銀灰の神楽   作:銀鈴

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叢雲は晴れ、しかして暗雲は立ち込める【03】

 私達の見た幻覚かそれとも誰かの悪戯か。偽リィンさん騒動こそあれ、本来私達が呼ばれた目的を果たさないという事は出来ない。

 

「今日1日でアルフレイムを修復した功労者を、休む暇もなく呼び出して済まない」

 

 ということで、私達はユ=グ=エッダ右舷2番艦ニダリヴェル──その最下部にある魔導研究所に来ていた。

 頭を下げているのは、艦長であるタツミヤさん。明らかに危険人物であるラプティスさんの姿はなく、アナリューゼさんは分体で不自然な動きをしないか私達を監視していた。

 

「頭を上げてください。こんな時に呼び出すなんて、きっと重大な要件でしょうから」

「アヤメよ……それでは煽りにしかなっていないぞ?」

「えっ」

 

 リィンさんの呆れたような声にそちらを向けば、アインも同じような顔をして頷いていた。予想をそのまま言っただけだったのだが……やっぱりこういう交渉ごとは、アインかリィンに任せて出しゃばらない方がいいらしい。

 

「ゴホン。改めて、まずは感謝を。アヤメさんがいなければ、間違いなくこんなに早いアルフレイムの修復は成らなかった」

「いえ、私達が外敵を呼び込んだようなものなので、これくらいは」

「それで、当方達を呼び出した理由とはなんだろうか?」

 

 私の言葉に被せるようにして、そして私の前に割り込んでアインが問い掛けた。おまけにリィンさんにまで手を引かれて静止されている。本当に私は、何も喋らない方がいいらしい。

 

「それについてだが、まずは今のユ=グ=エッダの状態をあなた達はどの程度知っていますか?」

「アルフレイムの修復は行なったが、当方はそれ以外の情報はあまり得ていない」

「余も似たようなものだ。起きてからは、お飾りの王として会議に参加しておったのみだからな」

 

 アインが確かめるように私を見るので、その通りだと頷いておく。知っていることと言えば、食糧事情が悪い方向に傾いていて生鮮食品が貴重になっていることくらいだろうか。

 

「なら、そうだね。簡潔に説明すれば、このままだとユ=グ=エッダは1週間程度で機能不全に陥る」

「何故だ? 余が見てきた限り、お前様たちが戦闘を行った艦は修復済み。余たちが戦っていたアルフレイムも、空に浮かぶまでは修復されているが」

「でもそれだけだ」

 

 リィンさんの疑問に、間髪入れずにタツミヤさんが答える。

 

「海棲生物の養殖区だった最下部は全滅し、表層の植物生産区画は大打撃を受けている。同時に中層の牧畜区画にも深刻なダメージを受けている部分が多い。そんな状態では、都市1つの食事を賄うことができない」

 

 そんな言葉に合わせアナリューゼさんが表示するのは、現在のアルフレイムの被害状況を示した立体映像(ホログラム)。それは大部分が被害甚大を示す赤色に染まり、表示されている稼働率は21%と心許ないものだった。

 赤く染まっている部分から逆算するに、普段の稼働率は80%程だろう。その生産量が1/4……しかも一部の食材が全滅しているというのであれば、残り1週間というタイムリミットもかなり頑張った結果ではないだろうか。

 

「そうですね。この被害状況だと、備蓄にもよるでしょうけど保って1週間……その見立ては、妥当な数値だと思います」

「認識した。だが、そのことと当方たちが呼び出されたことの2点がどうして繋がる?」

 

 確かに私もアインも多少の備蓄はあるし、魔法で食糧の生産も肉や魚以外ならできる。けどその術式は魔法大全にも載っている物だし、意味があるように思えない。

 

「現状ユ=グ=エッダには、その損傷を修復するための資源が無くてね。現在位置からだと、支援が出来る余裕がある街までは時間がかかり過ぎる。それに魔界の現状が滅亡寸前な以上、支援自体断られる可能性が高い」

 

 そこまで言って、タツミヤさんが私と目を合わせてきた。……成る程、大体何が狙いなのか。どうして私たちを呼び出したかの見当がついた。話していいかリィンさんに目線で確認すれば、縦に首が振られたのでそのまま口を開く。

 

「でも獣人界に向かうなら間に合う。若しくはその可能性がある。そして衰退はしつつも繁栄している獣人界なら、修復に必要な資源を購入でき、期間的に食糧も十分に確保できるから暴動が起きることもない。そういうことですか?」

「相変わらず、理解が早くて助かるよ」

 

 そういう話であれば、私とアインを呼び出した理由も見えてくる。この場にいる人物の中で、私達だけが持つ特徴。それを踏まえれば、答えは決まったようなものだ。

 

「つまり当方たちに、獣人界との橋渡しをさせる。そう認識して問題はないか?」

「端的に言えばそうなる。本当なら元々国交を回復させる為の伝手があったけど、何故か使えなくなっていてね。申し訳ないけど、君たちの伝手……或いはコネでも何でもいい。向こうとの接触に利用させて欲しい」

 

 頭を下げて言われたのは、そんな予想通りの答え。だけど1つの街の長が、艦長が、頭を下げてお願いしているのだから、頭ごなしに拒否する事だけは出来なくなってしまった。

 それ以前に、色々と好意でこの船に居させてもらっている以上断れない話でもある。感情と理屈と体面と、その全てから外掘りを埋められていた。

 

「残念ながら当方にそのような縁はない。当方は目覚めてからアヤメと出会った1ヶ月程前まで奴隷の身だった。表立って接触できる相手でもない以上、当方には伝手の提供は不可能だ」

「獣人界では、まだあんな悪習が罷り通っていると?」

「3種類ある中で、1つ目が最下層の労働力。2つ目が軽犯罪者で労働力。3つ目が重犯罪者で労働力。半分雇用体系と懲役みたいなものです。……どれにも属さない、違法業者が大半を占めていますが」

 

 鋭い目に変わったタツミヤさんに慌てて注釈を入れる。私自身人攫いに狙われていた以上、嫌悪感はあるけど成り立ちから使う術式等は学んでいる。真っ向から業者を叩き潰すために。

 

「異世界式じゃなくて、そういう形態ならまあ……僕は何も言えないか」

 

 その説明で、タツミヤさんは納得してくれたらしい。一応アヤ・ティアードロップとしてだが、事業を行う資格を取得していたことが役に立った。

 

「アヤメさんも駄目そうかい?」

「そうですね。この街ではそこまで気にする人はいませんけど、私は大罪人の娘です。大陸全土に渡って指名手配されている賞金首ですから」

 

 言いつつ、首を縦に振る。実際にアヤメ・キリノとしては、私は一切の伝手を持っていない。アヤ・ティアードロップとしては何個か思い付くが……確か、(アヤ)はあの戦いで死んだことになっていた筈だ。

 死者の力は借りることが出来ない。お義母さんと過ごすために王都から出ることも稀だった以上、私にも使える伝手はない。……たった1つを除いて。

 

「ですがもし、私に伝手があるとして。とっておきのそれを使って、私に……私達に何かメリットはありますか?」

 

 私の持ち物には、旅に出るときリュートさんから受け取った荷物がある。それは即ち、公爵家から直接依頼された『魔剣を回収しろ』という依頼書、それを証明する公爵家の紋章が刻まれたメダリオン、行方不明の魔剣の在り処を示した3本の巻物に他ならない。

 それはアヤ・ティアードロップとして受け取った物だけど、リュートさん達はアヤメ=アヤの図式を知っている。そして少なくとも、私が生死不明であることは伝わっている筈だ。だからきっと、私から連絡をすれば話だけは聞いてくれる。

 

 可能性に可能性を重ねるような希望的観測が強い話だけど、公爵という国の上層部への直通ルートだ。ダメ元でも試して見るには十分すぎる価値であり、けれどそうすることで私達が得るメリットがない話でもある。

 

「繋がる相手次第ですけど、取り敢えず魔界に住む者としての身分と住所を保証しましょう。英雄の娘アヤメ・キリノではなく、記憶喪失のライカンスロープであるアイリス・エターナルとして身分です。必要でしょう?」

「そうですね。後は私は、船の工賃を払って貰えれば他に要求は無いです。ああ、入院費とか治療費とかは引いてもらって構いません。どうせ断れない類の話ですから」

 

 確かに提案されたものは、残り数ヶ月とは言え生きていくには必要な物だ。命令に等しいお願いなのだから、本来ならもっと報酬を確保したいところだ。けれど無理にせびって、ここで関係を悪化させてもデメリットしかない。

 チラリとリィンさんの方を確認しても、何の反応もなし。今回は特に失言をしていなかったことが確認できた。だったらもう、この札は切っちゃっていいだろう。

 

「肝心の伝手ですが、リュート公爵との物です。個人的に親しく……というよりは、半分育ての親みたいなものですから。多分屋敷まで行ければ、話だけならば出来るかと」

 

 言いながら、しまい込んだまま随分と経ったメダリオンを取り出した。偽造したら確か死罪になる紋章入りのこれならば、関係性の証明にもなるだろう。少なくとも、相当親しくしていたことの証明には。

 

「なるほど、確かに。支援を得られるかについては、僕たちの問題ということだね」

「流石にそこまでの保証はしかねます。内容にもよりますから」

 

 獣人界だって年々衰退しているのは間違いないのだ。魔界よりは圧倒的に余裕があるとは言え、かつて程資源が充実しているかと言われれば否だろう。

 

「分かった。そんな相手と交渉できるなら、それくらいの条件は飲もう。むしろ足りないくらいだ。もう少しくらいなら、要望を聞けるけれど」

「さっきも言った通り、私には特にありません。強いて言ったとしても、いつか手を貸して欲しい時に協力して欲しいとしか」

 

 確か貸し1つ、というのだったか。こういうのは。残り3ヶ月くらいの世界の寿命と私の命、不自然なまでに数字が揃っている以上、私はまた何かに巻き込まれる。そんなことはっても信じてもらえないだろうから、いつか力添えをして欲しいという曖昧な表現しか出来なかった。

 

「アインかリィンは何かありますか?」

「当方にも特に存在しない。緊急時を除いて、アヤメと過ごせれば満足だ」

 

 念のため2人にも聞いてみたけれど、アインはそんな嬉しいが恥ずかしいことを言ってくれただけだった。実際お金は稼げばいいし、宿に泊まれるうえ終の住処にする訳でもないので家は要らない。服や装備は自作すればいい。食についてはそれを解決するため獣人界に行く以上、欲することが論外だ。

 

「余は、余が死して消え去った後でも、あの花畑を残しておいて欲しい。その程度であろうか?」

「アヤメさんの方はともかく、リィン陛下の方は厳しいけれど魔王からの命令として受諾しよう」

 

 そうして一先ず問題が起きることもなく、呼び出しから始まった話し合いは終わりを迎えたのだった。

 

 

 後の話は私とアインには関係のない(まつりごと)の分野が絡む話のみ。リィンさんはまだ拘束されるようだけど、立場上一般市民である私達は追い出されるようにあの場を後にしたのだった。

 ……疲労と助けを求める目をしたリィンさんと、ほんの少しだけ敵意が弱まったアナリューゼさんの視線を受けながら。

 

「ふわぁ……」

 

 そんなことを思い返しながら帰宅した宿屋の一室。随分と長い間留守にしていた気がするけど、実際は1日か2日程度。きちんとサービスの行き届いた、綺麗な部屋が私達を出迎えてくれた。

 久し振りに魔剣を使わない魔法行使をし続けたせいで、まだ随分と身体が重い。さっさと寝て回復を図りたいところだけど、眠気を我慢して欠伸を噛み殺す。

 

「あの、アイン」

「どうかしたのか?」

「改めて、何ですけど。墜星と戦った時から、今日も色々とありがとうございました」

 

 改めて口にするのは何だか照れ臭いけれど、頭を下げて言う。世界を巻き戻すその前から。きっと私はアインがいなければ、支えてくれなければ折れてダメになっていた。親しき中にも礼儀ありとはママの故郷の言葉だったか。落ち着いて話すことのできる今だからこそ、しっかりと言葉にしておきたかった。

 

「気にすることはない。全て当方がやりたくてやったことだ。それに好きな女の子(ひと)を守りたいと、支えたいと思うのは男として当然だと思索する」

「それでも、ちゃんと伝えておきたかったんです」

 

 一瞬キョトンとした表情を浮かべたアインだったが、すぐにそんな言葉を返してくれた。そこまで思ってくれるのは嬉しい限りだし、だからこそ何かを返したいと思うのだ。

 

「それでまあ、モノは相談なんですが。今の私達って、恋人関係な訳じゃないですか」

「肯定する。夢のような話だが」

「ですので、こんなのお返しにならないと思いますが……一緒に寝ません?」

 

 お互いにそういうナニかを出来ない身体であるから、特に問題はない筈だ。ベッドも高い部屋なだけあって広いし、そもそも私の身体は小さい。アインの気持ちはともかく、本当に私がアインのことを好きなのかも判別できる。完璧なプランだと思う。

 

「……当方の、聞き間違いだろうか?」

「違いますよ。一緒に寝ませんか?って誘ってます」

 

 珍しくアインの表情が固まっていた。ツンツンと頬を数回突いても、フリーズしたように固まって動かない。どうしたものかと見つめていれば、ようやく再起動を果たしたのか顔が赤くなり始めた。

 

「迷惑ならいつも通り寝ますが……」

「迷惑では、ないと否定する。むしろ当方としては、とても有難い」

「あ、そうですか。ならそっち行きますね」

 

 武具の瞬間装着の要領で寝巻きに着替えつつ、アインの座るベッドに向かう。義足で怪我をしないよう少し苦しいけど長めの靴下を被せて、義耳も寝るには邪魔なので取り外しておく。

 ベッドに座ってまず感じたのは、私ではなく女性のものでもない匂い。アインの匂いなのは間違いなく、嫌いじゃないものだった。

 

「香水は着けてませんが、魔法で身綺麗にはしてますし臭くはない……ですよね?」

「肯定する。良い匂いだと、思われる」

「なら私たち、相性良いのかもしれませんね」

 

 そんな話をどこかで読んだような、聞いたような覚えがある。そんな記憶を思い返しつつ、アインを巻き込んでベッドに倒れ込んだ。後はそのまま、普段通り魔法を展開すれば就寝準備は完了だ。

 ここからもう少し、話したいことがあったのだけど……眠気と疲労が限界だった。まぶたを開けていられない。

 

「おやすみなさい」

 

 意識が落ちる寸前。なんとかそれだけは告げて、私の意識は夢に落ちていく。狼狽えたようなアインの姿を最後に写して。

 久々に感じる人肌の温もりに、今日はなんだか良い夢を観れる気がした。




アヤメ 残り97日
アイン 残り97日
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