私ことアヤ・ティアードロップが生存していたこと及び、それにリュートさんが反応してしまったことで一悶着あったものの、それが解決した後は恙無くことは運んでいった。
そして順当に王都へ帰還後、私とアインは存在を秘匿されたままリュート公爵邸へ連行。軟禁という建前の保護下に置かれることになった。
リィンさんたち魔界からの使者組も滞在する場所が公爵邸の為、あまり不自由はない。大っぴらに出歩くことこそできないが、私個人としてはちょっとした里帰りのようなものだ。だが──
「すみませんアイン。こんな拘束される形になってしまって」
謝っておかねばならないと、一旦軽く頭を下げた。
「問題ないと否定する。事前にアヤメがしてくれた説明も、現在の状況は違わない。それに……」
しかしアインはそう言葉を区切って、ぐるりと部屋を見渡した。私たちの軟禁場所として案内されたこの場所は、至って普通の来客用の部屋だ。大貴族の館のという枕詞がつくが。
「ここまで豪勢な部屋をあてがわれて、苦情を言えるだけの図太さを当方は持ち合わせていない」
「言われてみれば。私は慣れてますけど、普通こんな場所に立ち寄ることってないですもんね」
部屋の広さからして相当な練度の次元系魔法によって拡張されており、劇場か音楽ホールのように広い空間がここにはある。そこにシャンデレラや赤いカーペットを始めとした、お貴族さまが好むような華美な飾り立てが無数に散りばめられており、明らかな接待用の部屋だ。
ベッドだけは元々あったものに加えて一つ追加設置されているけれど、それ以外はかつて利用した際の記憶に残るまま。しっかりと準備と対策さえすれば、火気や水気などを利用しても問題ない下〜中クラスの部屋だった。
「肯定する。これで下級から中級貴族用の部屋とは、現物を目にしてなお信じ難い」
「本当にお偉くあらせられる方用の部屋は、屋敷1つが丸々入ってますからね。屋敷に屋敷が入っているとか、全く意味がわかりません」
そんなことを話し続けている理由はただ1つ。仕事をする訳でも何かに追われる訳でもない、単純に暇な時間ができてしまったからに他ならない。存在しないことになり軟禁されている以上、本当にやるべきことが何も無いのだ。
「リィン達は上手くやっているだろうか?」
「リィンは兎も角、アナリューゼさんがいるので大丈夫だと思いますよ。きっと悪い結果にはならないと思います」
リィンさん達とリュートさんが帰って来ない限り、本当に今の私たちにはやるべきことがない。
幾ら長年の顔見知りであっても、執事やメイドさんと何か話すことがある訳でもく、リュートさんが登城している今、その分の仕事をこなしているレーナさんとの接触も不可能。
今はアインの手当てがてら、体内の魔剣を調整整備して時間を潰しているが、それも殆ど終わりかけだ。かと言って武器防具の作成は時間がかかり過ぎるし、魔法の研究についても同じ。そして幾らこの部屋であっても、無防備に寝てしまえるほど警戒を解く気にもなれない。そうした結果として、中途半端な空白の時間が生まれてしまっていた。
「……よし、これで調整はおしまいです。何か異常とか、普段と違う点は無いですか?」
「自己診断では確認できない。いつも通り絶好調だと感謝する」
アインが自信を持ってそう断言してくれたお陰で、ホッと胸を撫で下ろす。きっと今、私が調整中に感じた微妙な違和感は気のせいだったのだろう。調整ですぐに解消するような、本当に些細な問題だったし。……いや、直接胸を開いて見れる訳では無い以上、万が一を考えて調整の記録には残しておこう。
「それなら良かったです。聖剣なんていう前代未聞を使った以上、どんな反動が残っているか分かりませんからね」
記録用のノートや使っていた器具を片付けながら、ほんの2日前の決戦を思い返す。思えば、まだアレから2日しか経っていないのだ。ここ数日で、あまりにも事態が動き過ぎている。
昨日は船の修復に1日を費やし、今日は朝から獣人界へ。墜星が持っていた聖剣【冠雨神剣アマノムラクモ】や、私とアインで振るった聖剣【比翼天昇アイン】、リィンさんとアインが何故か振るえたお義母さん(仮)の【輪廻転生シャラソウジュ】……それらの解析や影響の分析すら、未だに全く出来ていない程に。
「肯定しよう。だが当方は、当方自身の身体よりもアヤメの身体が心配だ。聖剣起動時、発生していた負荷の大半を引き受けていたアヤメの方が、当方より深刻なダメージを負っていると推察する」
「そんなことないですよ、必要なことでしたし。それに私は生命維持と魔剣が直結してないので、アインより少しは無茶ができますから」
私は脚のみが魔剣によって機能を代替しているけれど、アインは違う。心臓、肺、結構な部分の内臓に血液系、生きるために必要な大部分が魔剣による置換で成り立っている。
だからこそ私が無茶をすべき場面だったし、何より未完の聖剣という自分の失敗は自分で拭わなければ仕事じゃない。しかしアインの言っていることが本心で、私を思ってのことだとも理解できる。だからこそ、ただ、と前置きして──
「そんなに心配なら、確認してみます?」
何となく、冗談めかしてそんなことを言ってみた。どうせ私の義足はこれから検査するつもりだったし、今は時間だけは無駄にあるのだ。しかしあくまで、殆ど冗談のつもりだったのだが……
「認識した。当方も検査に参加させてもらう」
思っていた以上に、アインは乗り気になっていた。まあ、普通の医者より同じ状態かつ、余命の事情も知っているアインに診て貰った方がまだいいか。
「……半分くらい、冗談のつもりだったんですけどね。折角調べるんですし、しっかりお願いします」
「当然だと肯定する。当方がアヤメをぞんざいに扱うことなど、何があろうとありはしない」
そうまで言われては仕方がない。そんな風に自分を納得させながら、アイン"には"突破できる程度にまで情報防御のレベルを落とした。同時に私専用に組んだ検査用の魔法を形成、発動しようとするがその前に、アインの解析魔法が先行して私に向けて放たれた。
1秒ほど遅れたことに少しだけ不満を覚えつつ、けれど発動した魔法の制御だけは完璧に。自分の身体に起きているかもしれない異常を見逃さないよう、脳に直接打ち込まれる情報を分析していく。
「そういえば何ですけど。アインの身元、ほんの少しだけ分かったらしいですよ」
ただこの魔法を使った検査は、1つだけ欠点が存在する。それが体内の状況を正確に把握できる為、実質的に対外……つまり3サイズなどを始めとするパーソナルデータも、知る気になれば把握できてしまう点。
流石にアイン相手でもそこまで把握されるのは嫌なので、ちょっとした妨害に出ることにした。妨害という割には、我ながら重要な情報だけど。
「それは……本当なのかと驚愕する。一体どこから、いや、それ以前に信の置ける情報なのか?」
「アナリューゼさんこと、アカネさんが1番古い機体からサルベージした情報らしいです。だから一応、信頼しても大丈夫だと思います」
アインの使う解析の魔法陣は喉元を過ぎた辺り。私の方でも確認済みだけど、脳や首辺りには異常は無かったらしい。獣耳とそれに対応する器官が新しく生まれているのは、もう不可逆の変化だろうし。
「それで、当方について判明したことは何があった?」
「良い報告と、悪い報告。どちらから聞きたいです?」
「では、悪い報告から頼む」
「分かりました」
魔法陣は丁度胸の辺り。ほぼ膨らんでない胸はともかくとして、正直、肺も心臓も少しづつ病みが進行している感じがある。魔剣マンチニールと絶滅剣ティタノマキア、その2種類の毒に蝕まれた組織から、全身に向けてずっと汚染が転移し続けているから。
正直まだコンマ0何秒かの差しかないけれど、それでも衰えている。そしてこの問題はいつか、未来の私に致命的な異常を来すことは確実だった。はっきり自覚出来る頃には、もう私は死んでる気がするけど。
「じゃあ悪い報告から。アインの本当の名前については、残念ながら分からなかったみたいです。そう簡単にはいかないって事ですね」
「認識した。当方としても、自分の名前は自分で見つけ出したいと考えている。だから、簡単に判明しなかったことに安心している」
「私も、アインの本当の名前は一緒に見つけたいですからね」
魔法陣は胸を過ぎ、肝臓や胃の辺りに。そして腸の辺りに差し掛かったところで、アインの表情が暗いものへと変わった。その理由は、追って私の魔法陣がその辺りに差し掛かった時に判明した。
「あー……これは、私の身体随分と弱ってるんですね」
「遺憾だが、肯定する。当方に医学の知識はあまりないが、それでもこれは、深刻な問題だと忠告する」
「そうですね。見たところ、あんまり固形物は食べない方がいいくらいですか……まだ美味しく食べられるうちに、食べられるだけ食べたいですね」
下半身に分類される方は、正直どうしようもないほど弱っていた。何せマンチニールが突き刺さったその場所であるし、ティタノマキアが切断した脚にも近づいてるのだ。私たちの聖剣の反動以前に、どうしようもない程ボロボロだった。自覚している通りに。
「まあ私の身体については、どうしようもないので良いとして。良い報告です。アインの種族と出身地は判明しましたよ?」
「当方とて、ここまで深刻な情報を知らされて、素直に喜ぶ事はできないのだが……」
「まあ、そこは聞く順番を間違えたって事で」
アインは触れないでくれたが、案の定子宮やら膀胱周りも随分毒が回って衰えている。前に検査した時よりも僅かに、けれど確実に。この勢いだと一応、高性能なオムツでも作っておいた方が良いかもしれない。私の名誉のために、1ヶ月以内には確実に。
「生まれは獣人界。種族は人族と魔族のハーフだったそうです。何か、思い出せるような事はありますか?」
「……否定する。その情報だけでは、何か思い出せるような事はない。非常に残念だと、落胆する」
そう言って、アインの表情は更に暗いものになってしまった。私の中ではかなり良い情報だったのだけど、アインにとってはそうではなかったらしい。
「そう落胆する話でもないですよ。お陰でアインが住んでいた場所については、大体特定出来ましたから」
「本当か!?」
「ええ。戦争時代の資料はほぼ全てが破棄されちゃっていますけど、それでもかつての獣人界での種族分布くらいは残ってます。政治の分野ですから」
税金やら何やらについて、昔王都のギルド本部で資料整理の仕事をした時に見た記憶がある。だから多分、ギルドに行けば正確な場所の把握も出来るだろうという確信もあった。
「獣人界、文字通り獣人の世界で、異種族である人族と魔族が住んでいた場所は限定的です。それも両方となると、片手で数えられるくらいしか有りません。行きずりの冒険者だった場合はお手上げですけど」
「そう、なのか……アヤメは凄いと感嘆する。当方よりも、ずっと強い」
魔法陣は義足にの中程まで差し掛かった辺り。少なくともアインの目から見て問題がないことに安心したけれど、同時に絶対に聞き逃せない言葉に一瞬魔法が揺らいでしまった。
「私が強い、ですか。冗談言わないでくださいよアイン。私は本当に、どうしようもなく弱いです」
「だが実際、当方よりもアヤメの方が強い。力でも、情報でも、そして精神でも当方を上回っていると推測する」
「情報は確かにそうですけど、力は間違いなくアインの方が上ですよ。精神に関しては……アインのお陰です」
義足の魔剣に想いを馳せながら、今までならば絶対にしなかった弱音を吐くなんてことを、自然と私は出来てしまっていた。
「当方のお陰とは、どういう……?」
「そのままの意味です。アインが生きてていいって言ってくれたから、私のことを好きだって言ってくれたから、私は今生きていられるんです」
私は生きてちゃいけないと信じていた/生きていて欲しいと望んでくれた
私に生きる意味はないと思っていた/生きる意味になると言ってくれた
こんな私に幸せになって欲しい、一緒になろうと言ってくれた。それがどんなに私を変えてしまったのか、張本人なのだから理解して欲しい。
「こう言うと重い女の子みたいですね、私」
「肯定する。当方でなければ、逃げ出すほど重いと考える」
「中々直球で言いますね……」
だけどそう言うアインの顔は、先程までの沈んだものではなくなっていた。そうだ、やっぱりアインはそうでなくちゃ。
「だから言ったんですよ私。私は1/4ですけど銀狼族……獣人界では生命礼賛主義者かつ、愛の深い種族として有名な種族の血を継いでるんですって。覚悟して下さいよ、とも」
「嫌だとは一言も言っていないと否定する。その重さ込みで、当方はアヤメが好きだ」
「そう言われると、女の子冥利につきますね」
などと話している間に、義足までの解析が完了。発見できたのは、私自身が軽く魔力を流せば直った程度の不調のみ。アインの魔剣に発生していた不調とは全く別のものだし、恐らく酷使したことによるちょっとした不調だろう。これはエターナルと聖剣本体も、1回完全に分解整備した方が良い気がする。
そんな風に過ごしていると、アカネさんから受け取っていたユビキタスの子機が起動。アカネさん自身の伝言を伝えてくれた。曰く、「交渉は成功した。今から戻る」と。
アヤメ 残り95日
アイン 残り95日