銀灰の神楽   作:銀鈴

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帰郷 交渉 ライオンハート【終】

 リュートさんが合流したことにより、この場にいるメンバーの役職は大変なことになっている。獣人界における権力の上位2人に、魔界における権力のトップ。そして世界的な指名手配犯である私と、そんな私と一緒に行動しているアイン。

 肩書きだけを見れば私達が絶体絶命の状況だけど、実際は違う。この場にいる6人は色々な背景こそあれ、半ば協力者のようなものなのだから。

 

「さて、全員落ち着いて話を聞いてもらえるようだし、この場は僕が仕切らせて貰うけどいいかな?」

 

 リュートさんが席についた全員を見渡して確認するけれど、反対した人は誰もいない。そもそもこの面子を集めて、およそ関係ないであろうリィンさんとアカネさんを残した理由も不明なのだ。本人に仕切ってもらうのが一番である。

 

「反対は無いようだし、進めさせてもらう。とはいえ、この場にいるほぼ全員が限られた時間しか自由がない身。時間が勿体無いから、面倒な前置きは省いて話を進めさせてもらうよ」

 

 私たちはともかく、リュートさんとアヒムさんには本当に時間がないのだろう。真剣そのものではありつつも、少し急いだ様子でリュートさんは続けた。

 

「国交が回復するという大変な時期に悪いけれど、僕とアヒムの連名で貴方達魔界の民に依頼をしたい。依頼内容は『獣王剣ライオンハートの修復と、修復期間中のライオンハートに変わる王都の守護』。

 具体的に指名するならば、アヤちゃんとアイン君にライオンハートを診て貰う間、魔王陛下には真魔剣ディーアボロスを使った王都の守護の代替を。ユビキタスさんにはそれ以外の王都の警戒をお願いしたい。報酬は当然、可能な限りそちらの要望を呑もうと思っている」

 

 そうして、とんでもない爆弾がその口から投下された。獣王剣ライオンハート、それはリィンさんの持つ真魔剣ディーアボロスと同じ試作型魔剣だ。同時にリィンさんの持つ魔族のディーアボロス、今は無き人族の人理剣アーメンテースと同じ()()()()()()()一振りでもある。

 詰まるところ、ライオンハートは獣人界の最終兵器にして国宝そのもの。リュートさんはそんな物の修復を私に、そしてその際の保護をリィンさんとアカネさんに頼もうと言っていた。

 

「それは……」

 

 どうしてリュートさんが、私が試作型魔剣を整備することができると確信しているのか。どうして国宝を本来の整備士ではなく私なんかに整備させようとしているのか。

 念のためリィンさんとアカネさんの方を見れば、リィンさんが謝るようなポーズをしていた。私の腕については話してしまったと、そう言うことなのだろう。時間がないらしいから、今はそれについて何も言うつもりはない。けれどその分、今から埋め合わせはしてもらうと目で訴えて──

 

「……時間がないとのことなので、単刀直入に。誠に勝手ながら、私にライオンハートの修復は不可能ですリュート公爵。個人的には非常に興味があるのですが、それだけで手を出して良い仕事とは思いませんので」

 

 深々と頭を下げて、拒否を突きつけた。魔剣の整備士以前に一介の鍛冶師として、こんな話は到底頷けるようなものではない。

 見知らぬ試作型魔剣、しかも国宝の整備。確かにやりたくないかと言われれば否だ。私の腕に自信がないとも言わない。これまで、そう思えるほどⅠ型から試作型まで魔剣を整備してきた実績はあるし、まだ詳細が未解明とはいえ仮称聖剣だって組み上げている。ライオンハート自体は、過去に整備を見たこともある。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。

 

 魔剣とは、そもそもが超高性能の超精密機械なのだ。名の通り魔剣として運用するならば保護が効いているが、簡易ではない完全な整備となるとその本性に向き合うことになる。試作型魔剣を例に挙げるなら、数億はある魔法陣の位置がたった1つ、0コンマ数センチ変化しただけで機能が停止する程度には狂った代物だ。

 

 詰まる所、リュートさんが言っているのは『私が過去数回触っただけの超精密機械を、この場で現物を見ることもできず、故障箇所も不明で、カタログスペックも知らないまま、かつての状態に修復しろ』ということ。

 

 冗談ではない。幾ら相手がリュートさんでも、アヒムさんが隣に控えていようと、やれたものではない。そもそも(アヤ)死んだ身であり、(アヤメ)は指名手配犯人。(アイリス)に至っては他国の一般市民。王城への登城は兎も角、誰としてライオンハートに触れても極刑待ったなしだ。

 

「もし修復することが、アヤメちゃんしか出来る可能性が無いとしても?」

「不可能です。可能性に命を賭けたくはありません。余命が幾ばくもないと言っても、私だって少しでも長く生きたいので」

 

 本心と共に改めて拒否を突きつけながら、私は再び深々と頭を下げた。でも、これはあくまでポーズでしかない。国交回復の条件にこれを出されたら従わざるを得ないし、国交回復が成った場合にも私に逃げ場は無くなるから。そうだからこそ、この場にいる全員を巻き込んで、落とし所をつける調節をしていこうと思ったのだけど……

 

「分かった。流石に僕も、無理を言ってる自覚はあるからね。修復してもらうのは諦めるよ」

 

 そう言ってリュートさんは、あっさりとさっきの言葉を取り消してしまった。しかし間髪入れずに、ただと一言前置きをして言葉は続けられた。

 

「それでもアヤメちゃんなら、魔剣とその担い手の状態を調べることはできる。身分は僕とアヒムで保証できる。ミーニャ女王とも知らない仲じゃないだろうし、頼めないかな?」

「……当たり前ですが命の保証。それと、出来れば報酬として王家の保有する資料庫を利用させて貰えるなら」

「禁書庫以外なら、僕の同行が無くても許されるとは思うよ」

「それで構いません」

 

 アインの素性を調べることには、本当はギルドの資料室を利用しようと思っていた。けれど、利用できるなら王家の物の方が間違いなく確実度が高い。命の保証があり、ライオンハートを弄れてアインの素性も調べられるのなら……まあ、私としては悪くない話に思える。

 

『さて、そちらの話はついたようだし今度は私たちね。当然交渉には応じてくれるわよね?』

「ユビキタスさんと魔王様の2人が実質的な防衛の要になる以上、当然のことです。議論の時間と行きましょう」

「うむ? 余、何も聞いとらんかったのだが」

 

 ぽかんと、呆けたような顔をしてリィンさんが言った。実際リィンさんは、この国に滞在しているだけで望まれてる役割は果たせるから、態々話を聞いている必要はない。ない、のだが……

 

『ここでどれだけ譲歩を引き出せるかで、こっちの利益が決まるのよ。聞いてなさい!』

「あ、アヤメよ……余、もう魔王なんぞ辞めたいぞ……」

『許さないわ。少なくとも自由は保障しているのだから、義務くらいは果たして頂戴』

 

 そう言ったアカネさんに首根っこを掴まれて、リィンさんは話し合いの輪に無理矢理ねじ込まれていってしまった。そうすると残されるのは、私以外には先ほどから微動だにしないアヒムさんとアインのみ。これはある意味、因縁の組み合わせだった。

 

「さて、少しは落ち着いてくれました? アイン」

「肯定する。先程は、当方も少し熱くなりすぎた」

「私も慣れてるからって、少し自分を蔑ろにしすぎてたかも知れません。だから、お互い様です」

 

 けれど、ずっと手を握っていたお陰だろう。先程までと違って、随分と普段の状態にアインは戻って来てくれていた。やっぱり、いつも通りのアインの方が嬉しい。これなら冷静に話もできるだろうし。

 リュートさんとアカネさん達の話し合いはまだ始まったばかり。勝手に利用されないよう聞き耳を立てている限りでは、随分と面倒な(まつりこと)方面での話をしているらしい。下手に関われば、自由に過ごせる時間が減るのは船体の祝福の時に学習済みだ。私はあくまで一市民、そういう面倒な事柄は統治者の方で勝手にやっていて欲しい。

 

「……因果なものだな」

 

 そんなことを考えていた時だった。沈黙を貫いてたアヒムさんが、ため息を溢すようにそんな言葉を呟いた。そしてこの場にいる全員をぐるりと見渡すようにして、最後に私たちに目を向けて言う。

 

「大罪スキルに元徳スキルのホルダー、そして冒険者型人造人間(エクスプローラー)……全て『苦しむことなく眠らせるべき』と信じていた者達が、こうも普通に過ごしているとは」

「後悔でも、しているのかと疑問する」

 

 何処か郷愁すら感じさせるようなアヒムさんの言葉に、喧嘩腰ではない純粋な疑問としてアインが首を傾げた。

 

「いいや、俺はあくまで王の剣だ。こういった場でもなければ、私情は一切挟み込むつもりはない。そもそも俺が眠らせてきた連中は、正気を失っているか死を望む者たちが大半だったからな」

 

 しかし、アヒムさんは首を横に振り言った。それにアインは、感じ入る何かがあったのだろう。納得したように口を噤んでしまう。でも、私にも分からなくもない。大罪スキルがどういったものか知識としては知っていても、アレは抗えるような衝動ではない。

 

「それに比べ、ここにいる者は全て生きている」

 

 残影という見知らぬ言葉が付属していても、それが自分にとっての正義だと疑うことすらなかった憤怒。そんな自分が、世界がどこまでも憎くて、それすらも虚しくて手を伸ばした悲嘆。虚飾については、どんな効果だったのかは分からないけれど……逆にそれが恐ろしく感じる。私だって間違いなく、アインがいなければ正気に戻っていなかった。そう確信できるだけの何かがあったから。

 

 きっとアヒムさんは、最善の行動をしていた。知識としてはそう理解できるし、もう過ぎたことだと納得できる。

 

「だからこそ、同時にこの光景を眩しく思う。今の腐り果てた人の形をした獣畜生ではなく、誇り高き獣人としての姿。今は遠く記憶の彼方にしかないそれは、こういうものだった」

 

 そう考えていたからだろうか、その言葉にどうしようもない違和感のようなものを感じた。今いる場所から見ているのではなく、何処か遠くから今を見ているような……と、そこまで考えが及んだ時に思考が繋がった。

 さっき私が感じた郷愁が、多分答えだ。アヒムさんはこの場にいる私たちを通して、どこか違う場所の別の誰かがいる光景を見ている。

 

「だから貴方の剣は、ミーニャ女王に捧げられてはいないんですね」

「アヤメッ!?」

 

 それでは余りにもあんまりだと、思わずそんな言葉を溢してしまった。言ってしまってから慌てて口を塞ぐけど、時既に遅し。恐らく地雷であろう部分を盛大に踏み抜いて、場の空気は凍りついてしまっていた。

 

「そうか、貴公にすらそう見えるのか。今の俺は」

「そうですね。あの時はそんなこと、気にする意味も余裕も、正気すら有りませんでしたけど……今なら、はっきりと」

 

 私が知る姿に比べ何処か小さく見えるアヒムさんを、真正面から見据えて言い切った。リュートさんとアカネさん達も、既に問題がないと判断したのか話し合いに戻っている。だからこそ、もう少しだけ踏み込んでも良いと判断した。

 

「アイン・ナーハフート、貴公にも問おう。俺は剣として、揺らいで見えるか?」

「元より当方は他者の観察が苦手だ。故に答えることはできないと否定する。だが、当方にすらその様な問いを投げる時点で、揺らいでいるのではないかと判断する」

「……そうか、こんな問いをした時点で失格か。道理だな」

 

 フッと、鼻で笑いながらアヒムさんは言葉を吐き捨てた。そしてより深く、沈み込む様に椅子に座り込む。その姿からはかつて死合った雄々しい気配はなく、疲労と迷いに満ちていた。

 

「貴公達に逃走を許した直後、あの墜星にも同じことを言われてな。それ以来自問は重ねていたが、どうやら意味はなかったらしい」

 

 墜星・玉兎と名乗った、今も私に視線を合わせている人物。何故かあの時は私たちに手を貸してくれたあの人も、同じ様な評価を下していたらしい。ああ、けれど、それはやはり当然だろう。こうして話すことで、ハッキリと理解した。目の前にいる獣人界最強は、少なくとも私たちよりも過去(うしろ)を向いて生きている。

 

「こんな機会だ、互いの蟠りを解消する為に俺も1つ告白しよう。アヤメ・キリノ、貴様の疑いは最もだ。俺はミーニャ女王に対して、己の剣を捧げていない。

 なんてことはない、単純な話だ。忠義自体はあるが、それはあくまで前ネイオン王の国を守る為のもの。生涯1人と捧げた剣だ。寿命の1/4も生きた者としては情けない限りだが、50を過ぎた今も認められんのだ。先王の愛娘であっても、俺より弱い者が俺を使うということが」

 

 そうして語られたのは、どうしようもないといった雰囲気を感じさせる悩みの吐露だった。私やリュートさんの様な、純血種の獣人ではなかったり精神が人族ベースの者とは違い、アヒムさんは純血の蜜穴熊(ラーテル)種……つまり、生粋の戦闘種族だ。だからこその問題なのだろう。頭では理解していても、心がそれを許さないと言った様な──そんな本能に根ざした感情。

 

「アヤメは、理解できるのか?」

「私も1/4は獣人ですし少しだけ。でも私の場合銀狼族なので……少しアインに対する要望が強いくらいで、そういう願望は薄いですかね」

 

 出来れば私より強くあって欲しいとか、絶対に逃さないとか、そういった束縛性が強そうな物だけれど。私にも少しは銀狼としての本能がある以上、分からないこともない。

 

「そしてそこのカンザキ公爵の助力で、本能と理性は分けている俺ですらこのザマだ。アヤメ・キリノ、貴公が獣王剣を修復しなければならない理由は伝わったか?」

「つまり今の獣人界の状況は、レーナ女王が弱いから起きていると」

「ああ。戦争帰りの連中以外は、大凡それで反感すら抱くことは無くなるだろう」

 

 そう言葉を告げた時の交戦的な笑みは、案に一戦交えないと納得しないと言っているようなものだったがそれはそれ。何をするにしても、国が安定しているというのは何物にも変え難い価値だ。

 

「アヤメが魔剣を修復出来れば国が安定するということは認識した。だがそれで、当方とアヤメにどんな利益がある?」

「少なくとも、魔界との交渉はより密になるだろう。同時に悪魔に対する意識も増す。そうなれば少なくとも、アヤ・ティアードロップとして活動する分には一切の障害がなくなる筈だ。そして何より、様子見や日和見を決めていた戦争帰りの連中が動き出す。ミーニャ女王の努力次第だが、それは確実に将来の得になる」

 

 そしてそんな保証までして貰えたのなら、元々やるつもりだったとは言え躊躇う理由もなくなった。そうと決まれば、普段の簡易的な物じゃない本格的な道具を持ち出したいところだけど……

 

「認識した。ところで一つ疑問なのだが、どう見てもアレは不味い状況に思えるが放っておいて良いのか?」

「最終的にリュート公爵ならば上手くまとめる、奴はそういう男だ。心配はいらん」

 

 アインが指差した先には、勝ち誇ったポーズでハイタッチをするアカネさんとリィンさん、片腕を地面につけ跪き頭を垂れるリュートさんの姿があった。私とアインの事情説明に関しては、明日になる様な予感がしていた。

 




アヤメ 残り95日
アイン 残り95日
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