銀灰の神楽   作:銀鈴

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本日2話目の投稿となります


墜星・八岐、或いはアルディート・ガラント

 墜星・八岐ことアルディート・ガラントが光に消えたその瞬間。世界で無数の動きが連鎖した。

 

 

「逝った、のね。あの人は」

 

 どことも知れぬクリフォトの上空。黒金入り混じる不思議な頭髪の、しかし八岐と似た古めかしい装備を纏った女性が呟いた。墜星として共通する、屍人ような白い肌に枯れた身体。古めかしいクリフォト結晶で継ぎ接ぎされた装備を見に纏い、炎翼を羽撃かせる彼女こそ、墜星・金烏と呼ばれる存在だった。

 白目が黒に、黒目が金に変わったその目で見つめる先は雲の上。いつかまた、相見えることもあるだろうが……それでも死と別離は何度経験してもなれる感情ではない。もはや涙すら流せぬ身体でも、いつしか生きていた頃のように、空を見上げて心の雨に耐えていた。

 

 

「逝ったんですね……貴方は」

 

 人間界、旧セントシュタイン王国王城。荒れ果ててはいるが、現状唯一人間界で残っている王都の中。忘れ去られた玉座に座った人影が、空を見上げながら言葉を溢した。

 白目が黒に、黒目が蒼に変色した青年姿の墜星は、己の聖剣を杖代わりに立ち上がる。そして深々と、魔界の方向に向けて頭を下げた。

 

「お疲れ様でした、ギルドマスター。またいつか」

 

 墜星・勇者と呼ばれる墜星は、███・███████はまだ動かない。動けない。かつて召喚され、送還され、再びこの世界に降り立ったこの地こそが、彼が守るべき場所なのだから。

 

「僕も、いつかそちらに参ります」

 

 頭を上げた後、勇者の瞳に映るのはかつての栄華の欠片も残さぬ滅びた街。道は砕け、民家は崩れ、王城も半壊し、市壁も致命的な亀裂が多々見られる。しかしそれ以上に特徴的なのは、この街のありとあらゆる場所に剣が刺さっていること。そして、幽霊(レイス)と化した当時の住民が、英雄が、子供が、小さな動物が、さも当然のように日常を謳歌していること。

 正しくここは死者の国。剣と魔剣と動物たちの、小さな生ける墓場の国。嵐の壁に覆われた大陸で、誰にも邪魔されない、けれど崩壊が確約された小さな楽園。

 

 死せる勇者は、かつての記憶を眺めながら、夢見るままに待ちいたり。誰かが今の世界を終わらせるその時まで。

 

 

「……そうか、満足して逝ったか」

 

 獣人界を覆う上空のクリフォトで、玉兎が噛み締めるように言う。向けられる視線の先は魔界。天から見定める月の兎は、残された3人の墜星の中でただ1人、全ての顛末をその眼で見ていた。全ての世界に残るたった4人の敗残兵、その一角が欠けたことを悲しまないわけではない。だが、

 

「娘、か……言われてみりゃ、私の血も継いでんだよなぁ……」

 

 墜星・玉兎に、█ラ██・レ███に実の子供はいない。戦前の頃は激務の後に残った酒に溺れ、戦中は酒に溺れる暇すらなく、最後まで所謂イイ人を見つけることができなかった。それはきっと、彼女のかつての種族がカーバンクルという、希少種であったことも起因している。

 若かりし頃に希少種に成り上がり、その遺伝子を残そうと無数に組まれる欲しくもない夫との縁談。それから逃げ出し、仕事仕事仕事仕事偶に酒。そうして彼女はいつしか英雄と呼ばれるようになり、壊れていた。

 

「けど、悪いねアルディート。愛しい作品ではあるが、私ゃアレを娘とは見れないよ」

 

 しかしてそんな中、尋ねてきた子供が1人。今では老い、公爵となったかつての少年を見ながら玉兎は過去を夢想する。

 

『お前がこの国で1番強いんだってな! (オレ)と勝負しろ!』

 

 生意気、不遜、礼儀知らず。けれどその力だけは、まあ多少考慮するには値するもので。

 

『帰れよガキ、私は忙しいんだ』

 

 何度も、何度も繰り返し叩き潰しても向かってくるその姿は、いつしか自分が失った輝きそのものに感じて。戯れに、弟子を取った。

 自分の知識を、経験を、スポンジが水を吸うように吸収していく様が、いつの間にかどうにも楽しくて。獣人の象徴たる耳を人族に奪われた時、どうしようもなく人間界を壊そうとして国王に止められたような……そんな、遥かなる過去にまで思いが馳せられる。

 

「私の全てを託すのは、アイツの娘と私の作品でいい。けどよ……私の終わりは、あの馬鹿弟子以外にありえねぇ」

 

 だからこそ、弟子が綺麗な娘と婚約したときには複雑な気分ながら祝ったし、その後当時は獣人に化けていたアイツを連れてきたときには驚いた。その後、アイツらや弟子が子供を身罷った時には全霊を尽くしたし、多少の波乱こそアレ幸せな時期だった。悪魔さえ現れなければ。

 悪魔。ゴミ屑(あくま)███(あくま)。異次元からの侵略者。前触れ間なく世界に現れ、周辺異世界ごと全てを滅ぼした最悪の異世界生物。当時の自分たちが最善手を選び続け、全てを犠牲に封印した最低の生命体。

 けれどその封印も、たったの6年しか保たなかった。そして更に、八岐が逝ったことでその期限はさらに短くなる。世界各地の悪魔の残党どもが、クリフォトを攻撃するのを止められない。

 

「やめだやめ。私ゃ似合わねえ。けど、やっぱり湿っぽくなるな……仲間が、死ぬってのは」

 

 はぁと大きくため息を吐きながら、玉兎が虚空から取り出した煙管を加える。微小だが火の精霊が独りでにそれに火をつけ、ゆらゆらと紫煙が昇り始める。

 

「最悪、また会うことになるだろうが……持ってけ。秘蔵の酒だ」

 

 そう言いつつ、玉兎が近場の枝に向けて手持ちのスキットルをひっくり返す。途端に立ち込める濃密な酒精の香りに包まれながら、玉兎は視線を下に落とした。

 視線の先には、馬鹿弟子夫妻とその屋敷。もうそろそろ50代に差し掛かる、初老と言ってもおかしくない獅子の獣人と黒猫の獣人。どちらの髪にも白髪が混じり始めており、同時に消えない傷を2人揃って負っていた。馬鹿弟子は利き腕を、嫁は体内の魔力回路を。共に再生のしようがないほど破損している。

 

「さて、私も動くとしますか」

 

 日はまだ高く、本来なら夜にでも動くべきだが仕方がない。そう考えながら馬鹿弟子……リュート・カンザキとレーナ・カンザキ公爵夫妻が執務を行なっている部屋の中に、墜星・玉兎は自身の幻影を投射した。

 

「よっ、馬鹿弟子」

「師匠……巫山戯ないで下さい。執務中です、やめて下さいよ」

 

 走らせていたペンの動きを止め、フランクに話しかけきた墜星をク███・█イ██と認識しながらリュート公爵は悪態をついた。

 

「どうしたんです? お酒でも切れました?」

「それとも煙草です?」

「違えよ。今回ばかりは、真面目な話だ」

 

 瞬間、流れていた空気が切り替わる。どちらかと言えば和気藹々としていたものから、緊張感に満ちた張り詰めた空気へ。

 

「何か、あったんですか?」

「ああ。八岐が、逝ったよ。アイツの娘に全てを託して」

「そう、でしたか……あの人が」

 

 玉兎の言葉に、リュートはゆっくりと頷き肩を下ろした。安心したため息も吐いて、その年老いた身体を深く椅子に沈める。

 

「なら、僕たちが続けきてきたことは、無駄にはならなそうですね」

「だろうぜ? 間違いなくアイツらは、もう一度獣人界に来ざるを得ない。そん時には、個人としては暖かく迎えてやればいいんじゃねえか?」

「そうね……脚を斬られたって聞きましたし、私たち個人としてはそうしましょうか」

 

 笑顔でレーナはそう言うが、言葉とは違ってその表情は一切笑っていなかった。墜星の計画を、2人は知っているから。そしてその計画通りなら次は、目の前にいる師匠が動く番であるから。

 

「時間は、どれくらい残ってるんです?」

「そうだな……八岐が最後に推測した時間では3ヶ月、私が予測すんのは80日くらいか? それくらいでクリフォトは落ちるだろうぜ?」

「厳しいですね……アヒムにも協力してもらってるとは言え、あとどれだけ腐った塵を失脚させられるか」

 

 当時の軍人が、義勇兵扱いだった冒険者が、死力を振り絞り戦争をしている間に、自らの私腹を肥やすために国を壊した蛆虫ども。所謂典型的な悪徳貴族がのさばる獣人界は、かつての時代を生きた人間からすれば最早見れたものではない。

 それはアヤメが受けてきた仕打ちを見れば、一目瞭然だろう。そのままの姿では物を買うのとすらできず、外を歩けば石を投げられ、住う家には無数の落書き。幸いにも家が特殊なお陰でことは大きくならなかったが、放火や身勝手な取り壊し、攻撃魔法やあまつさえ魔剣での攻撃までもが罷り通っていた。

 かつての「義と仲間を重んじる」とされた獣人からはかけ離れた、腐りに腐った獣畜生。幸いにも女王や極一部の戦争帰りの貴族によって国としての体裁は保たれているが、それも限界が見えていた。故に始めた粛清行為。組織の自浄作用が働かない以上、自ら動くしかないと斬り、斬り、斬り、斬り、いつまで経っても終わらない。

 

「それに、師匠との決着もつけなきゃですもんね」

「私を終わらせるのは、お前たち以外にいやしねぇからな。墜星を全て斃さなきゃ何も始まらねぇ以上、そうするしか方法ない」

 

 英雄戦争から6年。全てが崩壊したあの時から世界は腐り落ち、ほんの少しだけマシにはなった。けれどもう、取り返しようがない世界に疲れていた。誰も彼もが疲れていた。

 

「早ければ1週間。遅くても一月程度で、アイツ……アヤメ・キリノは帰ってくるだろうよ。魔界そのものと一緒にな」

「ああ、今は確かユ=グ=エッダで行動してるんでしたっけ? 僕が生きている間に、あの魔界と国交が再開……感慨深いものです」

「そん時が最後の時だ。楽しみにしてるぜ?」

 

 けらけらと笑う玉兎に、変わらないと笑うリュート。そんな2人を見て微笑むレーナ。失われた筈のかつての日常が、そこには未だあり続けていた。

 

「さて、んじゃまあ、私ゃそろそろ行くぜ。あまりサボって、悪魔どもにクリフォトを壊されたらたまんねぇ」

「そうですか。でもまた今度、夜にでもいらしてくださいね師匠。久し振りに飲みましょう」

「お、いいぜ。どぎつい秘蔵の一本持ってきてやる」

「師匠と戦う前に、肝臓やられてお釈迦になるのは困るなぁ……」

 

 変わらない変わらない過去の日常。過去に目を向けた、ある意味停滞しているとも言える空間。けれどそれはどこまでも懐かしくて、心地よいもので。

 

「あ、そうそう。帰る前に1つ言っておくが、アイツ彼氏が出来たぞ。確かお前んとこの息子、狙ってたよな。伝えておいた方がいいと思うぜ?」

「え? は? 師匠!? ちょっと待ってくださいよ師匠!!?」

 

 最後にそんな特大の爆弾を置いていくことも、昔と同じで変わらない。そんな懐かしさがこみ上げてくる過去に想いを馳せる。

 

「楽しみですね、リュートさん」

「そうだねレーナ。イオリさんに頼まれてる以上、どんな相手か見極めないと」

 

 それでも未来に目を向けることは忘れずに、時間は流れていった。公爵としての仕事、及び粛清を是とする改革派として、休める時間なんてものはないのだから。

 

 チクタクチクタク、時計の針は時間を刻む。

 逃れ得ぬ終末が訪れるその時まで。




アヤメ 残り98日
アイン 残り98日

と、言うわけで【2章 逃亡の魔界】編は完結でございます。
次の【3章 加速する運命】編まで、また今度!
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