銀灰の神楽   作:銀鈴

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夢現つ【02】

 宴会があった翌日。

 まだ陽も昇りきってない時間に、割り当てられた部屋で私は目を覚ました。

 

「んっ……ふわぁ、あふ」

 

 寝惚け眼を擦りながら布団から出て、欠伸しながら伸びをする。

 パキパキと身体から鳴る音に、スッキリと眠気が飛んでいく。

 髪よし、目よし、変装は解けてない。部屋に仕掛けたトラップも反応なし。身につけていたものも無くなっていない。

 よかった、変なことはされてないようだ。

 

「さて、張り切ってお仕事しますか!」

 

 警戒しておくことに損はない。けれど、受けた依頼を達成することも同じくらい大切だ。

 トラップや個人的な荷物は全てスキルに仕舞い、入り口の扉を開け放つ。

 

「──!」

 

 途端に吹き込んでくる森の香り。

 王都では嗅ぐことのなかった大自然の香り。

 それはどこか懐かしくて、けれもどこまでも新鮮だった。

 ……訓練ついでに、朝ごはんとして1匹くらい魔獣でも狩ってこようかな。

 

「随分と物騒な仕掛けをしてたみたいだが、起きたのか」

 

 狩りの準備を整え外をブラついていると、昨日と同じように弓を背負ったアウルさんと遭遇した。

 さすが狩人と言ったところか。昨日寝る前に仕掛けてたキルトラップ、見抜かれてたらしい。

 

「そりゃあ、あれだけ嫁になれって言われたら警戒もしますよ。まだまだ若いのに操を散らしたくはないので」

「あいつらも酔ってたんだ。手を出す気概もないヘタレどもだし、適当にあしらうか無視してやってくれ」

「許せ、とは言わないんですね」

 

 それがちょっとだけ意外だった。

 大概こういう場合は、『何もしてないんだから許せとか』言われるものだと思っていたから。

 

「当たり前だ。手前のケジメから逃げ出して何になる。遠慮なくぶん殴ってくれて構わないさ」

「無理言わないでくださいよ。私みたいなか弱い女子が、男に押さえつけられたら何も出来ないです」

「それこそ冗談だろう? アンタが本気になって暴れたら、この村で止められる奴は俺か、巫女様くらいしかいないぞ」

 

 そんなことを言われ、警戒を引き上げる。

 弓の使い込み具合から相当な使い手だとは思ってたけど、ちょっと想定を超えている。錆びついた腕とはいえ、見抜かれるなんて。

 

「そんなまさか。こんな小さな女の子くらい、誰でも簡単に取り押さえられるでしょうに」

「俺は狩人だ。相手の強さを間違えたりしねえ」

 

 並んで歩いている中、足を止めて目を細める。

 あり得ないことだが、もし私の正体に勘づいていたら……最低限、話をつけなくちゃいけない。

 

「けどまあ、隠してるってことは何か事情があるんだろ? なら深くは詮索しねえし、言いふらしもしねえ」

「ありがとうございます」

「だからきっと、昨日の『家事と解体が上手い、愛想と気立ての良い、同族で年頃の娘』の印象から変わらないだろうな」

「私の印象って、そんなのだったんですか?」

 

 旅人として好印象を稼いでいただけなのだが、まさかそう取られるとは。どうりでやけに優しくしてくれるわけだ。

 

「ああ。それにお前、耳と尻尾がないのは残念だが十分可愛いしな」

「口説いてます?」

「バカ言え。俺は、お前ならアイツを……」

 

 そう言って動いた視線の先を辿れば、そこには例の木造建築が鎮座していた。やっぱり、アウルさんと巫女?には何か関係がある気がする。

 

「気にするな。それよりも、朝飯を取りに行くんだろう?」

「ですね。今日は仕事もあるし、巫女さんにも会ってみたいし、体力つけないとですから」

「アイツらからの評価がまた上がるな」

「あはは……」

 

 まあ、それは仕方ないことなのかな?

 

 

 

 

 取り敢えず狩って来た魔物を手早く解体処理。朝ごはんにして、予想通り評価を上げられた後。私は、ようやく仕事を始めることにした。

 

「ここが、農具が置いてある小屋だ」

 

 必然的に案内役になったアウルさんに連れられて、私は1つの小屋に到着した。

 古びた小屋だ。巫女さんのところとは比べ物にならないほど。けれど使われてきた年数の重みを感じる、いい場所だった。

 

「よっと」

 

 ガラッと引き戸を開けた瞬間、むわりと拡散する古い香り。

 乾いた木と鉄、土と埃、獣の混ざった臭い。そんな暗闇の中に、鍬や鋤、鎌を始めとした農具の数々が見えた。

 

「どうだ、直せそうか?」

「ちょっと待ってくださいね」

 

 敷居を越え小屋に入り、手近なところにあった鍬を取る。

 小屋と同じく随分古い。錆こそほぼ浮いていないけど、木の内部が朽ちてきている。念のため鑑定してみたが、見立ては何も変わらない。あくまステータスは目安に近いけど、寿命が近いのは確かかな。

 

「大切に使われて来たみたいですし、直せはします。けど、結構寿命が近いですね。私じゃ信じてくれないなら、鑑定系のスキル持ちがいれば──」

「少なくとも、この村にはそういう奴は居ねえな」

「です、か」

 

 それは困った。が、必要のない場所には存在しないものだ。

 その分、古きよき真実を見抜く目みたいなものがあるから、特に問題になっていないのだろうし。

 

「んー……直した後、ある程度同じ型の農具作ることも出来ますけど」

「良いのか?」

「ご飯くれるなら」

 

 衣食住の内、自力で衣と住はどうにかできる。

 でも食だけは、その土地のものを楽しんだ方がお得だという。どうしても食べられない物なら自炊するしかないけど、昨日食べたご飯は美味しかったし。野性味溢れる感じで。

 

「お前、以外と食い意地張ってるのな」

「美味しかったんですよ」

 

 色々と。特に朝食べたリスの魔物とか。毒がなくてかつ美味しい魔物とか。昔とも、王都で暮らしてた頃とも違って。

 

「はっ、そうか。で、作業場なんだが……悪いが、用意できなかった」

「そうですか。なら、ここ借りれません? 多分そんなに長い時間はかからないので」

 

 砥石や金属は幾らでも作れるし、木材に関しても手持ちはある。無ければ魔法で作ればいい。それにそもそも、私が趣味に走らなければ鍛冶魔法で製作は片がつく。

 

 魔法の属性は、火・水・風・土・光・闇 の基本的な6属性に加えて、派生か上位の無・木・氷・雷・空間・呪の計12属性。

 それぞれの値を上手く調整すれば、目当ての物体は生成できる。

 私の持っているような特定個人しか持たないユニーク(突然変異)は、そういう融通が結構効く。

 

 話が逸れた。

 

 まあ要するに、だ。やる気になれば、品質はほぼ変わらずすぐに終わるということだ。

 

「ここは、この時期誰も使わないからな……問題ないだろう。俺からもここを使うことは言っておく」

「了解しました。では、終わるまで開けないでくださいね」

「ああ」

 

 そうして私は、小屋の扉を閉め隔離された。

 こういう感じの童話、小さい頃に聞いた覚えがあるけどなんだっけ……確か、鶴の恩返し?

 相手は狼だし私は人だし、配役が致命的に狂っている。作るのも衣じゃなくて農具だし。ちょっとだけそんな想像が頭をよぎり、小さく笑みが溢れる。

 

「──さて、お仕事を始めますか」

 

 一度手を叩いて、頭を切り替える。

 一宿一飯の恩義もあるし、全力でやらせてもらおう。新しく作る方は、軽く疲労軽減する魔導具化してみるとか。

 

「変えも含めて、2〜3本作っておけば十分かな?」

 

 ついでに小屋の清掃もしておこう。

 今のままじゃ、物の置き場所もない。

 頭にタオルを巻いて髪をまとめ、私は作業を開始した。

 

 

 

 

 昇りかけだった太陽が、中天から傾き始めた頃。

 ドンドンと入口の扉が叩かれた。

 

「なんですかー?」

「我らが巫女様が、貴女にお会いしたいと申しております」

 

 返ってきた声は、アウルさんではなく村長のもの。

 まあ、うん、そうだよね。よく会うとは言っても、毎回連絡がそうなるとは限らないか。

 

「《クリーン》、よいしょっと」

 

 掃除していた手を止めて、先ずは魔法で汚れを吹き飛ばす。

 身嗜みを最低限整えて、ガラリと引き戸を開け放つ。久しぶりに浴びる太陽の光に、ちょっとだけ目が眩んだ。

 

「おぉ、これは」

 

 そんなことを思っていると、目の前からそう感嘆の声が聞こえた。

 元からある道具の配置は殆ど変えず、埃を綺麗に掃除してかつ新しく作った道具も補充しておいたのだ。

 悪くはない完成度だろうから、驚いてくれて少し嬉しい。

 

「先ずは、アウルさんからの依頼は完了しました。それで巫女さんが呼んでいるというのは?」

「はい、それが……貴女のことを話したところ、合わなければならない気がすると仰っておりまして」

 

 まあ、元々会いに行こうとは思ってはいた。

 向こうが会いたいって言ってくれてるなら、わざわざ何かをする手間が省けたと思っておこう。

 

「分かりました。それで、巫女さんは今どこに?」

「あの小屋の中に。貴女1人で来るようにとのことでしたので、私は同行出来ませんが」

「了解しました」

 

 なんだか、少しだけ胡散臭い気がする。

 仕事はちゃんとやったし……何かあったとして、最悪逃げ出せばいいか。

 決して遠くはない小屋に向けて歩きつつ、そんなことを考える。

 だけど、なんといえばいいのだろうか。昨日感じた匂いに、今あの小屋から感じる気配。そのどちらも、どこか覚えがあるような……

 

「えっ?」

 

 そこまで考えた時のことだった。

 腰の両側に佩いた私の魔剣が、ひとりでにカチャカチャと振動している。何が、と思い魔剣を握れば、満足したように振動は収まった。

 ……今のは、一体なんだったんだろう?

 まあ、特に害があるわけでもなし。後から考えれば良いや。

 

 そう判断してら巫女さんがいるという小屋に足を踏み入れた。

 ぐっと強くなる香の匂い。まともな獣人であったら意識が混濁するだろうその環境に、思わず立ちくらみのような感覚に襲われる。

 

「こんな感じになってたんだ」

 

 四半血で良かったと安堵して、ぐるりと部屋の中を見渡す。

 思っていたより、ずっと簡単な作りの小屋だ。

 中央で御簾のようなもので区切られている以外、特に飾りもない簡素な部屋。部屋の四方では香が焚かれている、なんとも不思議な空間だった。

 

「ようこそ、冒険者のアヤさん」

「こちらこそ、お初にお目にかかります。巫女さま?」

 

 御簾の奥から聞こえてきた声は、驚くことに幼い声だった。

 おそらく私と同年代、種族差がある以上断言は出来ないけど。

 

「うん! それよりも、早くこっちに来てくださいな」

「この簾、越えても良いんですか?」

「本当は駄目って言われてるけど、私が特別に許すわ! だから早く早く」

 

 本当に行っていいのかは分からない。

 けど、許すって言われたし行った方が良い気がする。

 何より、私自身巫女がどんな人なのか気になるし。

 そうして御簾を越え、私が目にしたのは何とも神秘的な光景だった。

 

 まず第1印象は、その暗さと明るさ。

 暗闇に閉ざされている部屋なのに、数匹の輝く蝶が部屋を舞い自身と溢れる鱗粉で淡く部屋を照らしている。

 その中心にいたのは、驚く程全てが白い少女。

 肌も、髪も、耳も、尾も、巫女服に似た衣装も、何もかもが色が抜け落ちたかのように白い。しかしその中で眼だけが、血のように赤い眼だけが爛々と光っていた。

 

 アルビノ、だったか。

 先天性の遺伝疾患。獣人界を統べる、現女王と同じ特徴。

 そんなアルビノの少女が、入ってきた私を見てわなわなと震えていた。

 

「き……」

「き?」

「きゃぁぁぁ! 本当に小さいのだわ! 可愛いわ! ふわふわしてるのだわ!」

「きゃっ」

 

 そんな子が、満面の笑みで私に突撃してきた。

 避けるのが間に合わず、思いっきり抱きしめられる。

 私よりほんの少しだけ背が高い少女は、その伸び放題の髪を振り乱して私に頬ずりしてくる。

 ……ああ、魔法で綺麗にしてきて本当に良かった。

 

「あの、あの! 巫女さん!?」

「敬語なんて要らないわ! 折角の女の子同士なんだもの、楽しましょう!」

 

 取り込まれるように膝の上に置かれ、私を後ろから抱きしめながらとても楽しそうに呟く。

 

「お兄ちゃんはいても、妹はいなかったからずっと気になってたのよー」

「お、お兄ちゃん?」

「そう! 最近はちょっと冷たいけど、私は大切なお兄ちゃんがいるの。この村最後の狩人で、1番強いアウルお兄ちゃん!」

 

 その言葉で、今までよく分からなかった点が繋がった。

 アウルさんが時々言っていた『アイツ』は、巫女さんのことだったのだろう。でも、それならあの含みがある言い方は……?

 

「痛っ」

 

 そんなことを思っていると、左手にゴツンと何かが勢いよく当たった。

 

「あっ、ごめんなさい。いつも入れっぱなしだから、忘れてたのだわ」

 

 謝りつつ巫女さんが袖の下から取り出した物を見て、私の頭は真っ白になった。

 淡く透き通った、薄い刀身が虹色に揺らめく抜き身の刃。

 形状は片刃の短剣状で、刃の根元には一対の蝶に似た羽の飾りがある。そこから溢れ出す魔力の光が、暗闇を淡く照らし出している正体だった。

 

「あの、それって……」

「これ? 死んじゃったパパの遺品よ。

 これを持ってるとね、本当は私身体が弱いんだけど、なんだか力が湧いてきて自由に動けるのよ!」

「もしかして、巫女って呼ばれるようになったのも……」

「よく分かったわね! この剣を貰ってから、私が見た夢が現実になるようになったの。それでみんなが、予言の巫女だって」

 

 それで、確信した。

 

「そういえば、お姉ちゃんの名前って?」

「アマル! 私の名前はアマルよ!」

 

 この人が持っている剣は、魔剣だ。

 試作型にしては感じる力が弱いし、Ⅰ型にしては力が強すぎるから、恐らくⅡ型。つまり、私が集めるべき剣の1つだった。

 

 

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