。心臓を代替するジークフリートが、致命的な欠点を持っていることは知っている。
「もういいですから! 私なんかを守る理由はないですから、逃げて下さい!」
もう口内で魔剣を解放する詠唱は終わっているのだ。あとは最後、魔剣を手に取って最後の句を口にするだけで全てが終わる。残り僅かで燃え尽きる私の命、燃やしきってても一矢報いると決めたから。アインがこんな場所で、無駄に命を散らす必要なんてない。
「ぐ、ぅ……まだ、だ」
「そうか、ならばそのまま死んで行け」
そんな私の考えなど知ったことかと、アインの反撃全てを無視して再度振り下ろされる大上段。再びそれは無力化されるが、尋常ではない負荷がアインの心臓にかかる。
その威力は計り知れないけれど、間違いなく絶大。アインの心臓はもう、いつ止まってもおかしくない。それが否応なく理解出来るから。
「まだだ!!」
都合10回、全ての斬撃を弾ききってアインが吼える。同時に解き放たれた出力の跳ね上がったオオテングの念力が、墜星を大きく弾き飛ばした。
息も絶え絶えと言った様子で、心臓を抑えるように胸に手を握りしめ、アインが膝をついた。見上げる顔は蒼白で、今にも死んでしまいそうなのに、その目には強い意志が宿っていた。
「当方の想いが一方通行だと、理解している。
報われることは、恐らく無いと理解している。
だとしても! おめおめと敵から逃げ出し、惚れた
轟く意地の大発破。
その言葉をロクに動いてくれない身体で聞いて、さっきとは別の意味で頭が真っ白になった。惚れた……惚れた? 誰が誰に? 状況からして間違いなく、アインが、私に、惚れていると言うこと。つまり好き? 私なんかを? へ?
混乱する頭のせいで、思考が追いつかない。立ち上がるアインも、再度斬り掛かってくる墜星も見えているのに、魔剣を解放しての不意打ちが実行出来ない。次巨剣の連撃を受ければ、十中八九アインは死ぬ。そのことがわかっているのに、変に意識を別のことに割かれて身体が動かせない。
好き、好き? 状況からして、間違いなくLoveの方。私なんかを? ありえない、そもそもお互いそういう感情は無いと結論付けてた筈だし、無いと言って……いや、ちょっと待て、よく考えればオネイロイの見せた夢から覚めて以来、態度が少しぎこちなかった気がする。もしかしたらそれから──
なんて、いつになく頭は高速回転する。けれど私が結論を出すことを、世界が待ってくれるはずもなく。
『あらあら、随分と青春してるじゃない』
巨剣が振り下ろされる直前、そんな楽しそうな声と共に、瓦礫の下から無数の影が飛び出した。墜星を吹き飛ばし、無数に集って捕食を始めたそれは蟻。つい最近、私自身が整備した機体と同じ、魔剣の機体だった。
『アナリューゼ・アインス、非常用第2大隊
その中でも、一際目立つ機体が1つ。
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