銀灰の神楽   作:銀鈴

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帰郷 交渉 ライオンハート【03】

「どうやら相当に込み入った話のようだけど……説明してもらうよ」

 

 頭痛を堪えるようにして問うリュートさんに、仕方がないかと頷いた。リュートさんから考えれば、今の私の状況は余りにも意味不明のものだろうから。

 そう思って口を開こうとして、先程のリィンの言葉と後ろから近づいてくる気配に口を噤む。自分自分で進める必要はもうないのだ。心置きなく、2人に頼らせて貰おう。

 そんな私の内心を察してくれたのか、アインが手を引いてくれた。それに抗うことなく、一度リュートさんに頭を下げて隣に捌ける。そうすれば丁度、こちらへ歩いてきていたアナリューゼさんが見えるようになった。

 

『そのことについては、私から説明させてもらうわ』

 

 そうすれば視線は開け話しやすくなる。そんな目論見通り、リュートさんとアナリューゼさんが対面した。

 

「貴女は? 見たところ、古い魔界式魔剣のようですが」

『私は魔王国第3首都ユ=グ=エッダの管理者が1人ユビキタスよ。以後お見知り置きを』

 

 蟻の機体(からだ)とは思えないほど丁重に、女性が式典で行う礼をアナリューゼさんは行った。人の身体ではないというのに、私程度がそう認識できるのだから相当だ。私なんかのソレとは違う、本当の育ちの良さが見える。

 

「ふむ、恐らく余も名乗るべきなのだろうな。余はリィン・M(メディウム)D(ドラッヘ)・ラーグルフリョゥトリムルン。端的に言って、今代の魔王である。だが余は真魔剣ディーアボロスを使えるというだけの、王位を暫定でしか持たぬ一般人だ。政にはGoサインを出す以外関わるつもりはない」

「これはまた、ド偉い人をアヤちゃんは……いや、やっぱりこれも血筋かぁ」

 

 先程まで毅然と対応していたリュートさんが天を仰いだ。けれどそんな放心したような状態から、何とか心を切り替えたのだろう。再び公爵としての顔に戻り言葉を続けた。

 

「こちらこそ、貴女方と出会えたことに感謝を。魔王陛下、そしてユビキタス殿。ですがここを外交の場とするには、私も公人ではなく私人として赴いている以上不適切でしょう。本日は要件だけを伺い、本格的な交渉は後日改めて場を設けるということで宜しいでしょうか?」

『ええ、有り難くお受けしますわカンザキ公爵。私たちが保護したアヤ殿と、積もる話もありましょう。そしてこちらとしましても、撃墜されてしまった以上、時間を頂きたいところ。今日は貴方ほどのお立場の方と顔を繋ぐことが出来たことに感謝しますわ』

「余は口は挟まぬ。好きに話していて構わぬぞ」

 

 などと思っていれば、言葉での殴り合いが始まっていた。私には縁遠い(まつりこと)の世界だけど、リュートさんの顔が微妙に引き攣っていることと変な汗を掻いている辺り、相当分は悪そうだ。

 

「よっ、『炎金』の」

「『運び屋(トランスポーター)』……お久しぶりです」

 

 そんな理解する気もない話をしている2人をぼんやりと眺めていれば、ポンと肩を軽く叩かれた。掛けられた声とその感覚に、心当たりのある名前を口にしつつ振り返れば案の定。見知った顔がそこにいた。

 

 獣人らしさというものが欠片も感じられない軽薄そうな雰囲気に、チャラチャラとした服装。禿頭の頭に黒いボーラーハットを被り、目元から体にかけて走る黄色のラインと耳元にのみ刻まれた赤いタトゥー、背負った甲羅と握る豪奢な杖が特徴的な人物。

 

「アヤメ、この人は?」

「さっきの超長距離転移を使っていた人です。見ての通り亀族の獣人で、獣人界に於いて流通の根幹を握る大富豪の1人で──」

「でもって『炎金』のと同じSランクの冒険者、トルディ・ルトゥーガってんだ。よろしくな、(あん)ちゃん」

 

 私の言葉に割り込み『運び屋』は、説明しながらバシバシとアインの背中を叩いた。決して悪い人ではないし、間違いなく有能な人なのだが……こう気楽にパーソナルスペースに入り込んでくる点だけは苦手だ。

 けれど今回は、そうかつてのように接してくれた態度が功を奏したらしい。遠巻きに警戒を続けていた冒険者達の態度が、一気に軟化したのを感じた。

 

 そしてそんな私の感覚を裏付けるように、見知った面々が片手を上げて挨拶したり、謝るようポーズをしながら集まってくる。

 

「アヤちゃん、今度俺の武器の整備頼むわ。今の王都はもうボンクラしかいなくてよ!」

「それ、貴方が蛇腹剣なんて特殊な得物使ってるからでしょう。機会があればお引き受けしますよ」

 

 それはかつて何度か依頼を共にした、変態武器を使う連中だったり。

 

「アンタが死んだって聞いて、ギルドの活気が目に見えて下がってたんだ。こうして生きてるって知れただけで嬉しいぜ!」

「実質生きていないと同然の扱いですし、もう獣人界では生きていけない身の上ですけどね」

 

 それは今は後任に後を任せているが、バリバリ一線で活躍している元獣人界のギルドマスターだったり。

 

「……その綺麗な毛並みの耳と尻尾、モフらせてもらって構わないかしら? 構わないわよね。答えは聞いてないわ!」

「家族以外に触らせる気はありませんので!」

 

 それは何時だったか、化粧やら服やらを私に教えてくれたお姉さん方だったり。私自身が驚くほど色々な人が私を心配してくれていて、お陰で散々揉みくちゃにされてしまうばかり。

 そこからどうにか脱出できたのは、数分間も経ってから。アインの幻術を使い一緒に抜け出した頃には、もう既にリュートさんとアナリューゼさんの対談は終わってしまっていた。

 

「では、そういう手筈でお願いします」

『こちらこそ、有意義な時間を過ごさせて頂きましたわ』

 

 急いでそちらに目を向け耳を澄ませるも、知り得たのは握手を交わす2人の姿と交渉が終わったことのみ。そしてリィンさんが暇そうに、冒険者の人達と遊んでいるところだった。こちらはこちらで混沌としていたけれど、向こうは向こうで何をやっているのだろうか。そう言いたくなるような状況である。

 

 そんなこちらの様子に、向こうも気が付いたのだろう。明らかに疲労困憊といった様子だが、リュートさんが私達を手招きしていた。

 

「呼ばれてるみたいですし、行きましょうアイン」

「認識した。肯定する。当方も、あの扱いからはもう逃れたい……」

 

 まだ幻術が効いている内に、そして正気な一部の人たちが引き戻そうと使ってくる魔法を私が砕いている内に。さっさと移動してしまうに限る。

 

「さて、外交の方も一旦の区切りは付いたことだし。さっきは躱されたけど、僕もアヤちゃんに幾つか説明して欲しいことがある。いいね?」

 

 アインと並んで逃げ出すように向かった先。貴族としてではなく、普段邸宅で過ごしていた時の顔で。しかも小さな頃数回しか見たことのない、静かな怒りを湛えた表情でリュートさんはそう言った。

 有無を言わせないその様子に、私は粛々と頷くしかない。リュートさんは怒らせたら怖いのだと、小さな頃に思い知っているから。震える手で、思わずアインの手を握る。

 

「そう、それだ」

 

 そんな私の動きを目ざとく見つけたのか、リュートさんが言葉を告げる。

 

「何でアヤちゃんがアイン君と一緒にいるのか、どんな関係なのか。約束に従って、僕は問いたださなきゃいけない」

 

 続けてリュートさんが言った言葉に、一気に心が凍りついた。ママとの約束、それはアヒムさんもアインを見て使った言葉だ。そんな程度のもので、この人もアインを否定しようとするのかと思い──

 

「その、なんだろうか。つまり……僕の予想が間違っていたら悪いけれど、アヤちゃんとアイン君は恋人関係だと。僕はそう思って良いのかな?」

「……ふぇ?」

 

 間の抜けたそんな言葉に、一気に凍り付いた心が融解した。今一歩踏み込んで来ず、寧ろ距離感を測りかねている様子の言葉はこの場において明らかな異常だ。何せ場の空気も何故か静まり返って──何で静まり返っている?

 嫌な予感に従って錆びついたおもちゃのような速度で振り向けば、幻術に惑わされていた筈の顔見知り達と目が合った。見れば幻術は完膚なきまでに分解され、再び静観されていただけらしい。

 

「肯定しよう。現時点において、当方とアヤは恋人関係にある事を表明する。……出来れば、アヤにも認めて欲しいと希望する」

 

 アインの呼びかけに今度はしっかりと前を向き、渾々と怒りのような感情を湛えたリュートさんに向き直る。この状態のリュートさんを刺激するのは怖いけど、どうせ遅かれ早かれ隠しきれずにバレるもの。だったら今、この場で言い切ってしまった方が心が痛くない!

 

「え、あ……ひゃい。ん゛んッ、そうですね。色々あって告白して、今は私とアインは付き合ってます」

 

 言った瞬間、にわかに後ろから私達を見ていた冒険者の集まりが騒めいた。握ったアインの手だけが今の拠り所で、対するはリュートさんである以上、そっちに意識を裂くことはできない。ただそれでも、相当な驚愕や信じられないと言った類の言葉だけは聞こえてきていた。

 

「なるほどね。ならば僕は、2人の関係を否定しよう。見た感じ、2人が健全なお付き合いをしているのは分かる。だとしても、僕は君たちの関係を認めない。そう、断じて認めることはない」

「なっ!?」

 

 キッパリと拒絶する意思を示したリュートさんに、思わず口に出そうとしていた言葉を何とか飲み込んだ。そうしないと、今の私が何を口走るか分かったものではない。

 

「当方に、何か問題があるだろうか?」

「ああ、問題大有りだよアイン君。アヤちゃんが君を選んだ以上、きっと君はあの子の心を射止めることは出来たんだろう。

 だけどアヤちゃんは、僕の恩人から託された大切な娘だ。実の娘ではないけれど、実の息子と同じくらい愛を込めて過ごして来たつもりだ。

 故に何処の馬の骨とも知らない君に……まあ正確には知っているけど、アヤちゃんは、あの人達と僕らの娘は渡さない。渡してなるものか」

 

 空いた口が塞がらないとは、このことだった。ちょっとリュートさんの言葉が、余りにも予想外が過ぎる。そこまで思われていたことも知らなかったし、怒りも霧散してしまうほど驚きだった。

 

「認識した。ならば当方が言うべきことは、ただ1つであると確信する。娘さんを当方に下さい、お義父さん」

「キミにお義父さんと呼ばれる筋合いは無い! 交渉は決裂だ、ならばするべきことは君にも分かるだろう?」

 

 肝心の私を置き去りに、ヒートアップした2人がそれぞれの武器を構えた。リュートさんはⅡ型魔剣ドヴラクルを、アインは励起状態の聖剣を。ただお互い、魔剣を解放しようともしていないだけ理性的なのかも知れない。

 

「認識した。ならば貴方を撃ち倒し、認めてもらうと宣誓する」

「もし娘と付き合いたいなら、僕を倒してからにすると良い!」

 

 そうして始まった2人の戦闘。私たちの聖剣の使用上、私だって賦活されてるから、その気にならずとも動けるのだが……何というか、混ざる気には到底なれなかった。

 

『色々言ってたけど、随分愛されてるじゃない。貴女』

「アナ、ユビキタスさん……」

 

 呆然と争っている2人を眺めていると、すぐ隣からそんな声が掛けられた。見るまでもなく、つい先程までリュートさんと舌戦を繰り広げていたアナリューゼさんだと分かる。

 

『アカネでいいわよ。もう色々と、警戒しているのも馬鹿馬鹿しくなったわ』

「良いんですか? それ」

『いいのよ。これだけ自然体にされて、あれだけ親に愛されてるのを見せつけられちゃ、警戒してるだけ無駄だったわ』

 

 本当に無駄な労力を割いたわ、とボヤくアナリューゼ……じゃなくてアカネさん。その目は普段とは違って、何処か遠くを見つめているように見える。

 

『それにしても、転生者の……それも地球の日本人の男親と娘の彼氏って、いつの時代も変わらず争うものなのね』

「アカネさんは、何回かこういうのは見てるんですか?」

『ええ、あの時代は転生者が多かったもの。何より、かく言う私も父親と彼氏があんな風に争ってたわ』

 

 懐かしそうにそう言うアカネさんの姿には、嬉しそうな声音と同時に、微かに拭い切れない陰が見えたような気がした。だからこそ、これ以上は踏み込むべきではない。そう判断して口を噤んだのに。

 

『ただ結ばれて1年もしないうちに、私を含めた家族全員【悪魔】共に皆殺しにされたわ。嫌よね、戦争って』

「ッ、すみません。踏み込んだことを聞いてしまって」

 

 何事も無いように口にされた過去の真実に、思わず私は頭を下げていた。嫌味なのかそうではないのか、私には判断が付かないけれど。踏み込みたくない部分に触れてしまった以上、そうせざるを得なかった。

 

『気に病む必要はないわ、所詮ただの独り言よ。それに貴女も立場は殆ど変わらないじゃない。……だからかしらね、少し懐かしいの』

「ですけど……」

『私が思い出に浸ってる間くらい、黙って年長者の話は聞いてなさい』

 

 有無を言わせぬ態度に黙らされる中、戦況は拮抗状態を綱渡りのようなバランスで維持している。一歩引きつつ堅実な動きで戦うアインと、隻腕のハンデを感じさせない完成度で迫るリュートさん。まだまだ決着が付くのは先になりそうだった。

 

冒険者型人造人間(エクスプローラー)計画が無ければ、私はあの時泣き別れした下半身と一緒に家族の元に逝けた。けれど同時に、悪魔を殺す力そのものになったことは感謝しているの。

 だから、貴女が後悔しないように。私のように悔いを残さないように、1つだけ手助けをしてあげる』

「手助け、ですか?」

『ナーハフート・アインスの素体にされた少年は、獣人界で生まれた人族と魔族の混血児よ。個体名は抹消されていたけど、1番古いユビキタスからサルベージした記憶だから正確な記録の筈よ』

 

 唐突に告げられたそれは、探していたアインの本当の名前に繋がる情報だった。アインの出自と種族、それだけ分かるだけでも絞り込む範囲は相当に絞られる。

 

「でもどうして、唐突にそんなことを?」

『言ったでしょう。貴女に私と同じ後悔を──最後の時に、愛する人の名前を呼べなかった後悔をして欲しくないの。だから私たちが国として動いている間に、精々頑張りなさいな』

 

 そうやって言いたいことを言いたいだけ言って、アカネさんは電源を落としたように静かになってしまった。実際にレーダーと探知の反応が薄くなったから、本当に眠っているのかも知れない。

 

 ……いや、これは多分違う。今も私の後ろに迫る、数名の女性冒険者達に巻き込まれないためだ。そして当事者故に逃げられない私の末路を思い浮かべて、1つ大きなため息が溢れた。

 




アヤメ 残り95日
アイン 残り95日
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