銀灰の神楽   作:銀鈴

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叢雲は晴れ、しかして暗雲は立ち込める【終】

 我ながら随分と大胆なことをした翌日。

 朝目が覚めた時、私はアインに抱き枕にされていた。こう、バックハグと言うのだろうか。後ろからギュッと。とはいえ驚いたものの、特にそれが嫌だということもなく。寧ろ私の中の好きかもしれないという思いが、あの極限状況下でのみ成立したものではなく、本当に惚れていることを確認できて良かったとも思っている。

 そんなことを考えていたせいか、起き抜けにママとパパのようなことを言ってしまったがそれはそれ。挙動不審だったアインも朝ご飯を食べ終わる頃には、普段の調子に戻っていたし問題はない。という訳で。

 

「久々に、本職でもしますか」

 

 アインは1番艦アルフレイムの修復へ。リィンは未だに帰ってきていないとなると、丁度良いタイミングに思えた。

 伝手があるとは言いつつも、このアヤメ・キリノとしての姿では使えないこともまた事実。この姿のままメダリオンを使おうとしたら、間違いなく市壁か関所で止められて逮捕。即打ち首になることは容易に想像ができた。そういう部分は、未だにしっかりとしているのだから。

 

「確か王宮から、私には捕縛か抹殺命令が。アインには抹殺命令が出されたって話でしたし……」

 

 最初にリュートさんへ接触する時は、単独行動になるかもしれない。そんなことを思いながら、さっきそこら辺のお店で適当に買ってきた長めのケープと首元にファーの付いたフードを取り出した。これで耳と尻尾は隠してくれるし、家の本棚にあった小説に似たような格好をしていたキャラもいたから大丈夫だろう。

 

「後は念のため、裏地に魔法陣を刺繍して……」

 

 使うのは純ミスリルの糸。裏地に描く都合上、立体魔法陣は作れないが簡単な幻影くらいなら作り出せる。これで私の姿を、紺碧の目にミスリル色の髪から、灰色の目と赤い髪に見えるよう惑わせる。

 あくまで一般的な、凝ってない術式にするのがミソだ。少し高価な服には使われていたりする、ほんの少し見た目を整えたり変えたりする術式と全く同一術式ならば怪しまれはしない。同様に、同じ目的で使われる違和感を軽減する術式も刺繍する。こっちはお高い服とか貴族服にしか使われていないけれど、まあいいように勘違いしてくれる筈だ。

 

「これでよし。まあ、不自然ではなさそうですね」

 

 内側に着ているのは安売りのワンピース、配色は全体的に灰色と黒色しかない。年頃の乙女としてはどうかと思う格好だけど、所詮有り合わせだしこんな程度だろう。

 元冒険者としても、私個人としても、服に求めるのは耐久性と運動性。後は買い換えのしやすさか。お洒落さとか綺麗さとかは、そもそも私には似合わないのだ。アインの前か、もう出番は無いけど公的な場のドレスコードの時にしか必要ない。

 

「……このまま死蔵しておくのもアレですし、後で1回くらい着てみますかね?」

「随分と浮かれておるな、アヤメよ……アヤメか? アヤメであると信じよう。うむ」

「すみません、幻影解きますね」

 

 リィンさんに効果を発揮しなくなることを承知で、アヤ・ティアードロップの幻影を解除する。私の関係性を知っている人をここまで騙せたなら上出来だろう。

 

「なるほど、それがアヤメ獣人界で活動していた時の姿か。髪と目の色が変わるだけで、こうも違って見えるとは思わなんだぞ」

「本当ならもっと強い術式を使って、存在偽装も重ね掛けするんですけどね。元と同じ物は再現出来ないのでこのくらいに。あと、お疲れ様です」

 

 どう見ても疲労困憊といった様子に、思わずそんな声をかけた。疲労回復に効く食べ物、今の持ち物で作れるのは薬膳もどきしか無いけど。

 

「うむ。本来なら、すぐにでも眠りたいところなのだが、アヤメに伝えておかねばならぬことがあってな」

「はぁ、私にですか」

「急な話になるが、やはり拙速は尊ばれるべきだと結論されてな。明日には獣人界へ到着するそうだ」

「それはまた。随分と早いですね」

 

 もう1日くらいは、アルフレイムの修復がまだまだな以上余裕があると思っていた。となると、今日の時点でやれることは全部やっておいた方がいいらしい。

 

「余とアヤメ、アインの3人を小型艇に乗せ、まずは先触れとして向かって貰うとのことだ。余がいる以上、些か先触れよりは本隊に近いが」

「少なくとも、立場上は魔王ですもんね」

「ここまで、労働の必要な立場とは思わなかったぞ……」

 

 そこで気力が途切れたのか、電池が切れた人形のようにリィンさんがベッドに飛び込んだ。普段なら揺れている龍尾にも力がなく、本当に疲れ切っているようだ。スープくらいならと思ったけど、お昼に延期でいいかもしれない。

 

「取り敢えず《クリーン》と《リフレッシュ》の魔法は掛けておきますね」

「うむ……助かる……」

「掛け布団も掛けておきますね」

「うむ……感謝するぞ……お義姉ちゃん……」

 

 そんなことを最後に言い残し、すぐさまリィンさんは寝息を立て始めてしまった。お義姉ちゃん、お義姉ちゃんかぁ……なんというか、背筋がゾワゾワとする呼ばれ方だ。決して嫌なものじゃないけれど。

 

「それにしても、髪の毛サラサラですね……私より」

 

 魔法をかけるついでに跳ねた髪の毛を整えていると、そんな地味に悔しい結果が手からは返ってきていた。癖っ毛も枝毛もなし、手で軽く梳くだけで絡まりも解けて整えられる。手入れ入らずとは、やっぱり少し羨ましい。

 

「三つ編みにでもしたら、起きた時びっくりするでしょうかね」

 

 そんな益体もないことを考えながら、実際に行う意味もないので頭を撫でていた手を止める。しかしこうして見ると、つくづくママによく似ている。獣人界の基準だと、リィンさんの容姿は割とディスアドバンテージな気もする。

 けど、そこはきっとなんとかしてくれる筈だ。仮にも、文字通り仮でもリィンさんは魔王。タツミヤさんかアナリューゼさんのどちらかが、きちんと衣装は用意してくれるだろう。多分、分類は公務になるし。

 

「さて。アインが同行するなら、何か誤魔化す用の物を作らなきゃですね」

 

 アインは私と違って、冒険者型人造人間(エクスプローラー)として恐らく顔が周知されている。だからこう、なにか顔の印象を変えるような物……ありきたりだけど眼鏡とか?

 

「当方がどうかしたのか?」

「ちょっと色々と。お帰りなさいアイン」

 

 噂をすれば影といったところか。思ったより似合うかもと考えていると、首からタオルをかけた状態でアインが帰ってきた。汗の臭いと、焼けた空気に金属の匂い。最近、趣味の方の鍛冶出来てないなぁ……

 

「取り敢えず、今リィンが寝れたばっかりなので下で話しましょうか」

「認識した。流石に当方も、この状態で部屋に長居はしたくない」

 

 そうして、リィンさんにやったのと同じように魔法を掛けつつ階下へ。カクカクしかじかとリィンさんから聞いた内容を話し、逆にアインが何をしてきたのかを聞いていた辺りで、丁度時間がお昼時となった。

 

「ということで、急ですが明日には獣人界に行くことになったみたいです。なので、私とアインは変装しないといけないと思うんです」

「同意する。だがアヤメのことだ、既に用意はしてあるのだろう?」

「そうですね。私はこうすれば、アヤに早変わりです」

「既に、どこか懐かしいと考える」

 

 フードを被り幻影を起動して見せれば、アインの言う通り懐かしい姿に早変わりだ。アレからほとんど時間は経っていないというのに、確かにもう懐かしい。

 

「それだけ過ごした時間が濃かったですからね」

「肯定しよう。時間感覚がおかしくなる程、戦場を渡っていた」

 

 この半年にも満たない時間で、いったい私は何度死にかけたのか。数えたくもないほど、修羅場を潜ってしまっている。……よく考えれば、小さな頃はそれはそれで死に掛けていた気もするけど。

 

「当方の変装用具はどうなっている?」

「一応身体を隠せるので大きめのポンチョは確定なんですけど、どっちにするかはアインが選んでいいですよ」

 

 取り出したのは眼鏡と、顔の上半分を覆う仮面。どちらも特に特別な効果はない代物だけに、丁寧な雑さで作ることが出来た。例えどちらを選んだとしても、知る人ぞ知る冒険者型人造人間(エクスプローラー)の顔を特定することの妨げにはなる筈だ。

 

「ならば眼鏡を使わせて貰う。仮面も悪くはないが、いざと言う時の視界確保に難があると考える」

「言われてみれば。顔の輪郭は隠せても、そういう面の問題がありましたか」

 

 いけない、浮かれすぎだ。私としたことが、そんな単純な話を考えることを忘れていた。これから私達が行くのは()()だ、幾ら私の故郷であり、会いに行くのか親代わりの相手でもそこは変わらないのだ。

 

「出発前に気が付くことが出来たのだ、問題はないと疑問を否定しよう」

「そうですね。アインが言ってくれなきゃ、1人だけ帰京気分で失敗してました。ありがとうございます」

 

 行く場所は故郷。しかし実態は敵地。

 会いに行く人は育ての親。けれど立場は国の上層部。

 目的は支援の交渉。だが場合によっては敵対する。

 

 その全てが同時に成立するのだ。そして私たちの正体が露見した瞬間、全てが破綻することになる。一応魔族としての身分と経歴という保険はあるが、まあ期待はあまりしないでおいた方が賢明だろう。

 

「んむ……2人とも、姿がないと思えば下におったのか」

 

 そんなやりとりをしていると、寝惚け眼を擦りながらリィンさんが降りてきた。まだ1時間と少ししか経っていないのだけど、起こしてしまった……訳ではなさそうだ。随分とスッキリした顔をしているし。

 

「当方の推測が正しければ、リィンの睡眠時間は1時間と30分前後だ。問題はないのか?」

「うむ。元々余はあまり寝ずに済むよう設計されておるからな。魔法までかけてもらった以上、それだけ眠れば問題はない」

 

 あまり褒められたことではないが、ガッツポーズをするリィンさんを鑑定。体調を調べてみるけれど、本当に体調は問題ないらしい。

 

「それよりも、何か食べられる物はないか? 夜を徹しての会議だったせいか、随分と腹が空いていてな……」

「そう言うと思って、お味噌汁は用意してありますよ。他に何か食べたい物はあります?」

 

 一応徹夜明けということで、この前買ってスキルの中に放置していた貝類を使っている。今は貴重品だが、きっと美味しく出来ているだろう。

 

「味噌汁があるなら、どうせであれば白米と何か付け合わせが欲しいかの?」

「了解です。アインもお昼はそれでもいいです?」

「肯定する。偶には和食も悪くはない」

「じゃ、そういうことで」

 

 地味に家族のようなやりとりをしていることに、なんとも言えない満足感が湧き上がってくる。ぽかぽかと胸の中が暖かくなる。多分これが幸せなんだろうと思うけれど、こんな日常を過ごせるのも恐らく今日が最後。そのことがどうしようもなく物足りなくて、酷く悲しかった。

 

「アヤメ、少しいいか?」

 

 そんな感情は押し殺して平静を装いつつ配膳していると、アインにそんな声を掛けられた。なんだろうと思えば、アインの隣の席に座るように促され──どうして?と、聞くより早く抱き締められた。

 

「えっと、その、アイン?」

「当方の前でくらい、本音は隠さないで欲しいと願う。アヤメが今にも泣きそうな顔をしているのは、嫌だ」

「私、そんな顔してました?」

「うむ。余から見てもわかったぞ」

 

 精一杯押し殺したつもりだったのだけど、どうにも外に漏れ出てしまっていたらしい。そんな顔をした相手に配膳なんてされては、美味しい物も美味しく無くなってしまう。

 

「ふむ、目の前でイチャイチャし続けられるのは邪魔だと思っておったが、こうして見れば箸が進むのう」

 

 アインに甘えて抱き締められるがままになっていれば、何故か満足そうな笑顔を浮かべながら、とても良いペースでリィンさんはお昼を食べていた。まさかこう、物理的におかずにされるとは。

 

「いちいち気にしていたら、余が疲れるだけであるからな。開き直って楽しむことにした。故に好きなように続けてもらって構わぬ、寧ろ続けてくれるとありがたい」

「そう言われると、なんかアレですよね」

「肯定する。なんと言えば良いのか、気分ではなくなるな」

 

 作った身としては、美味しく食べて貰えたのは嬉しいことだけど……なんて考えていたおかげか、或いはアインに抱き締めて貰っていたおかげか。気が付かない間に揺らいでいた私の心も、何とか持ち直してくれたらしい。

 

「だが、どうせ明日からは激務になるのだ。開き直って楽しく過ごした方が良いと余は思うぞ?」

「それもそうですかね……」

 

 それこそ久し振りに、私用の短剣でも作ってみてもいいかもしれない。刀みたいな鍛造品を作るのは時間が足りないけど、そうでなければ一振り……いや、今なら二振りはいける。

 

「恐らくだが、アヤメは鍛冶場に籠るのだろう? 当方も同席させてもらって構わないか?」

「別にいいですよ。今回は完全に趣味ですから」

 

 リィンさんは身体を休め、私は英気を養い、アインは身体も心も休めることが出来ていたように思える。そうして獣人界で行う交渉前日の時間は、ゆっくりと流れていったのだった。

 




アヤメ 残り96日
アイン 残り96日
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