デートだ、なんて意気込んで出てきたのはいいものの。実際のところ、そんな要素は全くと言っていいほど存在していなかった。精々がさっき買った朝ご飯を一緒に食べている程度だけど、立場が変わっただけで普段通りでしかない。
「だから、先ずは大前提を確認しましょう」
自分の気を引き締め直す意味も含めて、パチンと手を叩き言う。場所はユ=グ=エッダに来てから、ずっと借りている工房。仕事場に入った以上、恋愛的なものは全て持ち込まない。完全に頭を切り替える。アインが頷いたことを確認して、言葉を続けた。
「言うまでもないことですけど、私とアインは、あの域の敵に対しては足手まといでしかありません。異論はありますか?」
「異論はない。未来でそれは、嫌という程味わった」
未来でも言ったけれど、私もアインも、一定以上の強さの相手に対しては殆ど無力に等しいのだ。私は命を燃やし尽くして魔剣を解放するか、アインはお義母さんと完全転身するかしなければどうしようもない。ああ、そっちの検証も必要か。
「そして、私たちの虎の子たる魔剣カドケウスですが……残念ですけど、もう一度使って逃げるなんてことは出来ません」
一応、最後に辿り着いた理論値の魔剣としての製造は可能だし、実際もう実行してる。だけど、この魔剣を使うには致命的に足りていな点が2、3存在している。
「恐らく、出力の問題か?」
「ですね。私が命を全部燃やして、かつアインが転身していたのを含めた合計で、やっと起動出来たんですから」
アインにもそれは分かっていたらしく、カドケウスが抱える問題の1つを指摘してくれた。私とアイン2人だけで捻出できる範囲では、カドケウスを起動することは出来ない。
「でも、それよりも重大な問題として、致命的に演算力が足りてませんね。縦しんば魔剣を起動出来ても、ユビキタスのサポートが無ければ能力は使えないと思います」
単純に処理能力が足りないのだ。計算すべきことが多過ぎて、私とアインの2人だけでは間に合わない。そんな状態で過去に跳べばどうなるか、分かったものじゃない。
「だが、それは直接依頼すれば解決するのではないか?」
「数万台駆使してギリギリだったので、多分無理ですね。未来でならともかく、今はアナリューゼさんとの関係は険悪になってますから」
同じ理由で、現在のカドケウスを改良して問題を解決することも不可能だ。あの時は数万人分の私で、作業と思考を独立させつつ並列させながら考えてようやくだったのだ。多分、私1人で考えるなら改良点を見つけること自体に数年は掛かってしまう。
「それと、これは未検証ですし確証もないんですけど……カドケウスには致命的な反動がありました」
「朝のアヤメの様子からすると、記憶か?」
コクリと頷いた。察しが良くて助かる。
「実際にアインに会って未来のことを言われるまで、私は完全に時間を遡行して戻ってきたことを忘れてました。アインの方はどうでした?」
「当方は、起床後10秒程で記憶は蘇ったと報告する。だが……なるほど、認識した。そういうことか」
「はい。次もちゃんと、それぞれの記憶が戻るか定かじゃないです。今回は運良く戻りましたけど……」
それ以外にも次も戻ってくれるか、もう一度使ってどこの時点にまで戻るのか不明で、この思い出まで失う可能性がある。さっきの通り改善も改良も出来ない以上、もし使うならそれこそ命が失われるときだけだ。
「認識した。ではアヤメは、当方たちは何も出来ない足手まといでしかなく、打つ手は何もないと。人が戦っていることを、横から見るしかできないと?」
「残念ながらそうなりますね」
ここまでが、現在の私たちの大前提になる。虎の子は使えず、力は足りず、経験は信用されず、縁は失い、技術も知識も足りていない。なのに敵はあり得ないほど強大で、味方の結束はどれほどまでになるかわからない。加えて、唯一のアドバンテージである情報も、こうして異なる動きを始めた以上あてにならない。
この状況を端的に言い表すならば、絶望的の3文字以外に正しい言葉はないだろう。ただ。そう、ただ──
「だからって『私達は戦えないから、あとは皆さんに全部お願いします』なんて言いますか?」
「冗談じゃないと否定する」
当然そんなことはないだろうと鼻で笑って問い掛ければ、笑って頼もしい言葉を返してくれた。流石私のアインだ、そうこなくっちゃ。
「アインなら、そう言ってくれると信じてました」
「期待に添えて光栄だ。そして、そう言うということは、何か対抗策はあるのか?」
「当たり前じゃないですか!」
首を傾げるアインにも見えるように、ある1つの魔剣を作るための図面を取り出した。これこそ、未来では終ぞ完成させることのできなかったアイン専用の魔剣。その強化改修版だ。
「これは……魔剣、か?」
「ええ! 未来では駄目でしたけど、今なら“完成”させられると思うんです」
未来でずっと感じていた、何かが致命的に足りない気がするという漠然とした違和感。その原因がようやくわかったのだ。
「当方の記憶が確かであれば、能力はベクトルの操作であったと記憶している。強力であるのは間違いないが、当方には打開策になるとは思えない」
「アインの言う通りです。でもこうして過去に戻るなんて経験をしたお陰で、その先が見えましたし……私も覚悟が決まりました」
言って、アインの隣に腰を下ろす。そしてアインに右手に重ねるように左手を乗せ手を繋ぐ。と言っても、私の小さな手じゃ微妙に締まらないけど。
「少し、話を聞いてもらってもいいですか?」
「肯定する。当方でよければ、幾らでも」
仕事場に恋愛は持ち込まないって、自分で決めた途端にこれだから情け無い。アインに寄りかかって頼らないと何も出来ない。ワガママを言うことは信頼を試していること。
だってこれから言おうとしていることは、私のアイデンティティを全否定するような言葉なのだから。けれど、それを告白する覚悟はもう決まってる。
「私は多分、アインや武器と本気で向かい合おうって、これまで思えてなかったんです」
知らず、震えていた手でアインの手をギュッと握る。
そんな武器にも人にも向き合っていないなんて、鍛冶師としては落第点以下、最悪も最悪な私の真実。私はずっと自分自身のためだけに、武器に防具や無数の道具を作り続けていた。
「これまで誰か“の”武器を作りたいって、作らなきゃいけないってことはあっても……誰か“に”武器を作りたいって、私の作った武器を使って欲しいって思ったことはなかったんです」
多分そこが、アインの魔剣にどうしようもない不完全さを感じていた原因だ。少し気取った言い方になってしまうけど、武具に魂が篭もっていない。だけどそれも、今回だけは違う。
「でも、今回だけは別。アインに魔剣を作りたいって、心の底からそう思ったんです。ですから、改めてお願いします。私にアインの魔剣を造らせてください」
初めて誰かに私の魂を込めた物を使って欲しいと、そう思えたのだ。だからこそ、頭を下げた。何せこれが私の、鍛冶師としての初仕事になるのだから。
「是非もない。当方はそもそも、アヤメ以外に頼る気は無い」
「ありがとう、ございます……!」
そう微笑んで言ってくれたアインの言葉に、初めて何かのスイッチが入った気がした。心の炉に火が灯る、ずっと昔から止まっていた時間が動き出す。
だから、さあ、今こそ胸を張って、ママから受け継いだ店の看板を背負おう。いつのまにか滲んだ涙を拭って、深呼吸を1つ。
「キリノ武具店、出張開店です。ネズミ捕りから神殺しまで何でも御座れ、きっと期待に応えますよ!」
ここ5年間は言うことの許されなかった、とても大切な言葉。ママから受け継いだ2代目の店主として、堂々と私は言い放った。
「ならば当方は、墜星を斃せる力を望む」
「承りました。誠心誠意、心を込めて造りましょう!」
◇
そうして、アヤメ達が行動を開始した頃。ユ=グ=エッダの遥か上空、クリフォトの枝が張り巡らされた高度でも同様に動きがあった。
「玉兎」
「あん?」
「
うず高く積み上げられた悪魔の死骸、それが生み出す屍山血河の中心で。八岐は、この戦場で共闘していた玉兎へ問い掛けた。
「あー……言われてみりゃ、記憶の接続がおかしいな。で、それがどうかしたのか? まさか、この
「いいや、違う。時間を巻き戻したのは、アヤメ・キリノ、アイン・ナーハフートの両名だ」
悪魔の死骸を蹴り飛ばし爆散させながら言う玉兎に、即座に下手人を断定して八岐が告げる。墜星には彼女たちが何を話しているのかは、基本的には聞き取れない。だがそれでも、明らかに予測していた動きが変わった起点があれば、そこが原因だと断定することは難しいことではなかった。
「どうやら未来の俺は、彼奴らを覚醒させることに成功したらしい」
「へぇ、中々にやれるじゃねぇか。あんたも、アイツらも」
ケラケラと、ケタケタと、心の底から楽しそうに笑いながら玉兎は言った。その目は既に悪魔にも八岐にも無く、遥か下方のユ=グ=エッダへと向けられていた。
「にしても、時間遡行とは随分けったいな力に目覚めたもんだな。大方、泡影の残影にでも力を借りたか?」
「だろうな。彼奴らは聖剣シャラソウジュを持ってる。泡影の特性からしても、間違いはないだろう」
対して八岐はただただ淡々と、まだ息のある悪魔の首を飛ばしながら言う。そうして悪魔が死していく度に、クリフォトがその死骸をまるで捕食でもするかのように取り込んでいく。その光景に何を思ったのか、八岐の目に一瞬後悔と懺悔の念がチラついた。
「で、どうすんだよ八岐。確かお前、2日後に時間切れとして突っ込むとか言ってたよな?」
「ああ、だが予定変更だ。奴らの体制が整い次第突入する。奴らに裁定を下すには、それが最良のタイミングだろう」
そんな感情ごと吐き捨てるように八岐は言う。その頃にはもう、一面に広がっていた屍山血河は全て、クリフォトに吸収され尽くしていた。
「同じことを繰り返すより、その方がよほど意味がある」
「同じことを繰り返してた私らが、言って意味のあることかは分かんねぇがな」
「巫山戯るな。黙れ駄兎めが」
楽しくもないのに笑いながら言う玉兎に、怒りに満ちた声で八岐が告げる。そんなこれまで積み上げてきた全てを否定するような言葉は、許せるはずもないと嚇怒の炎が燃え上がる。
「おお怖い怖い。そんじゃあ、か弱い兎さんはお暇しますかね」
そんなものに巻き込まれては堪らないと、手元でメスを弄びながら玉兎は言う。ふざけた態度に八岐が巨剣を叩きつけるが、メス一本で完全に受け流される。
「チッ」
「私に一太刀でも浴びせたいなら、うちの王様だった奴みたいな太刀筋はやめるこった。人のオウサマ?」
「その名はもう俺には相応しくない。訂正しろ、
「はぁ!? 手前こそ訂正しやがれ、誰がヤブ医者だ。私の半分も生きてない若僧が、しゃしゃってんじゃねぇぞコラ」
「ああ、全て我々が
互いが互いの逆鱗を踏み抜いたことで、人知れず高まる戦闘の気配。肌が焼け付くようなヒリついた感覚はしかし、最高潮まで登ることなく霧散した。
「……言われてみりゃ、今更熱くなる話でもねぇか」
「我々は所詮、死者でしかない。今更だろう」
そんな言葉を口にしながら、互いに向けあっていた得物が降ろされる。そもそもが墜星として蘇ったのは、たった1つの目的を果たすが為。仲間割れに意味などないと、理性の部分が沸騰した思考に追いついた。
「じゃ、今度こそ私は獣人界に帰らせてもらうぜ。そろそろ、うちの馬鹿弟子との決着もつけなきゃなんねぇし」
「最後の転生者第一世代、確かリュート公爵だったか。懐かしいな、随分と出世したものだ」
「半分現女王の私的な理由、半分数が減ったことによる補填だったけどな。今じゃ、生きてた頃の私より立場が上だ」
そう言いながら笑う玉兎の言葉に、先程までの馬鹿にした雰囲気も、茶化すような雰囲気も存在しない。馬鹿弟子と口では言いながらも、本当に心の底から喜んでいるようだった。
「ま、そんな話は良いんだ。それよりも、覚醒した彼奴らと
「当然だ。寧ろそれくらいのこと、出来て貰わなければ困る。単体戦力としてなら兎も角、戦争の駒として、墜星としての俺は、間違いなく最弱の存在だ。それを打倒できずして、この先進んでいけるものか」
だからこそと、言葉を区切って八岐は言う。
「これから先、我々墜星を欠いて尚、この世界を存続させられるのか裁定を下す」
「もしダメだったらどうするよ?」
「決まっている。神に祈って、勇者に期待するだけだ」
「違いねぇ」
八岐が大真面目に言うように、希望の花が枯れることがあればそれしかもう手は残っていない。
全て覚えている人はごく僅かで、記録は全て人の欲により焼失した。そうやって世間の常識ごと、最後の戦争の記録は挿げ替えられている。たった5人の敗残兵のみが知る、世界の崩壊が間近と言うことも。この
「最後に何か伝言があるなら伝えておくぜ」
「ならば、金烏に『先に逝く』と伝えてくれ。勇者には『あとを任せる』と」
「はいよ、あんたが滅んだ時には伝えとくさ」
最後にそう言い残し、ヒラヒラと手を振った玉兎の姿が掻き消えた。まるで最初から、そこには本人なんていなかったかのように。そうしてクリフォトの枝葉は、平素と何も変わらない静寂に包まれた。
墜星は玉兎、金烏、八岐、勇者の4人います
アヤメ 残り168日
アイン 残り100日