墜落した船の修理については、分析を得手とするアナリューゼさんと私がいる以上、30分で最終チェックまで終わらせることが出来た。元と遜色ない状態どころか軽いチューンアップまでしつつ、イトナミさんが満足する出来には修復出来たのだが……
『やはり駄目ね。ここら辺一体の空域で、友軍判定されていない船が飛行するのは自殺行為だわ』
「こんな場所が残っていたこと自体、私は知りませんでしたが……同意見です。こんな場所、まだ地上を行った方が安全ですね」
並行して行なっていた周囲の探索が、この場所が地獄のような環境であることを示していた。私やアイン、リィンは自前の探知能力で。アナリューゼさんは分身を生み出して探査し判明したのは、ここがかつて戦争時に最終防衛ラインとして使われていた場所であること。防衛の最後の砦、阻止限界点。所謂キルゾーンに等しい場所であるうえ、当時の遺物がそのまま放置されている場所であるということだった。
周囲に一定の間隔で埋められている絶光地雷。
少し飛べば探知される程に敷き詰められた自動砲台。
数えきれない程仕込まれている地対空兵器。
無数に仕込まれた地対地用と思われる兵装群。
そして最後に、それらに絶滅剣ティタノマキアからエネルギーを供給し続けている、いざとなれば自爆も可能な地中深くに仕込まれたパイプ。
それらは全て経年劣化や何かしらの外的要因による変形などを受けており、いつ暴走して自爆するか分からない。しかし先程私たちを撃墜した砲のように、生きている兵装が多いのもまた事実。
対空兵装の方が多く配置されており、地雷は視ればわかる以上、危険を承知で空を行くよりも、危険を確実に避けることの出来る地上を行く方がマシだった。
「それにしても、その分体生成能力は便利ですね。1機下さりません?」
『そっちこそ、私より分析と制作能力が高いなんてやるじゃない。見直したわ。1機程度ならいいわよ。恐らく悪用しないでしょうし』
そんな会話をしながら、ユ=グ=エッダの方から送られて来た航空写真を地図として、確認できた兵装にピンを打っていく。アナリューゼさんの分体であるが、地雷が爆ぜれば魔剣でも焼き尽くされることは先程実証済みだ。地雷の感知形式をしっかりと把握しておかなければ、今度は私たちがその憂き目に合うことは確実。慎重になるのは当然だった。
急ぎの案件ではあるけれど、まだ時間的余裕があることもありがたい。そうでなければ、捨て身で挑まなければいけないところだった。とはいえアインとリィンさん、イトナミさんの3人が警戒してくれているこの時間は、あまり長引かせたくはない。防衛用の兵装に引っかかった以上、いつ敵として襲われるかわからないのだから。
『私は獣人界の地理については情報でしか知らないのだけど、目的地はどこにするのかしら? 本来なら、王都のすぐ近くまでは船で行く予定だったけれど』
「そうですね……確か、昔ヒュドラが住みついていたって言う谷に大きな街があったはずです。そこからなら、何かアクションを起こせるかと」
正直私も、こんな魔界寄りの辺境については詳しくない。依頼で来たこともないし。けれど、そんな私でも知っている街があるのだ。ならば利用しないという手はない。街が大きければ大きい程ギルドの設備は充実していて、最悪身分を明かすことになっても、メダリオンを含めた権力と忖度の力押しが成立するのだから。
『なら、そこで決まりね。すぐに3人を呼び戻──』
と、アナリューゼさんが3人に付いている分体に通信を開こうとした瞬間だった。突然、空に巨大な魔力の反応が現れた。
『──せないわね。迎撃態勢!』
魔力を糧に描かれてゆく巨大魔法陣。それに向けて手を翳し、反射的に魔法陣への侵入を開始──解析。
属性は次元。位は最高位一歩手前。種別は転移。人数は多数。人と装備品の両方が指定。他の動物なし。攻城兵器のような巨大物質なし。人数確定25人。特徴的な筆致を確認。記憶との照合完了。
『アイリス、転移の妨害は出来るかしら?』
「やれなくもないですが……ここでこの長距離転移を妨害すると、血と臓物の雨が降ります。そして20人以上の獣人が混ざり合った、命の尊厳を冒涜するようなキメラが生まれます」
典型的な転移事故のそれだ。短距離の転移にはそれを防ぐ術式があるけれど、この超長距離の転移にはそれがない。大人数の転送に際しそれを書き込む隙間が無くなってしまっている。
更に魔法陣から読み取る限り、転送前の位置は王都付近。そこからの直接転移となると、1人だけ心当たりがある。この術式を行使している人物は、私の顔見知りだ。
「それに『
『……ふむ、そういう事情ね。なら私も手は出さないわ。あくまで向こうから何か仕掛けてこない限りだけど』
Sクラス冒険者である『
反射的にとはいえ、そんな相手の魔法陣に侵入したのだ。少なくともあの人には、私の生存がバレてしまっている。
「取り敢えず、術式の遅延だけはするので3人に説明を」
『分かったわ。集まっていた方が得策ね』
そんな私たちの異常に気がついて、戻ってきた3人と合流。情報についての共有が終わった頃。ついに私の遅延行為も限界を迎え、超長距離転移の魔法陣が完成した。
展開されている魔法陣から大地に降りる一条の光。その地点にある一切合切を浄化・焼却し安全地帯を作成。転移先に存在するナニカと融合しないようにし、そこに対象を転送するという珍しい方式の転移。
それ自体は別に構わない。何せこの転移は、私も手を加えた術式だ。多少の変化こそあれ、分からない部分などない。だからこそ、光の柱から現れた人物こそが問題だった。
「……アヤちゃん」
「……どうして、リュートさんがここに」
使い込まれた金の鎧、逆立った白髪の混じった黒髪に、濃い疲れが見える黒い瞳、根元から切り取られた獣耳。そして何より特徴的な、肩口から存在しない左腕。尻尾さえなければ人族にも見える初老のこの人こそ、リュート公爵その人だった。
タイミングが、あまりにも最高で最悪だ。そして私もリュートさんも、あまりにも迂闊だった。互いに互いを知らない方が都合が良いのに、うっかり互いの名前を口にしてしまった。
リュートさんは死んだ筈の人物が生きていたことを認めたことになり、故に私を殺すか生捕にしなければならない口実が。
私はそれを証明したことになり、結果的に計画を大幅に修正して進めなければいけない理由が。
それぞれ生まれてしまった。
光の柱から次々と現れる顔見知りの冒険者達も、最高の援軍だが最悪の追い討ちだ。友好的な関係であれば、お酒が武具の整備・新調辺りで手を打って貰えるだろうけど……敵対すれば容赦はない。それが冒険者というものだから。
「……」
「……」
場に満ちる一触即発の空気。全員が己の得物に手を掛け、次の動きに備えている。それは即ち、次に私とリュートさんが口にする言葉によって、この場の趨勢が決まるということを示している。
考えろ。考えろ。この場で私が取るべき最善の言葉は何か。私とアインは手遅れかもしれないが、リィンさん、アナリューゼさん、イトナミさんの3人は確実に安全で済む方法を。
「アヤ」
動転しそうになっていた私の手を、安心する温もりが包み込んだ。隣を見れば、1人じゃないと手を繋いでくれたアインがいた。いてくれた。そうだ、もう私は
──だったら、迷うことはない。
話をこじつける。ここまでのことを全部、正式な依頼として処理してしまえばいいだけの事。まあ、私とアインはその時点で捕縛されるだろうけど、それ自体は予想もできていたことだし甘んじて受けるしかない。
「リュート公爵からの極秘依頼であった『魔界との国交回復』について、1つの区切りを得たため帰還しました」
膝をつき頭を垂れ、メダリオンを掲げるようにして差し出した。態々七面倒くさい公式の場用の言葉も使って、さも"そういう依頼であった"かのように報告した。
これでもう、どちらに転んでも計画は成功する。私が指名手配され、死亡扱いになっている理由は大罪スキルとその暴走の危険によるもの。それまでの信頼性を損なわせるものではないのだ。そしてあくまで死亡「扱い」であって死体がない以上、幾らでも話は作れるという寸法だ。
例えリュートさんが乗ってくれなかったとしても、私達を斬り捨てれば本来の目的は達成できる。リィンさんだけならともかく、アナリューゼさんならその程度出来る筈だ。
「はぁ……また態々そんなことを。いや、これは僕のミスか」
やれやれと言った様子で、リュートさんが呟いた。顔は見えないけれど、口調と言葉の感じから確実な手応えを感じた。
「ご苦労様、顔を上げて。依頼については感謝を。けれどこんな場所で出会った以上、アヤ・ティアードロップとアイン・ナーハフート両名は拘束させてもらう。ただ表向きには出来ない案件だから、僕の家が拘束場所としては適当だろうね」
額に手を当てて、色々と疲れ切った表情をしながらリュートさんは言った。これで先ずは計画通り、最善のパターンで切り抜けることができた。故に次は、この大量にいる冒険者の目撃者についてどうにかしなければいけないが──
「さて、見ての通り本来の予定とは違う、かなり後ろ暗い案件だ! 僕も元冒険者として何度か関わったし、ここにいる様なしぶとい連中は少なからず関わったことはあると思う!」
次に後ろに振り向いて、リュートさんが控えていた冒険者の連中に声を掛けた。この時点でもう、先程までの剣呑な雰囲気は何処かに消えてしまっている。というよりも、あのニヤニヤした表情からして一部の人にはこの企み自体バレている気がする。
「こういう時、普通の連中に口止めするには……冒険者には何を必要だ!?」
「金!」
「女!」
「名誉!」
問い掛けに反応するのは、懐かしい王都のギルド本部の面々。それも『
「だが、我ら古き時代の冒険者ならば?」
「酒!」
「肉!」
「宴!」
彼らは全員が全員、戦争を生き残った
「我ら冒険者! 刹那の時間に生き、そして果てる者! まあつまり、この場での話を黙認する限り僕とアヤちゃんの奢りだ。好きなだけ飲んで歌って騒ぐといい、ギルドは貸切にしておく!」
「あ、私名義の口座は空にしていいですよ。もう使えることはないでしょうから、パーッと使っちゃってください!」
立ち上がり、頭を下げながらリュートさんの言葉をそう補足すれば、Fooooooo!!!と歓声が湧き上がった。探知にも特に変な動きをしていたり、悪意を持って何かをしようとしている人の姿は無し。そのことに、漸くホッと息を吐いた。
「大丈夫か?」
「ええ、アインのお陰で。なんとか」
だがこれが、薄氷の上での結果だったことは間違いない。そのことを噛み締めつつ、後ろでリィンさんを抑えていてくれた2人にも頭を下げる。今に限っては王として来ている以上、リィンさんが何かをするだけで色々な意味が生まれてしまうのだから。
そうならなかったことに安心して顔を上げると、困ったような表情でリィンさんが私の目の前に仁王立ちしていた。何も言われなくても、その理由は分かる。我ながら殆ど博打のようなことをしたし。
「アヤメよ。お前さまはこうなると分かって、獣人界に戻ってきたと思って良いのだな?」
「ええ。本当はもっと色々と、手順を踏んでいくつもりでしたけど」
リュートさんはまだ私に味方してくれるのか。他にも今のアヤ・ティアードロップはどんな扱いなのか。そういうことを全て調べてから、こっそりと接触する予定だった。
「……今回はイレギュラーだとしても、余は頼って欲しかったぞ。余は、アヤメに身を切らせてまで利を得たくはない」
「ちゃんと頼れる時は頼らせて貰いますよ。でもお義姉ちゃんなんですから、これくらいは頑張らせて下さい」
それにほら、早速頼るべき時が来た。
「どうやら相当に込み入った話のようだけど……説明してもらうよ」
頭痛を堪えるようにして問うリュートさんに、私たちは頷いた。
アヤメ 残り95日
アイン 残り95日