銀灰の神楽   作:銀鈴

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天に叢雲冠るが如く、██を█え█いの█剣【03】

 ユ=グ=エッダ右舷2番艦ニダリヴェル、基幹中枢兼魔法学研究所ドヴェルグ深層。アヤメとアインが魔剣を造り始めた頃、そこで3人の人物が一堂に会していた。

 

『──以上が、アヤメ・キリノから齎された未来の情報よ。“もし話のような存在が現れた場合”の想定から行った推測には、8割以上一致するわ』

「なるほどねぇ、そりゃあ俺たちを招集するわけだ」

「……」

 

 3人の中でも一際目立つ蟻の機体、それも分体よりも3回りは巨大な本体の姿でアナリューゼが言う。その言葉を合図にするように、壁面に投影されていたシミュレーション映像が消える。

 アヤメの語った情報に対する信用はない。しかし分析者(アナリューゼ)として魔剣まで使用した未来予測をして尚、寸分違わぬ結果を語っていたのなら……最早それは真実と言って過言ではないと判断していた。

 

『相手は怪物、誤差は精々が死者数程度。どう対応するかを決める必要があるわ』

 

 船を運行するにあたって最高責任者である2人を呼び、全員を集めたのはそういう理由だった。これから先、最も辿るであろう可能性が高い未来を直接その目で見て判断を下すために。そんなこれからの方針を決めるにあたって、最も原始的な『多数決』という手段も取れるように。

 

『私としては、さっさとあの2人を船から降ろすことを提案するわね。ユ=グ=エッダ運行システムを担う者として、危険分子は一刻も早い排除することを進言するわ』

「逆に俺は、早々に準備を整えて迎撃することを進言するね。見逃した敵に家族を鏖殺された者としては、目を付けられた以上即刻排除するべきじゃないのかと思うねぇ」

 

 アナリューゼの語るリスク無く今の安全を優先させ、2人を見捨てるという意見に、ラプティスが全くの対極の意見を挙げる。リスクは覚悟で未来までの安全を確保し、この情報を齎した2人を切り捨てない。どちらの意見にも一定の利と納得があるのは、疑いようのない真実だ。

 そして2人の意見が対立することも、予定調和のように繰り返されてきたことだった。戦禍の夢を見続け死地を求めるラプティスと、戦禍の罪を背負い平和を求めるアナリューゼ。致命的に方向性が違う以上対立は必然であり、最終的な決定がタツミヤに委ねられることもまた必然であった。

 

「僕はスマイヤーの意見に近いかな。目を付けられたことがほぼ確定している以上、準備を整えて迎撃した方がいいと思う」

 

 2人の視線が集まる中、落ち着いた様子でタツミヤが告げた。選ばれたのは迎撃。未来を変えに来た2人を見捨てることのなく、未来に抗うという選択だった。

 

「何故か知らないけれど、例の敵……墜星を見ると、頭が割れるように痛む。つまりほぼ確実に、認識阻害が使われている。それもこの症状が出ると言うことは、確実に僕が知る誰かだ。しかも相手に行使するものではなく、自身に行使して偽装するタイプだから正体は絶対に分からない」

 

 そしてタツミヤ・クリマクスは……辰宮 冬至は転生者である。何時か何処かの地球、それま日本から高校生の頃に異世界転生した人間である。新生し、育ち、絆を結び、戦争を経て……異世界で過ごした時間の方が長くとも、かつて日本人であったことは変わらない。

 故にこそ、当事者を除く誰よりも時間遡行を信じていたし、墜星に対する警戒心を密にしていた。かつて日本人の一オタクとして培った知識が、戦場で磨かざるを得なかった生存勘が、野生の本能が……自分の持つ全て揃って、今この時から備えなければ全員死ぬと警鐘を鳴らしていた。

 

「こういう場合は、難しく考えずに対処するのが吉だ。アカネ、勝率はどれくらいある?」

 

 だからこそ、対応は迅速だった。アナリューゼ……アカネ・ブラウ・スカイフォレストによる検証が終わるや否や、全艦に緊急事態を宣言。ユ=グ=エッダ自体を第1種戦闘配置に変更し、各所へ既に連絡を回していた。

 

『情報が足りないわ。所感と概算でいいかしら?』

「ああ、構わない」

『なら言うけれど、勝率は20%がいいところね。逃亡成功率も30%あればいい方だけど』

「だったら尚更、取るべき手段は迎撃だ。アヤメさんも言っていた通り、僕たちが動いた以上いつ墜星が襲ってきてもおかしくない」

 

 苦々しい表情でアナリューゼが口にした言葉を聞いて、完全に体制が迎撃に決定された。10%は決して無視できるような確率ではないが、それならばまだ敵を討ち滅ぼした方が()()()()()

 

「それと、第三次黄昏計画を実行する」

 

 最後にタツミヤが口にした言葉で、場の空気が一変した。

 何せそれは、かつて2度も多大な犠牲を払った計画を再び実行するという宣言なのだから。

 

『ねえタツミヤ、それは本気で言ってるのかしら?』

「オジサンもこれに関しては、アナリューゼに賛成だね。またあんなことを繰り返すのかい、艦長」

 

 黄昏計画。それはかつて、この魔王国第3首都ユ=グ=エッダで行われた作戦。最低限の人員を乗せた都市航空艦を1つ切り離し、本隊である街から離脱。その後、そこを決戦の死地兼都市を生かすための囮とし、最後には艦を自爆させることで敵もろとも消滅させる計画。

 このユ=グ=エッダが地球で言う北欧神話の世界を模した名前を艦に付けているのに、全9艦ではなく7艦編成である理由がそれだった。加えて言えば、この街に正常に動くⅡ型魔剣が3振りしか残されていない原因でもある。

 

「ああ。計画通り、武装区画の左舷1番艦ヨトゥンへイムを切り離す。ただし今回は、切り離される人員は5人だけだ。僕とスマイヤー、そして発端であるアヤメ・キリノとアイン・ナーハフート、最後にリィン魔王陛下を加えた決戦戦力で行く」

『待ちなさい!』

 

 こんな自体を招いた以上、例え嫌だと言おうが戦略としての期待は出来なかろうが、アヤメとアインの2人を戦闘に参加させないという選択肢はない。リィンに関しても、間違いなくこの場にいる誰よりも強くなる可能性を秘めている以上、戦場に出さない選択肢はない。

 そこについては、アナリューゼにしても異論はない。だがよりにもよって、自分が……Ⅱ型魔剣ユビキタスが戦力として数えられず、メンバーから外されたことは我慢出来るはずもなかった。

 

『どうして、作戦のメンバーに私が入っていないのよ!』

 

 蟻の機体がタツミヤを押し倒し、その上級の悪魔すら噛み千切る大顎を突き付けて言う。伊達に十数年間も共に過ごしていない以上、次にタツミヤが何を言うかは理解できる。当然、利益や損得の点では自分の方が間違ったことを言っていることも理解できる。だとしても、涙すら流せない機体(からだ)を軋らせて、アナリューゼは訴えていた。

 

「僕には万が一があっても、後を継いでくれる人がいる。スマイヤーも同じだ。けれど、君にはいないだろう? 今はまだこの街は、君を失うわけにはいかない。至極当然の判断だ」

『どうして、貴方達まで私をおいて逝ってしまうのよ……』

 

 どこまでも声は嗚咽に濡れているのに、機械の機体(からだ)は震えることも涙を流すこともない。そんなどこまでも暴走魔剣とその機体でしかなく、とっくの昔に生命としては死んでいることを突きつけ、突きつけられるその姿は、見た目とは違いとても弱々しいものだった。

 

「はい、そこまで。こんなオジサンの前で、2度も青春見せつけるのはやめてくれないかねぇ」

 

 それ以上何かに発展しないように、2人をラプティスが引き離す。今ではもうたった3人になってしまった街の運営者として、幾度となく繰り返してきたように。

 

「非難民も守る必要があるから、アナリューゼ本体は残って貰わないといけない。なによりオジサンやタツミヤと違って、君は広範囲を1人でカバーできるからね」

『それは……』

「勿論、指揮官機はタツミヤの能力を最大限に生かすため、そしてそもそも船を動かすためにもヨトゥンヘイムに乗って貰う。これくらいで妥協してくれないかねぇ?」

『分かったわ……』

 

 やれやれと諭すように言うスマイヤーの言葉に、渋々といった様子でアナリューゼが引き下がる。

 

「方針が決まった以上、一旦解散ということで構わないね?」

「へいよ」

『構わないわ……』

 

 そうして方針さえ定まってしまえば早いもの。現状、この3人での連携は完璧であったとしても、出会って数日の彼等とは何もかもが噛み合っていないのだ。これ以上の会議は、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に──などと言う、行き当たりばったりな結論しか出せない以上無駄でしかない。

 

「ああ、それと。アカネにはこの戦いが終わったら渡したい物があるんだ。死亡フラグに成りかねないから言いたくなかったけど、期待しててくれて構わない」

『……絶対に帰ってきなさいよね』

「これでも、元々は主役張ってたんだ。必ず帰るさ」

 

 

 同時刻。中央1番艦アルフヘイム深層、虹霓の間。明るい人工陽光と無数の丸虹に照らされた花畑が存在する不思議な部屋の、その中央に鎮座する円筒の前。そこで1人、リィン・M(メディウム)D(ドラッヘ)・ラーグルフリョゥトリムルンは佇んでいた。

 

「のう、イリスよ。余はどうすれば良いのだろうな……?」

 

 ポツリと呟いた言葉に、円筒に浮かぶひび割れた虹の晶人は何も答えない。それもそうだ。魔剣の生命活性化と、艦と接続することによる生命維持の2つで生きさせられているだけなのだから。

 

「余は未来で、イリスを傷付けられたことで我を失い、真っ先に殺されたらしいのだ。本来なら恥ずべきことなのだろうが……不思議と、否定出来ぬのだ。もしこの今、イリスが再び傷付けられれば、余はきっと耐えられぬ……」

 

 嗚咽交じりに吐き出された言葉に、円筒に浮かぶひび割れた虹の晶人は答えない。優しく作られた風と、陽光と、丸い虹霓が揺らめくのみで、時間が止まったような時間だけが流れていた。

 

「余は誰かに忠実なことも、己に節制を課すことも、勇気を振り絞ることも、正義を示すことも、暴食に逃げることも、強欲に何かを求めることもできない。叡智も詰め込まれた借り物で、忍耐強さですらインプットされた仮初めだ。全ての大罪と玄徳スキルの残骸を、背負っているというのにな」

 

 自重交じりに吐き出される言葉に、円筒に浮かぶひび割れた虹の晶人は答えない。幾度となく繰り返してきたやり取りの通り、何も、何も変わらない。何処までもこの部屋は、静かに停滞していた。

 

「だがそんな、いつか訪れる死を望むだけの余でも、手を貸したいと思ったのだ。アヤメとアイン……余の義姉と義兄を、些か突然ではあったが幸せを掴もうと……いや、あれはどうなのだろうな? 分からぬが少なくとも、余は2人を見て……眩しく感じたのだ」

 

《ユ=グ=エッダ艦長より全艦へ。繰り返す、ユ=グ=エッダ艦長より全艦へ》

《ただ今の時刻を持って、第三次黄昏計画を発動する。繰り返す、ただ今の時刻を持って、第三次黄昏計画を発動する》

《一般市民は速やかに、左舷1番艦ヨトゥンヘイムから退避せよ》

《一般市民は速やかに、左舷1番艦ヨトゥンヘイムから退避せよ》

 

 遠くに緊急放送と警告音が響き渡る中、部屋の外を慌ただしく走る足音が聞こえ始めた。それですら、この空間の静寂と停滞を破るには届かない。何せこの空間こそ、この艦隊における重要防御区画(バイタルパート)。それこそ空間ごと断ち斬るような攻撃でなもない限り、どうしようもない程閉ざされている。

 

「故に余は今日、ここに決意をしにきた」

 

 円筒に浮かぶひび割れた虹の晶人は答えない。だがそれでも構わないと、リィンは言葉を続ける。

 

「余はこれから、あの日イリスに封じられた本来の秘呪を……龍化転身を解放する。そうしても良いと、英雄達の末娘として、そして龍の末妹として思ったのだ」

 

 物言わぬ身体の納められた円筒に触れ、リィンがそう告げた瞬間だった。パキパキパキと、決して人体から鳴る筈のない異音が停滞した部屋に響き渡った。

 

「次に暴走すれば命はないとイリスは言っておったが、余もあれから長く生きた。暴走はせぬし、しても討ち取ってくれる輩は多い」

 

 同時に、リィンの持つ龍としての特徴が解放されて行く。白銀の鱗に包まれた尾は、より太く長く龍らしく凶暴に。側頭部から後頭部に向け生えていた角は枝分かれするように変化し、十の頂点を持つ王冠の様な形で1房に伸びた長い髪を纏めた。最後にガラ空きになった背中に、極めて濃密な魔力で構成された翼が顕現する。

 

「だから、安心して欲しい。余はもう1人ではないのだと、友も臣民もできたのだと知って欲しい」

 

 円筒に浮かぶひび割れた虹の晶人は答えない。たが、これまでと違い周囲に浮かぶ丸虹の1つが解けた。そうして帯状になったそれが、弱々しくもリィンの頭を撫でるように、抱きしめるように動いた。まるで、母親が子供にそうするように。

 

「……ッ、そうか。まだ、ちゃんと生きておるのだな」

 

 言葉は何1つとして返ってこない。虹の帯も文字を描くことはない。けれどその動作1つで、思いも感情もリィンには痛いほどに伝わっていた。

 

「ならば、言うことは1つだな。──いってきます」

 

 最後にひしと物言わぬ円筒に抱きつき、それから屈託のない笑みを浮かべてリィンは円筒に背を向けた。その背を見送るように、名残惜しそうに虹が煌めく。

 

 

 斯くして、戦う全員の準備が整った。

 

 アヤメとアインの手には新たな魔剣が生まれ、

 リィンは覚悟が決まり、

 ユ=グ=エッダの生き残りは避難が終わり、

 スマイヤー、タツミヤ、アナリューゼの3人も臨戦態勢が整った。

 

 そう、全ての体制が整ったのだ。

 

 誰も知る由もないが、それはつまり、ある1つの条件を達成したと言うことを意味している。そう、墜星が襲来する条件を。

 

 ー さあ、審判の時だ ー

 ー 希望の存在を、証明してみせろ ー

 

 天から落ちてくる声と共に、膨大な魔力が溢れ出す。意識が凍りつくような──否、意識ごと斬り裂くような殺気の重圧が降り注ぐ。

 

 それが、開戦の合図だった。

 




アヤメ 残り158日
アイン 残り100日
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