墜星に群がる無数の蟻の機体。1mもない小型のそれらを睥睨して、人型の機体は笑う。良い情報をくれてありがとうと、けれどこの至福の時間が長く続かないことを察してか、大きく戦旗槍を突き上げた。
『刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
瞬間、旗槍を中心に渦を巻く魔力の流れ。
それに触れた途端、吸い取られるように私の痛みが消えて行く。それこそがこの魔剣の能力と思い出して、同時に能力の隙をついた使用法だと理解した。
『死の淵を流離う儀式は幕開けた
命と力を天秤に、十重に二十重に毒を呑む
全てを咬み潰す剛顎を、腐り堕とす毒棘を、何にも劣らぬ健脚を 全てを得るため、全ての害を受け入れよう』
何せあくまで、鋼の
『誰1人として忘れはしない、痛みも無念もその覚悟も、全てを背負って私は進む』
だがその使用方法と、心に何も感じないなんてことは両立しない。詠唱に込められた怒りに悲しみ、それらの感情が痛いほど伝わってくるのだ。そしてそれでも、全てを背負って前に進むという鋼の誓いも。
『故にこそ、恐れることなどありはしない
魔の御印が輝く下に、我らの敗北はあり得ない
いざ行かん
だからこそ成立する異常な現象。
『
高い干渉能力で相手と強制的に感覚を同調。剛顎で肉を千切り、毒棘で肉を穿ち腐らせ、数に任せて踏み潰す。それらの感覚全てを痛覚設定を解放した分体n体で引き受け、n倍に増幅して叩きつける。同じ能力に繋がれている以上、感覚的に分かった今回の攻撃に使われた数は10万。
つまり、10万倍の痛みの感覚を相手に直接……否、それだけじゃない。今この能力の範囲内にいる生者と、瓦礫の下に飲み込まれた無数の死者。その全てから抽出した痛覚を合算し、10万倍に拡大して墜星へと叩きつけ
肉体的な破壊も当然あるが、何よりも精神を破壊し死滅させる技だ。どんな超人であろうと、痛覚を持つ生物である限り狂死する文字通りの必殺技。そう、必ず殺す技なのだが……
これでは、駄目だ。
『チッ。時間稼ぎはしてあげる、だから今は逃げなさい。悔しいけれど、私とコイツの相性は最悪よ』
舌打ちと共に、墜星に群がっていた機体が爆散した。
やはり、効果は極めて薄い。あの死体じみた姿形から、強制的に流し込まれた記憶から、薄っすら想像はできていたけれど効いていない。時折身体を大きく痙攣させているが、逆を言えばその程度だ。意味がない。
「今度はユビキタスか。貴様に用はないぞ、地球の眷属」
『あらツレないの。そんなこと言わずに、私と踊りましょう?』
興味なさげに蟻の群れを睥睨する墜星に、煽るような口調でアナリューゼさんは答えた。同時に四方から蟻による強襲を掛け、巨剣が閃いた瞬間その全てが爆散した。
既視感、既視感、既視感既視感既視感
氾濫する
「づぅッ!?」
そうして何かに思い至りそうになった瞬間、頭を割りそうな頭痛と吐き気に襲われた。思考が途切れる。けれどああ、
「また、認識阻害」
思えば、もう1人の墜星を見た時もそうだった。
「アヤ、メ……」
そうして、私が激痛に身を丸めたからだろう。アインだって死に体なのに、倒れ込んた状態から這うようにして私に向けて手を伸ばしてきた。
『やっぱりダメね、私達では殺されるだけ。居るはずの場所に送ってあげるから、タツミヤを呼びなさい。それが最善手よ』
そう言うが早いか、瓦礫の下から現れた新たな蟻の機体が私達を掴み上げた。そのまま赤褐色のカーペットに彩られた街を、同様に掴み上げられたアインと共に運ばれて行く。
実際のところ、私たちはあの場で邪魔でしかなかった。私は全身がボロボロの瀕死でアインは限界寸前、正直戦闘の余波で死にかねないのだ。そんなお荷物が居ても意味がない。
「ゴホッ、ごぼッ」
けれど、漸く痛みには慣れてきた。身体の痛みは、魔剣ユビキタスに大半を肩代わりしてもらっている。だから問題の頭痛だが、墜星から離れただけで認識阻害由来のものは消滅し、今も続く流入する記憶の痛みには慣れた。
まだ腕を辛うじて動かせる程度だけど、意思さえはっきりしていれば魔法は使えるのだ。だからこそ、再び込み上げてきた肉片混じりの血塊を吐き出しつつ、断線していた戦闘装束の機能を気合いを入れた魔法で再生させた。途端に回復した機能が、私の身体を再生させ始める。元々は骨折を治す程度の力だから、今となっては回復の勢いは雀の涙程でしかないが。
そして、その回復具合が痛みを引き受けてくれているアナリューゼさんにも伝わったのだろう。魔剣本来の機能として、私とアイン、そして前線で戦うアナリューゼさんの五感が同調した。
結果齎されるのは、自分の感覚を認識しながら、徹底的に遅延に努めるアナリューゼさんの感覚も認識するという、二重に重なった奇妙な感覚。
『行きなさい、私たち』
そうして私達は、意識だけが戦場へ舞い戻った。
同調したのは、視線の高さからして例の人型指揮官機。しかしそこから見ることの出来た状況は……戦いというには、余りにも一方的過ぎた。
「見たところ、時間稼ぎのようだが。無駄だと忠告しておく。これでも俺は無用な殺生を好まない」
『これだけ殺しておいて、どの口で言うのかしら?』
指揮官機が魔剣をはためかせ、槍撃を繰り出すのに合わせて無数の機体が墜星に突撃する。同調している今なら、その1機1機が下手な龍ならば殺せる程度のスペックを誇っていることが分かる。
Ⅰ型魔剣は当然として、非戦闘向きのⅡ型……ユメウツツなどであれば噛み砕ける剛顎に、逆に向けられた刃は弾く甲殻。昆虫特有の桁が違う膂力。戦闘向きのⅡ型魔剣とも斬り結べる毒棘。こうして同調しなければ成分を把握できない複雑さと凶悪性を持つ猛毒。それらを全て兼ね備えた機体が、単体ではなく数十機、真っ当な指揮官の下連携して襲いかかっている。当然、10万倍の激痛の投射は続けたままに。
「たかだか数千の力なき民の犠牲、心は痛むがそれだけだ。目的のための、致し方ない犠牲に過ぎない」
重ねて言うが、それでいてまるで勝負になっていなかった。
確かに剛顎は、墜星の枯れた腕や肉を毟り取り千切り取っていく。毒棘は骨肉を断ち斬り、死人のような肉を腐り落としていく。その桁違いな膂力は、防具の上から骨や肉を砕き潰していく。ただ──
「それにこんなもの、無駄な資源の損失だ。なぜ気づかない」
どんな傷を負ったとしても、すぐさま傷ついた肉体をクリフォトの結晶が覆い尽くす。そして結晶が砕け散った後には、傷つく前の健全な肉体が再生されている。まるで意味がわからない、ありえない不条理だった。
対し墜星が左腕の巨剣を振るたびに、12、3機は機体が切断される。高硬度の甲殻など知ったことかと、毒棘程度で斬り結ぶなど出来ないと、そんなことを示すかのように巨剣が振るわれる。蟻の機体を数機は同時に粉砕しながら。白い雲を引いて縦横無尽に。
『
「そうだな、その点に間違いはない」
そう、それこそが墜星を足止めできている理由だった。
こうして見ている限り、この墜星は一切魔法を使っていない。感じる魔力は莫大だが、それも墜星の内部を循環するのみ。身体の強化と再生以外に使われている様子はない。
最大火力を撃たれたら防げないのならば、そもそも撃たせなければいい。自己の複製による圧倒的な物量あってこその方法だが、至極当然の理屈だった。
『それに、本心を隠すこともとても下手ね? 私の独り言に無駄に丁寧に答える上、私が進路をズラす度に攻撃で狙う方向も変わる。あの子達を狙っていると言ってるも同義よ』
「そうだな、否定はしまい。昔からそういう類の隠し事は苦手だ。かつても有能な腹心がいなければ、全てが破綻していただろうな」
『あらそうなの。でも知ったことじゃないわね』
吐き捨てるようなアナリューゼさんの言葉と共に、遂に限界が訪れた。増援が遅れてしまった1秒にも満たぬ隙に、供給が間に合わなくなった蟻の群れを斬滅、突破された。瞬間ぶつかり合う巨剣と旗槍。仮にもⅡ型魔剣の複製品である旗槍を半ばまで切断し、握る両手すら大きく破損させながら指揮官機と墜星が肉薄する。
「俺の目的はアヤメ・キリノとナーハフート・アインス両名のみだ。奴らを殺す邪魔さえしなければ、貴様らには余計な被害を及ぼさないことを誓おう」
『へぇ、そうなの。なら一体、オマエがこんなことをしてまで2人を殺して、成したい事は何か教えてくれるかしら?』
「ああ、構わんとも」
一拍おいて、指揮官機と同調する私たちを視て──分からないはずなのに、そう直感できるほど真っ直ぐに私たちを視て墜星は告げ、
「俺の……我々墜星の目的は、初めからただ1つ。
この燃え尽き灰と化した世界を、かつてアイツが救ったこの世界をもう一度救うこと。徹頭徹尾、それのみだ」
旗槍を切断した巨剣が、指揮官機を斬り裂いた。魔剣が破壊された事で限界駆動が崩壊し、急速に解けていく意識の同調。
『そう。随分と高尚で、傲慢な願いね』
「貴様ッ!」
そうして意識が、本来の私の身体に戻る寸前。アナリューゼさんの操る指揮官機が、大爆発を引き起こした。それも、暴走している魔剣という特性を生かした、魔剣を核にした盛大な自爆。
私本来の身体でも感じるほど、莫大な魔力の波濤と衝撃。そんなものに巻き込まれては、どんな生命でも死は免れない筈なのに。
「やはり慣れんな、この感覚は」
爛漫と、咲き誇る蒼色の結晶樹。当然のように発生したクリフォトの結晶から、無傷の墜星が復活する。その光景を最後に、完全に同調が切れ──
『
何処からか出現した、2機目の指揮官機が魔剣を限界駆動させた光景を最後に、意識が本来の身体に帰還した。
「けほっ……」
右手は……動く。脚も、身体も、最低限動ける程度には回復している。ステータスなんて見なくても瀕死だと分かる惨状だ。それでも、今も時間を稼ぎ続けてくれるアナリューゼさんの為にも、やらねければいけないことがある。
「アイン、生きてますか?」
「……肯定する。瀕死であることには、違いないがな」
なんとか頭を動かして見れば、アインは顔を背けたまま返事をしめくれた。四肢の魔剣は既に再封印状態。反動は残っているみたいだけど、すぐさま何か異常をきたす程ではなさそうだ。
ただ、あの疲弊具合と魔剣にかかった負荷からして、私の作った魔剣はもう起動できない。もし起動すれば最後、反動で間違いなくアインは死んでしまう。何も制御する外装がない今、設計上そうなることは避けられないが……流石にそれは、私も望むところじゃない。
「アヤメこそ無事か?」
「ええ、なんとか死んではないですね。アインのおかげです」
アインも私も共に満身創痍。どちらの魔剣も、解放したら最後だから実質使えない。嗚呼それでも、タツミヤさんと魔剣アトラク・ナチャでは間に合わない。そう得体の知れない記憶で知っているし、何より自分の整備士としての腕で理解できるから。
「それでも、これから無茶をすることになります。付き合ってくれますか?」
この状況を打破するには……それ以前に、生き残るためには自分たちの力でどうにかするしかない。否応になく、それしか選択肢が無くなっていた。墜星が最初に語った通り、力を示す道しか。
「否定する。当方は構わないが、アヤメがこれ以上傷つく必要はない!」
「前から思ってましたけど、優しいんですね。……やっぱりそれ、さっき私のことが好きだって言ってたことが理由ですか?」
思い返してみても、自分がそう言われたことが可笑しくて、けれど笑い飛ばす体力ももう無くて。我ながら、いつになく優しい声が出た。
「それ、は……」
「まあ、嬉しいは嬉しかったですよ。そう言われたこと」
私だって女の子だ。別に嫌っているわけではない親しい相手に、告白されて嬉しくないかと聞かれれば否である。私なんかにそう言うなんて意味不明だし、そもそもお互いそう言う感情はないと結論付けていた筈なので、今も困惑の方が強い。
「ならば!」
「いいえ、ダメです」
だからこそ、素直に頷くことはできなかった。
アインの言葉に割り込むようにして、首を横に振って否定する。何せ今の私たちには、先がない。
「もしここで私が頷いたら、アイン1人だけで墜星と戦いに行きますよね。勝ち目はないのに、さっきみたいに私が傷つく必要はないって」
「否定は、しない」
「だからお断りです。こういう言い方は嫌ですけど……そうですね。もし私に返事をしてほしいなら、無茶に付き合ってください。それでお互い生き残れたら、考えてあげます」
ここで死ぬかもしれないのに、答えるも何もない。何をするにも、明日という未来を掴んでから。そう言い切って身体を起こす。左腕がない所為で、上手くバランスも取れないし、正確な動作だって出来そうにもない。
「そう言われてしまえば、当方は断れないと苦言を呈する」
「誰の言葉だったかは忘れましたが、女の子はしたたかな生き物らしいですよ?」
まあそれでも、きっと何か手はあるはずだと。悔しそうに言うアインに言葉を返しながら、蟻の機体から私達は降り立った。凡そ50mはある巨大な蜘蛛が……Ⅱ型魔剣 : アトラク・ナチャの機体が鎮座する、かつては艦橋であっただろう船員の避難所へ。脅威から逃げ込む為ではなく、立ち向かうために。
残り54日
《Ⅱ型魔剣 : ユビキタス》
かつての魔王国の国旗が印された旗竿、戦旗型の魔剣。多くの者が仰ぎ見た国の名残であるそれは、今もなお健在である。その先端には、鋭く尖った飾りがあり槍として振るうことができる。
限界駆動後、かつては蟻の魔物であった機体が出現、搭乗する。魔剣機体の特徴として、使用者の脳と直結して動作する。
機体の大きさは女王である本体は15m程。分体は10cm〜10mとなる。基本色は黒であり、巨大な顎と圧倒的なパワーによる基礎能力、解毒が困難を極める毒を持つ剣に似た針を腹部に持つ。世界に残る魔界型魔剣の中でも、ハイエンドに分類される強力な魔剣。
ただし現在は、担い手は狂いつつも正気の内にある、暴走魔剣である。
所有者 : アナリューゼ・アインス(本名 : アカネ・ブラウ・スカイフォレスト)
【能力】
基準値 : D 限界値 : B
照準 : A 範囲 : A++ 操作 : A++
維持 : D 強度 : C
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
死の淵を流離う儀式は幕開けた 命と力を天秤に、十重に二十重に毒を呑む
全てを咬み潰す剛顎を、腐り堕とす毒棘を、何にも劣らぬ健脚を 全てを得るため、全ての害を受け入れよう
誰1人として忘れはしない、痛みも無念もその覚悟も、全てを背負って私は進む
故にこそ、恐れることなどありはしない
魔の御印が輝く下に、我らの敗北はあり得ない
いざ行かん
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇65%
・生物特効150%
・悪魔特効500%
・分身体の生成
②限界駆動
・指定した対象と自分自身、或いは他者の五感を共有させる
・他者の痛覚の代替
・