銀灰の神楽   作:銀鈴

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叢雲は晴れ、しかして暗雲は立ち込める【02】

 一通り予定していた作業を済ませ、特筆すべき異常も変異もないことを確認した後。既に貴重品と化していた生鮮食品の代わりに、雑にレーションで昼ご飯を済まし私達は動き始めた。リィンは会議へ。そして私達は現在地である中央2番艦アスガルドから、墜落・不時着した1番艦アルフレイムへ。

 取り敢えず今日は現場の人と顔合わせをしつつ、方針のすり合わせを──なんて考えていた矢先だった。箒で地表へ降りる中、見えてきた地表の光景に私は言葉を奪われた。

 

「これは……凄まじいな」

「そうですね……図面は貰ってましたけど、まさかこんな風になってるなんて」

 

 目の前に広がっているのは、50m×50m×50mのブロックに()()()()分解され、破損部分が続々と取り外されている船の姿。流石に外縁部は船の形をしている為か別のようだが、それでも子供が作ったブロック玩具を解体する様な光景は……数キロの建造物をそうやって分解していく光景は、現実感をどこかへ置き去りにしていた。

 そんな非現実感を加速させているのは、上空まで伸びる光魔法による淡く輝く結界と、空に掛かる丸虹から覗く青空の光。そしてその範囲外で蠢く、アナリューゼさんの操る蟻の機体が織りなす群れ。押し寄せ悪魔の軍勢を蟻の軍勢が処理し続けるその光景は、この紙一重でこの安全が保たれていることの証明だ。

 

「急ぎましょうか」

「肯定する。このままでは限界が見えている」

 

 そうして到着した現場。ここを取り仕切っていたのは、アナリューゼ(Analyse)7587番、ナコハナと名乗ってくれた緑髪緑目の女性だった。当然のように姿形は私達の知るアナリューゼさんそのもので、しかし性格はまるで別人のそれだった。

 指示されたのは、当初の予定通り外装部分の修復。つまり空を飛ぶのに必要な仮想海展開魔法陣に関する全てを、任されることになっていた。『必要な技量と知識が十二分にあるのは分かっているので、そっちの裁量でやってくれ』とのことだが……

 

「これ、程のいい厄介払いですね」

「同意する。だが同時に、合理的な判断であるとも認識する」

 

 案内された場所は船首側のほぼ人がいない場所。戦闘の傷はそこまで酷くないが、見下ろすそこは散々たる状態だった。浮遊のための魔法陣が刻まれている装甲板はその全てが経年劣化でボロボロ、真新しい物など1つもない。そんな状況で不時着を強行したせいか、魔力のオーバーロードで破裂しているものまである。ほぼ砂のような地質とはいえ、これでは直接接地した船底の状態も推して知るべしだろう。

 

「私もアインも、未来から戻って即行動したせいで、どう見ても得体の知れない存在ですからね」

「だがそれでも、あんな未来になることは避けることが出来た。それだけは、良かったことだと断定できる」

 

 話しながら、義耳に搭載されているレーダー術式と自前の鑑定系のスキルを合わせて船体の状況を測定する。

 船体構成ブロック数……貰った図面通り。各種動力の循環経路……装甲板に接続する回路以外は軽微。装甲板は……無事なものはない。修復より新造の方が早そうだ。そして肝心の船底部分は、ハッキリ言って全滅だ。船体ブロックはぐしゃぐしゃに潰れているし装甲板も同じ。自重に耐え切れず潰れたと見える。

 

「その分、やるべきことを考えなきゃ……いえ、やるべきことを考えられるようになりましたからね」

「それも当方達であれば、乗り越えて行けると信じている」

 

 そう自信を持って言い切れるアインが隣にいてくれること。それが私にとっては一番嬉しいことなのはまだ秘密だ。

 それはそれとして、船首部分の解析と分析は完了した。これなら多分、船底部分以外は直せるだろう。第1オーダーはまず船を再び空へ浮かべることなので、そこは誰かに丸投げすればいいし。

 

「ところで、当方は何をすればいい。アヤメほど器用でない以上、船体の修復には時間がかかってしまうが」

「んー……そうですね。アインって、魔法で精密動作を行う場合どれくらいの範囲まで使えます? 使う魔法は氷魔法の《フリーズ》で、船の装甲板の表面だけを凍てつかせる前提で。あ、当然魔剣の補助はナシですよ」

「認識した。その条件であれば、30m四方が平均値であると試算する。集中すれば恐らく50m四方までは拡大が可能だ」

「それくらいですか。ならちょっと待って下さい、今アイン専用の術式を組んじゃうので」

 

 思っていたよりも小さな範囲だったけれど、魔剣の加護がなければそんなものだ。私は130m四方までは手慰みに、真面目にやれば150m四方までは余裕だけど、その分アインに力や精神力・物理的な守りの力も劣っているし。

 なんてことを考えつつ、自分用に作っていた術式をダウングレード。アインの魔力で動かしやすいように、癖と質を考えつつチューニングを施す。専用武器ならぬ専用魔法、自分用以外に初めて作ったかもしれない。

 

「この魔法使って、アインには船の装甲板を全部剥がして行って欲しいです。お願いしてもいいですか?」

「認識した。現在当方達がいる面だけで問題ないか?」

「はい、流石に私とアインの魔力が保ちませんから」

 

 完成した魔法の魔法陣を渡しながら、自分用の魔法陣も出力。装甲板の落下地点に人がいないことを確認し、魔法を起動した。設計した通り、バラバラと剥がれ落ちていく効果範囲内の装甲板。この範囲内で私の修理が必要な箇所は124箇所。魔法で一括処理が出来るほど壊れ方が統一されている筈もなく、修理は完全手作業である。

 

「さて、お仕事始めましょうか」

「うむ。夜になるまでには終わらせよう」

 

 コツンと拳を合わせ、どう足掻いても1日では終わらないことを実感しつつ修復に取り掛かった。後でしっかりと給料は請求することを考えながら。

 

 

 そうして作業を続けること数時間。既に日は沈み、浄化系魔法の輝きだけが世界を照らす中。ようやく私達の仕事は終わりを告げたのだった。

 

「あとは一気に装甲板を貼り付けれ、ば!」

 

 ぐんと身体から魔力が抜ける感覚。血の気が引いて倒れそうになる疲労感とともに、一括で作成した装甲板が独りでに取り付けられてゆく。真新しい鋼の輝きはすぐに艦と一体化し、動力炉からの魔力供給を受けて魔法の発動待機状態へ入った。

 

「危ないぞ」

「ッ──ありがとうございます、アイン」

 

 うっかり腰掛けた箒から落ちそうになった所を、後ろからアインが支えてくれた。そのことに感謝しつつ、今日の私達とユ=グ=エッダの職人さん達が成し遂げた仕事の成果を見る。

 私たちが担当したのは船首方向から船尾に向けての凡そ500m。職人さん達が担当したのが、最も損傷の激しかった船尾から中央部にかけての部分。なんだかんだで信頼関係を築きつつ、中央1番艦アルフヘイムは右舷左舷両方合わせ、船底を除いてではあるが修復が完了した。

 

「乗るか?」

「そうですね……お願いします」

 

 自力での飛行すら難しい、急性魔力欠乏性の不調。それに耐えかねアインの箒に乗り移りつつ、アインの肩に頭を預けた。久し振りに感じるこの症状は、いつになっても慣れないしキツイものがある。

 いそいそとアルフレイムに乗り込みながら、こちらに手を振ってくれる職人さんに手を振り返すくらいが関の山だ。完全に自分の限界を見誤っていた。最近魔剣に頼った戦闘ばかりしていた弊害が、ここに来て如実に現れてしまっていた。

 

「着いたが、歩けるか?」

「正直、まだ少し座ってたいですね……」

「認識した」

 

 そんなことを考えている間に、アインの箒もアルフレイムに到達。食糧生産区らしく青々と生い茂った大樹の下に、並んで私達は座り込んだ。これでも一応昔から訓練だけは重ねてきた身、5分もあれば無理矢理歩けるようにはなるけれど……その前に、一大イベントはやってきた。

 

《魔王国第3首都ユ=グ=エッダ、中央1番艦アルフレイムのシステムが復旧しました》

《船体損耗率28%、小破判定》

《仮想海航行術式再展開》

《光学迷彩術式再展開》

《重力制御術式再展開》

《運行プログラムを再起動します》

 

 アナウンスと共に、全身に伝わる重低音と振動。重量物を反重力や風や磁力などの『力で以って空へ飛ばす』のではなく『船の周囲の空間を海と再定義することで空に浮かべる』という、超高度複合魔法が展開されていく。

 

《アルフレイム、浮上開始》

《搭乗員の皆様は、何か近くの物に掴まって下さい》

 

 発生する浮遊感に、艦の周りに発生する白波や飛沫。それが本来有り得ない重量物の擬似的な飛行を成立させながら、ゆっくりと艦が本来の居場所へ昇って行く。ママの世界にあったという垂直離陸式の戦闘機のように並行に、けれど確かに着実に空へ向かって。

 

《アルフレイム、所定高度へ向け上昇中》

《他艦から複数の信号を確認》

《運行システムの連結を開始します》

 

 そうして高度が上がって行くにつれて、段々とか細く消えて行く浄化系魔法の輝き。空に浮かぶ丸虹が弱々しく照らすこの場所は、段々と暗闇に包まれていく。

 

「星空でも、見えれば良かったんですけどね」

 

 思わずそう呟いた先、天には子供の時のような空はない。天を覆い生い茂ったクリフォトの枝葉。それに乱反射して星の光は消え、大きな月の輝きだけが存在する、淡く光る夜空。

 

「当方は、星空をどんなものか知らない。だがアヤメがそう言うのであれば、きっと綺麗なものなのだろうな」

「ええ。何分私も見たのが随分と昔なので、思い出に補正されてるかもしれませんけど」

 

 それでもきっと、この乱反射した月しかない夜空よりは、ずっとずっと綺麗だった。そうして今度プラネタリウムを描く魔法でも作ろうかと、アインと手を重ね何気なく夜空を見上げていた時のことだった。

 ドクンと、心臓が脈打つような感覚がした──気がした。次の瞬間には何も変わらないそれまでの空気が満ちており、周囲にも私にも、そして私を見つめる視線にも一切の変化はない。今の私の体調的に、無視することはできない感覚だったのだが……

 

「む、こんな場所におったのか2人とも。探したぞ」

 

 明かりとして光球を幾つか浮かべたリィンさんが現れたことで、そんな感覚はムードと同時に霧散した。まだ包帯は巻かれているけれど、尾の銀鱗に反射する光が眩しい光景に、そういえばリィンさんは龍人として光属性だったことを思い出す。

 

「どうしてこんな、正道から外れた……もしや、余は邪魔をしたか?」

 

 どことなく、リィンさんに違和感があるような気がする。けれど同時に普段通りのような気もするという、よくわからない感覚。そんな直感に従って警戒していると……リィンさんは頬を赤く染めながら、そんなことを宣った。

 

「以前にも言った通り、当方の生殖機能は機能していない。恐らく棒としては機能するであろうが……」

「私だってお腹をぶち抜かれて以来、生理すら来てないですし……そこは恋人関係になっても変わらないですよ」

 

 そこら辺は特に、お互いの認識は変わっていないようだった。というかリィンさんには、少し前に同じ説明をしたような気がするのだが。

 

「むぅ、折角恋人同士になったのだから、変化を期待しても良いではないか」

「もし本当だったとしたら、相当悪趣味ですよリィン」

「すまぬすまぬ。付いてきてくれ」

 

 そう言って、リィンさんが先導して歩き始めた。鬱蒼とした森の中を迷いなく進んでいくのは、ここ数日ずっとイリスさんの居場所へ通っていたからか。だがこの場所がどこかもわからない以上、案内してくれるのはありがたかった。

 

「アヤメ、もう歩けるか?」

「ええ、ゆっくり休ませてもらいましたから」

 

 回復した魔力は、体感で全体の2割程度まで。なんとも心許ない数値だけど、アインの手を取って立ち上がる。そのまま少し手を繋いだまま歩いてみるけど異常はなし、これなら普通に歩けそうだ。

 

「この道を真っ直ぐ進めば、2番艦へ続く筒路へ出るぞ。先に2番艦に向かってくれ」

 

 そうして歩くこと数分。鬱蒼と生い茂った緑を抜け、ようやく明かりが見える道に辿り着くことが出来た。そこの道に出る直前、リィンさんがそんなことを言う。

 

「リィンは来ないんですか?」

「うむ。戻る前に、イリスに挨拶して来ようと思ってな」

「認識した。であれば、当方達だけで先に行こう」

「そうですね」

 

 この船が浮上してからどうなったのか分からない以上、リィンさんが言っていることは理解出来る。……やっぱり何処か不自然な気配がするけど、何もされていない以上気のせいだろう。なんて、思って歩き出した数秒後。

 

「む、漸く見つけたぞアヤメにアイン。少々用向きがあってな、遅い時間で済まぬが少し時間をもらって良いか?」

「え……?」

 

 目の前からリィンさんが現れた。何かのドッキリと言うわけでも、悪戯ということでもなく。困惑する私たちと同様、頭上に?マークが浮かんでいた。

 

「当方達は、たった今リィンと別れたばかりだと、証言する」

「余は漸く2人を見つけることが出来たばかりなのだが……」

 

 確かめるように振り返ったアインに頷きを返す、けど……さっきまで私たちが話し歩いていた"誰か"は一体誰だったのか。そんな疑問が浮かび上がってくる。

 

「……仮に偽リィンとしますが。私達と別れた直後、この道を真っ直ぐイリスさんに会いに行くって」

「それもおかしいぞ? イリスの生命維持ポッドは、現在2番艦に移設されておる」

 

 だったら、尚更おかしな話になる。その情報はリィンさんであれば、この通り知っていて当然の物だ。ならばそれを知らずに会いに行くなどと言ったリィンさんは、便宜上偽と呼んだが間違いなく偽物だ。

 

「リィンは当方達に用があるとのことだったが……偽物の行き先及び、目的の確認を優先しても良いだろうか」

「うむ。余も余自身の偽物が動き回っているとなると、気味が悪い以上に安心して過ごせぬ」

 

 満場一致でそう決まり、リィンさんも含めて1時間捜索したが、偽リィンさんの痕跡は一切なし。不気味さと艦内の警戒レベルの上昇という結果だけを残して、捜査を切り上げることになったのだった。

 




アヤメ 残り97日
アイン 残り97日
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