ー さあ、審判の時だ ー
ー 希望の存在を、証明してみせろ ー
天から落ちてきた声と共に、上空に膨大な魔力が溢れ出すように出現した。そして意識が凍りつくような──否、意識ごと斬り裂くような殺気の重圧が降り注ぐ。同時に射殺せそうな程鋭い視線が、私たちに照準された。
「ッ──!!?? 嘘、まだ1日も経ってないのに」
そうして、まるで2日後の未来の焼き増しのように、極大の一刀がユ=グ=エッダに向けて堕ちて来た。その天も地も世界ごと等しく斬り裂く絶対切断を、未来ではラプティスさんが命を賭して相殺した。けれど今の私達なら、同じことが出来る筈だと魔剣に手を伸ばし──間に合わない。魔剣の起動を解除していたことが災いして、肝心な今行動が間に合っていなかった。
空が割れる。空が崩れる。青空を投影していた防壁が斬り裂かれ、本来の魔界の暗く淀んだ曇天が露出する。これではただの繰り返しだ。未来が早まっただけでしかない。
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
しかし、絶望に閉じた未来と違うことが1つ。
艦内放送から滔々と紡がれるのは魔剣の詠唱。生み出されるのは無数の丸虹。揺らめく幾重にも重なった虹霓が、その大きさを巨大化させながらユ=グ=エッダを覆い隠し、絶対切断による破滅を迎え撃った。
暁の光が番となり、世界に虹の橋が架けられた
界を渡した虹霓は、猛る焔で悪意を阻む
詠唱を紡ぐのは女性、それも艦の生体パーツとして取りこまれているはずのリィンさんの義母。イリス・チュテレール・ビフレストという、円筒に浮かんでいた女性。試作型魔剣である護虹剣ビフレストの担い手であった。
浄化の泉を、運命の女神達を、神法会議を支えし橋は、不可侵不壊と心得よ
いつか訪れる神焉まで、光り輝く煌きは、翳ることなどありはしない
丸い虹霓と絶対切断がぶつかるたびに、尋常ではない衝撃音が響き渡る。話すことも出来ないとリィンさんが泣いていた筈の女性は、未来とは違い魔剣の性能を遺憾なく発揮して街を守護していた。
しかして虹霓翳るとき、それこそ神焉の始まりなり
3度の厳冬が吹き荒れて、終焉の角笛は吹かれるだろう
虹の光が乱舞する。絶対に直撃させないと、守り切ると言うように、紡がれる詠唱の中その出力が増大して行く。
『虹の円環周囲に存在するエネルギーを吸収、無限展開し反動を相殺する』というビフレストの能力を応用し実現した絶対防御は、幾度か砕けながらも確実に絶死の斬撃を防いでいた。
剣の誓いを今ここに
そうなれば当然、墜星だって黙っていない。未来での口ぶりからして、私を試す為に空から降りて──否、墜ちてくる。無数の結晶憑きを引き連れて。天に冠った叢雲から降りしきる雨のように、或いは夜空に流れた流星群のように。
苦難に喘ぎし遍く民を守護し、虹霓の輝きにて照らし暖め、楽園への道を創生せん
白目が黒に黒目が真紅に変色し、髪は色素の抜け落ちた白い髪。血の気の失せた白い肌。大柄だが枯れた老人のような身体と、クリフォト結晶で継ぎ接ぎの大剣が合一した筋骨隆々な左腕。同じく結晶のヒビ割れで継ぎ接ぎに接続された古式の鎧と、血の気の失せた肌。左眼の下から首筋にかけて刻まれた、大きな青い結晶の筋は見間違えようもない。
「──ッ!」
虹の向こう、未来で見た墜星が何事かを叫びながら左腕の巨剣を振りかぶる。次の瞬間には、十字に閃く斬撃が虹の護りを両断していた。即座に虹の護りは再生されたが、その僅かな瞬間に100を越える流星が超高速で船に向けて墜落した。
その中でも、墜星が直接狙ったのは私たちではなく、中央1番艦アルフヘイム。イリスさんが安置されており、恐らくリィンさんがいる船。墜星が直撃する直前、完全起動した
『
巨大化した蜘蛛の背面に無数の棘を生やし、口を人間と同等のものに変えたような10m級の異形。しかし背中の棘はほぼ全てクリフォトと同質の青い結晶と化していて、口以外なにも無いはずの頭部に蜘蛛のような8つの結晶目が存在している。《メイジ級》の悪魔、その結晶憑き個体。
墜星が引き連れてきた流星のうち20ほどが、私たちがいる中央3番艦-スヴァルトへ向けて、殺意を迸らせて落ちてきていた。
『
相変わらず何故か聴き取れる言葉は、やりたくないと言葉を繰り返している。その言葉が嘘ではないことは聞けば分かる。けれどそんな言葉とは裏腹に、その動きは実に“らしい”ものだった。
悪魔は人も獣人も魔族も分け隔てなく殺し、結晶憑きは極めて高い食人性を持ち、一定の数人を殺すと空気に溶けて消える特性を持っている。つまり悪魔の結晶憑き個体は、人が多いところへ積極的に攻撃するのだ。そしてさっきの放送によればここは
つまり狙われる場所は避難シェルターをおいて他になく、当たり前のように悪魔はそれぞれがそれぞれの避難シェルターを狙い加速した。
「Ⅰ型魔剣
「次元転身──
私もアインも魔剣の製作でかなり消耗しているとはいえ、彼ら彼女らを見捨てるなんて選択肢を取れる筈がなかった。
形成するのは
アインはまだ未完成の魔剣に変わり聖剣シャラソウジュを握り、未来でしていたように転身。転身も出力も半分程度らしいけれど、その力は十二分。空へ向け解き放たれた青い波導が、放射状に拡散しながら結晶憑きの流星雨を全て空中に停滞させた。
「座標固定。撃て、アヤメ!」
「照準クリア、
未来とは違いⅡ型による底上げはないけれど、そもそも魔剣とは悪魔を必ず殺すための兵器。人や無機物に使う場合と比べて、悪魔を殺傷する場合に限り威力は何倍にも跳ね上がる。
結果、空に咲き誇る血と臓物と砕けた結晶の花。
いかな《メイジ級》という高位悪魔かつ結晶憑きとはいえ、ビフレストの能力で弱っていた悪魔が魔剣の砲撃に耐えられる筈もなく。Ⅰ型魔剣を集約させた一撃は、魔剣としての面目躍如な活躍を果たしてくれた。
『
同時に、全ての艦から聞こえた魔剣解放の大合唱。家の壁から、街の水路から、道に敷かれたタイルの裏から、張り巡らされた配管の隙間から、無数に出現する蟻の軍団。同じく無数に立ち上がった人型の機体に指揮されて、魔剣ユビキタスの軍勢が動き始めた。
「アナリューゼさん、状況は!?」
『最悪も最悪よ。避難が終わっただけで、それ以外は何も準備が整っていないわ』
「戦況は?」
『貴方達のお陰でスヴァルトの戦闘は発生前に収束。アルフヘイムでは、リィン魔王陛下とビフレストが墜星と戦闘中。悪魔の掃討は開始したけれど、私では手に余る相手が出ているせいで、左舷右舷それぞれに艦長とメメントモリが釘付けにされているわ』
言うが早いか、左舷右舷それぞれの方向から巨大な爆発音が轟いた。左舷方面からは爆炎が、右舷方面からは極寒の吹雪が、中央にいる私たちにも分かる程に吹き荒れる。それはあの2人と魔剣の持つ特徴からしてあり得ない現象だった。
何せラプティスさんの魔剣メメントモリが持つ能力は絶対切断、本人も炎や氷系統の魔法は使えない。タツミヤさんの魔剣アトラク・ナチャが持つ能力は自己進化、本人の資質は分からないけれど示し合わせた様に対極の現状が起きている以上ないと見ていい。
『ああもう、どうしてこんな時に限って異常事態が続くのかしらね。人型の結晶憑きなんて、どう足掻いても苦戦するに決まってるじゃない……』
歯軋りするように牙を鳴らし、苛立ちを隠さずにアナリューゼさんが言う。人型の結晶憑き、そんなものは
『兎角、敵は貴方達をご指名よ。結晶憑きへの対処と、アルフレイムへの道は私達が切り拓いてあげるわ。だからさっさと行きなさい。誰も彼もがお待ちかねよ』
アナリューゼさんが手に持った戦旗槍を打ち鳴らすと、人混みの中から何人もの
『総員転送準備! 転送先はアスガルド船首で構わないわね?』
「ええ、そこでお願いします」
アイコンタクトをアインと交わし、問題ないと返事をした。転移した直後に、戦闘の余波に巻き込まれでもしたら堪ったものじゃない。
「「「「航空艦間転送術式展開!」」」」
直後一糸乱れぬ全く同じ声が重なって響き、私とアインを中心に紫色のスパークを発生させながら転移魔法の術式が浮かび上がった。いつか私が、初めて転移に失敗した時の光景が脳裏に浮かぶ。
「墜星を倒しに行くのだろう? この程度で心配する必要はないと否定する」
「そう、ですね。ええ、そうですとも」
そんな私の反応に気がついてか、空いている左手をアインが握ってくれた。どうにも私の身体は、心と違って随分と素直で正直だったらしい。たったそれだけで、微かに感じていた震えがピタリと止まっていた。
『……見せて付けてくれるわね。まあ、いいわ。アレを倒すと言うのなら、せめて私達が間に合う様に時間を稼ぐくらいはして貰わないと困るわよ』
「愚問ですね」
目の前でそんな態度を取ったからだろう、嫌味の様にアナリューゼさんが言うが即座にそ言葉を否定する。確かに墜星ともう一度戦う事は怖い。生き残って明日を迎えられる保証もない。だけど今の私は、大切な
「今の私(当方)達は、無敵(だ)です」
『ならせめて、証明してみせなさい』
「術式構築完了。転送!」
「「「「転送!!」」」」
そんな諦めるような、羨む様な声を最後に私達の視界は暗転した。
次に訪れたのは、普段の転移とは違う数秒の浮遊感と揺さぶられるような振動。こんな状況下での転移の難しさを実感しつつ、少々暴走気味な自分の知識欲に無理やり区切りをつける。そんな余計なことに思考を割いていては、上手くいくことも失敗するから。
「さてアイン、ちょっとどころじゃなく予定は早まりましたが、やることは変わりません」
「最初に時間を稼ぎ、確実に墜星を斃すことの出来る値を魔剣に入力、その後は当方達次第ということで間違いないか?」
「ですね。それと、初撃で不意を打って確実に。1つは身体の何処かを持っていきます」
今、私に向けられている墜星の目線は1つ。そしてその目線は、前方に見える虹の光に包まれた半壊した船からの物ではない。じっとりと舐め回すような視線は、獣人界から私を見続けているソレに違いない。だからこの作戦が、相手にバレると言うことはないはずだ。無論見られている以上、バレている前提で考えは巡らせておくけれど。
「私1人じゃ、墜星を倒せません。だから任せましたよ、アイン」
「認識している。アヤメこそ、弾込めは任せた」
「トチりはしませんよ」
横並びで歩きつつ、コツンと拳をぶつけ合う。歩幅の違いで私が早歩きなせいか、あんまり様にはなってないけどそこは妥協する。どうせ死ぬまで身長は140cmと少しなのだ、戦う時に被弾面積が少ないと割り切るしかない。
「未来での借りを返しに行きましょう!」
「
言いつつ、船同士を繋ぐ舫綱を一気に駆け出す。そうして、些か以上に突発的だが、私たちと墜星の第2ラウンドが始まった。
アヤメ 残り158日
アイン 残り100日
《護虹剣 ビフレスト》
虹を切り出し固めたような色合いの両刃短剣型の魔剣。現存する魔界の試作型魔剣4振りの内、最も防御能力に長けた魔剣
限界駆動後魔剣本体は消失し、担い手と同化。指定した範囲に虹の円環となって顕現する。限界駆動を解除すると手元へ帰還する。
所有者 : イリス・チュテレール・ビフレスト
【能力】
基準値 : C 限界値 : A++
照準 : A 範囲 : EX 操作 : D
維持 : EX 強度 : B
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
暁の光が番となり、世界に虹の橋が架けられた
界を渡した虹霓は、猛る焔で悪意を阻む
浄化の泉を、運命の女神達を、神法会議を支えし橋は、不可侵不壊と心得よ
いつか訪れる神焉まで、光り輝く煌きは、翳ることなどありはしない しかして虹霓翳るとき、それこそ神焉の始まりなり
3度の厳冬が吹き荒れて、終焉の角笛は吹かれるだろう
剣の誓いを今ここに 苦難に喘ぎし遍く民を守護し、虹霓の輝きにて照らし暖め、楽園への道を創生せん
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇500%
・生物特効300%
・悪魔特効800%
・虹色に煌めく癒しの光を纏う
②限界駆動
・直径30cm〜50km超の虹の円環を、最大30個まで展開
・虹の円環内部への悪魔の侵入禁止、領域内部での生存を禁止する
・虹の円環内部に存在する人型範疇生物の治癒力を増強
・虹の円環周囲に存在するエネルギーを吸収、無限展開し反動を相殺する