銀灰の神楽   作:銀鈴

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天に叢雲冠るが如く、██████████【07】

 まずは、あの墜星と私たちの戦力の差を考えよう。

 

 私とアインは満身創痍で瀕死に近い状態かつ、切り札たる魔剣を使えばそのまま命を吸い尽くされて死んでしまう、戦力外と言わざるを得ない惨状。ただアインはなぜか聖剣を使うことが出来て、お義母さんとの完全転身により戦闘力は格段に跳ね上がっている。凄く複雑な気分だけど、これはプラスとして考えておく。

 対して墜星はそんな転身アイン渾身の封印からも復活は確実。かつ不死身に思える無限再生をしてくる以上、確実に無傷で立ちはだかってくる。再生速度と再生部位の優先度はアナリューゼさんのおかげで知っているけれど、再生に限界があるようには思えない。そしてまだ、魔剣も聖剣もあの墜星は起動していない。

 

 よって、私たちに生存の芽は存在しないことくらい、そこらの猿とか小さな子供でもわかる。

 もし初めからこうなることを全て知っていて、かつラプティスさんという最高の鉾、アナリューゼさんという最高の遅滞防御と解析者、その解決策へと進化できるタツミヤさんというこの街の三大戦力、そして私たちの中で間違いなく最強のリィンさんと初めから共闘・情報の共有が出来ていれば、或いは……勝ちの芽が出る可能性があるかもしれないと、そんなレベルで彼我の戦力差はかけ離れている。

 

 

 だけど、人は死んだらそこで終わりなのだ。

 もう二度と会えないし、話すことも出来ない。例外として死後に不死者(アンデット)化したり、幽霊系の魔物として死に切れないこともままあるけど……それは、今アイン転身しているお義母さんも言っていた通り、当人のコピーでしかない。本人では、ないのだ。絶対に。

 そんな私の考えは兎も角、もしそんな形で蘇生しても()()()使()()()()。魔剣は生きている人間族、獣人族、魔族が握った時にしか反応しない。だから、戦力には数えられない。

 

 

 だけど、そんなかもしれない逆転のIFを、実現できる()()()()()()魔剣を一振りだけ私は知っている。否、正確には知っていたことを思い出した。

 

 占錬回帰カドケウス

 

 今はもうこの世にない魔剣だ。お義母さんが英雄から私の介護が必要になるくらい衰弱することになった原因であり、あの時私を助けるために使って消滅した魔剣のプロトタイプ。曰く、その能力は『10回だけの死の否定と時間の回帰』だったという。

 10回も時を巻き戻せる程の完成度は要らない。今はたった1回、たった1回だけでいいから、アインと一緒に過去に戻れる力があればいい。だから──

 

「担い手だったお義母さんに、色々話を聞きたかったんですが……やっぱり私じゃダメみたいですね。諦めましょう」

 

 アインの転身している部分に手を突っ込んだり、駆動中の聖剣を握ってみたりしたけれど、どうしても私にはお義母さんの声を聞くことが出来なかった。たった30秒の確認じゃ不十分かもしれないけど、時間がないから仕方がない。

 

「認識した。だが、大丈夫なのか? 当方の中継では、正確な情報が伝わらない可能性が高いと推測する」

「問題は……あんまりないです。惚れた女の子のことくらい、信じてくれてもいいじゃないですか」

 

 なんて軽口を叩きながらも、脳内では高速で図面を引き続ける。そうでもしなければ、きっと間に合わないだろうから。

 

「……認識した。だがそういう言い方は、ズルイと考える」

「女の子って、大体そんなもんらしいですよ?」

 

 私は使えないけれど、魔法の知識だけはあるのだ。だから、カドケウスの根幹を成す術式の大部分も……大凡は理解できる。

 時間操作、過去操作、空間操作、それらは次元系の魔法が役割を担っている。当然のように最後の1つ以外は超高等魔法で魔法の最終到達点、古い区分で言えば○○神と名のつく伝説的領域の呪文に分類される。使い手が皆無な魔法だけど……幸い、私はお義母さんから次元属性に関しては術式の全てを叩き込まれている。

 

「さて。アイン、今朝私が渡した魔剣の核、また持ってますか?」

「肯定する。必要か?」

「はい、出力はあればあるほどいいので」

 

 伝説的な魔法の再現には、当然莫大な魔力が必要になる。それをアレンジしようと言うのだから尚更だ。その為に、使えば死ぬとはいえ試作型魔剣2振りとⅡ型一振り分の出力を利用させてもらう。魔剣未満のこれも、魔剣に納刀する。

 

「これで、最低限の準備整いました。ですので、アインに3つだけお願いがあります」

 

 残っている右手で指を3本立てて、しっかりとアインを見つめていった。

 

「これから私は、完全に無防備になります。図々しいですけど、最低限でいいから守ってください」

「当方は、当然そのつもりだ。墜星になど、指一本触れさせはしない」

 

 コクリと頷いてアインは言った。こんな状況である以上、死ななきゃ安いからそこまでは求めないんだけど……嬉しいからいいか。

 

「無理はしないでくださいね? 次にあの墜星は、今の私たちじゃ勝てません。だから、時間稼ぎを徹底してください」

「認識している。当方は時間を稼ぐことに徹しよう」

 

 時間があればいい、今まで何回思ったかは知らないけれど、今回は特にそれが顕著だ。一分一秒を争うことになると、今から予想できる。

 

「そして最後に、どんなにボロボロになってもいいですから、私の隣に帰ってきてください。私1人だけで過去に跳ぶなんて、嫌ですからね」

「ッ、ああ、認識した。必ずアヤメの隣に戻ると誓おう」

 

 こんな私だけがいい思いをする、自分勝手な約束なのに。アインは笑顔で頷いてくれた。それに死にたくなる程の自己嫌悪が湧いてくるけど、今はそんな感情は割り切って捨て置く。

 

「では当方は、これより徹底的な遅滞戦闘へと移行する」

「あ、もうちょっとだけ待って下さい」

 

 何せアインは、命を賭けてくれるのだ。なら私も、今差し出せる中で一番価値のあるものを差し出さないといけない。少なくとも私は、そうでなければ納得できない。

 

「まだ、何かあったか?」

「ええ、足りるかは分かりませんけど……報酬の前払いです」

 

 背を向けたアインを呼び止めて、すぐ近くにまで歩いていく。そしてこっちを振り返った瞬間に合わせて、今度は私から抱きつくように密着した。女の子だって度胸が大切。恥ずかしいけど、失敗したら死ぬのだし……折角だからやっておこう。

 

「んっ」

 

 スルリと入り込んだ間合いのまま、抱きつくように差し込んだ右腕をアインの後頭部に回す。そして背伸びをしつつアインの顔を引き寄せて、勢いよく唇を重ねた。

 ゴチと、歯のぶつかり合う音。恋人らしい行為だからやってみたけれど、物語みたいに上手くはいかなかった。でもなるほど、キスってこんな感じなのか。顔を赤くしながら、目を白黒させてるアインも面白い。そういえば本には、舌を絡ませると気持ちいいとか書いてあったっけ。やってみよう。

 

「んむ……ぷぁ、っは……」

「んんッ!?」

 

 抵抗を無理矢理に突破して、物語でよく見た描写みたいにやってみる。……アインの匂いは伝わってくるけど、別に物語で読んだような感じは一切なく血の味しかしない。お互い血を吐いてたのだから当然とはいえ、気持ちいいとは程遠い気がする。

 ついでに実用面の問題として、私の回復したなけなしの魔力をアインに譲渡する。何せアインは魔力と体力を合算してイコールになっている特殊体質なのだ、少しでも魔力は多いほうがいい。そして古来より、一番効率の良い魔力の受け渡し方法は粘膜接触と相場は決まってるから。

 

「ふぅ……」

 

 そうして、私の魔力の9割を受け渡した辺りで口を離した。時間にして10秒、随分と長く唇を重ねていたせいでお互い息は荒い。唾液がアーチ状になって垂れていくのも、なんだかとても淫靡な雰囲気を感じる。

 

「私の魔力の大半と、ファーストキスをあげたんです。必ず帰ってきて下さいね?」

 

 と、パシンと背中を叩き言ったのだが、放心したようにアインは固まってしまっていた。何故そんな女の子みたいな反応をしてるのだろう、女の子なのは私なのだけど。そこまで刺激が強かっただろうか?

 

「アイン?」

「あ、あぁ、認識した。今度こそ、行ってくる」

 

 疑問に思いつつもう一度呼びかければ、再起動したようにアインは私に背を向けて走っていった。

 

「まあ、いいですか」

 

 何となく変な感覚だが、今はいい。アインが動いてくれたのだ、ならば私も為すべきことを成さなければいけない。

 

「気張っていきましょう、人生最後の魔剣解放を」

 

 成功するにしろ、失敗するにしろ、きっと私がこの魔剣の……剣琴噴嘆エターナル・ツヴァイの解放詠唱をするのは、これが最後になる。だってそうだろう。私はもう、未来の零落なんて望んでいないのだから。そんなことを考えながら私は、鞘による封印の解かれた右刃を握りしめた。

 

 瞬間、変質を始める私の身体。瞳孔は獣のように縦に裂け、紺碧の空みたいと言われた目は黄金色に染まる。ミスリル色の髪は毛先に行くにつれ炎のグラデーションに染まり、火の粉を微かに漂わせ始めた。

 けれど、今までの中で一番心は凪いでいた。どうしようもない嚇怒に心が飲まれることも、耐え難い悲嘆の叫びを上げることも、それらを偽る虚飾がある訳でもなく、何処までも落ち着いていた。

 

 最後のピースとして、そこら辺に転がっていた魔剣ユビキタスの分身機体をエターナルに納刀して、準備完了だ。

 

刃金に満ちよ、我が絶望──希望の未来(あす)を穢す為

 

 そして、この瞬間に私の寿命は焼却された。

 

運命の輪は輪転する

 切なる願いを積み重ね、築き上げた祈りの塔は、神威の雷霆に砕かれた

 

 これ以降私は、魔剣の炉心融解が解除された瞬間絶命する。けれど、この選択に悔いはない。

 

嘆きの唄よ総てを呪え、相互理解の道はない
 赫怒の炎よ天を穿て、復讐の剣は解き放たれた

 

 だって私は凡人だ。全部を使い切りでもしないと、偉業を成すなんて出来っこない。

 Ⅰ型魔剣は整備し、打ち直し、改造し、新造も行えた。

 Ⅱ型魔剣も整備し、打ち直し、改造は行えた。

 ただ試作型魔剣は、整備は出来たけれど、完成には程遠い試作品しか完成させられてない。

 

移らず、惑わず、揺らめかず

 終末へ向けて飛翔しろ

 未来の零落を吼えるのだ

 

 それなのに、私がやろうとしているのは『既にこの世にはない試作型魔剣に等しい、或いはそれ以上の魔剣の複製、及びアレンジ』という前代未聞。前提の時点で全てを賭けても、成し遂げられるか分からないのだ。最終目的の達成を目指すのだから、残り2ヶ月もない命なんて安いのものだ。

 

炉心融解(Meltdown)──崩塔の頂きより堕ちろ英雄、(ルイナバベル・)その身に罪を刻む為に(ヴァナグロリアエターナル)

 

 命の零れ落ちる音は、もう聞こえない。なんだか妙に清々しい気分だ。

 魔剣の動作は正常、周囲の異常もなし。けれどたった今、視線の先でアインの作り出した結晶樹が砕け散った。莫大な魔力も感じるし、墜星が目覚めたのは間違いない。

 

「任せましたよ、アイン」

 

 同時に、私に向けて飛来した次元ごと切断する絶対斬撃。しかしそれは、揺らめくオーロラのカーテンのような物に防がれた。間違いなくアインとお義母さんの能力だ。私の魔力をあげたお陰でアインの無事もわかるし、これなら安心だ。

 

魔剣、全装填(フル・ローディング)──

 

 手持ちの魔剣から、開発能力と防御力を重視して魔剣を最大数の12本装填。左刃の鞘に取り付けてある無限起動の能力と、装填した魔剣からの同能力のフィードバックを確認。それでもあまり長くは続かないだろうけど、私は全開で魔力を解放した。

 

「借ります、アナリューゼさん」

 

 魔剣ユビキタスの能力は、自己複製と感覚共有、そして痛覚の代替。応用として、それによる複製機体との脳内ネットワークの形成による超々々々多重高速演算。この状態で使わない手はない。

 あくまで複製された端末の1つでしかない現在私が起動しているものから、逆探知の要領で本体までハッキング。アナリューゼさんが両断され絶命していることを理解して……一瞬の黙祷の後、一気に全制御権を乗っ取った。

 

「分身体ハッキング侵食及び接続開始、分身体により作業並列化。2〜100番で同時進行開始、完了まで概算5秒──完了」

 

 けれどあくまで、これは暴走している魔剣だ。幾ら私のエターナルで調律して、機能自体も最大限活用しているとは言え反動は甚大。鼻からは血が噴き出し、左目は弾け飛んだ。

 代わりに得たのは圧倒的な演算能力。ママの世界の神話にも片目を捧げて叡智を得た神がいるって神話があったとか、この状況を生体スーパーコンピュータとか言うのだろうか、なんて益体のない考えまで浮かんでは消えていく。

 

 そんな中でも思考は止めない、止まらない。寧ろどんどん加速して、世界自体が遅く感じる領域にまでなってきてしまっている。

 

 魔剣ユビキタス完全起動。

 アインとの感覚共有開始──完了。

 痛覚代替システムの構築開始──完了。

 

「これは……アヤメか?」

『……り、…い。助か……アヤメ』

「ええ、全力でサポートします。だから」

「言われずとも!」

 

 文字通りの以心伝心の状態になりつつ、アインに対する全力のサポートを開始する。こうしておけば、アイン側も私の状況を把握できるし、私もアインの状況を把握できる。それに、辛うじてお義母さんの声も聞くことができた。例えコピーでしかないと、本物じゃないってわかっていても、久し振りに聞けた声に心が温かくなった。

 

「多重演算開始、《鍛冶魔法》最大展開

 占錬回帰カドケウス、再生産開始!」

 

 同時に私自身と魔剣ユビキタスネットワークを最大限に駆動させ始め、ようやく本来の目的を始動させた。

 アインが時間を稼いでくれてるこの時間、これ以上一刻一秒たりとも無駄にはしない。

 




アヤメ 残り0日
アイン 残り58日
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