無残に破壊し尽くされたこの街の中、今私たちのいる避難所だけはかつての
既視感
だけどああ、知っていた通りにここは、ただの地獄だった。老若男女、重傷軽傷問わず、ただ無事なだけの床に並べられている。医者も薬も何もかも、一切合切が不足していた。そして、そんな中を駆け回る数少ない人の中に、目的の人物を見つけた。
「まずは重傷者から先に治療します。簡易的な傷薬と痛み止めは、私の魔剣から幾らでも作れます。安心してください!」
そう呼びかけながら、テキパキと指示を下すタツミヤさん。その姿は間違いなく、この街の長なのだと今更ながらに思い出す。そして手腕も確かなのだろう、ざっと下している指示を聞いた限り間違ったことは何1つ言ってない。ただ、やはり手が足りていなかった。
どうすればたったの3人で、1000を超えて運ばれ続けてくる怪我人や死体を助けられよう。今もまた、ユビキタスの機体が新たな怪我人を持ってきた。……これでは、話を聞いてもらうどころじゃない。
「アイン、獣人界で受けた緊急依頼の時のこと、覚えてますか?」
「肯定する。回復魔法程度であれば、問題なく使える程度の魔力もある」
「ありがとうございます」
それなら話は早いと、安心して魔法を構築する。左手がないせいで、今までより1秒くらい完成まで遅れたけど、構わずに形成した魔法陣を起動する。この魔法は本来、こういう時にこそ活かされるべきものだから。
「《トリアージ》」
効果範囲内にいる人間・獣人・魔族の負傷度を色付きのマーカーで示す魔法、久々に使ったが上手く起動してくれた。黒は死亡、赤は要緊急回復、黄色は要注意、緑色は軽傷の4種類に示す魔法が示し出したのは……この場にいる人たちの8割が赤と黒であることだった。
私とアインには表示されないように出来なかったお陰で、私とアインにもほぼ黒に近い赤のマーカーが表示されている。
「《ワイドヒール》」
そこにアインが何時ぞやと同じように、けれど一段階能力は下の範囲回復魔法を行使した。正直私の魔法も範囲はあの時より狭いし、お互い限界が間近なのが嫌でも分かってしまった。
そして、ここまで派手に動けば自ずとこちらに注目が向けられる。うん、どうせ死蔵しておくなら全部売りつけてしまおうか。
「手持ちのポーション500ℓ、品質的にはほぼ最高なのでご自由にお使いください。外傷にはよく効いてくれる筈です」
今まで地道に錬金術で作り続けていた、外傷用ポーションを全て取り出して言った。どうせ私とアインの怪我には、血管に直接流し込みでもしない限りこのポーションは使えないのだから。
そしてそんな真似、水系統の魔法の達人で人体に精通してなきゃ出来るものではない。つまり、私には水魔法の精密操作ができない点で不可能で、アインは血液がそもそも魔剣に置換されている以上不可能だ。
「まあ、後で代金は街に請求させてもらいますが。いいですよね、タツミヤ艦長殿?」
「ありがたい。いつか整い次第、代金を支払うことを約束しよう」
私たちに浮かぶ瀕死のサインを見てか、相当動揺した様子ではあったがタツミヤさんは話を受けてくれた。良かったと、安心して魔法を解除する。あまり魔法を展開し続けるのは、ただでさえ少ない魔力が勿体無い。
「すみません、そこの元気そうな人。《トリアージ》と《ワイドヒール》を使える魔導具を作ったので、起動をお願いします。私達は艦長と話しがありますので」
「あ、ああ。分かった」
いの一番に駆け寄ってきた男性に、適当に作った魔法陣を投げ渡す。最低限の調整はしたから問題なく動作するし、これで少しは生き延びる人も増えるだろう。
「あと、そことそこの人。魔力が余ってるのは見えてますから、あなた達も起動してて下さい。魔法の治癒は外傷以外にも効くのでお得です」
「で、でも、うちの子がもうずっと息をしてなくて……」
そういう母親らしき蝙蝠らしき翼の生えた人の視線を追えば、確かにそこには子供と思われる小さな男の子が横たわっていた。きっと、まだ平和だった頃には街で元気に走り回っていたような、そんな風に見える子供。
ただ、《トリアージ》の魔法が表示しているマーカーは黒。念のためステータスシステムを覗いても既にHPは0、扱い自体も
「……諦めた方がいいと進言する。その子の生命活動は既に停止している」
どう伝えるべきか迷っていた私に変わって、極めて冷静な言葉でアインが言ってくれた。死んだら人はそこで終わり。死んだ人は戻らない。何があっても、死んだ人は帰ってこないのだ。それこそ、
「ごめんなさいアイン、嫌な役割任せて」
「否定する。こういう事例こそ、当方が担うべきだ」
まあ大したことじゃないかと、思い浮かんだ言葉は忘れておく。それが本音か建前か、もう正直なところ分からない。だけど今は素直に、助け舟を出してくれたアインに甘えておくことにする。それくらいなら、許されるだろう。
「さて。そろそろ落ち着きましたか? タツミヤさん」
「ああ。それに、状況も理解できた」
そう言うタツミヤさんは、私たちを運んできた2機と情報を交換し終えたらしい。とても苦々しい表情でそう言った。
「スマイヤーは最初の一撃を相殺してから行方不明。アカネでは足止めで精一杯。リィン魔王陛下は、死んでこそないものの戦闘不能。君たちも……さっきの表示からして瀕死。あの敵を……墜星とかいうアレを倒せるのは、僕だけか」
「やっぱり、他にⅡ型魔剣を使える人はいないんですね」
「そうだね……少し前からもう、僕たち3人しかこの船には残ってない。それは、彼らの魔剣を受け取った貴女なら知っているだろう?」
自嘲するように言うタツミヤさんの言葉に、その通りだと頷いた。私が受け取った、無数のⅡ型魔剣の残骸とその資料。一応その全てに目を通してある以上、紙の上の出来事としては魔剣の担い手たちが辿った結末は知っている。
「君たち2人は、別に休んでてくれても構わないよ。ここは僕の街で、私の船だ。ここまでやりたい放題してくれた以上、落とし前はつけさせてもらう」
そういうタツミヤさんの姿にも、何処かで見たような既視感が溢れて仕方がない。つまり、これは全てが手遅れになる結末に繋がると、何となくそう理解して。
「だからまあ、任せてくれるといい。僕はもう主人公にはなれないけど、それでもまだ誰かを守るくらいは出来る筈だ」
そうタツミヤさんが言うに合わせて、頭上を覆う魔剣アトラク・ナチャの機体が鳴動した。
《ユ=グ=エッダ都市運行システムとの連結を解除。ユビキタス戦術データリンクとのシステム接続を復旧。敵生命体、仮称墜星のデータをロード。最適進化を開始します》
響く機械音声。ニードヘッグ内部で聞いたものと酷似した音声と共に、ゴボリ、グチュリと響く生々しい異音。その度に、頭上の機体が別の生き物として組み上がっていく。
「ッ……なんて、大見得切った手前恥ずかしい事だけど。済まない、これは間に合わない。でもせめて逸らすくらいはする。だから僕と相棒の死骸と、魔剣は有意義に使ってくれ」
「は……?」
そうして、機体の進化が始まった直後だった。私に魔剣を投げ渡し、まるで盾にするようにアトラク・ナチャの巨大が墜落してきた。その圧倒的な質量によって、大きく船が振動する。さらにそこから防御魔法らしき魔法を展開して──
斬ッ!
その全てがから竹割りに、真っ二つに両断された。巨大なアトラク・ナチャの機体は私たちのいる避難所であった方向へ倒壊を始め、タツミヤさん自身も防御魔法の上から綺麗に線対称になるよう切断されていた。その分かたれたその中央からは、艦体に底の見えない深さの斬跡が刻まれてるのが見えて。
「
宣言通り、タツミヤさんのいる場所から斜めに、私たちと避難民を巻き込まないように曲げられていた。こんな不条理な斬撃、心当たりはただ1つ。ならばこそ、この先起こることは当然予想できるが間に合わない。
「
速度の落ちた私の魔法能力では防御は間に合わないと、もたつく私を見て分かったのだろう。追撃で迫る次元震を、心臓の魔剣を起動したアインが真正面から受け止めた。
鈍く響く爆音の中、嫌に耳に響く何かのパキンと砕ける音。ただでさえ限界を超えていた中起動された
「が……ぁ?」
「アイン!」
振動を受け弾け飛んだタツミヤさんの遺体がばら撒く血と肉片のシャワーの中、血の塊を吐き出し倒れ込んだアインに駆け寄った。心臓はまだ微かに動いている。けれど、もう数秒もしないうちに止まるのは明白。そんな死まで秒読み段階にあることが、手に取るようにわかってしまったから。
「何でもいいから早く魔剣を起動して下さい! 告白の結果も聞かないで死ぬ気ですか!」
「ッ……
本当はこんなこと言いたくないけれど、今アインの意識と命を保つには多分これが最適解だ。現にほら、実際何処かの魔剣を起動できたらしく息を吹き返してくれた。それに良かったと、一瞬気が緩んだその時だった。
《WARNING! WARNING!》
《ユ=グ=エッダ操艦システムと魔剣ユビキタスの連結が解除されました》
《深刻なエラーが発生しました》
《仮想海航行術式の継続展開不能》
《光学迷彩術式の継続展開不能》
《重力制御術式の継続展開不能》
《全艦の運航連結が崩壊、操舵不能》
《緊急術式展開、墜落シークエンスを開始します》
《搭乗員は速やかに退避して下さい》
割断されたアトラク・ナチャの機体が避難民を巻き込んで甲板を叩き、世界が墜落を始めた。緊急アナウンスが流れる中、上手く立っていることすら出来ずに座り込む。
「ふむ、どうやら動けるようになったようだな。邪魔の入る余地は無くなった、では続けるとしよう」
だが、そんなことは関係ないとばかりに
「続けるって、何をですか」
今朝まで平和だったこの船は、人の血で赤黒く染まった。
「示せって、何をですか」
避難した人たちも、無数のホムンクルスたちも、為政者らしき3人も殺された。
「一体、私みたいなゴミ屑に何を期待してるんですか……!」
そして、私みたいなものを好きだと言ってくれたアインも、辛うじて死んでいないだけで虫の息。私なんかを守る為に、そうなってしまった。
「世界を救う為? 冗談じゃないです。そんなの、私たちの知らないところで勝手にやってて下さいよ……!」
私には、こんな不条理をバネに成長する不屈の意志はない。
私には、こんな不条理を恨んで復讐する逆襲の怨念もない。
もう沢山だ。やめてくれ。関わらないでくれ。放っておいてくれ。好きに生きさせてほしい。どうせ残り2ヶ月もなく死ぬのだから、それくらい良いだろう。
今までずっと、騙し騙し過ごしてきた。心配させないように、自分を騙して本心を隠してきた。だけど私は……もう、心が折れた。否、折れていたのを認めてしまった。無茶をしてでも生き残ろうとか、そんな気持ちごと全部ダメになった。
夢なんて描けない。
気力はとっくに尽きている。
勇気だってとっくにズタズタだ。
愛に応えられるかと聞かれても、それすらもできない。
これで涙を流せればまだいいのに、とっくに枯れてしまっている。
人に備わった無限の可能性。それに繋がるナニカが、私にはもう何も残っていない。蓋を開ければ、そんな直視したくない現実しか私にはない。
「期待していることなど、言わずとも分かるだろう。この世界を救えるのは、正しくお前しかいないからだ。英雄の娘よ」
墜星の左腕と合体している巨剣が、首筋に突きつけられた。この距離で見て初めてこれが、魔剣ではない物体と理解したけれど……そんなこと、もう意味があるものか。
「英雄の娘であることなんて要りません。ただのアヤメで、アヤメ・キリノが良いんです」
言いながら、首筋に剣を押し付ける。やるならやれと、私はもう疲れたと。どうせ諦めて死ぬのなら、最大限妨害してやる。首筋を伝った鮮血が、巨剣を伝いアインに滴り落ちる。
「……そうか。残念だ。貴様は外れのようだ」
既視感
そんな私を見て、失望したかのように墜星が魔剣を振り上げた。もう逃げる気力すら起きない。世界がだんだんスローになっていく。これが走馬灯というのか、色々な記憶が浮かんでは消えていく。
あぁどうか神様、お願いです。幸せだったあの頃に、どうか時間を巻き戻して欲しい。時よ戻れ。刻よ逆巻け。家族で過ごしたい。幸せに過ごしたい。
だが無駄に知識を詰め込んだ頭が、そんなことは実現し得ないと結論づける。出来て精々、悪辣な薬による幻覚だ。
「ああそうだ。どうせなら、アインに言っておかなきゃですね」
折角の、生まれて初めて経験した恋愛だったのだ。一方的でも、言われてから時間も経ってなくても、決着だけはつけておきたい。なにせ最初から、私の答えは決まってる。
「好きも愛してるも、私にはわかりません」
家族以外には、悪意しか向けられてこなかったから。
「でも、私の隣に居てくれた
仕事を共にした人たちより、リュートさん達の息子さんより、剣を交えた敵よりも。アインと過ごした時間は楽しかった。久し振りに、本当に楽しかったのだ。適当に話をしながら箒に乗って、旅をして、時折魔剣を弄ってみたりして。ゲテモノ料理を作ってみたり、少し凝った物を作ってみたり。それで文句を言われたり、美味しかったと感想をもらったり。
そんな平和が続けばいいと思っていたし、今も思っている。続かなかったけれど。あの時に戻りたい、心の底からそう思う。
こう思い返せば結構、未練ってあるものなんだなぁ。
「──!」
そんなことを考えながら、落ちてくる巨剣を見る。アインの声が聞こえた気がするけど──まあ、いいか。もう疲れた。明確な死の気配に目を瞑って、巨剣を受け入れようとした寸前。
どこか懐かしい、銀の光が瞬いた。
残り53日