銀灰の神楽   作:銀鈴

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帰郷 交渉 ライオンハート【01】

 翌日。アナリューゼさんの分体経由で、私たちは初めてこの街に辿り着いた時と同じ格納庫へ集められた。そこで一応見送りに来たらしいタツミヤさんと最後の打ち合わせを終え、特に何かドラマや問題が起きることもなく獣人界へ向けて出発する。

 使われるのは、私たちがユ=グ=エッダに乗船した時と同じ白黒モノトーンの漁船。私たち3人と操舵手としてイトナミさん、通信役としてアナリューゼさんの分体を加えた計5人。それが交渉に向かうメンバーだった。

 

「現在地点は獣人界ー魔界の大陸間連絡橋上空。獣人界到着まで5分とイトナミは予測します。ですが烈風のビッグウェーブが来れば、クレバーに加速するでしょう」

 

 いつかラプティスさんが出撃した時の様に、滑り落ちるような発進をした私達。そのまま加速して進んで来たのだが、そんな地点まで進んできたらしい。

 

『貴女の何時もの運転をされたら、誰も耐えることができないわ。それに下手に突撃したら撃墜されるもの。控えて頂戴』

「ロマンがわかってないですねと、嘲ります。ですが了承しましょう、イトナミの愛舟を落とさせるわけにはいきません」

 

 呆れたように、ため息を吐きながらアナリューゼさんが言う。相変わらずのイトナミさんに少し安心を覚えつつも、思い返すのはユ=グ=エッダで直接向かうのではなく態々この小型艇で向かうことになった理由。

 私は全く預かり知らぬ話であったけれど、どうやら獣人界はまだ大戦中の防空システムが健在であるらしい。そのためユ=グ=エッダ本体は、獣人界には侵入しないギリギリの地点で高空待機。防空システムをすり抜けられる可能性が高く、もし引っかかっても防衛ができる小型艇が選ばれたとのこと。損切りにも丁度良さそうだと思うのは、流石に疑いが強すぎるだろうか。

 

「だが、アヤメも知らぬ防衛システムがあるとは思わなんだぞ。余にはそんなものが本当に存在するのか、正直疑わしく思えてならん」

「私もです。でも知らなかったってことは、間違いなく一般に知られる情報ではなかったのかと。それだけ大切に育てて貰ってたんだと思います。そういう物に触れないように、これ以上何かをされないように、何処にでもいる一般人として」

 

 疑いの目でアナリューゼさんを見ながら呟いたリィンさんに、唯一ある心当たりを明かした。あくまで私が知っていることは、最上位の冒険者として活動した結果知り得た話だけ。

 本来なら私が受け継ぐべき何かを、きっと私は殆ど取りこぼしてしまっている。そんなことが出来るほど私の精神に余裕がなかった、なんていうのはきっと言い訳でしかない。本当に小さな頃の私が、そんな物を受け止められなかったとしても。

 

『ところで、貴方達はまだアインスのことをアインと呼んでいるけど、本来の名前は知らないのかしら?』

 

 そんなことを考えていると、リィンの視線など物ともせずにアナリューゼさんはそんなことを聞いてきた。アインの本当の名前、確かにそれはこの命が尽きる前には知りたいことだ。だけど……

 

「これまで一緒に過ごしてきて分からなかった物が、数日でわかったら苦労しませんよ」

「肯定する。そのうち、数日は戦闘だったのだ。手掛かりもない以上、当方はあまり期待はしていない」

 

 聖剣を使った時に同調したり、アイン自身にも思えば刺激的なことは色々あった……と思う。それなのに思い出すことができていないのだから、現状名前を取り戻すことが出来る望みは薄いだろう。

 

「だが、諦めてはいないと否定する。当方とて、己の名前と記憶を取り戻したくない訳ではない」

『そう。貴方達の知る私ではないけれど、応援はしておくわ』

 

 アナリューゼさんの言葉で思い出した。今私達が過ごしているのとは別の未来でだけど、悪魔が使う魔法の術式を教えてもらう約束をしていた筈だ。今からでもその約束、履行してもらうことはできないだろうか。貴金属なら幾らでも作るから。

 

《WARNING! WARNING!》

《精霊式高出力照準力場に捕捉されました》

《逆探知システム起動──探知完了》

《350m先、地表付近に高エネルギー反応を認む》

 

 ──なんて、余りにも俗っぽい考えをしていた時だった。狭い船内にけたたましい警報音が鳴り響いた。ニードヘッグのように赤色灯こそ点灯しないが、それは異常事態を示すには十分過ぎた。当然、私たちの視線は操舵手であるイトナミさんへ向かった。

 

「申し訳ありません、と謝罪します。探知網が本気(マジ)に広かったので、一か八か特攻(ぶっ込み)したのですが。不運(ハードラック)にやられてしまいました」

『はぁ……やはり、そう簡単にはいかないのね』

 

 器用にやれやれとポーズを取るアナリューゼさんや、何故かハイテンションに振り切れているイトナミさんに思うところはある。けれど今は、それよりも先に為すべきことがある。

 

「リィンさんはアヴァロンを! 聖剣は……間に合わないので、アインはやれる限りの防御魔術を前方に。私はディフェンダーを展開します!」

 

 無理矢理に指向性を持たせ、範囲を広げ、一点特化させた長距離探知。それを捉えた瞬間、無くなった筈の脚に激痛が走った。それは今も脳裏に焼き付いている青白い光。私の身体を蝕み機能不全に陥らせた、生物全般にとって極めて有害な……けれど"力"としては余りに有用な輝き。

 

 即ち、絶滅剣ティタノマキアが放つ絶死の光だった。

 

《対空攻撃の照射を確認》

《砲台の自壊を確認》

《自動追尾等の特徴は認められず》

《着弾まで残り24秒》

 

 ただ、あくまでこれは自動の防衛()()()()なのだろう。肝心の担い手本人はおらず、力のチャージされた何かから供給を受け一撃だけの光線として放つだけのものらしい。

 

『絶滅剣ティタノマキア……なるほど、当たったら塵も残らないわね。イトナミ、好きに疾走(はしっ)て回避しなさい』

「認識しました。この瞬間(とき)を待っていました、と感激します」

 

 瞬間、船のエンジンが火を吹いた。正確にはあり得ないほどの勢いで魔力を吐き出し始め、船の出力が爆発的に上昇する。

 ニトロチャージャー。そんな単語が頭を過ぎると同時に、凄まじい遠心力が私たちを襲った。義耳のレーダーが示す通りであれば、急加速しながらドリフトか船尾をスリップさせ、螺旋を描くように下降している。仮想海の展開すら一部は停止しており、明らかに尋常ならざる航行をしていた。さながら制御された墜落のように。

 

「防性魔法最大展開、阻止を実行する!」

装填(ローディング)──

 限界駆動(Over Drive)──全てを守り抜けるように(ディフェンダー)!」

限界駆動(Over Drive)──幸いなる世界のために、(カレイドスコープ・)未来を映せ万象万華鏡(アヴァロン)!」

 

 ただそんな軌道を無理に描いた回避でも、迫る光条は回避し切れないほど太く巨大だ。だからこそ、間に合った順に防御を展開し──船を掠めるようにして、青白い絶死の輝きが到来した。

 

『姿勢制御システム掌握。私がいる以上、落とさせないわ!』

 

 まず最初に展開された、計50個を超えるアインが展開した魔法防壁。それは全て合わせてコンマ数秒程度の拮抗しか産まず、青白い輝きに貫かれた。

 次に私の展開したディフェンダー。出来る限り受け流すように展開したのが功を奏したのか、3秒間もその役目を果たしてくれた。

 最後にリィンさんの展開したアヴァロン。威力を分散して受け流すという能力の性質上、能力の作用する空間全てに被害を及ぼしながらも、確実に耐え凌いでいる。

 

『システムエラー発生よ。航行は可能だけど長くは保たないわ。墜落してないだけマシなレベルね』

「攻撃範囲より脱出に成功しました。これより不時着を敢行、何かに掴まることを推奨します!」

 

 そうして耐え凌いだ数秒で、ティタノマキアの輝きからは脱することに成功した。が、残念ながら船は保ってくれなかったらしい。獣人界に入った最初も最初のタイミングで、私たちは撃墜され空から地上へと引き摺り下ろされた。

 まず感じたのは、全身を揺さぶられる衝撃。次いで大地をえぐる嫌な音。奇跡的にバランスは保ちながら墜落した船は、一条の大きな傷跡を残して獣人界へと不時着した。

 

 

 その日、獣人界の王城には激震が走った。

 何せ戦争からこれまで、ただの1度たりとも動くことのなかった【対悪魔用迎撃システム】それが突然稼働したのだ。しかもシステムの記録によれば、稼働地点はかつて魔界との大陸間連絡橋が掛かっていた筈の地点。更に稼働した兵装の規模も問題であった。

 

「ですから、迎撃システムが起動したことは間違いないのです!」

「だが戦後これまで、一度も使われていなかったシステムだ。壊れていると考えた方が自然だ!」

「だとしても、最低限確認くらいは必要だと言っているだろう!」

 

 使われたのは最大規模の兵装である、試作型魔剣を利用した直接殲滅兵器。例え【悪魔】相手であろうと、その希少性と一度使用したら崩壊する整備性の悪さから、制空権を取られる【レイ級】と討伐自体困難な【デストロイ級】以外に使われることのない代物だったのだ。

 

「その偵察隊の捻出に、どれだけ予算がかかると考えている!?」

「財務省の意見に、我々防衛省も賛成だ。もしかして、の事態を確認するために貴重な戦力を割いて、この王都の守りが薄くなっては話にならない」

「もしそう言って偵察を渋っている間に、もし到来していた【悪魔】が暴れたらどうすると言っているのだ!」

 

 加えて先日魔界の方面で観測された、桁外れの魔力反応と戦闘の気配も無視できない。魔界から【デストロイ級】が攻め入ってきたのではないか。或いは再度増殖した【レイ級】が進行してきたのではないか。もしくは、それらとは全く関係のない第三勢力の侵入なのか。

 

「言っておきますが、コラテラル・ダメージでは済まないですよ! ただでさえ、戦後から獣人界の出生率は下がっているんです。これ以上少子化を進ませないためにも、若い獣人を守らなければいけないのです!」

「だが我々は、つい先日アヤ・ティアードロップという最大戦力の1人を失っているのだ。これ以上我が国の戦力が失われれば、本当にいざという時に対応が出来なくなる!」

「そうだ。それに未だ、国内にはアヤメ・キリノが潜伏しているのだ。いつ国を転覆させようとしているアレがいる限り、王都の守りを手薄くする訳にはいかんのだ!」

 

 本来ならば、即座に対応すべき事態。それに対する行動が、こんなものだった。一部の迎撃・偵察を推進する者の足を引っ張るように、そんな物をしたくないと叫ぶ者がいる。そう前例が生まれてしまったせいで、追従する者がいる。守るべきと吠えても、お金がないと動かずを決めた者がいる。戦力が足りないと嘆く者を、テロリストの危険性を危ぶむ者が行動しない側へと引き摺り込む。

 

 今の獣人界の、現状がコレだった。

 

 溢れるのは自己保身。自分だけが幸せになればいい。やりたくないやりたくない。ずっとこのまま生きていたい。私は知らない。他の誰かがやってくれ。人は集まるが会議は踊り、されど進むことはない。

 そんな最低の"停滞"が満ちた、最悪の状況に陥るまで自分たちの現状にすら気づかない者たち。なまじ今の立場を守るためにであれば奮起し仕事自体は出来るどころか有能である為、アヒムとリュートにすら易々と切り捨てられない厄介な存在。それが今の国家を運営する上層部、その大半を占める者たちの特徴だった。

 

「──鎮まりなさい」

 

 そんな地獄のような空間に、静謐に透き通った声が響き渡る。

 

 議場に踏み入ってきたその人物は、異質の一言に尽きた。色素が抜け落ちたような真っ白の長い髪。流れる血をそのまま固めたような血色の宝玉にも似た瞳。手足には血管すら浮き出て見える、陶磁器のような白い肌。そして、王家の血筋を示す獅子の耳と尻尾。

 

 リュート公爵と軍大将アヒム、この国における最大戦力2人を伴い現れた彼女こそ、この獣人界を治めている王者。ミーニャ女王殿下その人だった。

 

「状況については、私も報告を受けています。父から受け継いだ我が国が、戦後最大の危機を迎えているかもしれないと。ですが同時に、これ以上貴方達に任せたところで、結論と行動を得ることはできないことも理解しました」

 

 凛とした態度で、ミーニャ女王が不甲斐ないとこれまでの意見全てを切り捨てる。これでは何も始まらないと、自他双方に失望と落胆を込めて。

 

「よって、王命を下します」

 

 仮にも王族として、優先すべきは国の繁栄である。少なくとも、戦乱の時代に国を継いだミーニャ女王はそう考えている。内輪揉めで手遅れにでもなったら目も当てられないのだ。

 故にこそ、いつもの様に強権を振るう。貴族階級の意見を無視して行動させるコレこそが、自分に対して不満を持つ者が多い原因だと知りながら。

 

「冒険者ギルドへ緊急招集を掛けます。転移系の魔法を使える者を集めさせてください。彼らの手を借りて、王都の守りはそのままに偵察を行います」

 

 そして彼女は、中途半端に賢く、人を統べる者としては不必要な程に優しかった。

 

 貴族階級の獣人が言っていることは、唾棄すべき話だが理解は出来る。自分たちは動きたくない、けれど自分たちの利益と名誉は欲しい。

 ああ理解した。

 そんな腐った人間がのさばる様な国にしてしまったのは、幼い頃の自分が不甲斐なかったからだと。無能な働き者よりはまだマシだからこそ、可能な限り意見は尊重しつつ腐っていろ。

 

「どうして我々貴族ではなく、あんな下賤の者たちに──」

「文句を言うのであれば、成果の1つでも出してからにしてください。レーイラトヒ卿。貴方の戯言に付き合う時間はありません」

 

 自分たちは動かずに、王都を守護する名誉は与えた。こちらで勝手に動いて偵察、確認を行うのに何の問題がある。凍り付いた心で以て、話すに値しないと切り捨てる。

 

「ならば予算はどうするのですか王女! あんなチンピラ崩れに高い金を支払うのであれば、我々が転移して──」

「却下です。練度がまるで違います。それに先月、偵察の際にそう言って出撃した挙句、勝手な判断で他愛なしと断じた結果、発生した被害をよもやお忘れで? 貴方のおざなりな報告で、いったい何人同胞が殉職したのですかレスティナート卿」

 

 斬り捨てる。斬り捨てる。斬り捨てる。

 そして嫌になる程、貴族には形だけの名誉を与えつつ、事態を迅速に解決するための計画が削り出されていく。何処までも朗らかに、協調と団結で進んできた前王とはまるで正反対の独裁にも似た形式。

 戦前から残る僅かな貴族と世論以外、全てを敵に回してでも歩み続けるその姿には、太陽の下を歩けなかったいつかの日の面影はとうに無い。

 

「獣王としての資格すら満たせぬ身である癖に……」

「ライオンハートを起動できぬ小娘風情が……」

 

 故にこそ溜まる不平不満に、『自分が悪い』と心を痛めてしまいながら。それでもと心を凍らせ、無駄を切り捨て、何処までも痛ましく歩み続けて止まらない。

 世界で最後に残った国は、間違いなく破滅のカウントダウンを刻んでいる。停滞はいつか滅びを齎すという、言葉の通りに。

 




国が大陸ごと滅んだ人間界
国が滅んだことで、都市単位では住民と上層部の考えが一致する魔界
国が残ったことで、腐りきり独裁しなければ動くことも出来ない獣人界

果たして何処がマシなんでしょうね

アヤメ 残り95日
アイン 残り95日
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