銀灰の神楽   作:銀鈴

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1章 放浪の獣人界
夢現つ【01】


 

 

 身体をめちゃくちゃにシェイクされるような、不快極まりない感覚。

 転移の装置に乗った直後から数分間、暗闇の中で私はそれを味わうことになった。

 

「くっ、うぇっ……」

 

 幾ら良い手段だったとはいえ、乗った自分に今更ながら若干の後悔を覚える。

 

 しかし、その感覚は突然終わりを告げた。

 

 視界いっぱい唐突に広がった青空と、結晶と樹木が混在した森の光景。

 それがぐるぐると、目まぐるしく入れ替わりつづけている。ああ、空中に投げ出されたのか。そう気がつくのに時間は必要なかった。

 

「ッ!?」

 

 同時に、かなりの速度と回転も出ていることに気づく。

 このままでは間違いなく死ぬ。

 そう判断し、魔法での減速より私は魔剣の抜刀を選んだ。

 

 多分こっちの方が、圧倒的に生存率が高い。

 その考えは直後、木をへし折る勢いで私が叩きつけられたことによって実証された。多分私の魔法じゃ、普通よりかなり発動が遅い魔法じゃ助からなかった。

 

「ゲホっ、ごほっ」

 

 地面に落ち、咳き込みと共に匂いが流れ込んでくる。

 草の匂い、土の匂い、木の匂い、動物の匂い……それらが全て混ざった森の香り。それらが一気に私の中を吹き抜けていく、

 幸いにも丈の長いコートを着てたから、或いは魔剣を抜いていたからか大した怪我はしていない。これなら汚れを払うだけで済みそうだ。

 

「絶対、壊れてるよアレ……」

 

 大の字で転がりながら思わず愚痴る。

 あの転移装置、乗るならちゃんと確認するか整備しておくべきだった。最後に使ったのが戦争前って言ってたし、さもありなんとは思うけど。

 あわや死ぬところだったし、次会ったらちゃんと2人に伝えておこう。でもって直そう。じゃないと死んでしまう。

 

「というか、獣人界のどこかって話だったけど……」

 

 痛む身体を抑えて起き上がり、魔剣を鞘に納めて汚れを払う。

 次に髪を確認して、変装が解けていないことも確認した。

 大切なロケットも、ちゃんと首からかかっている。

 ひとまずはこれでよし。死にかけはしたが、安全な場所に出ることは出来た。ならば次は場所を知らなければ。

 

「んくっ」

 

 でも、ここは一体どこなのだろうか?

 ポーションを飲みながら、軽く空を見上げて私は考える。

 普段見ていたよりもクリフォトが近い。加えて空気も薄いから、きっと標高の高い場所……肌寒さと鬱蒼とした森のことも考えると、恐らく高山。ただし、植物が生きていられるくらいの高度。

 そして地面の所々にクリフォトの根である結晶が生え、野生動物の気配も濃厚だ。これだけの情報があれば、10個くらいに候補は絞れる。

 

 ただどうやら……私に、今それを考える時間はないらしい。

 

「グルルルル……」

 

 気がつけば、茂みの中から『結晶憑き』の猪が私を睨み唸っていた。

 折れた牙の代わりに結晶が生えている。無駄に綺麗な姿だが、眼も結晶と化しているから生き物としての気配が薄い。

 挨拶がわりにステータスを看破、覗いたけれど……やはり表示はバグっていて読むことが出来なかった。

 

「さて」

 

 ポーションの瓶を仕舞い、魔剣を片方だけ抜き構えて相対する。

 一応誰も見ていないけど、(アヤメ)(アヤ)を結びつけるような行動はしてはいけない。

 とすれば、カウンター狙いが一番楽か。

 

「来い」

 

 そんな緊張感と戦闘の緊迫感を破ったのは、とても小さな風を切る音だった。

 魔剣の加護とスキルによって私の強化された聴力でも、ほぼ聴き取れない風切り音。自分に向かってくるその音から逃れた直後、無防備な猪のに複数本の矢が突き刺さった。

 

「グモッ!?」

 

 脚部を射抜かれ動きを止められ、心臓と脳に一本ずつ。

 私みたいな少し触れただけの人ではなく、確実に獣を殺すプロの所業だ。それで結晶憑きの猪は絶命したようで、サラサラと崩れ風に溶けていく。

 

「誰、ですか?」

「そちらこそ誰だ!」

 

 魔剣を逆手に、左手では魔法の発動準備を整え、茂みの奥に向けて問いかける。

 帰ってきたのは警戒を解かないままの声。位置は不自然に反響して分からないが、声からして男性。突き刺さるような痛い気配……殺気からして、私はまだ狙われている。

 多分弓は、躱せないことはない。

 けれどここは相手のフィールドだろうし、何より火も金属も安易に使えない。だったら、降伏が一番賢明か。

 

「冒険者です。ほら、この通り。まあ、ランクは戦闘とは別分野ですけど」

 

 言いつつ、取り出した冒険者としての身分を示すカードを掲げた。

 私の冒険者としてのランクは『S』

 下からF〜A、S、SS、SSSと並ぶ中、形骸化しているSS、SSSを除けば最高位に当たる。偽造は犯罪になる以上、一定の身分証明にはなる筈だ。

 それに獣人なら、距離があろうとカードは見える。そんな期待を込めての動作だったのだが……

 

「それでもだ! 何故貴様のような子供が、こんな山中にいる! そのカードも偽装で、密猟をしている方がまだ考えられる」

 

 ……信じては貰えないようだった。

 不思議はない。この見た目だし、私だって同じ状況なら疑う。だからこそ、ここで嘘をついたら話がこじれて敵対関係にまでなりかねないのも理解した。

 

「魔法事故ですよ! 知り合いの転移装置が壊れてて、転移に失敗してここら辺に投げ出されたんです!」

 

 本当のことではないが、何一つ嘘も言っていない。 

 詳細こそボカしたけど、『アヤ』がここに居る理由としては順当だ。そういう事故があったとした方が面倒ごとがないし。

 

「……嘘はついてないようだな」

 

 森の中で睨み合うこと約1分。がさりと茂みを掻き分けて、1人の男が現れた。

 歳の頃は大体20かそこら、背負っている矢筒には10本ほど矢が入れられている。装備からして狩人だろう。瞳孔が縦に裂けた獣の目、そして何よりの特徴が、銀色の毛並みを持った耳と尻尾。

 

「銀狼族……」

 

 それは獣人の中でも魔法が使える、珍しい種族の特徴と一致していた。他の特徴は確か、女子供には優しく男には厳しい……だったっけ。

 

「なんだ、知っているのか。随分と数も減ったこんな日陰の種族を」

「ええ。母が、銀狼と人のハーフでしたから」

 

 私がそこまで詳しく覚えている理由はそれだ。

 ややこしい事情はあるが、ママは銀狼と人のハーフ。パパは100%人間。つまりは私にも1/4銀狼の血が流れていることになる。

 生憎と人の血が強いから耳や尻尾はないが。

 

「英雄に対する願掛けで、戦争の時は増えたからな。その口か?」

「ええ、まあ。父は人間ですし、私にもアヤなんて名前が付けちゃって」

 

 アヤメとしては生きられずとも、私が殆ど本名な名前でいられる理由がそれだ。

 ママ達が活躍していた時期には、勝利の願掛けとか英雄に憧れてとかの理由で、似たようなカップルが増加していたらしい。だからこそ、年齢を多少詐称すれば普通に嘘が真実として通る。

 

「なら、1/4は同族ってことか」

「そう、なりますかね。私には耳も尻尾もないですけど」

 

 多少夜目が効いたり、耳や鼻が人間よりは良いくらいの影響はあるけど。逆に言えば、それ以外は人間でしかない。

 

「まあ、そういう事情ならいいだろう。敵対する理由もない」

「そうですね、助かります」

 

 そう言いつつ、お互いの得物を仕舞い握手を交わす。

 たこのある大きな手だ。さっき見た弓の状態からも、相当に使い込んでいることが分かる。

 

「そういえば、お名前は?」

「アウルだ」

 どうやらこの銀狼族の青年の名は、アウルと言うらしい。

 頭の中に軽くそのことをメモ。貴重な話せる相手だ、覚えていて損はない。

 と考えていた最中。風化した結晶憑きの近くでアウルさんが舌打ちをした。

 

「チッ、鏃が欠けたか。予備、あんまりねぇんだよなぁ……」

「鏃ですか?」

 

 ひょこっと覗いて見てみれば、金属製の鏃は確かに欠けてしまっていた。それではもう、十分な威力は求められないだろう。

 

「それなら多分、私作れますよ?」

 

 形は返しがついた一般的な形。素材は鉄で、まあ鋳造だろう。それなら、偽装した鍛冶魔法でも5秒あれば作れる。手をぎゅっと握って開けば、そこに1つは完成してる寸法だ。

 

「さっき助けてもらった借りもありますし、どうぞ」

「悪いな」

 

 10個くらい軽く追加して鏃を渡す。MPの消費も大したことないし、これくらいなら人助けってことで。

 

「あー、アヤ、だったか?」

「はい?」

「お前、他の物も作れたりはするか? 農機具とか鉈とか」

「ええ、まあそれくらいなら」

 

 流石に魔剣とかはまだ作れないが、王都の街の最高級品より10倍くらいの性能の武器なら作れる。

 だから、どんなものか見せてもらえれば農機具だって作ってみせる。あんまり専門的すぎるものは無理かもしれないけど。

 

「だったら、1つ依頼として受けちゃくれないか?」

「構いませんけど、報酬は貰いますよ?」

 

 そこはしっかりしなければ、冒険者なんてやってられない。

 お金がなければご飯は食べられないのだ。

 

「金か?」

「いえ、泊まる場所とご飯と、作業場を提供してほしいです。あと出来れば、ここが何処なのかも知りたいです」

「それくらいなら問題ないが、本当にそれで良いのか?」

「別にギルドを通した正式なものでもないですから」

 

 因みに私を指名して正式に依頼出すと、十数万からうん十万になるってギルドの受付嬢さんが言ってた。なんと一般的な家庭が半年から1年過ごせる価格である。

 

「それもそうだな。じゃあ、よろしく頼む」

「こちらこそです」

 

 だから、貯金はあるしお金はいい。

 昔ママもこう言っていた。『お金なんて剣一本売りつければ毟り取れる』と。今も昔も子供にする話じゃないと思うけど、事実その通り。

 今は現状把握と今晩の宿を代金とさせて貰おう。

 

 

 

 

「にしても、やっぱり収納系のスキル持ちとか魔法使いがいると楽になるな。俺らが苦労して運ぶものを、小せえ身体で何倍も運べる」

「でも、獣人は私たちより力が強いじゃないですか」

 

 邂逅から約1時間。

 山道を歩きながら私は鹿系の魔物を、アウルさんは鳥の魔物をそれぞれ仕留めていた。それを銀狼族特有の氷系魔法で冷やし、私のスキルの中に仕舞って運搬中だ。

 

「確かにな。そら、村が見えてきたぞ」

 

 先を行くアウルさんがそう言った瞬間、 何かを通り過ぎたようなピリッとする感覚が走った。

 結界、或いはそれに類するもの。同時に少し先の拓けた場所に柵が見えたあたり、隠れ里の類だったのだろうか。柵は魔法の氷製で、下手な木や金属より足止め能力は高そうに見える。

 

「どうした?」

 

 思わず足を止めてしまっていた私に、そんな声が掛けられた。

 

「いえ、なんか変な感じがしたので。でも、気のせいだったかもしれません」

「そうか」

 

 アウルさんが気づいていないのなら、隠れ里うんぬんはきっと私の勘違いか。或いは……という可能性もあるが、そこは私が注意していればいいだけだし。

 

 そんなことを思いながら村に入り、そこで私は不思議な光景に遭遇した。

 周りが基本的に遊牧民族式の建物の中、1つだけある木造建築に人が並んでいる。それは少なくとも、村という単位の場所ではかなり珍しい光景だった。

 

「先ずは村長に挨拶……といきたかったが、あれが気になるか」

「はい、王都の方でも、滅多に見ないので」

 

 別にそういう匂いもしないし、美味しい屋台ということはなさそうだ。寧ろ食事とはほど遠い、香とかそういう匂いがする。となれば、聞きたくなるのは人の性というもの。

 

「アレはな、『先見の巫女』って奴が住んでる家だよ。これから起こることを夢に見て、俺たちに伝えてくれるんだ」

「へぇ、それはまた。なんというか……すごい人ですね」

「……ああ。ここ数年、何度も助けられたんだ」

 

 そう紹介してくれるアウルさんの顔には、どこか陰が見えた。

 気にはなるけど、外様はそんなデリケートな部分には触れないが吉だ。波風を立てない、それも旅人として大切なことだ。

 

「見ての通り今日は会えないだろうから、もし話したいとか思うんなら明日にしときな」

「そうしておきます」

 

 この胸に引っかかるような何かも、明日会えればわかるだろう。

 依頼もしなくちゃいけないし、案外明日は忙しくなりそうだ。

 

「なら、早く村長に挨拶してこないとな。あのジジイ、陽が傾くとボケ始めちまってな」

「なら急がないとですね」

 

 村というのは基本的に、外からのモノに排他的である。

 旅人や移住者なんかは、あまり良くない立場に置かれることが多い。だからこそ、機会があるならそこの長に挨拶しておくべき。そんな注意をふと思い出した。

 

「安心しろ、本当は大したもてなしもできない村だが、今日は宴だ」

「鹿も鳥も、無駄にデカかったですからね」

 

 まあ、そんなこんなで。

 村長に挨拶をした時『嫁を連れてきた』と勘違いされるハプニングはあったものの、特に拒否されることもなく私は受け入れられた。

 そういえば、宴会の時に嫁に来いって凄い言われたけど何故だろうか。精々獲物の解体と料理くらいしかやってないのだけど。

 

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