既視感
そう、本当に久し振りに、こんな幸せな日常を過ごすことができた。けれど何か忘れているような、そんな不思議な感覚がある。
既視感
「まあ、いいですかね」
それよりも、今はまだ作っていないアイン専用の魔剣の設計図を作ろう。本人が起きる前に。と、そう思い
「アイン?」
そこにいたのは、息を切らして焦った様子のアイン。不思議と注意する気が起きず呆気にとられて見つめていると、ズンズンと部屋に入ってきたアインが私の肩を掴み言った。
「アヤメは、アヤメは当方の知るアヤメで間違いないか!?」
「えっと、いきなりそんなこと言わ…れ……?」
真剣な目で見つめられて、脳にノイズが走った。
◇
『この命尽きるまで、二度とアヤメに不幸だなどと言わせない。お互い短い命だからこそ、必ず幸せにしてみせる。だから当方と一緒に歩んではくれないか』
『アヤメは幸せを願っていい。寧ろ得るべきだ』
『『
◇
瞬間、脳裏に再生される無数の光景。急速にダウンロードされていく無数の情報、記憶、私が抱いた生の感情。その全てが急速に積み重なり、どうしようもない頭痛を生んだ。
「ッ、づぅッ!?」
鉄錆の臭いと、たらりと液体が流れる感覚。同時に、回復していた寿命が削れていく。一気に流れ出した寿命の総量は、大体2ヶ月分。その程度の時間を代償に、私は未来を思い出した。
「……なるほど、
「認識した。良かった、本当に。安心した……!」
言った途端、ガバリとアインに抱きしめられた。鼻血を拭う暇もない。ただ、前までなら股座を蹴り上げていたこの現状も、今なら受け入れる余裕があった。なにせプロポーズされたし。
「全く、自分の彼女くらい信じたら……なんて言えれば格好もついたんですけどね。実際、アインに肩を掴まれるまで忘れてました。ありがとうございます」
「謝ることではないと、否定する。当方はこうして、また会えただけで……」
「いつまでもメソメソしないでください。仮にも私の彼氏でしょう?」
体格的にも純粋な力的にも無理に引き剥がせないので、ポンポンと優しくアインの背中を叩く。これで少しは落ち着いてくれるといいのだけど……と、思いながら抱きしめられること十数秒。ようやく落ち着いたのか、疑問に満ちた声でアインは問い掛けてきた。
「待ってほしい。彼氏とは、つまり……?」
「そういうことです。受けますよ、プロポーズ」
それについては、元々否を唱えるつもりはない。何年経っても新婚みたいだったパパとママみたいに、イチャラブちゅっちゅとは絶対にならないだろうけど。
「ただ、」
「ただ?」
「私に流れてるのは1/4程度とはいえ、獣人の……それも銀狼族の女の子を口説き落としたんです。どうなるかはわかってますよね?」
耳元で言いながら、腕をガッチリとロックする。知識としてではなく、狼系獣人としての血が、本能が囁くのだ。一度そうと決めたならば、絶対に番いを逃すなと。
「どう、とは?」
「こういうことです」
何故か逃げ出そうとするアインの首筋に噛み付いた。獣の耳と尻尾が生えて以来、鋭く尖った犬歯が皮膚に食い込む。何故かケミカルな味がする血液に口を離してしまったけど、跡は残ったしいいだろう。
「浮気したら文字通り嚙み殺しますから。尤もこれからは、そんな暇もないでしょうけど」
「に、認識した」
ハグによる拘束から抜け出し、ケミカルな血をぺろりと舐めとってから言う。何せ私の記憶通りに進むのなら、墜星の襲来まで今日を含めて残り2日。たったそれだけしか、私たちが準備に費やせる時間は残ってない。
「さて、出掛けますよアイン。早く準備してくださいね」
さっきみたいな時間も悪くないが、時間は有限だ。
「私はその間に、リィンを起こしてきますから」
1分1秒でも多く時間を使う為に、今すぐ行動を起こす必要がある。ただ私の記憶が確かなら、この時点で私たちはまだアナリューゼさんと接触していない。アインと情報を擦り合わせるにしても、作戦を立てるにしても、あの人の分析能力と魔剣の能力が無くては話にならない。
けれど、私とアインの記憶なんてもの程度で、あの人が動くはずがない。だからこそ、未来予知の魔剣であるアヴァロンを持つリィンさんの力が必要だ。予知の的中率は100%ではないとはいえ、可能性として提示すれば無視は出来ないはず。
「リィン、起きてますか?」
「ぐー……」
なんて真剣な考えを巡らせながら、リィンさんの部屋に入ったのだが……何故かそこには、全力で狸寝入りをしているリィンさんがいた。魔力の痕跡から見るに、使っていた魔法は無属性の身体能力強化系……特に聴力を強化するもの。
「盗み聞きとはいい趣味ですね」
「べ、弁明をさせてはくれぬか?」
「ダメです。時間がありませんから」
おすおずと布団から顔を出し聞いてきたリィンさんの言葉を、笑顔で一刀両断する。この宿、全体的に盗聴防止の魔法がかかっているのに、それを突破して聞き耳を立てている方が悪いのだ。
「う、うむ……だが、時間がないとはどういうことだ?」
「語るより、直接視てもらった方が早いと思います」
言いつつ、過去視の術式を成形してリィンさんに手渡した。多分こういう繊細な術式って苦手だろうから、私の身の安全のためにも多分この方がいい。
「抵抗はしないので、どうぞ」
「うむ、では遠慮なく使わせてもらおう」
のそのそと布団から這い出し、私の作った魔法陣を受け取ったリィンさんが陣に魔力を流す。リィンさんが他人を害する魔法以外不得手とはいえ、私の作った魔法陣だけあって万全に起動した。
チリッと走る、他人に自分を覗かれる不快な感覚。手癖で行いそうになったカウンターも抑え込んで、これから
「アヤメよ、コレは事実か?」
「態々こんな嘘をつくとでも思います? 私とアインがいる以上、未来は確実に変わるでしょうけど」
過去に戻ったからといって、全部が全部知っている通りに動くなんてことはない。自分たちだけが行動を改善できる? 馬鹿か。そんな動きをした時点で、墜星も察知して別の動きをするに決まっている。だからこその未来予知。だからこそのリィンさんなのだ。
「……これが起きるまで、あとどれくらいの時間がある?」
「今日を含めて2日。私とアインが稼げた時間は、それだけです」
「なるほど、のう。話にならぬ程短いが……無いよりは確実にマシであるか」
そう言いつつ、流れるような動きでリィンさんが魔剣アヴァロンを起動する。そうして目を閉じ数秒動きを止め、未来の観測が終わったのだろう。次に目を開けた時には、纏う雰囲気が更に研ぎ澄まされていた。
「して、アヤメはこの情報をどう彼らに伝えるつもりだ? 余は信じるが……こんな荒唐無稽、誰も真実とは信じぬぞ」
「大丈夫です、手は考えてます」
所詮浅知恵かもしれないけれど、今の私が取れる手段で最も手っ取り早い方法。それを今から実行するつもりだ。今の私で演算能力が足りるかは分からないけど……多分なんとかなる。
「ここにも、分身体は潜ませていますよね? アナリューゼ・アインスさん。それとも、こう呼んだ方が信じて貰えるでしょうか。アカネ・ブラウ・スカイフォレストさん」
『私はまだ、貴方と会ってもいないはずなのだけど』
何もない筈の空間にそう問い掛ければ、天井の隙間から蟻の機体が姿を現した。当然のように雰囲気は剣呑で、今にも私を殺さんとする殺気すら感じられる。
「そうですね、私は貴方とまだ会ってもいません。ただ私とアインが勝手に、未来で会って友好を深めただけです」
『貴方は何を言っているのかしら?』
掌ほどの大きさしかない機体だが、天井から軽やかにテーブルの上に着地し、展開した毒針を私に向けている。少しでも変な動きをしたら撃ち殺すと、きっとそんなことを考えているのだろう。
「ただの事実です。信じては貰えないでしょうけど、2日後の未来から私とアインは戻ってきています」
『……妄言ね。時間遡行なんて、どんな魔法でも魔剣でも実現し得ないわ』
「そう思うのでしたら、私の記憶を見て下さい。多分、それが一番早いので」
トントンとこめかみを叩いて言えば、即座に魔法が飛んできた。当然のようにそれは過去視。たださっき私が使って貰ったものより、術式の精度は数段上。流石は
『……まさか。いえ、でもそんな』
なんて考えてるうちに、どうやら満足いく過去視は出来たらしい。震える声で、アナリューゼさんは言葉を零した。こちらに向けて突き出されていた毒針が元の通りに格納され、信じられないというように蟻の機体がたたらを踏む。けれどすぐに持ち直し、私を見て言った。
『今この場では、判断できないわ。最短でもあと1時間……いえ、恐らく会議になるからもっとね。昼頃まで待って貰えるかしら? それだけあれば、私たちの方でも結論が出せる筈よ』
「時間はないですよ?」
『分かってるわよ! もう対策は始めたけれど、あんな化物相手にどうするかなんて、私1人で決められるわけないじゃない!?』
ヒステリックに叫びながら、頭を掻き毟るようにしてアナリューゼさんは叫んだ。気持ちは、分からなくもない。自分を含めて、街自体があんな虐殺されるような記憶を見て、冷静でいられる方がおかしい筈だから。
「分かりました。できれば、1人でも味方になってくれることを祈ってます」
『誰もあんな結末は望まないわ。そこの点だけは、安心して頂戴』
「それなら、良かったです」
あくまで私の所感でしかないけど、墜星にはこの街の実力者全員が連携しないと対処のしようもない。そう感じたあの感覚は、きっと嘘じゃないから。
『連絡用に、この子機は渡しておくわ。貴女達も、準備しておくことね』
「言われなくても」
そう言った直後、カクンと操り人形の糸が切れたように機体は沈黙した。念のため突っついてみても特に反応はない。完全に操作を切っているのだろう。取り敢えず、適当に腰のベルトに引っ掛けておく。
「ふぅ……やっぱり私、交渉ごとは向いてないですね」
「見ていてヒヤヒヤしたぞ……」
一番手っ取り早い手段を取ったつもりだったけど、案の定リィンさんから見れば落第点ギリギリの物だったらしい。当事者だから私が出張るしかなかったけど、やっぱり向いてない。
ため息を一回大きく吐き、肩を落とす。あとはもう、やりたいこととやるべきことをやるだけだ。そう落ち着いた時、部屋の扉がノックされた。
「部屋の片付けを完了した。待ったか? アヤメ」
「いえ、こっちも今話し合いが終わったところです」
扉を開けて入ってきたのは、さっきとは少し格好が変わったアイン。ただし、思いっきり私の噛み跡は残っていた。満足感のような、恥ずかしいような、なんとも言えない感覚がある。
「リィンさんは、これからどうします?」
思わずそっと目を逸らしてリィンさんに話し掛ければ、どこかげんなりしたような表情をしていた。
「どうかしたのか?」
「考えてもみよ。昨日まで何でもない関係であった知り合いが、翌朝になった途端イチャつき始めたのだぞ? それに破滅の未来まで見させられては、胸焼けもいいところだ」
やれやれといった様子で、リィンさんが首を横に振った。確かに言われてみれば情報量過多だ。私としてはイチャついてるつもりはなかったのだけど。
「だが、今すぐにでも行動を起こさねば間に合わぬことは理解した。故にそうだな……余も、昼頃まで時間を貰いたい。イリスを守るにも、余自身が考えるにも、情報が多すぎる」
「認識した。当方としても、そう認識してくれているなら助かる」
少し、落ち着いて考える時間が必要なのだと思う。私たちを含めて全員に、きっと。
「ところで。大凡予想はついているが、これからアヤメ達はどうするのだ?」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
だからこそ、リィンさんの疑問に自信満々に答えた。
「デートですよ、デート」
仲の良い男女2人で出掛けることを、確かそう呼ぶと読んだことがある。物語の中の彼らとは違って、私たちが行くのは工房だけど。
時系列的には
後日譚 : 冒険者型人造人間【04】
まで戻れました
アヤメ 残り168日
アイン 残り100日